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魔力至上主義世界編 - 84 泥草街跡地

 泥草街は無人だった。


 イリスの一角にある泥草街。

 そこにはかつて泥草たち3000人が暮らしていた。


 貧しいあばら屋が建ち並ぶだけの場所であったが、弾正が来てからは一変した。

 聖職者や王侯貴族でもありえないほどの高級住宅街へと様変わりし、豊かな生活を見せつけるようになった。

 その豊かさに嫉妬して、小神官パドレや、イリスの職人たちが攻め込んできて、返り討ちにあったこともある。


 その泥草街が、今や無人であった。

 人どころか、町並みすら残っていない。ガラスの城壁も、高級住宅街も、あれは夢幻(ゆめまぼろし)ではなかったのかと思うほど、きれいさっぱり消え去ってしまっている。


(どういうこと?)


 報告を受けた軍率神官グジンは、疑問に思った。


(無人? みんないなくなっちゃたってこと? 建物ごと? うーん、気になるナァ。見に行きたいナァ。でもナァ……)


 グジンとしては、現場に見に行きたい。

 が、大神官ジラーと高等神官イーハの2人とラブラブ赤リボンで結ばれてしまっている今、軽々しく動くわけにもいかない。


「うーん」


 グジンは考えた。


(たぶんあれかナァ。近くにでっかい都市を建てたっていうし、そっちにみんなで引っ越したのかナァ。あとはイリスの中にもガラスの塔がいっぱい建っているし、そっちにも引っ越しちゃったのかもナァ)


 もし未来のグジンがこの場にやってきたら「違う! そうじゃない! もっとよく考えろ! 他にも可能性があるだろ!」と叫んでいたことだろう。

 だが、グジンはタイムトラベルはできない。

 この場にいるグジンは、ただ現代のグジン1人である。


 だからグジンは、こう考えた。


(だったら、都合がいいな)


 グジンの考えている「泥草皆殺し作戦」を進める上では、泥草街が無人であった方が都合がいいのだ。


 ちなみに、グジンと部下たちとのやりとりは全て筆談で行われている。

 これはグジンだけでなく、イーハも同じである。

 声に出して仕事をすると、大神官ジラーがいちいち口を出してきてうっとうしいからだ。

 グジンは右手、イーハは左手をリボンで結ばれているが、幸いにしてグジンは左利き、イーハは右利きであるため、筆談に差し支えはない。


 さて、泥草街が無人であるほうが都合がいいとグジンが思ったのには、もちろんわけがある。

 グジンがイリスの岩山を利用しようとしているからだ。

 イリスには、直方体に近い形状をした岩山がある。平野にぽつんと立つ岩山であり、城壁の一部をなしている。


 グジンはこれを崩そうとしている。

 もともと落石の多い岩山であり、それゆえ危険だからと、その近辺は泥草街とされていた。


 今や泥草街は跡形もなく消え失せてしまったが、しかし岩山は残っている。

 グジンは最終決戦において、これを崩そうと考えている。

 もともと落石が多いことからもわかる通り、あまり固い岩山ではない。

 巨大な岩山を丸々崩すことができずとも、一部だけでも崩せればグジンの作戦には差し支えない。


(これで泥草どもに見つかる心配なく、堂々と岩山を崩す準備ができるぞ。ふふふ)


 そうグジンが考えていると、また報告が来た。


 今度はその岩山について報告である。

 なんと驚くことに、中身がくりぬかれているというのだ。

 通路があり、部屋があり、まるで建物のようだという。


 中は無人である。人がいた痕跡も残っていない。

 ゴミ1つとして残留していない。


 だが、たしかにくりぬかれている。


『きっと神様からの贈り物でしょう』


 報告には興奮気味の筆跡でこのように書かれていたが、グジンは(そんなわけないだろ)と思っている。


(たぶん泥草どもが城というか司令部というか、そういう風に使っていたんだろうナァ。で、新しい都市や塔も作ったから、そっちに引っ越した、と。そういうところだろうナァ)


 であれば、もぬけの空なのも納得できる。

 そして、利用できる、ということも。


(うん、まさに泥草からの贈り物だね。まさかあいつらも、自分たちが残していったもので、自分たちがやられるとは思ってもいないだろうナァ)


 グジンはそう考え、くくく、と愉快そうに笑った。


 ◇


 グジンは、大神官ジラー達を説得して、岩山を訪れた。

 現場を見ることは大切だとグジンは考えている。

 ともかくも、一度現地を見てみないと、細かい作戦が立てられない。


 ちなみに、大神官と高等神官とグジンには、影武者が大勢いる。

 でないと、目立つ姿をした3人のことである。今どこにいるのか、何をしているのか、周りから丸わかりになってしまう。

 特に泥草たちから丸わかりになってしまうのはまずい。


 そこで教団は影武者を用意した。

 大神官達と同じく、ちょんまげ頭にひらひらフリルのミニスカート姿で互いを赤いリボンで結んだ3人組を、何組も用意したのだ。

 人間というのは、目立つ特徴があると、そこにばかり目が行き、細かいところには目がいかない。

 大神官らの影武者達は、顔はあまり似ていないが、髪型と服装の目立つ特徴は見事に一致していた。

 市民たちは影武者を見て、誰もが、あれこそが本物の大神官様達だと信じて疑わなかった。


 無論、大神官達のそうした姿を人前にさらすことは恥でしかないが、どうせ市民たちには一度見られてしまっているのである。

 だったら、泥草たちに勝つことを第一にすべきだと判断したのである。


 そうした上で、本物の大神官達は今、岩山にいる。

 報告の通り、入り口がある。入ると廊下がある。部屋がある。階段がある。

 完全に城である。


「なんだ、これは?」


 大神官ジラーは目を丸くする。

 こんなところに、こんな城まがいのものがあるなんて聞いていない。


「なんでしょうねぇ。大昔の民の残した遺跡かもしれませんねぇ」


 グジンは答えた。

 自らを古代帝国の末裔と自称する大神官は「ううむ、古代帝国の様式とは違うようだが……」などと(うな)っているが、グジンは適当に笑っておく。


 ほどなくして、3人は最上階に着いた。

 窓から外を見ると、平野が広がっている。イリス近郊であることといい、地形といい、軍陣を敷くに絶好の平野である。十中八九、最終決戦の舞台はここになるだろう。


「泥草街のすぐそばが墓場になるとは、泥草どもにふさわしい末路ですねぇ」


 グジンはそう言って笑った。


 最終決戦が楽しみだった。

 岩山はちょうどいい具合にくりぬかれている。

 これを崩すのは想定よりも遙かに楽だろう。

 さすがの泥草どもも、巨大な岩山が崩れて落ちてくれば、ひとたまりもあるまい。


 もう1つの切り札である毒ガスの準備も順調だ。

 実験に伴って人的被害が著しく出ているという報告もあるが、知ったことではない。

 歴史に残る偉人である自分のためであれば、何人犠牲になろうが構わないとグジンは考えている。

 このペースで行けば、最終決戦の期日までに、毒ガスも実用化に乗る計算である。

 魔法や剣が効かない泥草どもであっても、毒ガスを食らえばさすがに死ぬに違いない。


 やつらに毒ガスを食らわせ、そして岩山で生き埋めにさせるための策はすでに立ててある。


(あの謀反の神を自称するあやしげな男の性格も分析済みだ。その上での完璧な作戦だよ。ああ、やつらの(ほえ)(づら)が今から楽しみだナァ)


 グジンは、うふふ、と愉快げに笑うのだった。

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