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魔力至上主義世界編 - 66 村人たちの後悔 (1)

「急ぐぞ!」


 弾正は全力で飛んでいた。

 部下の泥草たちも、彼の後を追って飛ぶ。


 軍率神官グジンとの決戦が終わると、弾正は早々に部下たちを20人ばかり引き連れ、セイユ近くの町・村を目指して飛んでいたのだ。


「か、神様、いったい何をそんなにお急ぎに?」


 泥草が弾正に尋ねる。


「決戦でわしらは教団に勝ったであろう」

「はっ、我らが大勝利でござりまする」


 弾正の影響で戦国時代っぽい話し方をするようになった部下の泥草が答える。


「それよ。こたびの勝利の知らせ、ほどなくしてこのあたりの町や村にも届こう」

「我らの、そして神様の強さを思い知るでしょうな」

「そこよ。まずいのは」

「は?」


 意味がわからぬとばかりにきょとんとする部下に対し、弾正は「説明は後じゃ。今は急げ」と言ってせかす。

 その甲斐あってか、ほどなくして一行は近隣の村に着いた。

 村の手前で地上に舞い降りると、弾正は先ほどまで急いでいた様子を微塵も見せず、堂々とした態度でゆっくりと村まで歩いて行く。

 そして、入り口でこう名乗った。


「わはは、松永弾正でござる」

「はあ?」


 驚いたのは村人たちである。

 突然ぞろぞろと20人ばかりの一行がやってきたからである。

 なんだ、こいつらは?


 疑問に思っていると、彼らはさらに村の中へと入り、近づいてくる。

 その瞳の色は、黒、水色、黄色……。


「あっ! 目が赤くない!」

「こいつら泥草だぞ」


 村人の反応に弾正は「わはは、さよう。いかにもわしらは泥草じゃ」と言い放った。

 村人の目が鋭くなる。

 敵意・侮蔑・嘲笑。そういった感情が目に表れている。


「泥草どもがこの村に何しに来やがった?」

「物乞いか? お前らにやる食い物なんかねえぞ」

「ここは、あんたらのような出来損ないの来るところじゃないわよ。さっさと出て行きな!」


 村人が弾正一行を物乞いと思ったのは、彼らが先ほどの決戦の時の格好のままだったからだろう。

 松永弾正は真っ黒な戦国時代風の鎧姿であり、その他泥草は教団軍を油断させるためのボロ布(実は高性能なバリアを体の周囲に張る不動服であり、値段をつけるとなれば途方もないものになるに相違ないのだが)をまとったみすぼらしい身なりである。

 傭兵崩れと物乞いの集団にでも見えたのだろう。


「何やってんだ、お前ら。早く出て行け!」

「そうよ。汚らわしい。早く出て行きなさいよ」


 村人たちは口々に弾正たちを(ののし)る。

 大声を上げ、憎しみを込めて、罵声を浴びせる。

 その声に何事だと他の村人たちも集まってくる。そうしてみすぼらしい姿の泥草たちを見て、彼らもまた罵り声を上げる。

 人はどんどん増え、声はますます大きくなる。

 ついには村の最高権力者である小神官らしき男まで「まったく、なんの騒ぎですか?」と言いながら出て来た。

 きれいな神官服を着て、後ろには助官と思われる取り巻きが2人いる。


「あ、小神官様」

「小神官様、こいつら泥草です。うちの村にたかりに来たんです」

「すみません、すぐに追い払いますから」


 小神官と呼ばれた30歳ほどの男は「泥草?」と言いながら弾正一行を見て、「なんだ物乞いですか」と言って鼻で笑った。


「見たところ食い詰めた乞食集団のようですが、我が村にはすでに泥草が10匹もいるんですよ。これ以上出来損ないにやるエサはないんです。わかったならとっとと出て行きなさい」


 小神官がそう言ってハエでも追い払うような仕草を見せると、村人も一斉に「出てけ出てけ」と叫ぶ。

 しまいには石まで投げてくる。


 弾正はやれやれとため息をつくと、ふわりと宙に浮かんだ。

 部下の泥草たちも後に続く。


「は?」


 驚いたのは村人たちである。

 物乞いの泥草たちがたかりに来たのかと思ったら、いきなり空を飛んだのだ。

 人が空を飛ぶなど、神官が語る聖典のエピソードに出てくる天使くらいしか思い当たらない。

 だが、泥草が天使のはずがない。


「しょ、小神官様。あ、あれは一体……?」


 村人が小神官に尋ねるが、小神官は口をあんぐりと開けたまま固まっている。


 そんな村人たちの混乱をよそに、弾正は大声で叫んだ。


「村人たちよ。わしは謀反の神、松永弾正である」

「か、神様だって!?」


 村人たちが驚くのにも構わず、弾正は続ける。


「今日はうぬらに話があって来た。なあに、損する話ではない。安心致せ。

 話というのはな、簡単じゃ。

 わしら泥草か、教団か。どちらかを選んでほしいのじゃよ。

 つまりな、教団と決別して、わしら泥草の下で働くか。それとも今まで通り教団の言うことを信じ、泥草をバカにして生きるかじゃ。

 このどちらかを、うぬらに選択してもらいたいのじゃ」


 弾正の言葉に村人たちはしばし、あっけにとられたように沈黙する。

 が、すぐに怒声が巻き起こる。


「ふ、ふざけんな!」

「そうよそうよ。あんたたち泥草に下で働くだって? バカじゃないの?」


 次々と上がる怒りの声。

 中にはかすかに「で、でも、あいつら空飛んでるんだよな……。もしかして、すげえやつらなんじゃ……?」という小声も上がるが、湧き上がる圧倒的な怒声の前にかき消される。


「ふむう、ちくと聞きたいのじゃがな。なぜうぬらはそうも教団の言うことを信じるのじゃ?」


 弾正の言葉に村人は「はあ?」という反応を示す。


「なぜって……神官様のおっしゃることは正しいに決まってるじゃねえか!」


「しかし、それは神官どもが勝手に言っておることじゃろう? 例えば泥草が出来損ないだの、苦しんで当然の存在だのとうぬらは言う。教団がそう言うからじゃ。

 じゃが、なぜ教団の言うことを真に受ける? なぜそうも自分たちが正しいと信じておるのじゃ?

 物事に絶対などないじゃろう」


 弾正の言葉に、村人たちは目を見開いた。


「……て、てめえ、まさか異教徒か!?」

「泥草の上に異教徒かよ! お前ら、降りてこい! 俺たちがぶっ殺してやる!」

「そうだ、降りてこい、異教徒どもめ!」


 村人たちの怒声・罵声が鳴り響く。


 弾正は「やれやれ、困ったものじゃ」と言うと、部下の泥草たちを引き連れ、村の中へと飛んで行く。


「泥草どもが村の中に入ったぞ!」

「異教徒どもめ、何をする気だ」


 弾正たちが降り立ったのは草の生えた空き地だった。

 村人たちが「あそこだ!」という怒声とともにやってきた時、弾正は「よく見ておけ」と叫んだ。

 泥草たちが手をかざす。

 とたん、地面からたくさんのパンが出て来た。


「……え?」

「パ、パン?」

「う、うそ!?」


 村人たちが唖然としていると、今度は肉が出てくる。野菜が出てくる。果物が出てくる。


 それらを弾正と泥草たちは、村人たちにポンポンと投げ渡す。

 村人たちは反射的にそれらを受け取り、間近で見て、それらが確かに本物のパンや肉であることを確認し、呆然とする。


「わかったか? わしらは自在に食べ物を生み出すことが出来る。

 食べ物だけではない。服も、家も、何でも生み出せる。

 うぬらは毎日一生懸命働いているじゃろう。食べ物や服や家のために、汗水を流し、つらい思いをしながら、来る日も来る日も懸命に体を動かしておるじゃろう。

 じゃが、なぜ、そんな苦労をしなければならないのか?

 教団は言う。それは神の試練だと。

 嘘じゃ。真実は、単に教団が無能で無為無策だからじゃ。

 その証拠に、わしら泥草の下につけば、美味い食べ物も、きれいな服も、大きな家も、なんでもたっぷり手に入る。

 どうじゃ? 教団を捨てて、わしらのところに来ぬか? 今なら歓迎するぞ」


 村人たちは、しんとした。

 決断の時が迫っていた。

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