魔力至上主義世界編 - 75 セイユ市民の後悔 (7)
泥草ラジオは毎晩のように続いた。
ある日のインタビューでは、教団の聖職者であったにもかかわらず離脱して泥草を選んだという変わり者が現れた。
この男は、聖典を写本する部署に所属しており、来る日も来る日も部屋にこもって聖典を書き写していた。
魔力があまり高くなかったため、軍のような華やかな部署には行けなかったのだ(それゆえ泥草いじめとも関わることはなかったのだが)。
代わりに聖典については、かなり詳しかった。
その詳しい知識で、聖典の誤りをラジオで詳細に指摘した。
たとえば、こんなことを言った。
「教団は魔力が高い人間こそが神に選ばれた存在であり、人々の上に立つべきなのだ、と主張していますがねえ、実は聖典にはそんなことは一言も書かれていないんですよ。
後世の神学者が、聖典を強引に解釈することで、『魔力が高い人間が偉いんだ』と言い出しただけなんですねえ。
ですので、教団の主張する魔力至上主義は、何の根拠もない怪しげな妄想に過ぎないんですよ」
あるいは、こんなことを言った。
「教団の教祖である『神の子』は、聖典の主人公なんですが、彼女は実のところ、聖典内では1回も魔法を使っていないんですよ。
『神の子は手のひらから赤い光を放った』とか、そんな描写は一カ所もないですねえ。
代わりに『奇跡』を起こしています。
泥や草からパンを作ったり、空を飛んだりといったものですね。
これって、泥草の皆さんがやっていらっしゃることと同じですよねえ?
つまり、神の子は泥草だった、というわけなんですよ」
それから、こんなことも言った。
「そもそも教団という組織そのものが、神の子の意思に反しているんですねえ。
神の子は、苦しんでいる大衆1人1人が無償の愛を持つことで救われると主張しているのであって、教団などという階級組織を作って大衆を支配しろなどとは一言も言ってません。
教団はつぶしたほうが、神の子の教えに沿っているのではないんですかねえ」
「あはは、つまり教団はウソつきのインチキ集団ということなんですねー」
パーソナリティのレーナはそう言って笑う。
こんな「事実」をセイユの町中に流された教団は、当然のごとく怒り狂う。
「あの裏切り者めぇ!」
「神の子が泥草だとぉ!? 教団が不要だとぉ!? よくも! よくもそんなことを!」
「ぶっ殺す!」
怒り狂うだけではなく、事態の沈静化も忘れない。
万が一、市民がこのような「妄言」を信じてしまったら大変だからだ。
「あの男は教団の落ちこぼれであり、前々から妄言癖があった。だから、その発言は一切信用できないし、信じてはいけない」
このように市民たちの前で宣言する。
市民たちはそれを聞いて「まあ、神官様がそう言うなら、そうなのかな……?」と、一応納得する。
もっとも、その「神官様」はツインテールのふんどし姿である。
市民たちの心に(本当にこいつらの言うことを信じていいのだろうか……)という疑念が浮かんだ。
◇
別の日の泥草ラジオでは、こんなことがあった。
この日は、泥草の料理人にインタビューをしていた。
話の流れの中で、料理人は「せっかくの料理だから、セイユ市民にも一度食べさせたい」と言い出した。
「セイユの人達にも、わたしたちの料理のすごさを思い知らせたいのよ」
「ああ、いいですね。じゃあ、明日にでも料理を配ってみましょうか」
パーソナリティのレーナが提案するが、料理人は難色を示す。
「うーん、どうかしら。泥草の料理ってことで、食べてもらえないんじゃないかしら」
「おいしいのに」
「まあ、仕方ないわ。今回は諦めましょう」
「あ、待ってください。こういうのはどうでしょう。セイユの食料庫を片っ端から襲撃するんです。それで食糧を全部焼いちゃうんですよ。市民のみなさんも、他に食べる物がなかったら、泥草の料理でも何でも食べますよ」
「……え?」
「うん、これいいかも。我ながらナイスアイデアですよ。じゃあ、早速明日襲撃しましょう。料理の準備のほうだけお願いしますね」
「え、ちょっ……え? 本気?」
「襲撃時刻は、明日の昼、太陽が一番高い時間で。北から順番に襲撃しましょう。具体的な作戦は……」
レーナは楽しげに犯行計画を話す。
当たり前だが、ラジオであるため、作戦内容は町中に丸聞こえである。
ようするにそれだけ教団がなめられていると言うことだろう。
なめられた当の教団は怒り心頭である。
「犯行予告だと!? おのれぇ!」
「泥草ごときが、なめた真似を!」
「返り討ちにしてくれる!」
同時に責任重大である。
市民たちはパニックを起こしている。
食料庫が襲撃して食べ物を全部燃やすと宣言されたのだ。そりゃあ、慌てる。
こんな時こそ「人の上に立つ」教団の出番である。
ふだん偉そうにしているのだから、こういういざという時に市民を守らなければ、その威信は地に落ちるであろう。
翌日、泥草たちは予告通り、昼にセイユ北の食料庫を襲撃してきた。
実に正直に、予告通り、襲いかかってきたのだ。
完全になめている。
「来たぞ!」
「全員、構えろ! 魔法を放て!」
地元の聖職者も、軍も、一団となって泥草たちを迎え撃つ。
が、自慢の魔法が当たらない。
泥草たちは高速で空を飛び回っている。狙いを定めることすら出来ない。
それでも、ごく一部の魔法は当たったが、それすらもあっさり弾き返されてしまう。
「く、くそぉ!」
「なんでだよ!? なんで最強の魔法が効かないんだよ! 俺たち最強だろ? なんで!? なんで!?」
聖職者たちは悲鳴のような声を上げる。
そこに泥草たちのゴム弾が飛んでくる。
高速で飛んでくる弾はことごとく聖職者たちに命中する。
「ぐへっ!」
「ほぎゃっ!」
「ぎゃふっ!」
聖職者たちは情けない声を上げて、倒れる。
ふんどしツインテールの男たちが、頭から地面に突っ伏してピクピクしている姿は、控えめに言ってもみっともなかった。
「あ……ああっ……」
なすすべもなく固まる市民たちをよそに、泥草は備蓄されている小麦粉やら豆やら干し肉や干し魚やらに向けて手を突き出す。
ぼっ!
たちまちのうちに食糧に火がつく。
不思議なことに食料庫そのものに延焼はしない。
が、食糧はあっという間に灰になってしまった。
「さあ、次行きましょう」
「そうですね、次、次」
泥草たちはさっと飛び立つと、次なる食料庫へと向かった。
この日、セイユのありとあらゆる食糧が灰になった。
教団の備蓄食糧、商人たちの在庫食糧、農家の倉庫に積まれた食糧、食肉業者の地下室に積まれた食糧、裕福な家の大きな食料庫に保存された食糧。
とにかく食糧という食糧が燃やされた。
「た、食べ物が……」
「そんな……そんな……」
灰になった食糧を見て、市民たちは呆然とする。
残された食べ物といえば、セイユ一般市民の各家庭にわずかながらに備蓄されている食糧くらいであり、そんなものはあっという間に食い尽くしてしまうだろう。
近隣の町や村から食糧を買い付けるにしても、時間はかかる。
彼らは今、餓死の瀬戸際にいた。
追い打ちを掛けたのが教団である。
彼らは「神の思し召しである。食べ物を提供せよ」と言って、市民の家々に押しかけると、備蓄されているわずかばかりの食糧を全部持って行ってしまったのである。
「ま、待ってください! その食べ物がないと、私たちは死んでしまいます! お願いです! 少しでいいから残していってください!」
市民たちは必死にすがるが、聖職者たちは意に介さない。
「ええい、神の思し召しであるぞ! 神のご意志に逆らうというのか。この不信心者め!」
そう言って市民たちを突き飛ばし、食糧を持って行ってしまう。
唖然としながら取り残された市民たち。
そこに現れたのが泥草である。
彼らは各家庭を訪れると「どーも! 泥草デリバリーでーす!」と言い、おいしそうな白パンやら肉やらシチューやらが載った料理の皿を配ったのである。
最初、市民たちは料理に手をつけなかった。
「泥草ごときの料理なんて!」
「毒が入っているかもしれないわ」
「どうせまずいに決まっているんだ」
「食ったら泥草になっちまうかもしれないじゃないか」
だが、お腹はすく。
他に食べ物はない。
料理の皿は、おいしそうな匂いをぷんぷん漂わせている。
どうせこのままでは餓死である。
とうとう我慢できずに手をつける。
そして……。
「う、うめえ!」
感動の声を上げる。
「な、なんだこりゃ! うめえ! うめえ! うますぎる!」
「ああ……おいしい! おいしいよ! これに比べりゃ、俺たちが今まで食ってきたのは、ゴミじゃねえか!」
「ああ、生きてて良かった……」
市民たちは歓喜の声を上げながら、料理をむさぼり食う。
涙をポロポロと流しながら、あまりにも美味な料理に全身で感動する。
一方、教団の威信は地に落ちた。
彼らは食糧問題で困っている時、自分たちを守らなかったどころか、自分たちの食糧を奪っていったのだ。
当の教団は「これは神の思し召しだ! 食べ物は神に捧げたのだ!」と主張しているが、そんなことを信じる市民などほとんどいない。
一ヶ月後、セイユの食糧問題は解決した。
町中で食糧が流通するようになり、市民たちは元の食生活を送れるようになったのである。
同時に、泥草デリバリーは来なくなった。
元の味気ないまずい料理を食べながら、市民たちは泥草の料理をもう一度味わいたいと思うのだった。
そんな彼らの目の前を、空飛ぶじゅうたんに乗った泥草および泥草に味方した元市民たちが、その泥草料理を囲みながら宴会をしている。
市民たちはゴクリと喉を鳴らす。
口からよだれが出る。
そして、泥草を選んだ元市民たちが、おいしそうに料理を味わっているのを見て「もしかして自分は選択を間違えてしまったのだろうか……」という後悔の念が浮かび、慌てて否定する。
だが、一度心に浮かんできた後悔は簡単には晴れない。
少しずつ、少しずつ、後悔の念が市民たちの心を侵食していくのだった。




