魔力至上主義世界編 - 78 泥草、殺せるかな?
夜、ベッドに寝そべりながら、腹立たしい泥草ラジオをBGMにして、軍率神官グジンは考えていた。
どうすれば泥草を倒すことができるのだろうか?
「ねえ、大神官様。どう思います?」
そう言って、同じベッドに寝ている、手と手を赤いリボンで結ばれた大神官ジラーにたずねる。
「……そんなこと、僕にわかるわけないだろ」
ジラーは不機嫌そうに答える。
最近、グジンは元気を取り戻してきた。
キザな伊達男だったグジンは、ちょんまげで女装姿という世にも哀れな姿にされてしまい、ここのところずっと放心状態だったのだが、最近ようやく活力を取り戻してきたのだ。
いや、すっかり元に戻ったわけではない。
今でも、自分のはげあがった頭頂部を、あるいはフリルのいっぱいついたピンクの衣装を見るたびに泣きたくなる。「こんなのいやだあああ!」と悲痛な声で泣き叫びたくなる。
が、それでも。
いや、だからこそというべきか。
泥草に復讐せずには、死なずにはいられないのだ。
あの松永弾正とかいうやつは、イリスで半年後に最終決戦をすると言った。
そこで泥草を倒せば、一発逆転である。
その怒りと希望こそが、グジンの活力の源である。
「まだチャンスはあるんですよ、大神官様。最終決戦で勝てばいいんです」
「……ふん」
ジラーは鼻を鳴らすだけで答えない。
負けた奴が今さら何を言うか、と言いたげである。
もっとも惨めな姿をさらしているのは自分も同じであるから、何も言えない。
それにグジンはこのところ働くようになっている。
大神官および高等神官と体がつながっているから、頻繁に軍の前に顔を出すのは難しいが、副官を通じて軍の再編成やらイリスに向かうまでの進軍ルートの策定やら、食糧の手配やらで、精力的に指示を出している。
そうして時折、ジラーたちに話しかける。
内容は主に泥草の倒し方である。
「泥草も不死身じゃないと思うんですよ。必ず殺し方はあるはずなんです」
「ふん。お前はそう言うけどさ、あいつら魔法効かないじゃないか」
大神官ジラーの疑問に、グジンはこう答える。
「何も魔法を使わなくてもいいんですよ」
「じゃあ剣か? それも効かなかっただろ」
「ええ。でも、例えば毒ならどうでしょう?」
「……毒、だと?」
「はい、毒です」
グジンはあっさりと言った。
「魔法や剣には耐えられても、毒を体内に取り込んでしまったら、さすがの泥草も死ぬんじゃないんですかね」
「でも、どうやって毒を食べさせるんだよ。あいつら、食い物を自分たちで用意するから、毒を入れる隙なんてないだろ」
「食べさせなくてもいいんですよ」
「はあ? 食べさせなくて、どうやって毒をくらわせるんだよ」
「煙です」
「……は?」
「じつは2年ほど前、不思議な植物を見つけましてね。実を乾かしてすりつぶし、粉にしてから火をつけると、毒の煙を発生させるんですよ。盗賊団相手に使ったら、簡単に全員死んでくれましたよ」
あっけらかんに言うグジンに対し、ジラーは目を鋭くする。
「……お前、なんでそれをこないだの決戦で使わなかったんだよ? それ使えば泥草なんて楽勝だっただろ」
「強力すぎるんですよ」
「はあ?」
「強力すぎるんです。簡単に言うと、味方も結構な割合で死んじゃうんですよ。こっちが風上にいて、しかも布で口や鼻を覆っていたとしても、バタバタ味方が死んじゃう。だから危なくて使えないんです。まあ、でも、泥草を倒すためなら、これもひとつの手段かな、と思うんですよ」
グジンはこともなげに言った。
「む……」
今まで黙っていた高等神官イーハが、眉をひそめる。
そのように人が大量に死ぬ兵器など、神の意志に反しているのではないか、と思ったのだ。
だが、泥草を倒すためなら、それもまたやむなしとも思い、口には何も出さなかった。
「……他には何かあるのか?」
大神官ジラーが問う。
「他、と言いますと?」
「他に泥草どもを殺せるかもしれない案だよ。なんかあるのか?」
「そうですね。色々ありますよ。
まず溺死ですね。水の中で溺れさせる。息が出来なきゃさすがの泥草も死ぬでしょう。まあ、問題はどうやって溺れさせるかですけれどね。
それから、圧死ですね。たとえばセイユの城壁が泥草たちの真上に崩れてきたら、泥草たちも押しつぶされるでしょう。いくら空を飛べるからと言って、巨大な城壁が頭上から降ってくれば、押しつぶされて死ぬはずです。
焼死というのもありますね。油でもぶっかけて火をつければ、いくら泥草でも焼け死ぬでしょう。
餓死もあります。泥草どもを閉じ込めて、飲まず食わずにさせれば、いずれは飢えて死ぬはずです。
あとはですね……」
よくもまあそんなに思いつくものだ、というくらい、グジンはペラペラと泥草殺害方法をあれこれ口にする。
「……で?」
ジラーがたずねる。
「で、とは?」
「実際に使えるやつだよ。溺死とか無理だろ」
「まあ、空飛ぶ泥草を水の中に沈めないといけませんからね」
「じゃあ、どうするんだよ?」
「毒殺か圧殺ですね」
グジンは答えた。
「毒殺はまだわかるが、圧殺……? どうやってやるんだよ」
「最終決戦はイリスでやるわけでしょ」
「うん、そうだな」
「イリスって、城壁の一部が岩山になっているじゃないですか。ほら、泥草街のあたりの壁が」
「ん……そういえばそうだったな」
都市イリスが建設された地には、太古の地殻変動の名残か、直方体の形をした岩山が、平地の真ん中にポツンとそびえ立っている。
高さは約100メートル、厚みも約100メートル、横幅はおよそ300メートル。
それが城壁の一部をなしているのだ。
岩山はイリスの泥草街のすぐ側にある。
しばしば落石があり、それで命を落とす泥草も少なくないほどである。
決して頑丈な岩山ではない。
「泥草どもをうまく誘導したところで、岩山を崩して、やつらを岩の下敷きにしてやるんですよ」
「……岩山を崩すなど簡単にできるのか?」
「やれば、泥草どもを一網打尽にできますよ」
「うーむ……」
大神官ジラーは唸る。
そう簡単に上手く行くものだろうか?
そんなジラーに向けてグジンは言った。
「どのみち、勝たなければ我々はおしまいなんです。一生この格好のまま、惨めに生きることになるんですよ」
グジンの言うことは、腹立たしいが事実である。
「いいだろう、グジン。最終決戦ではお前に軍師を任せる。大将は僕だ。副将はイーハだ。だが、作戦は全部お前に任せよう。イーハもそれでいいな」
「……大神官様にお任せします」
イーハはただそれだけ言った。
いずれにせよ、3人とも「勝たなきゃおしまい」という点では認識を共有していた。
ともかくも勝たなければいけないのだ。
負けたら、もはや教団に居場所はない。
自分たちの地位と権力を守るためにも、是が非でも勝たなければならない。
「そうと決まればいつまでもセイユにいたって仕方がありません。イリスに向かわないと」
「準備は出来たのか?」
「完璧ではありませんが、それでも早いに越したことはありません。3日後には出発したいですね」
「3日後か」
思い返せば、ここセイユではろくなことがなかった。
邸宅を破壊され、ラブラブな像を建てられ、決戦には負け、あげくにちょんまげ女装姿にさせられた。
そのろくでもない地を離れ、イリスに向かう。
せめてこれから先は真っ当な未来が待っていることを、ジラーは祈るのだった。
おっさん同士で同じベッドに寝ることが、もはや日常と化してしまった3人




