魔力至上主義世界編 - 6 才能の開花 後編
「あの……?」
考え込む弾正を見て、心配になったのだろう。
アコリリスが不安そうな声を出す。
「わはは、何でもないわい」
弾正は不安を吹き飛ばすように笑う。
視点を変えてみることにした。
今までずっと1個の石を動かしてきた。
では、一度に2個の石を動かしたらどうなるだろうか?
「2個、ですか?」
「さよう。ここに置いた2個の石を同時に動かしてみるのじゃ」
「わかりました。やってみます。……えいっ!」
成功した。
2個の石が同時に動いた。
「ほう!」
さらに増やしてみる。
3個の石。4個の石。
いずれも成功した。同時に動いた。
ただ動かせるだけではない。
それぞれの石を異なる方向に動かせるのだ。
2個の石をたがいに近づけたり。2個の石をたがいに遠ざけたり。
ともかくも自由自在に動かせる。
(複数同時に、しかも自由自在に動かせるのか。これは面白いのぉ)
無論、制限はある。
第一に、動かせる距離は1個の時と同じで3センチまでである。
2個の石を動かした場合、2個とも3センチずつ動かせる。
第二に、合計4キログラムの物までしか動かせない。
1キログラムの石を4個同時には動かせるが、5個同時には動かせない。
さて、となると気になることが出てくる。
(できるだけ小さなものを、できるだけたくさん動かしたらどうなるのじゃろうか?)
弾正は気になった。
確かめることにした。
砂をひとすくい、板きれの上にのせる。
「アコリリスよ」
「はい」
「そちの能力で、この砂を動かして、わしの似顔絵を描いてみよ」
「か、神様のお顔ですか?」
「さよう。できるか?」
「……わかりました。やります!」
やります、と言い終わるやいなや、砂が猛烈な速さで動き始めた。
あっという間に、写真のごとき精密な弾正の砂絵が板の上にできあがる。
心なしか、実物よりも神々しく美化されているように見える。
「できましたっ! できましたよ、神様!」
弾正の顔を上手く描けたのが嬉しかったのか、アコリリスは頬を上気させ、ご主人様にほめてもらいたい子犬のように上目づかいで弾正を見上げる。
「うむ、よくできたの。満足じゃ」
「えへへ」
弾正が褒めると、アコリリスは嬉しそうに笑った。
頭をなでてやると、照れたように笑いながらも喜んでいた。
(ふむ)
そうして弾正は、わふわふ喜ぶアコリリスをいっぱいほめながら、一方で思案をする。
アコリリスは砂のような小さな物でも1個1個動かせる。
であれば、もっと小さな物ならどうか?
砂よりも小さなもの。
(たしか以前、どこぞの異世界で『原子』というものについて聞いたことがある。物体というのは、目に見えないくらい小さい基礎的な原子という名の微粒子でできあがっているとか。『だからこの泥まみれの雑草も、そこにあるおいしそうなパンも、材料の原子は同じようなものなのさ』とも言っておったな)
であれば、もし物体を原子単位で動かしたらどうなるか?
アコリリスは、目に見えないものでも動かせる。目に見えない原子も、動かせるかもしれない。
アコリリスは、一度にたくさんのものを動かせる。たくさんの原子も、まとめて動かせるかもしれない。
アコリリスは、一瞬で写真のごとき絵を描けるほど、物体を精密に動かすことができる。たくさんの原子を精密に動かすことも、できるかもしれない。
(何か面白いことが起きるのではないか?)
もっとも、この世界と、原子の話を聞いた異世界とでは、世界の法則が同じであるとは限らない。
ティユのいた世界で作った空飛ぶマントは、別の異世界ではただのマントになってしまい、その力を失っていた。あれはティユの世界の法則においてのみ、力を発揮するものだったのだろう。
この世界の物体も、原子などではなく、別の何かによって構成されているのかもしれない。
(とはいえ、やってみる価値はある)
さて何からやってみるか、と思い、あたりを見回す。
泥と草が目に入った。
泥草街は、日陰のじめじめした場所である。そこかしこがぬかるみ、草が生えている。
弾正は「うむ、これでいこう」とうなずいた。
思案が1つ浮かんだのだ。
「アコリリスよ」
「はい」
「これは昨日、市場で買ってきたパンじゃ」
板きれの上にパンを置く。
「は、はい」
「そしてこれが泥と草じゃ」
「……え?」
パンの隣に、泥と草をドサドサと置く。
「あ、あの……?」
「さて、アコリリスよ」
「は、はい!」
「この泥と草から、これと同じパンを作ってみせよ」
「……ふぇ?」
アコリリスはとまどった。
困惑の顔を見せる。
弾正は説明した。
物体というのは、原子という基礎微粒子によってできていて、泥・草とパンは、原子の組み合わせが違うだけで、材料の原子は同じようなものであるということ。
原子を組み替えれば泥・草からパンができるはずだということ。
原子の話を聞かせてくれた女から聞いた話の受け売りである。弾正自身は正確な原理だの仕組みだのはよくわかっていない。よくよく思い出してみれば、あの女は電子とかイオン結合とか、もっと色々言っていた気もする。
が、ともかくも説明した。
「頭に思い浮かべるのじゃ。
そちは、見えないものでも動かせる。ということは、見えないものでも感じ取れるということじゃ。
その感覚を思い出せ。このパンの原子と、泥と草の原子を感じ取るのじゃ。
そうして、この泥と草がパンになるとしたら、どんな感じなのかを頭に思い浮かべて、その想像通りに動かしてみるのじゃ」
アコリリスは理解したのか、していないのか。
表情は真剣であったが、ともかくもうなずいて言った。
「……わ、わかりました。やってみます!」
そう言って、手をかざす。
「えいっ!」
泥と草がものすごい勢いで姿を変えていく。
パンができていた。
さっきまで泥と草だったものが、パンと、それから余った材料であろう砂やら小石やらに、姿を変えていた。
「……ふ、ふぁっ! パ、パン! 神様! パン! パンが!」
「わはははは!」
弾正は笑うと、アコリリスの体を持ち上げ、愉快そうにぐるぐる回った。
「ひゃ! か、神様!?」
「よい! よいぞ! すばらしいぞ、アコリリス! これで、楽しい楽しい謀反の第一歩が踏み出せた! そちは謀反の天使じゃ! わはははは!」