魔力至上主義世界編 - 7 武力
色々と調べたが、アコリリスの作り出したパンは紛れもなく本物だった。
白くてふっくらとしたおいしいパンである。
パンはすぐに作れる。
なれると、手をさっとかざすだけでパンになる。
1個だけではない。何個も同時にどさどさと作れる。
パンだけではない。
肉も作れる。野菜も作れる。果物も作れる。
「すごいっ! すごいです! さすが神様です!」
アコリリスは何もかも弾正のアドバイスのおかげと言わんばかりに、目を尊敬でキラキラさせる。
彼女にとって弾正は「こんな自分でも何かができると教えてくれた神様」である。
「わはは。礼にはおよばぬ」
弾正は笑ってそう答えるが、頭の中の冷静な部分では、こう考えていた。
まだ足りぬ、と。
中世という常に飢えに悩まされ、毎年のように大勢の餓死者が出ていた時代、食べ物を自在に作れるというのは、大変に価値のある力であろう。
では、この力を世間に公開したらどうなるか?
「すばらしい力だ! 女神様だ! これからは教団ではなく女神様についていこう!」
このようになって、教団は民衆から見捨てられて落ちぶれ、謀反が達成されるだろうか?
そうなる可能性も、わずかながらにあろう。
しかし、そうならない可能性のほうが高いだろう。
たとえば、監禁され、食糧生産奴隷として一生こき使われてしまう可能性もある。
あるいは、紡績機の時のように、よくわからないままに教団から悪魔認定されてしまうかもしれない。
泥草ごときが調子に乗るなと、いきなり殺されてしまうことだって考えられる。
(武力が必要じゃな。この力を権力者に利用されないだけの武力が)
もっとも、3メートル以内の距離で戦う分には、アコリリスは強い。
その範囲ならどんな豪傑が相手でも、脳なり心臓なり、どこかを3センチ動かしてしまえばいいのだ。それだけで人は死ぬ。
訓練さえ積めば、近距離最強を名乗ることもできるだろう。
ただし、離れてしまえば弱い。
魔法でも弓矢でも長槍でも、あるいは石を投げるのでもいい。
ともかくも遠くから攻撃してしまえば、あっさりやられる。
(では、どうするか? どうすれば大神官と戦えるだけの力が手に入るか?)
むむむ、と頭を悩ます。
悩ませて、悩ませて、アコリリスがまた心配そうに声をかけようとしたその時。
2つのことを思い出した。
1つは、大神官の行列を見かけた時のこと。
1つは、泥草街の話を聞いた時のこと。
弾正の頭にひらめきが走る。
悪そうな顔ににやりとした笑みを浮かべる。
武力の問題を解決する算段がついたのである。
(となると、いつまでもあばら屋だの野っ原だので活動するわけにはいかぬな。どこか根拠地が欲しい)
ぐるりとあたりを見渡す。
岩山が目に入った。
イリスの城壁の一部をなしている、直方体の形をした岩山である。
「おお、あれぞまさに天の恵みよ!」
「ふぇ?」
「アコリリスよ、これより我らの城を作るぞ」
「え? し、城? え、え?」
◇
弾正が向かったのは、泥草街の真後ろにそびえ立つ岩山である。
ここをアコリリスの能力でくりぬいて、部屋だの通路だのをいくつも作る。日の光が入るよう、窓も目立たないように作る。人が住めるようにしベッドやじゅうたんなどを作る。倉庫になるようにもする。
つまりは、1個の巨大な城にしてしまったのである。
日本にいた頃、弾正は築城の名人として知られていた。
現代日本人の多くは、城と聞くと天守閣を想像するが、あの天守閣を事実上発明したのは弾正である。
土木・建築には詳しい。
その知識と経験をふんだんに生かして、岩山を大きな居住空間に仕立て上げた。
「わ、わ、すごいです!」
岩を加工し、ガラスを壁にはめて窓にした時は、アコリリスは随分と感嘆の声を上げた。
「透けて見えます! 向こうが見えます!」と言って喜ぶ。
中世という時代、ガラスは高級品であった。庶民の家にガラス窓という物はなく、板戸しかなかった。
教団でさえ、そうそう多くは持っていない。
そのガラスが今、いとも簡単に作れてしまったのだ。
アコリリスは、すごいです、神様すごいです、と言う。
「作ったのは、アコリリスじゃぞ」
「でも、教えてくれたのは神様です」
「わはは、愛いやつめ」
弾正はアコリリスの頭をわしゃわしゃとなでる。アコリリスは、わっ、わっ、とくすぐったそうに嬉しそうな顔をする。
城ができると、次は服作りである。
大神官の行列を見た時、こんな話を聞いた。
「大神官様のお召し物は、白銀糸という特別な糸で織られた極めて貴重な衣装であり、羽根のように軽いのに、矢や刃物を弾き返すという不思議な強さを持っている」と。
(だったら、我々もそれを作ってしまえばよい)
この世界にそんなすごい服があるのなら、アコリリスの原子組み替え能力で同じ服を作ればよいのだ。むしろ、もっといい服を作ってしまってもよい。
そうして、アコリリスに着せるのはもちろん、いずれ抱えるであろう兵達にも着せるつもりだ。
そうすれば防御面の問題は解決する。
まずは解析である。
アコリリスを連れて街中に出る。泥草だとバレないよう、身なりを整え、赤のカラーコンタクトを作って目にはめ込む(この世界初のコンタクトレンズに、アコリリスは随分とおっかなびっくりだった)。そうして大神官の行列が通るのを待つ。
通りがかったら自慢の白銀糸仕立ての服をこっそりと、けれどもじっくりと見る。パンをコピーした時のように、その素材を解析する。
成功した。
ちなみに、どういう構造であったか、アコリリスに聞いてみると、
「えっと、原子自体はありふれたものなんですけれども、組み合わせがこう、くるっとなったところにシュッと通って、そこが巻き巻き、と言いますか」
とのことである。
全然わからない。
岩山の城に戻ると、白銀糸の服を再現する。
泥と草と、いくつかの岩を材料にして、服を仕立て上げる。
4回目の挑戦で、満足のいくものができあがった。
さっそく土人形(これも作った)に服を着せて、性能を試す。
石をぶつける。刃物で突く。切りつける。
いずれも無傷である。
攻撃しようとすると、淡い光が土人形の全身を包み込むように発せられ、それがバリアのようになって攻撃を通さないのだ。
驚くことに、顔や首筋など、地肌がむきだしになった部分にも効果は発揮された。
たとえば、土人形のむきだしの顔面に刃物を突き立てようとする。すると、やはり淡い光が発せられ、刃物を通さない。
服が頑丈というより、服を着ることで全身を守るバリアが出てくるようだ。
とはいえ、無敵ではない。
弾正が、名刀不動国行で渾身の一撃を振り下ろすと、服は土人形ごと真っ二つになってしまったからだ。
性能向上の余地はある。
より頑丈に。より軽く。
二人して、寝食を忘れて没頭した。
弾正はもとより無類の謀反好きであり、謀反も謀反の準備も大好きである。
アコリリスもまた、弾正に頼られ、弾正の役に立つのが嬉しくて仕方ない。
一週間、二週間と試行錯誤を繰り返す。
成果は上がった。
まず、不動国行の一撃を防げるようになった。
続いて、頭上に大きな岩をたたきつけても、ダメージを負わなくなった。
不動国行の一撃を防いだことから、不動服と名付ける。
アコリリスは無論、いずれ加えるであろう兵達にも着せる。
防御面はこれで良い。
後は攻撃面である。
ひとつ思案があった。
「石じゃな」
「石……ですか?」
泥草街の地中には飛翔石というものが多く埋まっている、という話を弾正は聞いたことがある。
地面からビュンと勢いよく飛び出してくる危険な石である。
この石は、地中から掘り出した瞬間こそ光りながらロケットみたいにすさまじい速さで上空に飛んでいく。が、あとはただの石ころに戻ってしまう。
逆に言えば、ただの石ころに対して、アコリリスの原子組み替え能力で何か手を加えれば、飛翔石になるのではないか。
手の加え方しだいで、飛ぶ方向や速度をコントロールすることも可能なのではないか。
うまくいけば、石を弾丸のように飛ばして武器にできるのではないか。
まず飛翔石の実物を見る。
泥草街の地面を適当に掘れば、そのうち出てくる。
不動服を着て掘ってみると、光り輝く石がロケットのように飛び出す。
時折、体に当たる。
ガン! ガン!
不動服のバリアに当たって、はじけ飛ぶ。
「ぬおっ!」
「ひゃっ!」
不動服を着ていなければ、死んでいたかもしれない。
ともあれ、見た。
「わかったか?」
飛翔石が光る理由がわかったか? という意味でたずねる。
「大丈夫です!」
アコリリスは自信を持って答える。
「では」
弾正はそう言うと、石を1つアコリリスに渡し、岩の壁を指さす。
これを飛翔石にして、あの壁に向けて飛ばしてみよ、という意味である。
アコリリスも心得たものである。もはや弾正の仕草、短い言葉だけで意図が通じるようになっている。
こくりとうなずき、石を受け取り、手のひらにのせ、力を込める。
石が光り、飛んだ。
ただし方向はメチャクチャであった。
天に向かって勢いよく飛び立ってしまったのだ。
「も、もう一度! もう一度やらせてください!」
「うむ。何度でもやるがよいぞ」
そうして試行錯誤を繰り返す。
力の込め方、タイミング、加減。様々に調整する。
ほどなくして、威力の方向を自在にコントロールできるようになった。
「いきますっ」
アコリリスは手のひらに石ころをのせると、一寸動子を発動させる。
石が光りながら、ものすごい速さで一直線に飛んでいき、岩壁にめり込む。
推定射程距離はおよそ1000メートル。魔法の5倍だ。
威力も申し分ない。
連発もできる。
石をあらかじめ地面にたくさん転がしておいて、その石に対して連続して一寸動子を使えばいいのだ。1分間に30発は撃てる。
たくさんの石に対して一斉に一寸動子を使えば、放射状に石をばらまくこともできる。
難点はアコリリスしか使えないことである。
服なら着せれば良いが、この技はアコリリスの個人技である。
「ふむ」
それについて、弾正は1つ試したいことがあった。
これが成功すれば、次はいよいよ謀反の決起である。
「アコリリスよ、泥草街に参るぞ」
「はいっ!」
アコリリスは何も聞かず、ただ弾正の役に立つのが嬉しいとばかりにうなずいた。
弾正はそんなアコリリスを、愛い奴じゃ、と思うのだった。