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魔力至上主義世界編 - 69 セイユ市民の後悔 (1)

クリスマス・イヴにふさわしく、かわいいツインテールのキャラが登場します。

 大神官ジラー、高等神官イーハ、軍率神官グジン、そして教団軍3000人。

 セイユの決戦で大敗北を喫した彼らは、セイユに帰還した。


 今後どうするにしろ、彼らには休息が必要であったし、物資の補給が必要であったし、体制の立て直しが必要であった。

 いずれにせよセイユで一息入れる必要があったのだ。


 セイユの町は、教団をコケにする4コマ漫画が描かれた城壁で囲まれている。

 そして今、その4コマ漫画以上にひどい姿となった教団一同が、町の大通りを行進していた。


 中心を歩くのは、ジラーとイーハとグジンの3人組である。

 ふわふわミニスカートのアイドル衣装をおそろいで身につけ、これまたおそろいのちょんまげヘアーである。

 おまけに短い赤いリボンでお互いの手を結んでおり、まるで恋人同士であるかのように男同士で体を寄せ合っている。

 この世界の誰が見ても「うわ、変態……」とドン引きするだろう。

 もし彼らが教団の高官でなかったら、ただちに処刑されていたであろうほどの変態ぶりである。


 その変態姿に、市民たちは唖然とする。

 決戦の顛末(てんまつ)は城壁から見ていたし、見ていない市民も「大神官様が妙な姿になっている」というのは話には聞いていた。

 が、実際に改めて間近で見ると異様である。

 ホラーとしか言いようがない。


 これまで立派な衣装を身にまとい、堂々たる自信にあふれた姿を人前に見せていた大神官や高等神官。

 その彼らが今や、ミニスカートでちょんまげである。

 市民らは、口をあんぐりと開け、珍獣でも見るような視線で呆然と眺める。


 視線が3人にぐさぐさと突き刺さる。


「くっ……」

「うぐっ……」

「くうっ……」


 3人は屈辱の声を上げながら、歩いて行く。


 そんなジラハジンの周囲を囲むのは、ふんどしガールズ3000人だ。


 ふんどしガールズとは、栄光ある教団の軍が、弾正によってふんどし女装姿にさせられたものである。

 彼らのヘアスタイルは、女の子がするようなツインテールだ。

 たくましい体の男たちが、両側頭部の髪を、大きな赤いリボンで可愛らしく結わえ、左右に髪を垂らしている。あまりにも長いため、髪の先端は膝のあたりまで届いている。

 首を左右にブンブン振れば、ムチのようにビュンビュンと振り回すことができるだろう。


 こんなにも髪の長い男など、本来は教団にはいない。

 教団というのは、男に関しては短髪が基本であり、特別扱いをされていた軍率神官グジンでさえその髪は肩に届いていなかったくらいである。


 ふんどしガールズがこうも長髪なのは、強制的に植毛されているからだ。

 元の地毛は、全て泥草たちによって脱毛されている。

 そうして代わりに、泥草たちの作ったキラキラ光るピンクの長髪を頭皮に植え付けられたのだ。


 このアニメの魔法少女のようなピンクの髪(ちなみにこの世界にピンクの地毛の人間などいない)は、特別頑丈に作られている。

 引っ張っても抜けないし、ナイフを使っても切れない。逆に、ナイフのほうが欠けてしまうくらいだ。

 ツインテールを結んでいるリボンも同様だ。まるで髪と一体化しているかのようで、ほどくことができない。

 要するに、彼らはこの先死ぬまで、キラキラピンクのツインテールというわけである。


「あの人たちは、もう一生ハゲる心配をしなくていいんです。感謝して欲しいですね」


 泥草はそう言って笑う。


 一方、ふんどしガールズの首から下は、その名の通り、ふんどし一丁である。

 他は何ひとつとして身にまとっていない。

 上から何か羽織ろうとすると、なぜか羽織った服がボロボロに腐食してしまうのだ。

 必然、ふんどし一丁になるしかない。

 どういう仕組みなのか、ふんどしからは温かい暖気が体を覆うように発生するため、寒さを感じないのがせめてもの救いだが、あまり(なぐさ)めにはなっていない。


「ちくしょう……なんで俺たちがこんな……」

「くそ……くそが……」

「う、ううっ……」


 日ごろ、教団の栄えある軍人として、褒められ、ちやほやされてきた彼らは、今や市民たちの変態を見るかのような視線にさらされている。

 むさ苦しい男たちが、ピンクの長髪をツインテールにして、ふんどし一丁で集団で闊歩(かっぽ)していたら、どう見ても変態であろう。

 彼らは歯ぎしりをしながら、屈辱に耐えて歩くしかなかった。


 ◇


 恥辱に耐えながら教団一行が向かったのは宿泊施設である。

 教団の面々は、もともとセイユの町の複数の有力者宅に分散して宿泊していた。

 大聖堂は破壊されているし、だいいち3000人を越える大所帯である。

 教団の権威と権力で、様々な有力者の住まいを半ば強制的に徴用していたのだ。


 大神官ジラーたちが泊まっているのは、大商会の会頭の邸宅である。


「よ、ようこそ、お帰りくださいました……」


 会頭は両手を広げて、表向きは笑顔で(ただし引きつった笑顔で)、ジラーたちを迎え入れた。

 異様な風体になってしまったとは言え、ジラーは、この大陸の支配者である教団のトップである。

 その権力も実力も、未だに健在だ。

 逆らうわけにはいかない。


 とはいえ、それは表向きの態度である。

 裏では、例えば会頭と副会頭が、こんな具合でひそひそと会話をしている。


「なあ、大神官様たちのあの姿を見たか?」

「ええ、見ましたとも。まあ、あれはちょっと、ねえ……」

「だよなあ。なんだよ、あの格好。ありゃあ、どう見ても変態じゃないか」

「本当ですよ。大神官様たちともあろうお方が、あんな。一体どうしちゃったんでしょうねえ……」

「どうだろう。聞いたところによると、決戦の場にいきなりやってきて、突然女装をしたとか」

「……意味がわかんないんですが」

「安心しろ。私もわからん」


 あるいは使用人たちの間でも、こんな会話が繰り広げられる。


「ねえ、知ってる? 大神官様と高等神官様とグジン様って、同じ部屋で同じベッドに寝ていらっしゃるのよ?」

「知ってるわ。わたし、3人が仲良く手を組んで同じ寝室に入っていくの、見たもの」

「それってつまり、そういうご関係ってこと……よね……?」

「うわあ……」

「ちょっと、教団の人達に聞かれたらまずいわよ」

「だって……ねえ……?」

「まあ、確かに、引くわよね」


 あるいは町の酒場でも、このような会話が行われる。


「よう、ゴドウィン。酒場に来るなんて、めずらしいじゃねえか。結婚してからさっぱり来なくなったってのによ。それになんだから嬉しそうだな」

「ああ、実はうちのかみさんがグジン様のファンだったんだがな」

「グジン様ってあの軍率神官のか? おいおい、お前さんのとこのかみさんだろ? 亭主をほったらかして別の男のファンなのかよ?」

「そうなんだが、かみさんが言うには、それとこれとは別、らしくてな。グジン様が町を通るたびに、きゃあきゃあ言ってよ」

「なんだよ、それでやけ酒か? ん? それにしちゃあ、やけに嬉しそうだな」

「言ったろ? グジン様のファン『だった』って。今はファンじゃねえんだよ」

「そりゃまたなんで?」

「ああん? 知らねえのか? グジン様の今のお姿。娼婦でもあんな格好はしねえだろってくらい扇情的な女物の服着てよ、おまけに変にハゲた馬鹿みたいなヘアスタイルをしてやがるんだ。しかも大神官様、高等神官様と手をつないで歩いててよ」

「は? なんだそりゃ?」

「おいおい、知らねえのかよ。今じゃ町中、この噂でもちきりだぜ。大神官様と高等神官様とグジン様が変態になっちまったって」

「いや……っていうか、大神官様と高等神官様もかよ!?」

「ああ、2人ともグジン様と同じ扇情的な女物の服に、珍妙なハゲヘアーでな。おそろいっていうのか? そういう格好で仲良く手つないで歩いてんだよ」

「マジかよ……いったい何があったってんだよ」

「さあ。泥草に負けたショックで頭おかしくなっちまったって噂もあるが……」

「泥草に負けた!? 嘘だろ!?」

「おいおいおいおい、それも知らねえのかよ!?」

「いやあ実はずっと作業でこもりきりでよ。世間のことに疎くてなあ。なんか『教団か泥草かどっちかを選べ』って、わけのわかんねえ演説が聞こえたのは知ってるんだが。つーか、教団が負けたってマジ?」

「ああ、ほんとほんと。まさに今日のことなんだけれどよ、グジン様率いる教団軍が、泥草と戦ってボロ負けしたって話だぜ」

「うっそだろ? 軍が負けるとか……ありえねえだろ……」

「ああん? 信じねえのか?」

「いや、そんな教団にケンカ売るような危険な嘘をつくとも思えねえし、本当なんだろうけれどさ、マジかよ……。そりゃあ、グジン様も頭おかしくなって変なカッコウするわな」

「ははは、ま、つーわけでよ、今日はうちのかみさんがやっと正気に戻ってくれためでたい日なんだ。楽しく飲もうぜ」


 市民たちはこのように、絶対的な支配者である教団に対し、批判的な噂を町中のあちこちでしていた。

 普段なら絶対そんなことはしない。しても、もっと声を潜める。

 聞かれようものなら、タダでは済まないからだ。

 それだけ教団というのは畏怖されていた存在だからだ。

 現代人の感覚で言えば、警察とヤクザを合わせたよりも数段恐ろしい組織というべきか。


 だが、市民たちは見てしまった。

 その恐ろしい組織の高官たちが、見るも滑稽な変態姿で街中を闊歩している姿を。


 衝撃的だった。

 あまりにも衝撃的だった。

 それゆえ、ついつい軽口を叩いてしまったのである。


 酒場や大通りで噂していれば、当然教団の耳にも入る。

 大神官ジラーは怒り狂った。


 当初、ジラーはセイユの市民たちを皆殺しにしようとした。


「全員ぶっ殺してやる!」


 ぶくぶくに太った顔を真っ赤にして、ジラーはそう憤怒の声を上げたのだ。


 口先だけではない。

 教団の権力ならできる。

 セイユそのものを徹底的に破壊し尽くしてがれきの山にすることだってできる。

 ジラーが一言命令すればそうなる。


 が、高等神官イーハの説得で思いとどまった。

 そんなことをしたら、貴重な大都市がひとつ失われ、我々の戦力ダウンになるだけだ、と。

 今は最終決戦に向けて力を温存しておくべきだと。


「くっ……」


 ジラーは怒りで手を震わせたが、結局イーハの進言を受け入れたのだった。

 ともかくも勝たねばならぬ、ということはジラーもよくわかっていた。

 勝たねば、一生この変態衣装のまま生きていかねばならぬのだ、と。


 一方、虐殺をまぬがれたセイユの市民たちは、この時点ではまだ現状を良く理解していなかった。

 教団が惨敗したのがどういうことか、ということを。

 そんな教団を選んだ自分たちが、どうなるのか、ということを。


 あるいはそんなことを考える余地もないほど、大神官たちの女装姿が衝撃的だったのかもしれない。


 が、だんだんそうも言っていられないような事態になっていくのだった。

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