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魔力至上主義世界編 - 72 セイユ市民の後悔 (4)

 セイユ市民たちは、すっかり頭がまいってしまっていた。

 なにしろ、彼らがゴミクズだと信じていた泥草たちが、自分たちの目の前で空飛ぶじゅうたんに乗り、自分たちが一生着れそうにないきれいな服を着て、ごちそうを囲みながら宴会をしているのである。

 それも連日のように、である。


 怒りと嫉妬で気が狂いそうになる。


「泥草の分際で!」


 そう叫んで、ぶち殺したくなる。

 が、じっさいに憤怒に任せて泥草たちに襲いかかった者たちは、ことごとく鼻眼鏡にされてしまっている。

 自分もあんな目にあわされたら、と思うと、怖くて襲いかかれない。

 やり場のない憤りと妬みを必死で押さえながら日々の仕事をこなす。


 唯一気の休まるのは夜だけである。

 さすがに泥草たちも夜中は活動をしない。

 ベッドに入り、眠りについているこの時間だけは、市民たちも心が平穏に安らぐのであった。


 昨日までは。


「セイユのみんな、こんばんはー! 泥草ラジオの時間でーす! これからわたしたち泥草が、キャッチ―でハートフルなラジオをお届けしちゃうぞ!」


 その日の夜、突然、町中に響き渡るようにして流れてきた大音量に、セイユ市民は性別・年齢・身分に関係なく、みな驚いて跳ね起きた。


 神経質な高等神官イーハが「ななな、なんですか、いったい!」とびっくりして飛び起きる。ラブラブリボンでつながった大神官ジラーと軍率神官グジンも引っ張られるようにして「ぐえっ!」と眠りから叩き起こされる。

 大商会の会頭も、下っぱの徒弟も、鍛治職人もパン職人も門番も両替商も、町のありとあらゆる人間が跳ね起きる。


 そんな驚く彼らに向けて、大音量は続く。


「いやあ、というわけで、とうとう始まりましたね、泥草ラジオ。パーソナリティは、わたしレーナでお送りいたします。レーナって誰やねん、と思うかたも多いかもしれませんが、城壁に4コママンガを描いた泥草ですよー。

 あ、ここは、マンガってなんやねん! って突っ込むところですよー。さあ、ラジオの前のみなさんもご一緒に。せーの、『マンガってなんやねん!』」


 レーナと名乗る女の明るくハイテンションな声が町全体に響き渡る。背後では、何やら聞いたこともないような軽快な音楽が流れている。

 現代人が聞けば、「ああ、ラジオだな」と思うだろう。

 だが、ラジオなんて知らない中世人からすれば、意味がわからない。

 市民たちの混乱を無視して、レーナのしゃべりは続く。


「ちなみに、マンガっていうのは、セリフのついている絵ですね。ほら、城壁に大神官や高等神官が泣いたり土下座したりしている絵があるじゃないですか。あれがマンガです。で、あれを描いたのがわたしレーナというわけなんですよー。

 なので、わたしのことは『マンガのレーナさん』とでも覚えておいてくださいねー。

 さて、自己紹介はこの辺にして、今日の最初のコーナーから行ってみましょう。題して『みんなにインタビュー』でーす!

 えー、このコーナーはですねえ、わたしたち泥草と、泥草の下で働いてくれている人の中から、毎回1名ピックアップしてインタビューしてみよう、というコーナーです。

 じゃあ、さっそくお呼びしましょう。今日、お話をお聞きするのはこの人、マルセルさんでーす!」


 レーナと名乗る女がそう言うと、若い男の声が聞こえてくる。


「あ、ど、どうも。マルセルっす。え、ていうか、これ、もう、町中に聞こえているんすか?」

「はい、もう聞こえてますよ」

「すげえっすね。これ、どうなってるんすか?」

「うーん、そのへんの話は長くなるんで、また今度ですかね。詳しくは技術部に聞いてください」

「え、あ、そ、そうっすね。インタビューでしたね。すいませんっした。……あの、ほんとすいませんっした」


 マルセルと名乗った男は、慌てた口調で謝る。


「いえいえ。じゃあ、さっそくですが、マルセルさんは、ここセイユのご出身なんですよね」

「あ、そうっす。ここで生まれました」

「よかったらこれまでの経歴を簡単にお話しいただけますか?」

「うーん、と言っても、大したことはないんすけどね。針職人の子どもとして生まれて、長男だったんで、親は俺に跡を継がせるつもりだったみたいなんすけど、10歳の時に泥草だって言われて。

 そんで、まあ、父親も母親もブチきれて、『このクズ野郎! 恥さらし!』ってボコボコにぶん殴られて、親子の縁を切られて、追い出されたっす」

「それはそれは」


 パーソナリティーのレーナは、ため息をつく。


「ちなみにご両親のお名前は?」

「デューとシャンっす。南職人通りで針工房をやってるっす」

「ご両親もこのラジオを聞いていらっしゃると思いますが、なにかコメントはありますか?」

「ああ、コメントっつーか、あれっすね。あいつら、オレたち泥草がこのあいだ飯食って歩いてたら襲いかかってきたんすよ。仕事道具のハンマーもって。なので、2人まとめて鼻眼鏡にしてやりました。情けない顔して『ひいいーー!』とか『取れないよおおお!』とか泣き叫んでましたね。ま、あいつら、オレのこと気づいてなかったみたいっすけど」

「実のご両親が、マルセルさんに襲いかかってきたんですか。すごい偶然ですね」

「いや、そういうわけでもないっすよ。実家の近くを通って、からかってやりたいってオレが提案したら、一緒に食べ歩いていたメンバーからも『面白そうだね』って受け入れてもらえたんで。

 要するに、はじめから、うちの親のこと挑発してたんすよ。なんで、親が怒り狂って襲いかかってきても、まあありえるかなっと」

「ああ、なるほど」

「で、親へのコメントっすけど、そうっすね。『あんたら一生その鼻眼鏡のままだよ。ざまあみろ。ぎゃはははは』ってとこっすかね」

「わかりました。南職人通りの針工房のデューさん、シャンさん。息子さんからの頼もしいコメント聞いていただけたでしょうか。息子さんは立派に育ちました。どうぞ誇りに思ってください」

「うっす。ありがとうございます」

「さて」


 レーナは咳払いをひとついれた。


「マルセルさんの経歴の話を聞いていたのでしたね。話がそれてしまいました。家を追い出されるところまでお聞きしましたね。それで、その後はどうなったのでしょうか?」

「そうっすね、あとはお決まりのコースっすね。ごみ溜めのような泥草街に強制的に住まわされて、きつい仕事や、汚くて臭い仕事をやらされて。難癖つけられては殴られて、蹴られて。特に自分、親にぶん殴られたときに、右目をつぶされちゃって、目が膿んだみたいになっちゃったんで、目膿(めうみ)って呼ばれてたんすよ。

 いや、泥草仲間はちゃんと名前で呼んでくれるんすけど、市民の連中は、目膿としか呼ばなくて。

 で、視界が悪いから、もの運んだりするときもふらついたりするんすよ。ふらついたら、当然、市民の連中から殴られて。殴られているうちに、無事だった左目の方もだんだん霞んできて。

 本当、神様たちが来てくれなかったら、こうして目が治ることもなかったし、今の環境も手に入らなかったですし、本当感謝してるっす」


 マルセルと名乗った男は深々と頭を下げた。

 いや、声しか聞こえないのだが、頭を下げているであろうことが、声や衣擦れなどの雰囲気から伝わってきた。


「あはは、それはこれから恩返ししてもらうということで」

「うっす。がんばるっす」

「恩返しといえば、マルセルさんは先日の教団との決戦にもご参加されたそうですね」

「あ、はい。なんか筋がいいってほめてもらって、決戦のメンバーに抜擢してもらったっす」

「教団は戦ってみた感想はどうでした?」

「うーん、自分、ずっと小さい頃から教団は強いというか、絶対逆らってはいけない存在だって教えられてきたんすよ。雲の上の存在というか、半分神様みたいな存在というか。でも……」

「でも?」

「教団ってクソ雑魚っすね! ぷっ、ぷぷぷっ、ぶひゃひゃひゃひゃ! いや、すんません、でも、教団のクソ弱いの思い出したら、笑っちゃって。ぷぷぷっ…」

「いえいえ、わたしも教団の弱虫っぷりには笑っちゃいますから。あはっ、あはははは!」

「ですよね! いや、ほんと、たとえばあいつらの魔法って見かけ倒しで、全然効かないじゃないっすか。それに剣だって素人じゃないのかってくらい下手くそで、さんざん切りかかっておきながら、うちらのこと一人も倒せてなかったですし」

「あははー、本当ですよねー。自慢の軍をあれだけ用意しておいて、ボロ敗けですもんね。笑っちゃいますよー!」

「でしょ? しかも、あげくの果てには、負けたからっていきなり服を脱ぎ出して変態みたいな格好を始めたんすよ。下半身に布だけ巻き付けたり、あと大神官とか高等神官とかグジンとか、女装を始めたじゃないっすか。負けたショックで頭いかれちゃったんすかね。うわあって思いましたもん」


 嘘である。

 教団が変態じみた格好をしているのは、決戦の場で泥草が無理矢理そういう姿にさせたからである。

 マルセルは教団を挑発するために、わざとこんなことを言っているのである。


 効果はあった。

 セイユのいたるところで、聖職者たちは怒り狂ったのだ。


「違う! 俺は無理矢理こんな格好をさせられたんだ!」

「おのれ! 我らがクソ雑魚だと! 変態だと! よくも好き勝手なことを!」

「僕は変態じゃない! 変態なんかじゃないんだ!」


 もっともいくら叫んだところで、今はまだ夜である。

 中世というろくに明かりのない時代において、夜中はほとんど行動不可能な時間帯である。


 結局、聖職者たちは一晩中、怒り狂い、歯軋りをし、屈辱で「ちくしょう! ちくしょう!」と顔をまっ赤にすることしかできなかった。

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