魔力至上主義世界編 - 82 泥草とは何か? (2)
実験とはシンプルなものである。
子供たちに一寸動子を使わせる。
ただそれだけである。
それなら今までにさんざんやったではないかと思われるかもしれない。
アコリリスにもやった。
ネネアにもやった。
ルートにもレーナにもやった。
ただ、彼らは皆、泥草である。
いや、泥草ではない者たちにも一寸動子を使わせたこともあった。
宝石団を結成したばかりのころ、イリスで弾正を襲ってきた追いはぎを返り討ちにした時、やらせてみたことがあったのだ。
が、全員、一寸動子は使えなかった。
一寸動子は泥草にしか使えぬ能力なのだろう。
魔法を使える者は、一寸動子を使えない。
一寸動子を使える者は、魔法を使えない。
そういうトレードオフの関係なのだろう。
その時はそう思った。
が、本当にそうだろうか?
さほど深く調べたわけではない。
事実は異なるかもしれない。
「これより行うものは、泥草ではない者に一寸動子を使わせるというものじゃ」
弾正は宣言する。
「あれ、神様。でも、それ、以前やったことありませんでしたっけ?」
アコリリスが疑問を呈する。
「さよう。わしを襲ってきた追いはぎを返り討ちにした時にやった。が、あれはあくまで大人じゃ」
「大人……ですか」
「つまり、魔法の実を食べて魔法に目覚めた連中ばかり、ということじゃ」
「あっ、ということは……」
「さよう。今回行うのは、魔法の実を一度も食べたことのない者に一寸動子を使わせたらどうなるか、じゃ」
魔法の実は10歳になって初めて教団によって食べさせられる。
目の前にいる子供達は、全員10歳未満である。
一度も魔法の実を食べたことがない。
泥草かもしれないし、そうでないかもしれない。
もっとも泥草はおおよそ100人に3人の割合で生まれる。
10人全員が泥草である確率など、1500兆分の1でしかない。
その泥草ではない確率が高い子供たちに、一寸動子を使わせる。
一度もやったことのない試みである。
どうなるかはわからない。
それゆえ、原子レベルで体を修復することができ、なおかつ最高の一寸動子の使い手であるアコリリスを同席させている。
何かあったら即座に治療に当たらせるつもりである。
「では、最初に実験したい者は手をあげい」
弾正がそう言うと、10人が同時にばっと手を上げた。
皆、やる気に満ちている。
わずかにシュミエの挙手が早かった。
「シュミエから始めるぞ」
「は、はい」
「なあに、やることは簡単じゃ」
そう言うと弾正は、テーブルの上に置いた石を指差す。
泥草街外れの落石の影で、アコリリスと2人で一寸動子の実験をしていた時のことを思い出す。
あの瞬間、謀反の道は示されたのだ。
まだそんな遠い過去というわけでもないのに、弾正は妙に懐かしくなる。
が、今は懐かしがっている時ではない。
「では、シュミエよ。一寸動子と頭の中で唱えながら、この石が動くよう念じるのじゃ」
「いっすんどうし、ですか」
「さよう。やってみるのじゃ」
「は、はい!」
シュミエは手を突き出し、かけ声と共に石に向けて念じる。
「や、やあっ!」
コトリ、と石が動いた。
「あ……う、動いた! 動きました! 動きましたよ!?」
シュミエは大声で叫ぶ。
「ほう」
実験の第一歩は成功である。
その後、実験は次々と成功した。
パンを作る。
肉を作る。
野菜を作る。
衣服を作る。
ガラスを作る。
何もかも成功する。
シュミエだけではない。
10人全員が上手くいった。
腕前としては、初期のネネアほどである。
アコリリスには遠く及ばない。
要するに、普通の泥草の子供と同じ程度、ということである。
◇
子供たちを「今日はもう休ませる」という名目で帰すと、後には弾正とアコリリスとネネアが残った。
「どういうことなの?」
ネネアがさっそくたずねる。
「見ての通りじゃよ」
「あの子達が全員泥草だったってこと?」
「それはない」
繰り返すが、10人全員が泥草である確率は1500兆分の1でしかない。
万に一つの、さらに万に一つの、さらに万に一つの確率よりも、さらに小さい。
彼らの内の何人かは、間違いなく泥草ではない。
「じゃあ、どういうことなのよ?」
「アコリリスはどう考える? 申してみい」
「え、えっと……」
突然振られたアコリリスは考え込むが、ほどなくして答えを出す。
「泥草ではなくても一寸動子を使える、ということですよね」
「さようじゃ」
「そんなのおかしいわよ!」
ネネアが叫ぶ。
「だって、泥草じゃない大人たちは、誰も一寸動子を使えなかったじゃない」
「そうじゃな」
「なんで子供なら、泥草じゃなくても一寸動子を使えるのよ? 大人になると一寸動子が使えなくなるわけじゃないでしょ? だって、大人の泥草は一寸動子を使えるんだから」
そう、「大人である」かつ「泥草ではない」人間だけが、一寸動子を使えないのだ。
その意味がわからないとネネアは叫ぶ。
「魔法の実、でしょうか?」
アコリリスがおずおずと言う。
弾正がニヤリと笑う。
「え、アコ、どういうこと?」
「つまりね、ネネちゃん。大人で、泥草じゃない人だけが、一寸動子を使えないってことはね。魔法の実を食べて魔法に目覚めた人だけが、一寸動子を使えないってことなんだよ」
「あっ……!」
ネネアが、はっとしたように口を開ける。
「と、いうことは……」
「うん、たぶんだけれど、魔法の実って、一寸動子の能力を燃やしているんじゃないかな? 燃やして灰にして、その灰で魔法が使えるようになる」
「じゃあ、わたしたち泥草は……」
「たぶん、魔法の実を受け付けない人。一寸動子が燃えなかった人だと思う」
ネネアは黙りこくった。
衝撃の事実であったからだ。
この理屈なら、人間は魔法の実さえ食べなければ、誰でも一寸動子を使えることになる。
魔法の実の供給さえ止めれば、将来的にこの世界の人間は全員一寸動子の使い手になるのだ。
いわば、みんな泥草になる。
泥草だけが一寸動子を使えるのであれば、泥草がこの世の支配者になることもできる。
だが、誰でも泥草になれるのなら、そういうわけにもいかなくなるのだ。
「2人とも事情はわかったな?
さて、わしらはこの事情を踏まえた上で、将来どのような社会を作るのかを決めねばならぬ。一寸動子のやり方は隠し通せるものではない。いずれ流出する。
無論、一寸動子の力を何倍にも高めるアコリリスの指輪や、メイハツの発明品など、わしらの優位性は確かにある。が、一寸動子そのものは必ず流出する。
それを踏まえた上で、どのような社会がふさわしいかを考えるのじゃ」
それから3人は、遅くまで話し合った。
正確には、話し合うと言うより、弾正がアコリリスとネネアを導いたと言うべきか。
そうして、ともかくも「これからの社会」の案を導き出した。
追いはぎを返り討ちにした話は魔力至上主義世界編 - 9にちょろっと出てきます。
返り討ちにした、くらいしか書いてませんが。
それと、今さらですが、本作はだいたい3日置きに更新していますが、事情により遅れることがあります。
あまりにも遅くなったら活動報告で報告するようにしますので、あれ更新は? と思ったらそちらをご参照ください。
なお、筆者が異世界転移するとか、そういうよほどのことが起きない限り、必ず完結させます。




