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魔力至上主義世界編 - 81 泥草とは何か? (1)

「最終決戦の準備ですか?」

「ぱーっと倒して終わりじゃないの?」


 アコリリスとネネアがそれぞれ弾正に尋ねる。


「教団を倒す、か。倒したとして、その後はどうする?」

「その後……」

「アコリリスは教団の代わりになりたいか?」

「え?」


 アコリリスは驚いた顔をする。


「このままだとそうなるじゃろう。教団が倒された。市民どもは『これからは泥草様に従います、忠誠を誓います』と言って頭を下げる。

 忠誠の対象が教団から泥草に変わるだけ、ということじゃな。

 アコリリスはそれを望むか?」

「い、いいえ!」


 アコリリスは首をぶんぶん横に振った。


「そういうのは、その、何か違う気がします」

「それはよかった」


 弾正は笑った。

 弾正もそういうのはやりたくない。

 教団の代わりに泥草が権力者になっただけでは、いったいなんのための謀反か。


 かつて弾正はこう言った。


 ――世界を一変させる。完膚なきまでに変える。後世の歴史の教科書で、我々が生きるまさに今この時が歴史の最大の転換点であったと評されるくらいにな。


 弾正がやりたいのは、そういうことである。

 単にトップをすげ変えるだけではない。


「じゃあ、神様はどうすればいいって思っているの?」


 ネネアがたずねる。


「わからぬ」


 弾正はあっさりと答える。


「わからないって……」

「それを答えるには、ちくと調べねばならぬことがあるでな」

「調べること、ですか?」

「さよう、まずは童たちを集めるところからじゃ」


 弾正の言葉に、アコリリスとネネアが首をかしげる。


「まあ、すぐにわかる」


 ◇


 翌日、弾正の呼びかけにより、ダイアの中央の塔の一室に、子供達が集まった。

 彼らは泥草ではない。

 いや、もしかしたら泥草かもしれない。

 彼らは皆、10歳未満である。

 この世界の人間は、10歳になると教団から魔法の実を食べさせられ、それで魔力に目覚めさせられる。

 目覚めると目が赤くなるのだ。

 赤くならなければ泥草である。

 ここにいる子供達は、全員その判定をまだ受けていない。

 泥草かもしれないし、そうでないかもしれない。

 そんな子供達が、全部で10人いる。


 泥草側は、弾正とアコリリスとネネア、そのほかに宝石団の面々が数人いる。


「さて、童たちよ。よくぞ集まってくれた。わしは謀反の神、松永弾正である」


 弾正がそう自己紹介をすると、子供達は「あれが噂の神様……」と緊張した面持ちになる。


「はじめに申しておこう。今日の実験はいささか危険かもしれぬ。どうなるかわからぬからじゃ。

 いわば人体実験である。

 むろん、何かあった場合は、神の子アコリリスが何とかする。であろう?」

「はい。みなさん、わたしがついてます。安心してください」


 弾正の前にいる時の子犬のような様子と異なり、今のアコリリスは聖女のごとき穏やかな笑みを浮かべた落ち着いた態度を取っている。


「とはいえ、万が一もあり得る。嫌なら今のうちに辞退致せ。

 いや、この言い方はちくとよくないのう。

 やりたいものだけ一歩前に出て来い。3つ数えるうちにじゃ。1、……」


 弾正が「1」と言った途端、子供達は全員、一歩前に出る。


「ふうむ。やる気に満ちあふれているのはよいが……。一番左の童よ。名はなんと申す?」

「は、はい! シュミエと言います!」

「ふむ。シュミエか」


趣味絵(しゅみえ)? 絵が趣味なのかのう?)


 などと一瞬くだらぬことを考えた弾正であったが、名は体を表すというべきか、実際シュミエは絵が好きかつ得意な少年であり、後にセイユ城壁に4コマ漫画を書いたレーナと知り合い、家族となる。


「して、シュミエよ。そちはなぜこの実験を志願した? ひとつ申しておくが、辞退しても何の罰もないぞ?」

「は、はい、神様。僕の両親は教団に殺されました」

「どういうことじゃ?」

「そ、その、父は画家だったんです。教団の下で、絵を描くのが仕事で……。

 それで、ある時、教団から命じられて壁画を描いたんです。

 宗教をテーマとした絵ですから、間違いがあってはいけません。題材から構図まで、すべて神官から指図されました。

 父は注文通りに仕上げました。

 ところが、神官の注文内容にミスがあって、父は宗教上、聖典の内容に反する絵を描いてしまったんです。

 僕達市民は、聖典の細かい内容なんて知りませんから、そういうのは神官がチェックしなければいけないことなのに……」


 シュミエはうつむきながら答える。


「ふむ。それで?」

「神官は父に責任をなすりつけました。全て父が独断でやったことにしたのです。

 父に下った罪状は死刑でした。

 母もまた、怒りのあまり問題の神官を殴ったために死刑。

 僕は子供だから助かりましたけれども、そこから先は……」

「ふうむ」


 弾正はうなった。

 教団に歯向かって両親を殺された子供が、世間から一体どういう扱いを受けるか、おおよそ想像が付く。

 むしろ今日までよく生きのびることが出来たと言えよう。


「あの、それで教団か泥草を選べというあのビラがまかれた時、これだ、と思って泥草を選んだんです。

 でも、それは、食べ物が欲しいとかそういうのじゃなくて……あ、いえ、そういうのも少しはあるのですが……で、でも、一番は教団を倒したいんです。

 あの教団に一矢報いたい。

 僕自身の手で!

 だから、そのために役に立つのなら、危険なことでも何でも志願します!」


 最後のほうはシュミエは大きな声で、堂々と胸を張って宣言していた。


「よかろう。その心意気や良し。そちの志願を認めよう」

「あ、ありがとうございます!」


 シュミエは深々と頭を下げた。


「では、そのひとつ右の童女よ。名はなんと申す?」

「わ、わたしはミュレです!」

「ではミュレよ。そちは一体なぜ志願した?」

「は、はい! わたしは……」


 弾正は10人全員から事情を聞いた。

 全員が全員、教団に、あるいはギルドや大商会に、要するに権力者に対して何らかの恨み・復讐心を抱いている者達だった。


 弾正はうなずいた。


「よかろう。そちら全員の志願を認める。では、これより実験を始める」


 弾正が宣告する。


 子供達は緊張で息をのんだ。


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