魔力至上主義世界編 - 5 才能の開花 前編
イリスという都市は、全体を城壁で囲われている。
城壁の一部は天然の岩山である。
太古の地殻変動の名残か、直方体の形をした岩山が、平地の真ん中にポツンとそびえ立っているのだ。
高さは約100メートル、厚みも約100メートル、横幅はおよそ300メートル。
それが城壁の一部をなしているのだ。
ただし、たまに落石がある。
それに、岩山の近くは、日陰でじめじめしている。
さらには、飛翔石という石がたくさん埋まっている。地面を掘ると、いきなり光る石がビュンと飛び出してくることがあるのだが、これが飛翔石である。どういうわけか、地中から掘り出すと、ものすごい勢いで飛び出す。数秒ほど飛んだのち、ポトリと落ちてくる。飛びも光りもしないただの石になっている。そういう石である。飛び出す勢いはすさまじい。頭に当たれば確実に命を落とす。
それゆえ、岩山の近くに人は住まない。
唯一住んでいる、というより住まわされているのが泥草である。
「泥草は苦しむべき」という教団の方針により、住環境の悪い場所に強制的に居住させられているのだ。
あたりには、多くの泥草の命を奪った落石や飛翔石が、ゴロゴロと転がっている。
そのうち、ひときわ大きな落石の陰に、弾正とアコリリスがいた。
安息日のさわやかな朝日が昇る中、アコリリスの才能を開花させるための、彼女の能力のテストをしているのだ。
弾正が言うには「歴史に残る大実験じゃ。何しろ、これでアコリリスの才能が開花し、世界を変える巨大謀反の実現がぐっと近づくのじゃからな!」とのことである。
弾正はまずアコリリスに「そちには一寸動子という能力がある」と告げた。
一貫(約4キログラム)の物体を一寸(約3センチ)動かす能力である。
「一寸動子、ですか?」
アコリリスは、きょとんとした顔で問う。
「さよう、そう心の内で念じながら、この石に向けて手をかざすのじゃ」
弾正はニヤリと笑うと、板きれの上にゴロリと転がっている、手のひらくらいの大きさの石を指さした。
「わ、わかりました。やってみますっ!」
アコリリスはそう言うと、「えいっ!」と言って手をかざす。
すると、触れもしないのに石がコトリと動いた。
「わ、わ、動きました!」
アコリリスは興奮して、えいっ、えいっ、と何度もやる。
そのたびに石がコトコト動く。
ほどなくしてコツをつかんだらしい。
きれいに3センチほど、石が滑るように一直線に動いた。
さらに慣れると、途中で曲げて動かすこともできるようになった。前に1センチ動かした後で右に2センチ動かしたり、左に2センチ動かしてから後ろに1センチ動かしたり。上空に向けてぴょんと一瞬だけ3センチ浮かせることもできる、
要するに、3センチ以内なら、自由自在に動かせる。
アコリリスはしばらくの間、「わたしにもこんな力が……」と興奮していた。
が、すぐに落ち込む。
「申し訳ありません……」
「うむ?」
「こんな石をちょっと動かすくらい、手でもできます……。こんな力じゃ神様のお役には立てませんよね……」
「わはは、そちは早とちりじゃのぉ、アコリリスよ」
弾正は笑った。
アコリリスは、「え? え?」ととまどう。
「でも、石をちょっと動かすだけじゃ……」
「アコリリス!」
「は、はいっ!」
弾正の大声に、アコリリスもまた背筋を伸ばす。
「わしは何じゃ?」
「か、神様です!」
「であれば、その謀反の神を信じよ。そちの才能は天下一品じゃ。わしが必ず開花させてやる! よいな!」
「あ……は、はいっ! 申し訳ございませんでした!」
アコリリスはご主人様にほめてもらった子犬のように、嬉しそうに笑った。
「さて、それでアコリリスよ。力を使ったことによる疲れはどうじゃ?」
「え? あっ、はい、全然疲れていません」
「よろしい。では、次の質問じゃ。その力、離れていても使えるか?」
「や、やってみます!」
「それと、どれくらいの速さで物を動かせるかも見てみたいのぉ」
「は、はい、それも試してみます!」
実験の結果、次のことがわかった。
・能力は、何度でも使える。疲れない。ただし1回使うごとに、一呼吸分、間を空ける必要がある。
・射程距離は3メートルほど。つまり、最大で3メートル先の物体を3センチ動かすことができる。
・時速約100キロで動かせる。
今度は、別の実験のアイデアが浮かんだ。
「軽いものを動かすとどうなるのじゃ?」
4キログラムの物体を3センチ動かせるなら、より軽い物体を動かしたらどうなるのだろう?
もしかして、より遠くに動かせるのではないか?
ダメだった。
2キログラムの物体でも、1キログラムの物体でも、動かせるのはきっちり3センチまでである。
「ならば重い物ならどうじゃ?」
例えば、100キログラムの物体なら、3センチとまでは行かなくても、1ミリくらい動かせないだろうか?
ダメだった。
4キログラムを越える物体は、動かせないようだ。
「しからば、これを動かすとどうなる?」
弾正は、人の背くらいの高さのある落石を、つんつんと指でさして言う。
アコリリスは「え?」と驚く。
どう見ても4キログラムよりも重い。
「そ、そんな大きな岩を動かすのですか……い、いえっ! 神様がおっしゃるなら、わたしっ!」
「わはは、落ち着け、アコリリスよ。わしが言っておるのは、この岩の先端の事じゃ」
「先端、ですか?」
「さよう。この岩のとがった先っちょの部分じゃ。ここだけを動かそうとしたらどうなる?」
「り、了解しました。やってみます」
アコリリスは手をかざす。
岩の先端がポキリと折れた。
「ほう!」
弾正は感嘆の声を上げた。
大きな物体を丸ごと動かすことはできない。
けれども、大きな物体から、4キロ以下の小さな物体を切り離して動かすことはできるようである。
この力を使えば、例えば人体から喉元だけを3センチ、えぐり取るように切り離すこともできる。
それだけで人間は死ぬ。
一撃必殺の対人能力である。
ただし、近距離限定である。
(まあ、射程距離が1間4尺(3メートル)というのは短すぎるわな。近づかないと攻撃できないのでは、使い勝手が悪すぎるわい)
ここでふと疑問が浮かぶ。
先ほどは岩の外側をえぐり取るように動かした。
では、岩の内部を動かしたらどうなるだろうか?
「内部ですか?」
「そうじゃ。この岩の内側じゃ。目には見えぬが、岩のど真ん中である中央の部分、ここをちょいっと外側に動かしてみたらどうなる?」
「試してみます」
アコリリスは、えいっと、手を突き出す。
ボコッと音がして、岩から長さ3センチの小さなかたまりが突き出た。
「えいっ! えいっ!」
繰り返すごとに、かたまりは棒状に伸びていき、やがてゴトリと落ちた。
「わはは、岩の棒が出てきたわい」
何が起きたかを図で書くと、こうなる。
○が岩。●が動かした部分である。
○○○○○
○○●○○
○○○○○
↓
○○○○○
○○ ●○○
○○○○○
↓
○○○○○
○○ ●○○
○○○○○
真ん中の●を右に動かした結果、右側にある○○もまた周りの岩から切り離され、押し出されるようにして動いてしまったのである。
つまり、
・見えないものも動かせる
・動かそうとした時に障害となるものがあれば一緒に動く
ということである。
アコリリスの大人しそうな外面に似合わず、何が何でも3センチ動かしてやろうという意志の感じられる能力である。
「面白いのう」
使い道は色々ある。
例えば、見えないものを動かせるのなら、鍵を開けることもできる。
重いカンヌキであっても、ちょっとずつ動かせば、いずれ開く。
あるいは、鍵開けなんてまどろっこしいことをしなくても、壁に穴を空けることだってできるだろう。
壁の表面部分を広く薄く、壁に押し込むイメージで何度か動かせば、下図のように大きな穴が空く。
○○○○○
●○○○○
●○○○○
●○○○○
○○○○○
↓
○○○○○
●○○○○
●○○○○
●○○○○
○○○○○
↓
○○○○○
●○○○○
●○○○○
●○○○○
○○○○○
大聖堂に対してこれをやれば、あの偉そうな建物を崩壊させることだってできるだろう。
地形を変えることもできる。
地面に向けて押し込むように根気よく力を使えば、山を平地にすることだってできる。
もっとも、押し込んだ結果、もしかしたら、星の反対側に新たな山ができてしまうかもしれない。
地殻だのマントルだのに変な影響を与えて、地震や噴火などの災害を引き起こしてしまうかもしれない。
弾正は別に災害を起こしたいわけではない。
(しかし、じゃなあ……)
今のところ、どうにも「これじゃ!」という感じがしない。
「これで素晴らしい謀反ができる!」という気がしないのだ。
「さあて、どうしたものかのぉ……」
弾正は腕を組み、頭を悩ますのだった。