魔力至上主義世界編 - 68 村人たちの後悔 (3)
少し長いですが、幕間的な話をいつまでも続けるのもあれなので、まとめて投稿します。
翌朝、村の小神官はいつものように目を覚ました。
昨日は不愉快な1日だった。
異教徒の泥草の物乞いたちが村に押し寄せ、好き勝手なことを言っていたのだ。
おまけに村の泥草たちまで1人残らず姿を消してしまったのである。
どうせ、あの物乞いどもが連れ去ったに決まっている。
泥草というのは、あれはあれで雑用を押しつけたり、村人たちの不満のはけ口になっていたりと、出来損ないの割に使い道はあったのだ。
かつて、この小神官は、村が飢饉に襲われた時、泥草の1人を「こいつが呪術を使って飢饉を起こしたのです」と言って犯人に仕立て上げ、小神官自身の手で彼女を火あぶりにすることで(小神官はこれを清めの炎と称していた)、村人たちを落ち着かせた「実績」を上げたことがある。
村の中で盗難事件が起きた時も、1人の泥草を犯人ということにして、これまた小神官自ら火あぶりにすることで、村の中がぎすぎすした雰囲気になることを防いだこともある。
まあ、半分は、出来損ないの泥草が焼かれて苦しむを見て楽しんだり、殺された泥草と仲の良い泥草が「やめろ! 殺すな!」とか泣き叫んでいるのを見て笑ったりするのが目的ではあるのだが。
いずれにせよ、小神官にとって、泥草というのはそういう風に使い勝手のいい道具であった。
(それを連れ去るとは。まったく、えらい迷惑ですよ!)
さらに許しがたいのは、泥草ではない真っ当な村人の中にも、ごくごく一部だが、泥草たちに賛同して村から出て行ったやつらもいるということである。
昨日、村人たちが罵声を上げる中で、「で、でも、あいつら空飛んでるんだよな……。もしかして、すげえやつらなんじゃ……?」と小声でささやいていた者たちがいた。
あるいは村人たちが泥草の作ったパンや肉を投げ捨てる中、こっそりと懐にしまった者たちがいた。
村から出て行ったのは、こういった連中である。
彼らは変わり者であった。
決して表には出さないが、教団の言うことに(本当かな?)と心のどこかで疑問を覚えていた。
そんな彼らからすれば、弾正たちは空を飛ぶし、食べ物だって自在に作れる。
ただ者ではない。
小神官は悪魔の手先だと言っていたが、どこまで本当か怪しいし、どうせこの村にいたって、きつい労働と希望のない日々が待っているだけである。
だったら、あの泥草たちについていこう。
そう思ったのである。
出て行った者たちの数は、村全体からすればごく一部に過ぎない。
それに、もともと彼らは村の中では浮いていた連中ではあった。
ある意味厄介払いとも言える。
が、それでも小神官からすれば腹立たしいのだ。
小神官である自分ではなく、よりにもよって泥草についていったのが許せないのだ!
(とはいえ、『まさか泥草についていく連中がいるなんて……』と混乱していた村人どもを、とっさに聖典のエピソードを説くことで落ち着かせたのは、我ながら良く出来ましたね。まあ、私は小神官様ですし、村人どもからも信頼されていますからね。当然と言えば当然ですか。出来損ないと泥草とはわけが違うんですよ)
小神官はそう思いながら、毎朝そうしているように、身支度を調え、助官たちと共に礼拝室へと入る。
村の朝は、村人たちが礼拝室に集まり、小神官と共に神への祈りを捧げることで始まるのだ。
いつもは小神官が入室する頃には、礼拝堂は村人でいっぱいであった。
ところがどうしたことだろう。
この日は1人もいないのだ。
「なっ!」
がらんとした礼拝堂に、小神官は驚きの声を上げる。
「ど、どういうことですか!? いったい何が!?」
「さ、さあ……」
小神官の問いかけに、助官達も首をひねるばかりである。
「あの、もしかして村で何かあったのでは……?」
助官の1人がそう言うと、小神官も「それはありうるかもしれない」と思ったのだろう。
ただちに助官らを引き連れて外に出る。
異変にはすぐに気がついた。
村の一角に、村人全員と思われるほどの人数が集まっていたのである。
もとより大して広くない村である。
それだけの人数が一カ所に集まっていれば、すぐわかる。
異変はそれだけではなかった。
村人たちが集まっているところには、何やら白い壁のようなものが建っていたのである。
「な、何があったのですか?」
小神官が駆け寄って、たずねる。
「あっ! しょ、小神官様。あ、あれを……」
村人がそう言って、指をさしたのは、その白い壁であった。
近寄ってみると、壁、というのとは少し違う。
石碑だろうか?
ただし石碑にしては巨大すぎる。
縦横たっぷり10メートルはありそうな代物である。
石碑には昨日の日付と、この村の名前、それからこのような文言が刻んであった。
『私たちは教団の味方をし、泥草に敵対することを選びました』
そして石碑には、教団を選んだ村人全員の精巧な顔が描かれていた。
それはまるで写真のごとく、写実的で色鮮やかなものであった。
一番上には小神官の顔が描かれ、「私たち村人は、みんな小神官の言うことを信じました」と書かれている。
裏面にも何やら文字が刻まれている。
「泥草どもがこの村に何しに来やがった?」だの「物乞いか? お前らにやる食い物なんかねえぞ」だのと書かれていて、どうも、村人たちが昨日泥草たちに浴びせた罵声の数々のようである。
「な、な、な、なんですか、これは!?」
小神官は驚愕の声を上げた。
「へ、へい。今朝起きたらいつの間にか建ってまして。昨日はこんなものなかったはずなんですが……」
村人の言葉に小神官はますます顔を驚愕に染める。
(バ、バカな……。この巨大な石碑をたった一晩で、ですって!? あ、ありえません……)
彼らは呆然とたたずむのだった。
◇
この石碑は、その後もこの村に残り続けることになる。
どういうわけか、石碑は破壊することも引き倒すことも文字を削り取ることもできなかったからだ。
村人たちは、のちに、弾正が引き起こしたとある事件を契機に、教団を選んだことを激しく後悔するようになる。
「ど、どうか! どうか泥草様のもとで働かせてください! 何でもしますから!」
村人たちは、かつて自分たちがバカにした泥草たちに対し、土下座して這いつくばり、懇願する。
そんな時、泥草たちは石碑に刻まれた村人の顔を指し、裏面に刻まれた泥草への罵声の言葉を指し、「お前たちはこんな罵声を浴びせながら、我々をバカにし、教団を選んだじゃないか。今さら何を言っているんだ」と言って村人たちの懇願を拒絶するのだ。
村人たちは、石碑に刻み込まれた事実を見せつけられ、何も言うことが出来なかった。
そうして自らの選んだ道を深く後悔するのだった。
「どうして俺はあんな選択をしてしまったんだ! なんで! どうして!?」
「あの時、泥草を選んでいれば、こんなつらい毎日を過ごさなくて済んだのにっ! くそ、くそ、くそおおお!」
「ああっ! ああああっ! なんでっ! なんでよ! なんでわたし、教団なんて選んじゃったのよ! どうして泥草たちに対してあんなこと言っちゃったのよ!? なんで! どうして!?」
「ちくしょう! ちくしょう! 俺の人生が! 泥草さえ選んでおけばバラ色の人生が待っていたのに! なんで……なんで俺はあんな選択を……くっ……」
村人たちは、泣き叫ぶような声を上げながら、ただただ深い悔恨の念にかられるのだった。
彼らの怒りは、小神官に向かった。
「お前が! お前があの時、泥草様を悪魔の手先呼ばわりしなければ!」
「よくも! よくも騙しやがったな!」
小神官はこのように罵声を浴びせられながら、聖堂から引きずり出される。
「ぶ、無礼な! 何をするのですか!?」
小神官はと顔を真っ青にしながらそう叫ぶが、村人たちは「うるせえ! この嘘つきめ!」と言って、小神官を棒で殴ろうとする。
が、それらの攻撃は全て弾かれた。
いつのまにか、小神官を囲むようにして、ガラスの壁ができていたのだ。
「な、なんだぁ?」
「くそ、攻撃できねえぞ!」
村人たちは殴ったり、蹴り飛ばしたりするが、小神官には一向に届かない。
「八つ当たりは見苦しいぞ」
ふと上空から声がする。
「あっ!」
「で、泥草様!」
村人たちが見上げると、泥草が空を飛んでいた。
村人たちは一斉に地面にひれ伏し、土下座する。
殊勝な態度を取ることで、少しでも泥草に目を掛けてもらおうという魂胆である。
泥草はそんな村人たちを呆れたような目で見て、こう言った。
「小神官に八つ当たりをするな。みっともない」
「し、しかし……、我々はこの男に騙されて……」
「選んだのはお前たち自身だろう。この男の言うことはメチャクチャだった。泥草は出来損ないに決まっているから、そんな泥草がすごいことをしたら、これは悪魔の仕業に違いないとか何とか、支離滅裂なことを言っていた。その支離滅裂なことを真に受けて信じたのはお前たち自身だろう? 違うか?」
「い、いえ、その……」
村人たちは、ごにょごにょと呟くが、泥草ににらまれると何も言えなくなる。
ほっと一息をついたのは小神官である。
よくわからないが、泥草が自分の身を守ってくれたのだと思ったからだ。
(なるほど、泥草もやっと教団の素晴らしさに気づいたのだな。やっと神の威光を理解したのだな)
小神官はそう思った。
自分を囲むようにして建っているガラスの壁も、この泥草が作ったのだろう。
この尊き小神官様である自分を守るために。
「そこの泥草。よくやりましたね。ほめてあげます。さあ、私を安全なところに連れて行くのです」
小神官はそう言った。
泥草は返事をする代わりに、手をかざした。
小神官の服が破け、パンツ一丁になる。
「ほわっ!?」
小神官が驚く間もなく、何かが飛んできて、首に巻き付く。
首輪である。
さらには杭が飛んできて、地面に刺さると、杭と首輪が鎖でつながれた。
「ぶへっ!」
小神官は勢いよく地面に突っ伏す。
「な、なにをする……ぐげっ!」
小神官は立ち上がろうとするが、鎖に首を引っ張られて立ち上がれない。
低い杭と首輪が短い鎖でつながれているため、立ち上がれないのだ。
犬のように地面に這いつくばるしかない。
(犬……?)
ふと、違和感を覚えて、頭に手をやる。
もふもふした感触。
これは一体何だ?
「こっちを見ろ」
声のした方を向くと、鏡が置いてあった。
そこに映っているのは小神官の姿である。
首を鎖でつながれ、パンツ姿でよつんばいになり、そしてなぜか犬のような耳としっぽが生えている。
「……は? へあ? ほわああああああ!?」
小神官は素っ頓狂な声をあげる。
いつのまにか、犬耳と犬しっぽが生えていたのである。
「なななな、なんですか!? なんですか、これはあああ!?」
小神官は絶叫する。
耳を引っ張り、しっぽを引っ張り、どうにか抜こうとするが、体に張り付いたように動かない。
その顔面に、べちゃっと何かが張り付く。
「ぶべっ! な、なんですか、これ! く、臭い!」
それは腐りかけた肉だった。
「今日のエサだ。味わって食えよ」
「は? エ、エサ?」
「そうだ、エサだ。これからお前はこのガラスの檻の中で、一生四つん這いになりながら、毎日、俺たちから与えられるエサを食って生きていくんだ。よかったな、働かずに安穏として生きていけるぞ」
「……は?」
小神官は一瞬意味がわからず、けれどもだんだんと泥草の言うことが理解でき、顔が青ざめていく。
一生のこのガラスの檻の中で四つん這い?
こんなバカみたいな耳としっぽをつけられて?
かつて自分を尊敬と畏敬のまなざしで見ていた村人たちから、侮蔑と軽蔑の目で見られながら?
ずっとずっとさらしもの?
「い、いやだ……いやだ……ひ、ひいい!」
小神官は魔法を放つ。
這いつくばりながらも、右腕だけを伸ばし、杭に、鎖に、ガラスの壁に向けて魔法を放つ。
が、ダメである。
どれも傷一つつかない。
「じゃあな」
「ま、待て! こ、この人でなしが! こんなことをしていいと思っているのか! このクズが!」
「うるせえ!」
泥草は怒りの形相で一喝した。
雷鳴のごとき音と共に、石が飛んできて、小神官の頬をかすめて地面にめり込む。
「ひ、ひいっ!」
「お前は俺の妹を殺した! 飢饉の犯人だと言って、火あぶりにした! あいつはまだ10歳だった。最後まで『お兄ちゃん、熱いよ、助けてよ』と言っていた。なのに、お前は『これは清めの炎です。これで不浄なる魂も清潔になるでしょう』と言って、笑った!
しかも、それにも飽き足らず、こんどは俺の親友を殺した! 泥棒扱いされて、またお前の手で火あぶりにされた! あいつはいいやつだった。妹が死んで落ち込んでいる俺が、立ち直れたのはあいつのおかげだった。なのに、お前は……っ!
他にも一体何人の泥草が、お前のわけのわからん理屈で殺されたか……」
「あ、あ、あわわ……ゆ、ゆるして……ゆるしてくだちゃい……」
「ふん。神様との約束だからな。殺しはしないさ。だがな、この村の人間の扱いは俺に任されているんだ。だから、俺は俺のやり方で、お前に復讐させてもらうからな」
そう言って、その泥草は飛び去ろうとして、ふと振り返ってこう言った。
「だが、一生そのままってのは、さすがに可哀想だよな」
「……え?」
泥草の思わぬ言葉に、小神官は希望を覚える。
もしかして、助かるのか?
そう思った小神官に対し、泥草はこう言った。
「お前が火あぶりにした俺の妹の名前と、俺の親友の名前。この2つの名前をはっきりと口にして、土下座して謝罪したら許してやるよ。鎖も外すし、自由と安全を保証してやる。ただし、チャンスは1回だ。1回でも名前を間違えたらアウトだ。ま、賢い小神官様なら楽勝だろ。じゃあな」
そう言うと、泥草は今度こそ飛び去ってしまった。
小神官はしばしの間、呆けたような顔をしていた。
(名前……?)
泥草の言っている言葉の意味がよくわからなかった。
(名前、名前、名前……。あ、ああっ! 泥草の名前か!)
小神官は「泥草ごとき」にも名前があるということをすっかり忘れていたのだ。
(名前……そうか、名前か。あの泥草の妹と、親友とやらの名前だな。それを口にして、形ばかりの謝罪をすれば、私は自由になれるのだな。
なあんだ、簡単じゃないか。ははは。
……で、名前は何だ? オレが火あぶりにした泥草の名前……。なんだった? 確か処刑するときに『罪深き●●を火あぶりの刑に処す』とか言って、名前を言ったはずだ。なんだった? ユリア? デニス? ヨークマー? ……あれ? ……思い出せないぞ? ……なんでだ? なんで思い出せないんだ?)
小神官は焦った。
必死に記憶を掘り出し、どうにか思い出そうとする。
が、まるで思い出せない。さっぱり名前が出てこない。
それもそのはずで、そもそも小神官は「泥草ごとき」の名前など、いちいち覚えていないのだ。
(くそっ! なんで神に選ばれし尊き小神官様であるこの私が、泥草ごときの名前を思い出すことなどに、頭を使わなければならないのだ!
……だが、今は思い出さなければ! 思い出さなければ! 思い出せ! 思い出せよオレの頭あああああ!)
ふと顔を上げると、村人たちがガラス越しに気持ち悪い物を見るような目で自分を見ている。
ゴミか何かを見るような目。さげすむような目。見下すような目。
(やめろ! オレをそんな目で見るな!
くそ、くそくそくそ! 名前だ! 名前だよ、名前! 思い出さないと一生このままだぞ! 一生犬扱いだぞ! ……でも、思い出せない。全然思い出せない! ちくしょう! 名前! 名前名前名前名前名前ええええええええ!)
小神官は頭をかきむしりながら、必死に自分が火あぶりにした少女と少年の名前を思い出そうとする。
必死に必死に、何度も何度も思い出そうとする。
脳の奥底を掘り返すようにして、どうにかして記憶の奥底から名前を取り出そうとする。
が、ダメである。
全く思い出せない。
思い出せない理由は小神官自身もわかっていた。
わかりたくないが、わかっていた。
「泥草ごとき」の名前など汚らわしいと、覚えようとしなかったからだ。
たとえ自分が処刑したい相手であっても、その名前を記憶の片隅にすらとどめようとすらしなかったからだ。
そして今、小神官はそのことを激しく後悔していた。
「なんでだよ! なんで名前が思い出せないんだよ! なんで覚えなかったんだよ! ぐああああああ! 名前名前名前名前ええええええええええええええええ! うあああああああああ!」
小神官は狂ったように地面に頭をたたきつける。
そうやって頭から記憶を取り出そうとしているのか、何度も何度もたたきつける。
村人たちはますます小神官を侮蔑の目で見る。
こうしてこの小神官は、首輪をつながれてパンツ姿で犬耳犬しっぽで四つん這いになりながら、必死に名前を思い出そうとして思い出せず、ひたすらに苦しみ続けるという生涯を送るのだった。
そして、村人たちは、豊かな泥草たちと比べてあまりにも貧しい自分たちの生活の惨めさと、そんな生活を選んでしまったことへの後悔を、小神官を見下すことで、せめてもの慰めとするのだった。
少しだけ未来の話をしました。
次回からは、決戦直後の話に戻ります。




