魔力至上主義世界編 - 83 感動の再会
大神官一行がイリスに着いた。
イリスの留守を預かる中神官ドミルたちは、自分たちの上司がすぐそこまで来ているという報告に仰天する。
いや、いつかは帰ってくると知っていた。
大神官の本拠地はイリスであり、大神官一行は保養のために南のセイユに行っていただけなのだから。
だが、その事実は努めて考えないようにしていた。
何しろ、ドミル達が留守中にやったことと言えば、泥草に負けて、頭に看板を生やして、街中に塔を建てられて、隣に大都市を建てられた上にイリスの人口の半分を持って行かれたという、何度死刑になってもおかしくないほどの失態なのである。
「い……いっそのことクーデターでも起こしますか? 大神官様達には天国へと旅立ってもらうのです」
「い、いや、それはっ!」
「し、しかし、このままではどうせ死刑ですよ? なら、ここはもう……」
ドミルをはじめとした中神官達が、そんなやけっぱちな会議をしていると、追加の報告が上がる。
なんと大神官達は、軍率神官グジンと彼の率いる大軍を連れているのだという。
「ああ……」
どこからともなく、あきらめのため息が漏れた。
軍が相手では、中神官達もさすがに勝てない。
今さら逃げることも出来ないだろう。
こうなったら、苦しまずに自ら命を絶つ道を選ぶしか……。
ドミル達がそう考えた時である。
報告者は妙なことを言った。
「は? 今、何と言った?」
思わず聞き返す。
「は、はい、その……大神官様一行の中に、破廉恥なかっこうの連中が大勢いるのです」
「はあ!?」
わけがわからない。
人足奴隷のことかとおもいきや、そうでもない。
なぜなら破廉恥な連中はまるで中核部隊であるかのごとく、大神官たちを囲んでいるからだ。
意味不明な報告は他にもある。
なんと大神官達は、ハレンチきわまりない服を着ているのだという。
「ハレンチきわまりないとは、一体どういうことか?」
「さ、さあ……」
「何が起きているんでしょう……」
ドミル達はわけのわからなさに、頭をひねる。
なんとなく、自殺しようという雰囲気が霧散してしまった。
「……ともかくも大神官様達をお迎え致しましょう」
ドミルがそう言うと、中神官一同は「まあ……そうですな……」と言いながらうなづいた。
◇
イリスの門で、大神官達に会ったドミル達はびっくりぎょうてんした。
ふんどしを巻き付けただけの、聖職者からしてみれば破廉恥な変態にしか見えない男たちが、何千人といる。
髪型はツインテールである。男がするには奇妙奇天烈きわまりない。
なんと彼らは全員、軍に所属する聖職者たちである。
神の教えを守るべき模範生であるべき彼らが、なぜこんな格好をしているのか。
ドミル達は唖然とするしかない。
あごが外れるくらい、あんぐりと口を開ける。
人生でこんなに驚くことはもう二度とないだろうと思ったほどだ。
予想は直後に裏切られた。
大神官達の姿を見たその瞬間、彼らは「ほわあああああ!」と叫び声を上げてしまった。
教団のトップに君臨する大神官ジラー。
その一歩手前にいる高等神官イーハと軍率神官グジン。
いずれも教団の大幹部である彼らは皆、アイドルのようなひらひらのミニスカート姿であった。
おまけにその髪型はちょんまげである。
しかも3人は、まるで恋人同士であるかのように手を赤いリボンで結んでいたのだ。
異様である。異様すぎる。
それは例えるなら、大企業の部長が朝出社したら、社長と副社長と専務が女装して腕を組みあってスキップしているのを目撃するようなものだろうか。
ドミル達は呆然とするばかりである。
もっとも、ドミル達にしたって、頭から看板を生やしているのだ。
「泥草さん、ごめんなさい」と書かれてピカピカ光る看板が頭頂部からにょきっと生えているのだ。
異様という点では大差ない。
大神官達も、まさかイリスに帰ったら聖職者達がそろいもそろって看板を生やしているとは思わず、目を白黒させて、あっけにとられている。
それでも彼らはお互いの姿を見て、何があったのか理解する。
「泥草に負けちゃいました同盟」の「仲間」として、理解する。
とはいえ、楽しげに笑い合うわけにもいかない。
「いやあ、大変だったねえ!」
「いやいや、大神官様達こそ!」
「お互いやられちゃったねえ」
「あっははは、失敗ですなあ!」
「あ、そうそう、僕たちがどうやって泥草にこてんぱんにやられちゃったか教えよっか? 教えよっか?」
「えー、ずるいですよー、大神官様-、我々だって泥草に負けた話、したいのにー」
「あはは、上司命令だ。僕の話を聞けー」
「わー、横暴ですー」
などと談笑するわけにもいかない。
彼らはじっと黙って、お互いをじっと見つめ合った後、こう言った。
「……帰ったぞ、ドミル」
「……はっ、お待ちしておりました」
両者は、お互いの姿については、見て見ぬ振りをすることを決めたのである。
◇
こうして妙な連帯感で結ばれた大神官一行とドミル達であったが、イリスの現状については、見て見ぬ振りは出来ない。
状況は相当ひどい。
あちこちに塔を建てられ、そこで泥草たちの豊かな生活を見せつけられている。
町の人口の半分が流出してしまっている。
隣にはダイアという泥草の都市が建てられ、著しい成長を見せつけている。
もっとも、セイユのほうも、状況は似たようなものである。
塔を建てられ、泥草の贅沢な暮らしを見せつけられている。
おまけに大神官達が出立したちょうどその頃、セイユのすぐ側で大都市が建造され始めている。
だから大神官としても、あまりドミル達を責めるわけにはいかない。
いや、無論、大神官の権力でドミルをはじめとしたイリスの支配者たちを全員処刑することは可能なのだが、今は1人でも手勢がほしい。
身内でつぶし合っている場合ではない。
では、そうやって心をひとつにして、何をすべきか?
イリスの復興?
ダイアへの侵攻?
失われつつある教団への信頼の回復?(大神官達があんな格好でイリスに現れたので、イリス市民たちは悪い意味で度肝を抜かれ、ますます教団への信頼を下降させているのだ)
どれも大事だが、大神官ジラーが主張したのは「最終決戦の勝利」である。
「ともかく勝つんだ! 泥草に勝つ!」
会議の席でジラーは主張した。
場所は、イリスの大聖堂の大神官専用の部屋である。
大神官ジラー、高等神官イーハ、軍率神官グジン、イリス筆頭中神官ドミルといった教団幹部達が集結し、話し合っている。
議題は「この先、我々はどうするか?」である。
現状はまずい。かなりまずい。
それはわかる。
じゃあ、どうするか?
それが議題である。
ジラーの主張は「とにかくも泥草に勝つ」であった。
人をこんな目に合わせやがった泥草どもは許さない! 古代帝国の末裔で、100年に1人の天才である僕に対してこの仕打ち! 絶対に許さないぞ!
これがジラーの行動原理である。
「大神官様のおっしゃることに、私も賛成致します」
高等神官イーハが、そう言って賛成する。
敬虔な信者であるイーハからしてみれば、泥草ごときがのさばっている今の現状そのものが許せない。
聖典に書いてある通り、泥草は苦しんで苦しんで苦しみ抜くのがあるべき姿である。
よって、自分のなすべきことは、そのあるべき姿を取り戻すことだ。
そうイーハ考えている。
「ボクも賛成だナァ。問題は泥草なんです。諸悪の元凶である泥草に勝つ。ただそれさえ実現できれば、何もかもが元通りになりますよ」
軍率神官グジンも、そう言ってジラーの意見に賛成した。
名声と名誉が大好きなグジンとしては、このまま「泥草に負けたバカ」という哀れな汚名を背負ったまま生きていくのは耐えがたい苦痛である。
ともかくも勝つ!
圧倒的な勝利を収める!
どれだけ負けようと、最後に1回、決定的な勝利を収めればそれでいいのだ。
「な、何もかも大神官様のおっしゃる通りに致します」
一番下っ端のイリス筆頭中神官ドミルは、縮こまりながら(でかい看板が頭上でピカピカ光っているので無理だが)、黙って従うばかりである。
方針は決まった。
イリスの復興だの、教団への信頼の回復だのは、すべて放置する。
ただ1点、来たる泥草との最終決戦に向けて準備し、そして勝利する。そのためだけに教団は全力を尽くす。
完全なる1点張りである。
問題はどうやって勝つかだが……。
「それについては、ボクから提案があります」
グジンが手を上げた。
一同がグジンを見る。
グジンは、にっこり笑ってこう言った。
「その最終決戦の作戦をもう考えてあるんですよ。聞いてもらえますか」
そう言うと、グジンに作戦案を説明した。
態度といい、口調といい、自信たっぷりである。
よほど勝算があるのだろう。
一同の反応も良い。
「おおっ!」
ジラーが感嘆の声を上げる。
毒ガスを使い、岩山を崩すその作戦は、斬新かつ大胆なものであり、さしもの泥草もこれには敗北間違いなしだろうと思ったのだ。
「いいねえ、グジン君。これなら泥草のクソどもも、ひとひねりだよ」
「ふうむ。確かに、これからあの忌まわしき泥草も全員皆殺しにできるな」
「いや、グジン様のことはかねてよりお噂で聞いてはいたのですが、さすがですな」
そう言って、一同はグジンをほめたたえる。
「ふふ。まあ、ボクにかかればこんなものですよ」
グジンは得意げに笑うのだった。
更新が遅れ気味です……。




