表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

90/142

魔力至上主義世界編 - 88 制覇 (4)

 恥ずかしいグルメリアクションを暴露された村人たちは顔を真っ赤にして否定した。


「嘘だ!」

「デタラメだ!」

「泥草どもの言うことなんか信用するな!」


 声を枯らしながら「違う!」と叫ぶ。


 だが、いくら当人たちが大声で否定しても、村人たちは全員、お互いの暴露話が真実だと気づいていた。

 何しろ暴露された自分自身のリアクションが、真実そのものだったのだ。当然、他人のリアクションだって、真実なのだろうと察しはつく。

 そして、自分が察しがついているということは、他の村人たちだって察しがついていると容易に想像できるわけであり。

 それはつまり、自分の恥ずかしいリアクションが、村中に知れ渡ってしまっていると言うことであり。


「うわあああああああああ!」

「ひいいいいいいい!」

「ぎぃやあああああああああ!」


 そのことに気づいた村人たちは恥ずかしさのあまり、顔を真っ赤にして転げ回るのだった。

 せめてもの救いは、恥ずかしいのは自分だけではなく、お互い様というところか。

 自分の奇行が周知の事実になってしまっているということに何ら変わりは無いのだが。


 やがて、恥ずかしいという当初の気持ちが落ち着いてくると(それでも思い出すたびに転げ回るくらいに恥ずかしいのだが)、今度は怒りが湧いてきた。

 おのれ、泥草どもめ! 何もかもあいつらが悪いんだ! あいつらが暴露したのが悪い!

 食べ物を差し入れられたことで命を救われた恩も忘れて、村人たちは怒り狂った。


「くそっ、泥草どもめ!」

「よくもやってくれたな!」

「ちくしょうめ!」


 だが、いくら怒ったところで、当の泥草たちはニコニコ笑うばかりである。

 デリバリーに来た泥草に襲いかかった村人もいたようだが、あっさりと返り討ちにあうばかりである。自分の無力さを思い知らされ、かえってみじめな気持ちになってしまう。


 やり場のない怒りは溜まっていくばかりである。


「泥草のくせに!」

「泥草の分際で!」

「泥草ごときが!」


 顔を真っ赤にするくらいの怒りを感じながら、毎日のように歯ぎしりをする。

 ムカつく! ムカつく! ムカつく!


 とはいえ、人間いつまでも怒ってはいられない。

 しだいに怒りが落ち着いてくる。

 落ち着いてくると現実が見えてくる。

「泥草たちは自分たちよりも、はるかに豊かな生活を送っている」という現実である。


 何しろ泥草たちがいかに美味いものを食べているかを、その舌で味わってしまったのである。

「どうせ泥草どもの飯だ。見た目がいいだけで、くそまずいに決まっているさ」と言っていた村人も、今では「ぐぬぬぬぬ……」としか言えなくなってしまっている。


 そして泥草デリバリーはもう終わってしまっている。

 泥草たちはラジオで「デリバリーは今回限りで、もう二度とやりません」と宣言している。

 もう二度とあの美味な料理を味わうことはできないのだ。

 もう二度と……。


 村人たちは気づいてしまった。

 あの時……教団と泥草、どちらを選ぶかを問われたあの時、もし泥草を選んでいたら、あのおいしい料理を毎日のように味わえたのだと。

 飯だけではない。こんな辛い毎日を過ごさなくて済んだのだ。

 毎日のようにきつい仕事をやり、目や肩や手や腰や膝を痛めて、それでも体にムチを打って働いて、骨身にしみるくらいにつらい思いをして、それなのに日々の食事ときたら粗末でまずいものだという、こんな生活をしないで済んだのだと。


 そして、そんな生活を選んだのは他ならぬ自分自身なのだ!


「さあ、泥草ラジオ。今日のグルメリポートはビーフシチューでーす。わあ、おいしそうですね。じゃ、さっそくいただきまーす。うーむむむむ。とろりとしてコクがあって、実にいいですねえ。牛肉のうまみもぎゅっと濃縮されています。とってもすっごくおいしいです! あ、村人の皆さんにも、匂いをおすそわけで流していますので、ぜひ香りだけでも味わっていってくださいね」


 ラジオでは泥草たちの声が流れる。

 とても楽しそうだ。

 とても幸せそうだ。


 お腹が鳴る。

 惨めな気持ちになる。


「くそお……くそお……」


 悔し涙を流しながら、朝を迎える。体の節々が痛む。それでも働かないわけにはいかない。粗末な服を着て、畑に出て、(くわ)を振り下ろす。何度も何度も振り下ろす。

 つらい。きつい。


 単にきついだけなら、今までそうだった。

 けれども今は、きついという気持ちに嫉妬と惨めさが加わってしまっている。


 なぜなら彼らは豊かな生活があるということを知ってしまったから。

 すぐ目の前で、幸せそうな暮らしが広がっていることを知ってしまったから。

 そして、自分が選択を間違えさえしなければ、その豊かさが手に入っていたとわかってしまっているから。

 それゆえ、気が狂いそうなほど、泣きたくなるほどにつらいのだ。


 ふと遠くに目をやると、泥草と、泥草を選んだ元村人たちが、楽しそうに笑いながら、音楽に合わせて楽しそうに踊っている。

 その身にまとっているのは、聖職者よりもはるかに質のいい服である。


 村人は自分の格好を見下ろした。

 古びた麻の服であった。よごれてほつれた汚い服であった。


 中世は身分社会である。

 身分社会というのは「ひと目見て身分がわかる」ことで成り立っている。身分肝心の身分がわかりにくくては身分社会は成り立たない。いちいち「どっちが偉いのか?」と考え込まなければいけないようでは、混乱してしまうからだ。

 身分を決めるのは服装である。

 だから、中世人にとって、上質な服を着ている人間というのは、それだけ身分が高いことを示しており、ひいては人間として格が上なことも示しているのである。

 村人たちの服装は決して良いものではないが、それでもかつての泥草たちはそれ以上にひどいボロ布を身にまとっており、村人たちは安心して泥草を見下すことができたのだ。


 それが今や、泥草たちは、誰よりもはるかに上等な衣類を身にまとっている。そしてそれを誰もやめさせることができない。

 村人たちからすれば、まるで自分たちが泥草よりも人間として格下だと突きつけられているようである。

 その格下の選択をしてしまったのが、他ならぬ自分自身なのである。

 後悔はますます深くなる。


(くそ! くそおお! どうしてだよ! どうして俺はあの時、教団なんて選んじまったんだよ!)

(うあ、うあ、うああああああ。俺、俺、泥草を選んでおけば、こんな、こんなつらい毎日送らないで済んだのに……楽しく暮らせたのに、なんで、なんで教団なんか。なんで!? あ、ああ、あああああああ!)


 そんなどうしようもない後悔が、日々強くなっていき、心を侵食していく。


 世の多くの人間はそんな時、自分が100%悪いとは思わない。

 誰かのせいにする。

 誰かに対して不満を持つ。


 誰か?

 教団である。


(お前らのせいだ……)

(あんたたちが、泥草は嘘つきだって言うから、あたしは教団を選んだのよ……なのに話が違うじゃないの!)

(嘘つきは教団だ……)


 そんな不満が黒々と脳裏を駆け巡る。


 無論、頭ではわかっている。

 自分の選択ミスなのだと。

 教団が何を言おうと、自分が泥草を選んでおけばよかったのだと。

 それははっきりとわかっている。

 自分は間違えたのだ。

 けれども、感情はそれを許さない。教団のせいにしたくなる。


 教団は未だに権力者である。

 だから村人たちは、決して不満を露骨には出さない。

 けれども、聖職者とすれ違う時、今までほど深く頭を下げなくなった。

 礼拝の時、今までほど敬虔な態度を見せなくなった。

 寄付を求められた時、今までほど喜んでお金を出さなくなった。


 聖職者たちもその変化には気づいているが、1人や2人の村人ではなく、全員がそうなのである。


「くっ……」


 エリートである自分たちへの態度に屈辱を感じながらも、どうしようもできず、悔しそうにうめくのだった。


 ◇


「わはは、よいぞよいぞ」


 弾正は満足げに報告を聞いていた。

 彼が考えている制覇。

 その第1ステップは、エクナルフ地方全体で、住民達が教団に不満を抱くことであった。

 それが順調に進んでいると聞き、その顔が愉悦に染まった。


「どうして町や村の聖職者たちを直接倒さないのでしょうか?」


 背の高い泥草のルートが尋ねる。

「制覇」という言葉から、彼はエクナルフ地方の町や村の聖堂を文字通り叩き潰して、その聖職者どもを追い出すのかと思ったのだ。

 だが、現実にやっているのは、まるで違うことである。


 アコリリスとネネアは、弾正の方針を知っているが、ルートはまだ知らされていない。

 別段秘密にしているわけではなく、近いうちに宝石団の面々には明かすつもりではあるが、現段階では話していないのだ。

 だから、ルートは弾正のやりようが不思議でならない。


「決まっておろう。わしらが聖職者どもを完膚なきまでに倒して追放して村から消し去ったとしよう。どうなる?」

「えっと……僕たち泥草が聖職者の代わりに君臨する……のでしょうか?」

「さよう。じゃが、わしらは教団の代わりになるつもりはない。であろう?」

「それはもちろんです! あんなやつらの代わりなんてまっぴらです!」

「であれば、答えは自ずと見えてこよう」

「えっと……」


 ルートは困った顔をする。まだよくわからないからだ。

 助けを求めるようにアコリリスに視線をやるが、彼女はそっと微笑むだけで、何も言わない。


「わはは、次回までの宿題じゃな」

「は、はい!」


 ルートは背筋を伸ばし、緊張した面持ちで答えるのだった。

 宣伝。

 新連載始めました。

 本作が「じっくりざまぁ」なら、新連載は「さくさくざまぁ」です。

 タイトルは、

「スキル『庭作り』をバカにされた僕。でも、スキルを月に向けて使うと、月が丸ごと緑豊かな僕の庭に! おまけに庭整備用の名目で最強ゴーレム軍まで手に入ってしまい……」

 このページの下部にリンクが貼ってあるので、タイトルを見て面白そうと思ったら、是非読んでみてください。

 楽しいひとときを提供できれば嬉しいです。


 今後の異世界謀反の更新について。

 しばらく新連載立ち上げのため、週1更新とさせてください。

 異世界謀反は必ず最後まで書き切ります。

 ただ、新連載のほうも書きたくなってしまったのです。

 例えるなら、

「2人目の子供が生まれて、しばらくそちらにかかりきりになるけれども、1人目の子供が嫌いになったわけではないし、育児放棄する気もない」

 という心境です。

 ご了承願います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ