魔力至上主義世界編 - 87 制覇 (3)
「みなさーん、こんばんはー。泥草ラジオの時間でーす」
「ななななな、なんだ!?」
突如として夜の村に鳴り響いた大音声に、村人一同びっくりして跳ね起きる。
村人総出で、かがり火を焚き、音の出どころを探す。
「あ! あそこだ!」
音源はすぐにわかった。
泥草の村である。
そこには照明をふんだんに使って光り輝いている全面ガラス張りの建物があった。中では、泥草たちが集まって何やら楽しそうに話をしている。
音はそこから流れているのだ。
「ぐっ……」
村人たちは悔しそうにうめき声を上げる。
そう、音源はわかったがどうしようもないのだ。
何しろ、昼間、さんざん泥草村に攻撃を試みて、すべてが失敗に終わったのである。
今さらどうしようもない。
「くそ……」
「おのれ……」
村人たちは捨て台詞を吐きながら、すごすごと引き上げざるを得なかった。
引き上げても、泥草ラジオは止まらない。
村中に響き渡る大音声である。
みな、聞かざるを得ない。
聞きたくないけれども、聞かざるを得ない。
そんなラジオが、翌晩も流れる。
翌々晩も流れる。
毎日のように流れる。
村人たちは毎晩毎晩、不愉快な泥草の声を大音量で聞かされる。はらわたが煮えくりかえって眠ることも出来ない。寝不足の毎日である。
ラジオの内容は、セイユのものと近い。
まず、インタビューが流れる。
泥草や、泥草を選んだ元村人へのインタビューである。
彼らは、自分たちがいかに幸せであるかを朗らかに語る。
村人たちは「泥草の分際で幸せだと! ふざけるな!」と怒り狂う。
それから、グルメリポートが流れる。
今日はこんな美味なものを食べましたという話をする。
もちろん、リポートの最中は、おいしい匂いが村中に流れる。
村人たちは「俺たちが粗末なもの食ってるのに、泥草のくせにうまいもの食いやがって!」と怒り狂う。
音楽も演奏される。
「教団はもうおしまい」や「泥草しあわせ」などの歌をリュートの伴奏に合わせて歌う。
録音技術はまだないので、生演奏である。
村人たちは「俺たちをバカにするような歌を歌いやがって!」と怒り狂う。
セイユの真似をするだけではない。
この村独自のコーナーもできた。
きっかけは食糧不足である。
泥草の村ができて1ヶ月後、不作や輸送事故など、いくつかの不幸が重なり、元々の村が食糧不足に陥った。
元より決して豊かではない村である。
いつもであれば、人が大勢死んでもおかしくないレベルの食糧不足である。
が、そこに泥草がやってきた。
「どーも、こんちゃー。泥草デリバリーでーす」
そう言って、笑顔で食べ物を届けに来る。
ふっくらやわらかな白パン。
クリームシチュー。
香辛料のかかった分厚いステーキ。
新鮮な野菜に果物。
どれもこれもおいしそうである。
「ごくり……」
村人たちは喉を鳴らす。
とても美味そうである。
けれども手をつけない。
「ふざけるな!」
「泥草どもの飯なんて食えるか!」
「こんなの毒が入っているに決まってる!」
そう言って、拒絶する。
しかし、口で何と言おうと、腹は空く。
鼻腔には、なんとも食欲を誘う香りが漂ってくる。
空腹は耐えがたいレベルである。
とうとう我慢できずに食べる。
その瞬間、村人たちはグルメ漫画のごとき、歓喜の雄叫びを上げた。
「うまあああああああい!」
「ひゃあああああ! これ! なにこれしゅごい! うぴゃあああああ!」
「とろけりゅううう! 舌がとりょけて、幸せえええええええ! しゃあわしぇえええええ!」
普段まずい飯しか食べていない中世人が、空腹で餓死しかかっているところに、現代日本人でも美味いと思うレベルの料理を口にしたのである。
そりゃあグルメ漫画のごときリアクションも取る。
雄叫びを上げる。
踊り出す。
うれし泣きする。
ひとしきりリアクションを取って落ち着いてくると、今度は恥ずかしくなってくる。
超絶的に美味いものを食べたからといって、いい歳した大人が「舌がとりょけて、幸せえええええええ!」などと叫んでしまったのだ。
恥ずかしい。
幸いにして、泥草デリバリーは家の中に届けられた。
食べたのも家の中であり、家族以外に恥ずかしいリアクションは見られていない。
村人たちは、羞恥で顔を赤くしながらも、人に見られなかったことに安心するのだった。
が、泥草ラジオはそれを全部暴露した。
「ティボーって人いるでしょ?」
「ああ、あのすごく真面目そうな感じの男の人だよね。目つきが鋭くて、なんかいつも怖い顔している人」
「そう、あの、ちょっと細かいことにうるさい人。あの人ね、シチューを食べて、絶叫したんだよ。『ぴょおおおお! しゃいこおおお!』って」
「あはは、『ぴょおおお』って何だよ、『ぴょおおお』って」
「ね。しかもね、下着姿で家の中で踊り出したの」
「うそ?」
「ほんとほんと」
「うわあ」
泥草たちは、ついこのあいだまで、元々の村に住んでいた。
狭い村である。住民は全員、顔見知りだ。
泥草たちも、元々の村の住民たちのことは、顔も名前も性格もよく知っている。
それゆえ、泥草たちの暴露話はリアリティがあった。
実際、泥草たちの話は事実である。彼らは透明になることが出来る。その力で、村人たちのリアクションを観察していたのだ。
暴露されたのはティボーだけではない。
熊みたいな巨体と豪快な性格を売りにしている木こりのサンディは、泥草料理のあまりのおいしさに、涙をポロポロ流しながら感激して、赤子のようにわんわん泣きながら部屋中を転げ回ったことを暴露された。
穏やかで上品な性格で知られるレイモンは、美味さのあまり錯乱したのか、下品な言葉を叫びながら、発狂したかのように踊り出したことを暴露された。
しまいには、村で一番の権力者である小神官のリアクションまで暴露された。
「小神官いるじゃない」
「いるね。いつも『品位と節度が大事なのですよ』って言ってる人。あと『助け合いの心を忘れてはいけません』とかも言ってたっけ」
「そうそう。でさ、聖堂には小神官とか助官とか下男とか、いっぱい住んでるからさ、あいつら全員分の料理を差し入れたじゃない」
「うん。差し入れたね」
「そしたらさ、小神官のやつ、まず下男に食べさせたんだよ」
「自分で食べずに?」
「そう。毒味だろうね。で、下男が歓喜の雄叫びを上げて、どうやら食べて大丈夫そうだとわかると、自分もまず肉を一口食べたわけ。そうしたら、『うきょおおお! うみゃあああい! これぇ! これぜんぶ、おれのものおおおお!』って叫んで、全員分の料理をひとりじめしたんだよ」
「ひとりじめ? うそ?」
「ほんと。もう、なんか犬みたいにがっついてさ、助官たちが呆れるのも気づかずに、むしゃむしゃむさぼり食うわけ。『うみゃあああい! てんごくううう! ひゃあああ!』とか叫びながら」
「あはは、品位と節度はどこにいったんだよ。助け合いの心はどうしたんだよ」
「しかもさ、そのうち服脱ぎだして」
「うそ? マジ」
「それから……(以降は、あまりにもアレな話が続くので省略)」
このようにして、泥草たちは村人たち全員のリアクションを1人1人バラしたのである。




