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魔力至上主義世界編 - 74 セイユ市民の後悔 (6)

 ふんどしガールズが大量発生した日の夜のことである。

 泥草ラジオは、また放送された。


 いつの間にか用意された「泥草ラージオー!」というジングルと共に、軽妙な音楽と明るい女の子の声が流れる。


「セイユのみなさーん、こんばんはー。泥草ラジオの時間でーす。今日も楽しみにしてくれたかなー? 今晩もまた、わたしレーナがパーソナリティで明るく楽しく元気にお送りしますからねー。最後まで聞いていってくださいねー」


 最後まで聞いていってくださいね、もなにも、大音量でセイユ中に響き渡っているのだから、市民たちは聞かざるを得ない。

 騒音というのは現代人でさえ悩まされている。

 仮に耳栓をつけたところで、人間の耳は人間の声を敏感に聞き取るようにできているのだから、泥草ラジオの大音声を完全に防ぐのは難しいだろう。

 ましてや中世という時代である。ろくな耳栓などない。

 ラジオの音を聴きたくなかったら、防音の効いた部屋にこもるか、セイユから逃げるかしかない。そして大多数の市民はそんなことなどできない。

 要するに、市民たちは今日も、せっかくの安らかな夜に、「くそ、泥草どもめ!」と怨嗟(えんさ)の声を上げながら、聞きたくもない泥草ラジオを聞く羽目になってしまっているのである。


「いやあ、今日は聖職者のみなさんと楽しくバトルしましたねー。

 なかなか楽しい遊びでしたよ。

 ただですねー、聖職者のみなさーん。ひとつ言いたいんですが。

 弱すぎですよー。よ・わ・す・ぎ! ぷぷぷー。

 いや、だってねえ。あなたたちの魔法全然効かないじゃないですかー。しょぼすぎですよ、しょぼすぎー!

 もしかしてあれが全力だったんですか? あれが? あれが全力? え、あれが? 本当に? って思いましたもん。

 市民のみんなー、聖職者は弱いからねー。だって『泥草ごとき』にボロ負けしてるんですもん。もう雑魚すぎー! あははははー」


 レーナは楽しそうに笑い声を上げながら、セイユ中に聞こえる大音量で教団を雑魚呼ばわりする。

 ちなみにこんなことを言われた聖職者たちは、歯ぎしりをしながら「ちくしょう! ちくしょう!」と悔し涙をポロポロ流している。

 

「あと、やっぱり教団の人って変態ですよねー。

 魔法が通用しなかったからって、いきなり服を脱ぎだしてふんどし一丁になるんですもん。

 しかも満面の笑みで。どれだけ露出狂なんですか。

 人前で恥ずかしい格好しちゃ、ダメだぞ! めっ。お姉さんとの約束ですよー」


 もちろん嘘である。

 聖職者たちがふんどし一丁になったのは、泥草に操られたからだ。

 当の聖職者たちからすれば「ふざけるな! 嘘つくな! お前たちが我々を操ったんだろう!」となるだろう(まあ、それはそれで恥ずかしいことなのだが)。

 が、レーナはそんなことは一言も言わず、オープニングトークを続ける。


「それは早速最初のコーナーをいってみましょうか。『みんなにインタビュー』です。

 本日のゲストは、この人。アンリさんです!」

「あ、あの、どうも、アンリです……」


 ぼそぼそとした男の声が聞こえる。


「んー? 元気がないぞー、お兄さん。さあ、もう一度、力を込めて、ハキハキと!」


 バシバシという音がする。

 レーナがアンリの背中を叩いているのだろう。


「は、はい! お、おほん。ア、アンリです」

「もっと大きな声で!」

「アンリですっ!」

「はい、アンリさん、こんばんはー」

「は、はい、こんばんは」

「じゃあ、まず簡単に自己紹介をしていただけますか?」

「え、あ、はい。その、名前は申し上げました通り、アンリです。セイユで大工をしていました。歳は29で男です。それで、その……泥草ではありません」

「そう! なんとアンリさんはセイユの一般市民の方なんです。

 たぶんもう教団の教区名簿からは名前を消されちゃっていると思うんで、正確には元市民なんですけどね。

 泥草か教団かを選べと言われた時、真っ先に泥草を選んだ変わり者の人なんです。

 それと、大工さんってだいたい泥草を雑用でこき使っていじめる人が多いんですけど、この人はそういうことをこれまで一切してこなかったという点でも変わり者なんです。

 いやあ、本当に変な人ですよねー」

「え、ええ、まあ、変なやつだっていうのは、昔からよく言われていまして……正直仲間うちでも浮いていて……」


 アンリの言葉にレーナは笑う。


「あはは。いえいえ、褒め言葉ですよー、変わり者っていうのは。特徴のない人は、大成できませんからねー」

「きょ、恐縮です」

「それで、アンリさんはどうして泥草を選んだんでしょうか?」

「……どうして? ……どうして……どうしてですってぇ!? そんなの決まってるじゃないですか!」


 突然アンリの声が大きくなる。


「あのガラスの塔! あの城壁! 大工としてあんなの見せられたら黙っていられますか!」

「……アンリさん?」

「答えはノーです! ノオーーー! ノオオオオオオオオオーーー!

 ノー! ノー! ノー! ノー! ノーーーー!」

「あの、アンリさん?」

「あのすらりとしたガラスの塔のフォルム! 芸術的なまでに滑らかな外壁! 見事な強度! そしてそれがわずか1日で建てられたという驚愕の事実!

 城壁だってそうです。あの恐るべき高さ! ビクともしないであろう驚きの強度! なんですかあれは!? なんなんですか、あれは!? あんなのを見て黙っていられますか? いられませんとも! いられませんともおおお!」

「アンリさん!」


 レーナがぴしゃりとした口調で言う。


「は、はいっ!」

「落ち着いてくださいねぇ。お姉さん、怒っちゃいますよ?」

「あ……は、はい……その、すみませんでした、つい興奮して……」

「いえいえ。ま、よーするに我々の建築に感動した、ってことでいいでしょうか?」

「あ、はい、そうです」

「なるほどー。しかし、セイユには大工さんは他にもいるんですよね?」

「え、ええ、まあ、大きな町ですし、大勢います」

「じゃあ、なぜその人たちは、泥草を選ばなかったんでしょう? 大工さんで泥草のところに来たのって、アンリさんと他2、3人くらいですよね?」

「え、えっと、これは私の私見なんですが」

「どうぞどうぞー」

「市民のみなさんは……その、バカなんじゃないんでしょうか」

「あはっ」


 レーナは笑った。


「単刀直入な答えですねー。市民はバカだから泥草を選ばなかったと」

「い、いえ、すみません……」

「あはは、わかりやすくていいですよ。なるほど、市民のみなさーん、聞こえていますか? みなさんはおバカさんだそうですよー。あははー。お・バ・カ・さ・ん!

 で、アンリさん。どうしてそう思ったんですか?」

「あの、えっとですね、これは他の職業でもそうなのですけど、我々大工って、新しいことをやるのを禁止されているんですよ。とにかく材木の削り方から、組み立て方から、釘の打ち方から、何から何までがんじがらめで、ちょっとでも新しいことを試そうものなら、大工ギルドから除名処分……まあ、要するに村八分にされて仕事が出来なくなるんです」

「ふむふむ」


 レーナは相づちを打つ。

 アンリは続ける。


「でも、あの、それって変ですよね? 我々は完璧じゃない。今ある建物だって、もっと良いものを建てられるはずなんです。

 その、例えばですね、今の建物って結構隙間があるんですね。まだまだ寒い日が続きますから、市民の皆さんは実感していると思うんですけど、隙間風が入ってくるんですよ。

 おまけに、暖炉と煙突の位置関係がひどいから……これはちょっと言葉では上手く説明できないんですけど、本来なら暖炉の火で家全体を暖められるはずなんですけど、それができてないんですね。ちょっと作りを変えるだけで、もっと暖かくできるはずなのに。

 だから、毎年セイユでも冬になると凍死者が出たり、体調を崩して風邪をこじらせて死んだり、と死人が出るんですよ。

 ここはまだ南の方だからマシですけれども、それでも死人が出る」


 アンリの言葉に、次第に熱が入っていく。


「そう、死人が出るんですよ!

 なのに改善できない。『神様が決めた昔からのやり方を変えようって言うのか!』とか言って大工たちは反対する。

 教団に訴えても同じことを言われます。『あなたがた大工の仕事のやり方は、神のご意志によるものなのだから、変えてはなりません』とかなんとか訳のわからないことを言って反対する。

 それで人が死んでいるというのに!

 要するにあいつらは、人殺しなんですよ!」


 ドン、という音がする。

 アンリが興奮のあまり机を叩いたのだろう。

 レーナもアンリの気持ちはわかるのか、(とが)めたりせず、続きを促す。


「ふーむ。じゃ、どうしてみなさん、そうも頭が固いんでしょう?」

「え、えっとですね。たぶんみなさん、先が見えていないんですよ」

「ほほう。というと?」


 レーナの問いに、アンリは答える。


「大工の連中は……いや、大工に限らず、何か仕事をしている人たちはみんな、自分たちの今の仕事のやり方が正しいって信じているんですね。

 自分たちは正しいんだって、信じて疑っていない。

 でも、実際は隙間風で毎年何人もの人がバタバタ死んでいる。

 他の仕事でだって同じです。たとえば、農業では、より生産性の高い農法があるかどうか、試そうともしない。何か言っても『素人が口を出すな』です。だから、食糧の生産量が乏しく、いつも大勢の人が飢えて、弱って、死んでいく。

 みんな、人殺しなんです。

 でも、やり方を変えない。

 自分たちが正しいって信じているからなんでしょうけれども、でもそれって結局みんなで不幸になっていくだけですよね?

 みんなで不幸になって、みんなで殺し合っているだけ。

 やろうと思えば、隙間風に震えることも、飢えることもなくなるのに、それをやらない。

 だからまあ、バカなんじゃないかな、と」

「ふむ」


 レーナはうなずいた。


「……えっと、すみません、なんかちょっと、しんみりしちゃったというか、真面目な感じになっちゃって」

「いえいえ、これはインタビューですから、みなさんが自分の話したいように話してくれればいいんですよー。

 うーん、でもそうですね、真面目すぎるのを気にしてるっていうのでしたら、最後にひとつぶっちゃけましょうか」


 レーナは嬉しそうな口調で言った。


「ぶっちゃける……ですか?」

「ええ。セイユ市民の皆さんに対して、なるべくぶっちゃけた感じで、最後に一言メッセージを送ってください」

「なるほど、ぶっちゃける、ぶっちゃける、ぶっちゃける……」


 アンリは何かを考え込むようにつぶやく。


「わ、わかりました。やります。

 えっと……では、セイユのみなさん。

 私からのメッセージです。

 おほん。

 まあ、その、ぶっちゃけて言うとですね……。

 つまり……。


 ……ぶっひゃひゃひゃひゃひゃ!

 お前らほんとバーカ! バーカバーカバーカ!

 わかってんのか?

 教団を選んだってことは、一生隙間風の吹く寒い家の中でがたがた震えながら、毎日まずい飯食ってくってことだぜ?

 頭にウジ湧いてんじゃねえのか?

 どう見ても泥草のほうが豊かじゃねえか。

 それとも教団の言う『泥草は悪魔と契約したからあんなことができるんだ。すぐに契約が切れて、手痛いしっぺ返しを食らうだろう』っていうのを真に受けてるのか?

 そんなわけねえだろ、バーカ。

 あんなでかい塔を作ったやつ、今までいたか? 空を飛ぶやつ、今までいたか? 悪魔と契約したくらいでそんなことできるんだったら、とっくの昔に誰かがやって(うわさ)になってるよ。

 今までそんな噂一度でも聞いたことあるか? ないだろ? ってことは、あれは悪魔との契約じゃない。泥草の素の実力なんだよ。実力!

 ま、お前たちはこれから一生、豊かな泥草たちを目の前にしながら、貧しい哀れな生活をするんだな。

 (うら)むなら、教団の言うことを真に受けた自分のバカさ加減を恨みな。

 あひゃひゃひゃひゃ!


 ……おほんっ!

 え、えっと、メッセージは以上です。

 その、市民の皆々様におかれましては、ご検討頂ければ幸いです」


 アンリのメッセージが終わると、パチパチパチと拍手の音が聞こえた。


「いや、すばらしい、さすがはアンリさん。見事なぶっちゃけメッセージでした」

「い、いえ、そんな、お恥ずかしい……」

「というわけで、本日のゲストはアンリさんでしたー。じゃあ、続いて音楽、いってみましょうか。曲名は『教団はおしまい』。演奏はデイソーズの皆さんでお送り致します。

 演奏の準備のほうはよろしいでしょうか?

 それでは、ミュージック・スタート!」

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