魔力至上主義世界編 - 73 セイユ市民の後悔 (5)
その日の泥草ラジオは、マルセルへのインタビューが終わった後も、しばらく続いた。
音楽コーナーでは、ミュージシャンと称する人物が現れて、教団の弱虫っぷり、嘘つきっぷりを高々と歌い上げ、聖職者たちを怒り心頭にさせた。
フリートークという名の雑談コーナーでは、パーソナリティのレーナが普段どれだけおいしいものを食べているかを見事なグルメリポートっぷりで話し、深夜で空腹なセイユ市民たちの胃袋を刺激した。おまけにどういう原理か、レーナの話に合わせてその食べ物の匂いがセイユ中に流れ出したのである。深夜の空きっ腹に、おいしい食べ物の話と匂い。拷問以外の何物でもない。
一通りグルメリポートを終えると、レーナはこう言った。
「いやあ、わたしたち『泥草ごとき』でも、こんなおいしいものを食べられるというのに、教団は何をやっているんでしょうねー。
バカなんでしょうか?
だって、そうでしょ?
『泥草ごとき』がこれだけおいしいものをお腹いっぱい食べられるんですから、『優れた』教団様ならもっとおいしいものを満腹になるまで市民のみんなに提供できるはずでしょ?
それをしないってことは……もしかして、そんなこともできないくらい教団がバカってことかあ?
それとも市民にはおいしい食べ物をあげたくないから隠しているのかなあ?
正解はなんだろう?
さあ、よい子のみんな。考えてみよう。
応募先は中央広場のガラスの塔まで。
ちなみに答えは1週間後、わたしたち泥草が教団を力ずくで調査した上で発表しまーす。
正解者の中から抽選で100名様に、ふかふかの最高級の白パン1週間分と、最高級のお肉をドンとひとかたまりプレゼントしますから、どしどし応募してねー」
これを聞けば、誰でもハッキリわかるだろう。
泥草は完全に教団をなめている。
教団のメンツは、丸つぶれである。
(ちなみに、クイズの正解は『教団はそんなこともできないくらいにバカ』だった。正解者は0名だった。というか、中央広場のガラスの塔なんて目立つところに応募してくる市民はいなかった。泥草たちもそれがわかっていて、からかっていたのだろう)
ラジオが放送された翌日、怒り狂った教団の面々により、犯人探しが行われた。
「許さんぞ! 泥草めぇ! 泥草めぇぇぇ!」
大神官ジラーは怒りの声をあげると、犯人探しの陣頭指揮をとった。
これまで教団の面々は、敗戦のショックやら、あわれな変態姿にされてしまったショックやら、こんな恥ずかしい姿で外に出られないという恥辱感やらで、ほぼ引きこもり状態だった。
が、こうまで侮辱されて黙っていたら、教団の沽券に関わる。
大神官ジラーによる現場指揮のもと、教団の聖職者たちは町中を捜査する。
もっとも現場指揮をとるということは、ジラーの恥ずかしいちょんまげ女装姿を再び人前にさらすということである。
「ぐっ……」
「ううっ……」
「ふぐっ……」
大神官ジラー、高等神官イーハ、軍率神官グジンの3人は、ふりふりミニスカートの格好と、互いを赤いリボンで結んでいるかわいそうな姿を民衆にじろじろと珍奇の視線で見られ、屈辱のうめき声を上げる。
ちなみに、軍率神官グジンはまだ処刑もされていなければ、クビにもなっていない。
もはや3人は赤いリボンにより、互い感覚を共有してしまっている。痛み、疲労、飢え、すべてを共有している。グジンを処刑しようものなら、ジラーとイーハも死んでしまうかもしれない。いや、死ななくても、グジンが体調を崩したり、苦しんだりしたら、ジラーやイーハにもダメージが来るのだ。むしろ手厚く保護しなければいけないほどである。
クビにすることもできない。グジンをクビにしても、リボンがある以上、3人はいつも一緒にいなければいけないのだ。クビにしたところで、そのクビにした男と24時間一緒にいるという訳のわからない状態になるだけである。
だったら、グジンを降格させて、一番下っぱの雑用係にさせるか? だが、グジンが雑用で駆け回るということは、ジラーとイーハもグジンにくっついて駆け回らなければならないということだ。ジラーもイーハもそんなこと絶対にしたくない。
そういったわけで、グジンの立場は軍率神官のまま留め置かれている。妥協と保留の結果、といったところか。
当のグジンは、敗戦とちょんまげ女装姿にされたショックからか、今はおとなしく、特にこの処置に反応を示していない。
さて、犯人探しである。
犯人というか、まあ「悪い」のは泥草である。
その泥草は、いつものように、町の通りをじゅうたんに乗って優雅に宴会をしている。
市民たちが貧しい食事に耐えて汗水垂らしながら働いているその目の前を、泥草たちは働きもせず贅沢に飲み食いして「あはははは!」「なにバカなこと言ってんだよ! ぎゃはははは!」などと笑い声を上げながら通りすぎていくのだ。
市民たちは「クズの泥草の分際で!」と屈辱で顔を歪ませ、けれども鼻眼鏡にされる恐怖から手を出すことができない。
歯ぎしりをしながら、ただただ屈辱に耐える。
そんな市民たちに変わって声をかけたのは、セイユに元からいる、いわば地元の聖職者たちだった。
「あ、いたぞ!」
「泥草たちだ!」
地元の聖職者たちの大多数は決戦には参加していない。
軍の人間ではないからだ。
グジンが決戦で率いた3000人の軍は、そのほとんどがセイユの外から連れてきた人間である。
それゆえ、地元の聖職者たちはまだふんどし姿にはなっておらず、まっとうな法衣を身にまとっていたし、決戦にも参加していないから泥草への恐怖感もない。
「よくも教団を侮辱したな!」
「正義の魔法を受けてみろ!」
そう叫ぶと、じゅうたんで地面から1メートルほどの高さをふわふわと飛んでいる泥草たちに向けて魔法を放つ。
必殺の魔法が泥草たちに向かっていくのを見て、聖職者たちは歓喜で顔を歪ませた。
「堕落した存在」であり、「苦しんで当然の存在」であり、「自分たちよりもはるかに下等な存在」である泥草たち。
これまで、聖職者たちは泥草を大いにいじめ、苦しめ、傷つけ、「痛い痛い痛い! やめてよぉ!」などと泣き叫ぶ様を笑って楽しんできた。聖職者が「機嫌が悪いから」という理由で、泥草に難癖をつけて暴力を振るうのはよくあることであった。
そんな彼らからすれば、泥草ごときが豊食にふけって楽しそうに宴会をしているのは、許せないことである。
今までは大神官が引きこもっていて明確な指示がなかったから、なかなか泥草どもを大っぴらに処分できなかった。
が、やっと今、臭い生ゴミを捨てるかのごとく、生意気な彼らをセイユから消し去ることができるのだ。
彼らの表情は、そんな喜びに満ちていた。
が、泥草に魔法は効かない。
ぽふん、といういつもの音と共に魔法は消え失せる。
泥草たちは無傷である。
「え……?」
「はへっ……?」
あんぐりと口を開ける聖職者。
そんな彼らに向けて、泥草たちは何やら肌の色に似た薄黄色の小石(正確には小石に似た何かだが)を放つ。
「わっ!」
「ひっ、な、なんだこれ!?」
石はぴたりと聖職者たちの手足に張り付く。
とたん、彼らは自分たちの手足が自由を失っていることに気づく。
手足が勝手に動くのだ。
「て、手が! 手が勝手に!」
「わわっ! ちょ、ま、待て!」
聖職者たちは悲鳴をあげるが、手足の動きは止まらない。
聖職者たち(全員男)は、服を次々と脱ぐ。
あげくには、いつの間にか足元に置かれていた布切れを下半身に巻き付ける。
全員、ふんどし一丁である。
「ひ、ひいいい!」
「ま、待て! ち、違うんだ、これは! 違うんだあああ!」
しまいには、また新しい小石が飛んできて顔面に張り付くと、表情の自由まで失い、にっこり笑顔にさせられる。
十数人もの聖職者たちが、ふんどし一丁で、満面の笑みを浮かべる姿に、市民たちは唖然とする。
「うわ、やめろ、見るな!」
「ひいいいいいい!」
聖職者たちは悲鳴を上げるが、顔はこれ以上無いくらいに笑顔なので、露出狂が歓喜の雄叫びを上げているようにしか見えない。
ひとしきりポーズを取り終えると、聖職者たちはにっこり笑いながら彼らの大事な法衣を道の一ヶ所にまとめた。
そして火をつける。
教団の権威の象徴であり、聖職者たちの誇りである法衣が、灰になっていく。
「ほ、法衣が! 法衣がぁ!」
「あ、ああ……」
法衣が一通り灰になったころ、手がまた勝手に動き、いつのまにか足元に転がっていた謎の薬品を頭にかける。髪の毛がボロボロとすべて抜け落ちる。
最後にツインテールのウィッグを頭に装着して完成である。
「う、うわあああああ!」
「ひいいいいいい!」
聖職者たちは、ふんどしガールズと化した自分たちの姿を見て、悲鳴をあげる。
目の前には、ふんどし一丁で金髪のツインテールを生やした、かわいそうな姿となった同僚たちがいる。
そして、その同僚たちは自分を見て、悲鳴を上げている。
ということは、自分もまた同じ姿になってしまったということだ。
聖職者たちは絶望の声を上げるのだった。
同じような出来事は、セイユの北で、南で、東で、西で、大通りで、路地裏で、商店街で、住宅街で、町のいたるところで起きていた。
町のいたるところで、ふんどしガールズの新メンバーが誕生していたのである。
この日、セイユ地元の聖職者の多くが、ふんどしガールズと化した。




