魔力至上主義世界編 - 67 村人たちの後悔 (2)
「どうじゃ? 教団を捨てて、わしらのところに来ぬか? 今なら歓迎するぞ」
弾正の言葉に村人たちはしんとする。
その時である。
「嘘です!」
声が上がった。
小神官である。さっきまで呆然としていた小神官が我に返り、叫んでいるのだ。
「その男の言うことを信じてはいけません。
彼は悪魔のしもべです。
悪魔と取引したのです。
考えてもごらんなさい。彼らは泥草ですよ。出来損ないですよ。なのに、どうして空を飛べるのか? どうして食べ物を作れるのか?
悪魔と取引して、外道な力を手に入れたからです。
とはいえしょせん、外道は外道。その食べ物だって、食べると悪魔の手先になるに決まっています!」
小神官の言葉に、村人たちは「ひ、ひいっ!」と叫んで、手に持っていたパンや肉を投げ捨てる。
ごくわずかながら、食べ物をこっそりと服の内側にしまう村人もいたが(中世の服にポケットはなかった)、大多数の村人は、まるで忌まわしいものであるかのように肉や果物を地面にたたきつけたのだ。
そうして弾正たちに嫌悪の視線を向ける。
「く、くそ、騙したな!」
「悪魔の手先どもめ。とっとと失せろ!」
「本当、いやらしい悪魔どもね。小神官様がいなかったら、大変なことになっていたわ。さっさと消えてちょうだい!」
「そうよ! 小神官様の言うことが正しいに決まっているじゃない!」
村人たちは憎悪に満ちた怒号を上げる。
中には「死ね!」と言って魔法を放つ村人もいる。
その魔法を指先で払い、弾正は「やれやれ困ったものじゃ」とつぶやいた。
それから「まあよい」と言うと、拡声器を使って、村中に響き渡る大声でこう言った。
「聞け、村人どもよ。
もう一度言うぞ。
わしはうぬらに選択肢をやる。教団につくか、泥草につくかじゃ。
わしら泥草が、いくらでも食べ物を作り出せるのは見ての通りじゃ。
それでも教団の言うことを盲信するか? それとも、わしらについてくるか?
よく考えるが良い。
この村の上空に見張りを1人、置いておこう。
わしら泥草の下で働きたくなったら、今日中に上空のその者に向けて両手でダブルピースをするのじゃ。
すぐに迎えに行こう。
美味い飯と、上等な服、立派な家、すべてを保証してやる。
だが、期限は今日中じゃ。言っておくが、次のチャンスはないぞ? よいな?」
そう言うと、弾正たちは村人たちの怒声を背に、見張りとして1人だけ上空に残すと、村から飛び去った。
……正確には飛び去っていない。
そう見せかけただけだ。
彼らはある程度村から離れると、姿を透明にし、村へと引き返したのだ。
弾正は気づいていた。
先ほど、弾正たちと村人らがやりあっている時、物陰からこっそりと見ている者たちがいたことを。
村に引き返した弾正たちは、その物陰に隠れている者たちのところへと降り立ち、透明化を解除する。
「わはは、何をコソコソしておるのじゃ」
「ひゃ、ひゃあっ!」
そこには10人の男女がいた。
一様にやせていて、貧しい身なりをしている。
村の泥草たちである。
「そのほう、ずっとわしらを見ておったじゃろう」
「あ……そ、その……」
弾正の言葉は事実であった。
村の泥草たちは、騒ぎが気になって、物陰からこっそりと弾正と村人たちとのやり取りを見ていたのである。
弾正はそれに気づいていて、そんな村の泥草たちと話がしたく、こうして密かに戻ってきたのである。
「まあ、とりあえずこれを食え」
弾正はそう言うと、手に持った袋から何かを取り出す。
パンである。
そのパンを泥草たちに渡す。
「え? あ……」
「わはは。小神官の言うことを真に受けるなら、食べると悪魔の手先になるそうじゃのう。どうじゃ? 信じるか?」
村の泥草たちは手に持ったパンを見る。
白くてやわらかくてふかふかしていて、いい匂いの漂ってくるおいしそうなパンである。
泥草たちはしばらくおずおずとしながら、パンを眺めていたが、やがて1人がガブリと歯を立て、口に入れる。
一口食べ、驚きで目を見開く。
「むがっ! むがむがっ!」
そんな声を上げ(後で聞いたところによると『うまい!』と言っていたらしい)、後はもう夢中になってむしゃむしゃと頬張る。
そんな仲間の様子を見て、他の村の泥草たちも、おずおずと口に入れ、そうしてびっくりしたような顔をして「むががっ! むがー!」とさけび、後はもう無我夢中で食べる。
何しろ彼らが日ごろ口にするパンときたら、固くてスープに浸さないととても食べられないような(しかもボソボソとしていてまずい)黒パンであり、こんなにもふっくらとしてやわらかくておいしいパンなんて初めて食べるののだ。
夢中になって口を動かし、あっという間にたいらげてしまう。
「おかわりはどうじゃ?」
弾正がさらなるパンを出す。
村の泥草たちはそろって驚いた顔をした後、ぶんぶんと首を縦に振ってうなずく。
そうして食べたパンは、先ほどのものとは違い、驚くことに分厚い肉が挟まっていた。
やわらかく、ほどよく脂がのり、ジューシーで、かみしめると肉汁があふれでて、それがパンと絶妙なハーモニーをかなでて、とにかくうまい。
「むがががっ! むがっ!」
と言いながら、夢中でほおばる。
肉なんて、まだ泥草認定される前の子供の頃、祭りの時にちょっとだけ大人たちのおこぼれで食べさせてもらったくらいである。
中にはそれすらも口に出来なかった泥草もいて、彼女は生まれて初めて食べる肉に、こんなにおいしいものがこの世にあったなんて、と感激の涙を流している。
それを笑う者は誰もいない。
ついこないだまで貧しい生活を送っていた弾正の部下の泥草たちも、今現在貧しい生活を送っている村の泥草たちも、みな、その気持ちは痛いほどによくわかったからだ。
食べ終わった頃には、村の泥草たちの警戒心も緩んでいた。
腹がふくれたおかげか、どこかゆるんだ顔をした村の泥草たち。
そんな彼らに向けて、弾正はこう言った。
「さて、単刀直入に尋ねよう。わしらと一緒に来る気はないか? この村を出て、わしらと共に暮らすのじゃ。教団とは敵対することになるがのう」
「!」
村の泥草たちは驚いた顔をし、顔を見合わせる。
「来る、来ないは、うぬらの自由じゃ。ただし、わしらは先ほど見せた通り、空も飛べるし、ほれこの通り、食べ物だっていくらでも作れる」
弾正がそう言うと、彼の部下の泥草たちが地面からあっという間においしそうなパンを次々と作り出す。
「わっ!」
「パ、パンが!」
「ほ、本当に作れるんだ……嘘じゃないんだ……」
村の泥草たちは口々に驚きの言葉を発する。
「さよう、本物のパンじゃ。ほれ、食ってみい」
パンを2つ食べたばかりだが、村の泥草たちは、日ごろ、ロクにものを食べていない。
いつだって空腹である。
というより、満腹なんて生まれてこの方、経験したことがない。
ぶんぶんとうなずく。
今度は甘いクリームパンである。
その甘さに驚き、感動し、涙を流し、「ここは天国でしょうか……」と泣き、味わって食べる。
そうして、本日3度目となるパンを食べ終え、落ち着くと、弾正はあらためて言った。
「さて、それでどうする? わしらと共に来るか? 歓迎するぞ」
村の泥草たちは顔を見合わせた。
弾正の提案は魅力的であった。
どうせこの村にいても、ろくなことはない。
村人たちがやりたがらない危険な仕事、汚い仕事、きつい仕事をやらされる。
その上、どれだけ頑張っても、村人たちは泥草たちを蔑む。出来損ないめ、と嘲笑され、わずかばかりのまずいメシをエサと称されて与えられる。それでもはいつくばって、ありがたそうに食べないといけない。
泥草の役割とは、そういうものである。
市民や村人は、泥草を蔑むことですっきりできるし、嫌な仕事も押しつけられる。
教団も泥草を生かしておくことで、「出来損ないの泥草に哀れみを与える慈悲深い教団」という演出が出来る。
無論、やられる泥草からしたら、全くありがたいものではない。
そう、この村にいる限り、蔑まされ、酷使され続けるのだ。
長生きだって出来ない。
村の泥草たちは、みな若い。
もっとも歳を取っている者でさえ、まだ25歳である。
老いる前に、きつい労働とイジメで死んでしまうからだ。
どうせ長生きできないなら、村から出て行っても、教団に逆らっても、関係ない。
今より悪くなるなんて、あるはずがない。
ひとつ気になることがあるとすれば小神官の言っていた「彼らは悪魔のしもべです」という言葉だが……。
「うぬらは小神官を信じるのか? 教団を信じるのか?」
弾正がこう言うと、村の泥草たちは、はっとして、即座に決意を固めた。
教団を信じるかって?
自分たちを出来損ない呼ばわりして、さんざんバカにして見下していじめてきたような連中を?
そんなバカな!
信じるわけがない!
この人たちが悪魔だって?
自分たちはもう、この人達のパンを3個も食べた。
悪魔になるならとっくになっている。
今さらだ。
毒を食らわば皿までだ。
「ついて行きます!」
「わ、わたしも行きます!」
「ぼ、ぼ、僕も!」
「俺も俺も!」
村の泥草たちは食いつくように弾正に迫る。
「わはは、元気があって結構」
弾正はそう言うと、部下の泥草たちに目配せをする。
部下たちはうなずくと、手をかざす。
村の泥草たちの体がふわりと浮かび上がった。
「わっ、わわっ!」
「う、浮いてる!?」
村の泥草たちは慌てたように驚きの声を発する。
「わはは、しばしの間、我慢致せ。これから、仮の住まいへと案内致すでな」
そう言うと、弾正一行は新たなる仲間を連れて、今度こそ飛び立った。
そして、翌朝……。




