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魔力至上主義世界編 - 71 セイユ市民の後悔 (3)

 セイユの町が、にわかに魔境と化しつつある。

 元来は、人口3万の大都市でありながら、温暖で風光明媚な土地柄であり、大神官が保養に訪れるのもその気候や景観の良さゆえである。


 そのセイユが今や奇天烈な姿になりつつある。

 城壁には、教団をコケにする4コマ漫画が、でかでかと並べて描かれている。

 城壁の内側には、何千人というふんどしガールズと鼻眼鏡どもが練り歩いてる。

 中央の広場にはガラスの塔がそびえている。

 教団の威信と権力を象徴していた大聖堂は跡形もなく消え失せ、代わりに大神官と高等神官が愛の口づけをする巨大な像が建っている。


 この日、セイユを訪れた3人の男はびっくり仰天した。

「俺たちは異世界に来てしまったのか!?」と驚く。

 そうして、どうやら話を聞くと、ふんどしガールズは聖職者で、鼻眼鏡どもは列記(れっき)としたセイユの市民であると知り、わけがわからなくなる。


 セイユを訪れた3人の男たちは、さらにたずねる。


「なあ……アレは何だ?」


 彼らが指をさす方向。

 そこには、往来の真ん中で、じゅうたんに乗ってパーティーをする集団がいた。

 大きなじゅうたんである。

 そこに十数人の男女が座り、おいしそうな数々の料理がのせられた皿を囲みながら、飲み食いをして騒いでいる。


 おまけにじゅうたんは飛んでいる。

 1メートルほどの高さの宙に浮き、ふわふわとゆっくり道を進んでいるのだ。

 異様としか言いようのない光景である。


「あっ、あいつら! 泥草だぞ! いいのか?」


 セイユを訪れた男の1人が、大声で叫んだ。

 彼の言う通りであった。

 じゅうたんでパーティーをする者たちの目は、黒、青、黄などであり、誰一人として赤くないのだ。


「泥草どもの分際で、あんなぜいたくなメシを食ってやがる! おい、あれを放っておいていいのか!?」

「いや、まあ……」


 問われた市民は歯切れが悪い。


「ちっ!」


 セイユを訪れた3人の男たちは露骨に舌打ちをすると、旅をする者の心得として装備している剣を3人ともギラリと抜き、道を進むじゅうたんの前に立ちふさがった。


「おい、泥草ども! 出来損ないのクズのくせに、美味そうなもの食ってんじゃねえよ! おまけに怪しげなじゅうたんに乗りやがって。よく見たら、きれいな服まで着てるじゃねえか。今なら許してやる。すぐに、食ってるもんと服とじゅうたん、全部置いて、ゴミために帰りやがれ!」


 男たちは自分が正義だと信じていた。

 泥草はクズであり、苦しむのがあるべき姿だと思っていた。

 だから自分たちがこう言えば、泥草はすぐに「ははーっ!」と情けない顔で()いつくばり、言われた通りにするに違いないと確信していた。

 事実、今まで彼らが会ってきた泥草は、怒鳴りつければ皆言う通りにしたのだ。


 それゆえ、3人の顔はニヤニヤと笑っている。

「正義」の前に「悪」が屈する姿を見るのは楽しいからだ。

 その楽しい光景が今まさに訪れるかと思うと、ニヤニヤが止まらないのだ。


 が、そんな光景は訪れなかった。

 泥草たちは、ちらりと男を見ると、すぐに興味を無くしたかのように談笑へと戻っていったのである。


 怒り狂ったのは男たちである。

 悪の分際で、正義を無視するとは何事か!


「てめえ!」

「泥草の分際で!」

「死ねえ!」


 3人はそれぞれ罵声を上げると、じゅうたんの泥草たちに剣を振り下ろす。

 男たちは「悪」の泥草たちが血まみれになり、金魚のように口をパクパクしてみっともなく死ぬ様を想像し、口元を楽しげに歪ませる。

 すでに勝利を確信している。

 だが……。


 ぽふん。


 剣は、まるでやわらかく弾力のある空気の層に当たったかのように、弾かれる。


「は?」

「へ?」

「ほわっ?」


 男たちは、わけのわからないといった顔をする。


「クスクス」


 そんな声が聞こえる。

 見ると泥草たちが笑っている。自分たちを見て、笑っている。


「お、おのれぇ!」

「泥草のくせに!」


 男たちは怒りの咆哮を上げると、再度剣を振り下ろす。突き立てる。真横に力一杯ぶんと振る。

 が、いずれも……。


 ぽふん。


 まるで効かない。


「バ、バカな……」


 男たちは茫然自失とする。

 なぜ剣が効かない?

 それも泥草ごとき相手に。

 一体どうなってやがるんだ?


 泥草の1人である少年が笑ってこう言った。


「いきなり人に剣を突き立てるだなんて無礼ですね。

 とはいえ、あなた旅の人ですよね? 今回は初回だから許してあげましょう。次からは気をつけてくださいね。じゃあ、もう、行っていいですよ」


 泥草は犬でも追い払うかのように手を振る。

 男たちの頭に血が上った。


「お、おのれぇ!」

「泥草のくせに、なめやがってぇ!」

「許さん!」


 顔を真っ赤にし、剣の柄をギリギリと音がするほど握りしめ、そうして「うおおおお!」という裂帛(れっぱく)の気合いと共に、泥草に剣を振り下そうとする。

 泥草は肩をすくめると、手を突き出し「えいっ」と言った。

 とたん、3人の顔に何かが張りつく。


「ぶへっ!」

「な、なんだ、これ!」

「と、取れねえ!」


 3人は悲鳴を上げる。


 なんなんだこれは?

 顔に張り付いている!

 取れない!

 俺の顔は? 俺の顔はどうなっちまったんだ?


 じゅうたんに座った泥草が、にっこり笑って鏡を差し出した。

 そこに映っていたのは、鼻眼鏡とトンガリ帽子をつけた3人組。

 分厚い黒縁眼鏡に、でかい赤鼻に、もっしゃりした口ひげをつけ、キラキラ光る円錐の帽子をかぶった、パーティー会場でよっぱらっていそうな風体の自分たちであった。


「う、うわあああああああ!」

「な、な、な、なんじゃこりゃあああああ!」

「ひいいいい!? 取れねえ! 取れねえよおおおおお!」


 3人は阿鼻叫喚の悲鳴を響かせる。


「いやだ! こんなバカみたいな格好いやだ!」

「はがれねえ! はがれねえ! うわ、うわああ!」

「やめろ! 見るな! 俺たちを見るなあああ! 見ないでくれ! 笑わないでくれええ!」


 そんな彼らの姿を見ながら、セイユ市民たちは「ああ、またか」という哀れみの目で見た。


 ◇


 セイユの街中を、泥草たちが空飛ぶじゅうたんに乗って連日のようにパーティ-をするようになったのは、1週間前からである。

 大きなじゅうたんに乗った十数人の泥草の男女が、料理の皿を囲みながら、楽しげに談笑するのである。

 じゅうたんは1つではない。

 最低でも50、あるいは100を越えるのではないかという数のパーティーじゅうたんがセイユの街中をあちこち飛び交っている。


 市民たちからすれば、たまったものではない。

 自分たちが十分にものを食べられず、空腹に耐えながら、布を織ったり、木をけずったり、レンガを積み上げたりして、ひいひい言っている時、泥草たちが目の前でパーティーをして豊食を味わっているのである。

 ふんわりとした良い香りを漂わせる白パン。

 これまた良い匂いを漂わせるシチュー。

 油したたるじゅうじゅうと焼けた肉のジューシーでスパイシーな香り。

 どれもこれも良い香りで、見るからにうまそうで、滅多に食べられそうにない……いや、下手したら一生食べられなくてもおかしくないようなものばかりである。


 それをおいしそうに味わいながら、泥草たちが目の前をゆっくりと通り過ぎていくのである。

 空腹な自分たちの目の前を!

 必死に働いている自分たちの目の前を!

 泥草ごときが!


 たまったものではない。

 ぶっちゃけ、仕事どころではない。


 我慢できなくなった市民たちは、泥草たちに声をかける。


 たいていの市民は高圧的にこう言う。


「おい、泥草。そのメシよこせ!」


 もう少し、穏やかな言い方をする市民もいる。


「なあ、泥草、俺たちにもメシをわけてくれないか」


 下手に出る市民もいる。


「あのー、泥草さん、よかったら我々にもそのメシを恵んで頂けないでしょうか?」


 泥草の反応はいずれも同じだ。

 無視である。


 それでも市民たちがしつこく食い下がろうとすると、泥草たちはこう言う。


「でも、あなたがたは教団を選んだじゃないですか」


 そうして「わかったならどっかに行ってください」と虫でも追い払うような仕草をする。

 ぶち切れて暴力に訴える市民もいた。

 が、そうした行動にまるで効果はなかった。


 ぽふん。


 と、まるでじゅうたんを囲む見えないバリアがあるかのごとく、あらゆる攻撃・干渉がさまたげられてしまうのだ。

 暴力を振るわれると、泥草は決まって手をかざす。その瞬間、市民たちはトンガリ帽子の鼻眼鏡姿にされてしまう。


「ひぎゃあああああ!」

「い、いやだあああああああ!」


 一生外れない鼻眼鏡をつけられた市民たちは絶望の悲鳴を上げる。

 それを見た他の市民たちは、次第に泥草に手を出すのをやめるようになる。

 反省したわけではない。

 鼻眼鏡の市民たちを見て「ああはなりたくない」と怖くなったのだ。


 そうして泥草たちのことは、見て見ぬ振りをするようになる。

 が、見て見ぬ振りをしたところで、おいしそうな匂いは鼻に入ってくる。パーティーを楽しむ談笑の声は耳に聞こえてくる。


 自分たちは空腹なのに!

 汗水垂らして、つらい労働をしているのに!

 しかも食べられるものと言ったら、まずくてボソボソとしたメシくらいなものなのに!

 なのに泥草どもは、働きもしないで、毎日毎日あんな美味そうなものを食べている!

 なんで!?

 どうしてこんなことに!?


 セイユの市民たちの心に、じわりじわりと後悔が染み渡ってきた。

 今回の話は全然筆が進まず、こんなにも書けないのは初めてで、「うわああ、もうダメだあ、書けない、エタるうう、ごめんなさい!」と思ったのですが、翌日、普通に書けました。

 よかった。

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