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魔力至上主義世界編 - 76 セイユ市民の後悔 (8)

 デューとシャンは後悔していた。

 デューは針職人の親方、シャンはその妻である。


 セイユではそれなりの立場にいた。

 親方クラスの職人として針工房を運営することで十分な収入はあるし、徒弟たちに偉そうにすることで、いい気分になることもできる。

 ゆくゆくは次男に工房を継がせて面倒を見てもらい、自分たちは悠々自適の隠退生活を送るつもりでいる。

 順風満帆とはこのことだ。


 唯一の汚点といえば、長男のマルセルが泥草だったことだろう。

 まさか自分たちの子供に、あんな汚らわしい出来損ないがいただなんて!


 この世界の子供は10歳になると聖堂に行って魔法の実を食べ、そこで魔法に目覚める。

 ただし、ごく一部、魔法に目覚めない子供いる。

 魔法に目覚めなかった「魔力なし」は泥草と呼ばれる。


 教団はこう言う。


「泥草どもよ。お前は前世で罪を犯した。だから、魔力なしになったのだ。

 よって、今世では苦しめ。苦しんで苦しんで、罪を償い、来世は真人間に生まれ変わるのだ」


 泥草とはそういう扱いをされるものである。

 存在自体が罪なのだ。


 そして、その罪は親にも及ぶ。

 子が泥草である責任は、親にもあるというわけだ。


 とはいえ、親のほうは免罪の道がある。

 聖堂に行き、神の前で親子の縁を切ることで、泥草を産んだ罪は償われるのだ。

 泥草というのはそれなりの割合で生まれるので、いちいち親を罪人扱いしていたら世界は罪人だらけになってしまう、という事情もある。


 デューとシャンは、迷うことなく長男マルセルと親子の縁を切った。

 切るだけでなく、公衆の面前でボコボコにぶん殴った。

 ムカついたからである。

 彼らが子を産み、育ててきたのは、一家の働き手となってもらうためであり、自分たちの引退後の面倒を見てもらうためであった。

 それがよりによって役立たずの泥草とは!


「ちくしょう、今までこいつを育てるのにかかった金が丸損じゃねえか!」

「こんなクズのために、あたしたちがこれまで苦労してきたかと思うと、殺意が湧いてくるわ」


 デューもシャンも「痛いよ、痛いよ、お父さん、お母さん!」と泣き叫ぶマルセルを無視して、ぶん殴りまくった。

 マルセルの右目がつぶれる。

 歯が折れる。

 顔が腫れ上がる。

 そこまでやったところで、ようやく少しはすっきりした。

 後はもう知ったことではない。

 勝手に野たれ死ねばいい。

 デューとシャンはそれっきりマルセルのことを忘れてしまった。


 そのマルセルがなんと帰ってきた。

 マルセルは貴族でも着られないような華美な衣装を身にまとっていた。

 聖職者でも食べられないような豪華な食事を、仲間の泥草たちと食べ歩いていた。

 そして、楽しそうに笑いながら工房の目の前を通り過ぎていったのだ。


 当初、デューとシャンはマルセルだとは気づかなかった。

 だが、目の前に泥草の分際で偉そうに贅沢をしている連中がいるということは理解できた。


「なんだ、あいつら、クズの泥草くせに」

「ぶっ殺してやりましょう」


 怒りに燃え上がったデューとシャンは、工具のハンマーやら料理用の包丁やらを持って泥草の一団に襲いかかり、そしてみじめに返り討ちにされた。

 顔には大きくてバカみたいな鼻眼鏡をつけられた。


「ひいいーー!」

「取れないよおおお!」


 鼻眼鏡はどうやっても取れなかった。

 何度も何度も必死に剥がそうとしたが、まるで顔面と一体化したかのようにくっついて離れなかった。


 そして、あのラジオである。

 真夜中に流れる謎の大音声であるそれは、なんと2人の息子であるマルセルが出演し、デューとシャンを名指しした上で、町中に聞こえる声で「あんたら一生その鼻眼鏡のままだよ。ざまあみろ。ぎゃはははは」と笑いものにしたのである。


 2人はぶち切れた。

 鼻眼鏡姿であるため、いまいち真剣味がないが、ともかくぶち切れた。


「恥さらしの泥草のくせに、よくも俺たちをこんな目に!」

「許せないわ!」


 デューとシャンは、今度は集団で泥草たちを襲撃することにした。

 前回は勢いでたった2人で襲撃してしまった。

 今度は、次男や徒弟たち、それに他の針職人仲間を集めて、大人数で泥草をボコボコにするのだ。


「あのクソ泥草どもめ。今度こそ見てろ!」


 ところが翌朝、デューが針工房に出ると、誰もいない。

 徒弟たちが姿を見せないのだ。

 そういえば次男も朝から家にいなかった。彼は針職人としてデューの工房で修行中の身なのだが、どこをほっつき歩いているのだろうか。


「なんだぁ、あいつら? 酔っ払って遅刻か? ったく、全員ぶん殴ってやる」


 デューは苛立たしげに言うが、待てども待てども次男も徒弟も姿を見せない。

 ようやく彼らが姿を見せたのは夕方近くだった。


「おい、(おせ)えぞ、おめえら、ぶん殴ってやるから歯ぁ食いしばって……って、あん?」


 デューは驚きの声を上げた。

 次男と徒弟たちは、デューの顔見知りである余所(よそ)の針工房の親方と共に姿を見せたからだ。


「おいおい、あんた、どうしたんだよ?」

「ああ、デュー。こいつらなんだがな、全員うちの工房で引き取ることになった」

「……は?」


 徒弟というのは、普通、特定の親方の下につくものである。

 修行中の徒弟が他の親方の所に行くなど、親方が死ぬなどよほどのことがなければ起きえないことである。

 しかも、そのうちの1人はデューの次男なのである。

 それこそ「親方失格」と見なされない限り、こんなことはあり得ない。


「……は、ははは、おいおい、冗談はよせよ。なんだなんだ、全員酒でも入って酔っ払っちまったのか? しょうがねえな、今、水出してやるから……」

「デュー!」


 親方はぴしゃりとした口調で言った。


「これはもう決まったことだ。わかったな」

「……バ、バカなこと言ってんじゃねえ!」


 デューは叫んだ。


「徒弟を引き取るだぁ? しかも俺の息子まで引き取るだとぉ? 勝手なこと言ってんじゃねえぞ。そんなこと許されると思ってんのか? ギルドに訴えるぞ!」

「そのギルドなんだがな、お前は除名だ」

「……はい?」

「もう一度言う。お前はギルド除名だ。これがギルド長からの正式な書面だ」


 そう言って親方は一枚の仰々しい羊皮紙を見せる。

 デューはひったくるようにして書面を奪い、隅から隅まで穴の開くほど見て、そこに書かれていることが、確かにデューのギルド除名であることを理解する。


 デューの顔から血の気が引いていく。

 心臓がバクバク鳴る。

 頭が真っ白になる。


 中世という時代において、ギルドとは職業独占団体である。

 ギルドに加盟していれば仕事をする上で利権や保護が得られる。

 反面、ギルドに未加盟で商売をすれば、ボコボコにつぶされる。


 要するにギルド除名というのはクビである。


 針職人ギルドは面倒ごとを嫌ったのだ。

 デューとシャンはラジオではっきりと泥草から名指しで指名された。

 泥草から目をつけられたのだ。


 その泥草は、自分たちを攻撃してきた聖職者たちをふんどし姿にし、市民たちを鼻眼鏡姿にした。

 市民たちからすれば、ぶっ飛んだ訳のわからない連中である。


 なんとなく「泥草はやばいやつら」という認識が市民たちの間に生まれていた。

 教団への畏敬と畏怖の念というのもあるが、泥草は泥草でやばい。


 そのやばい泥草に目をつけられたとあっては、針職人ギルドそのものがセイユ市民たちから疎まれてしまうかもしれない。

 何か問題が起きたら、責任を追及されてしまうかもしれない。


 ならどうすればいいか?

 面倒ごとの種は今のうちにつぶしてしまうのだ。

 つまり、デューのギルド除名である。


(クビ……俺がクビ……)


 その事実がデューの心にのしかかってきた。


 クビ。

 仕事がなくなる。

 今日から無職。

 長年培ってきた技術・地位・権力が全て消え失せるということだ。

 この先、セイユで針職人の仕事はできなくなるだろう。

 よその町に行こうにも、中世という時代、そう簡単によその町に行けるものではないし、行ったところで針職人の親方の空きが都合良くあるとも思えない。

 あったところで、セイユの針職人をクビになった男が、果たして仕事にありつけるかどうか。


 つまるところ、お先真っ暗なのである。

 この先どうやって生きていけばいいのか?

 安賃金で日雇いの力仕事でもやるか?

 昨日まで親方として偉そうな地位にいた自分が、この歳になって年下の連中にぺこぺこ頭を下げながら慣れない仕事をひいひい言いながらやる? そんなことできるわけがない!


 そして、次男と徒弟たちが引き取られるという事実。

 長年面倒を見てきた徒弟たちのみならず、実の息子にまで見捨てられたという事実(実際は次男も徒弟たちはデューに殴られ、怒鳴られ、いばり散らされ、うんざりしていたのだが)。

 見捨てられた……。


「あっ……そ、そんな……う、うそだ、うそ、うそ……」


 デューは口をパクパクさせながら、つぶやく。


 親方はそんなデューに冷たい視線を向けると、一言「じゃあな」とだけ言って出て行こうとする。


「うそ、うそ……うそだあああああああ!」


 突然デューが金切り声を上げたかと思うと、親方に向けてつかみかかる。


「てめえ! よくもよくもよくごくはぁっ!」


 親方の襟首を締めようとしていたデューの側頭部に衝撃が襲った。

 徒弟である。

 デューの元徒弟の1人が、デューをぶん殴ったのである。


「な、お、おまえ、なにおぐはふぁぁぁ!」


 何か言おうとしたデューの顔面に蹴りが飛ぶ。


「黙れ、おっさん。お前なんかもう親方じゃねえ」

「さんざん今まで人のこと殴りやがって」

「息くせえんだよ!」

「その生え際ごまかしたつもりの髪型、気持ちわりいんだよ!」

「安給料で人のことこき使いやがって!」


 徒弟たちは今までの恨みとばかりに、デューを殴る。

 踏みつける。

 髪をむしる。


 次男すら「親父だからって我慢してたけど、よくも今まで人のことボコボコ殴ってくれたな! お前のせいで鼻がちょっと曲がってしまったんだぞ!」と言って蹴り飛ばし、針でぶすぶす刺す。


「ひぎゃ、うぎゃ、や、やめ! やめて! ひぎい!」


 こうしてデューとシャンの夫婦は無職となった。

 その後の彼らの人生は極めて惨めなものとなった。

 職もなく、財産もなく(これまで築いた財産は迷惑料として針職人ギルドに差し押さえられた)、顔に変な鼻眼鏡をつけた中年の男女である。

 待っているのは、貧しくて、苦しくて、屈辱的な日々であった。


 彼らは激しく後悔するのだった。

 どうしてあの日、マルセルに襲いかかってしまったのか。

 せめてあの時、マルセルに謝罪をしていれば、こんなことにはならなかったはずだ。

 なのにどうしてあんなことをしてしまったんだ……。

 いったいどうして……。

 そう、悔い続けるのだった。

 そろそろセイユ後悔編を締めようと思い、「最後は色々な市民の後悔の様子を描いて終わりにするか。とりあえずデューとシャンの2人の後悔でも書こう」と思って書いたら、この2人の後悔だけで話が終わってしまいました。

 次話あたりで、セイユ後悔編は終わる予定です

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