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魔力至上主義世界編 - 65 ジラハジン (2)

 大神官ジラーは、弾正の言葉を聞いた。

 高等神官イーハもまた、弾正の言葉を聞いた。


 弾正はこう言ったのだ。

「うぬらにはこれからグジンと同じく、アイドル衣装を身にまとい、ちょんまげになってもらう」と。


 2人はグジンを見る。

 ひらひらヘソ出しミニスカートのアイドル衣装を身にまとっている。

 頭頂部はぴかぴかと光り、ちょんまげで結わえられている。


 アレと同じになる。


 その事実が2人の頭に浸透し、理解し、そして2人は悲鳴を上げた。


「や、や、やめろおおお! やめろおおお!」

「嫌だああああ! やだやだやだあああ!」


 立派な法衣を身にまとった大神官と高等神官が、手足を縛られた格好で何とか逃れようと、芋虫のようにはいながら、油まみれになって逃げようとしている。

 口では子供のように「やだやだ!」と泣き叫んでいる。


 兵たちは、唖然とした様子でこの光景を見ている。

 雲の上の存在である大神官に高等神官。

 誰よりも神の寵愛を受け、教団を導く立場である2人。

 そんな2人が、威厳も何もなく、格好悪く泣き叫んでいるのである。

 茫然自失とするばかりである。


「これこれ、暴れるでないぞ。まったく本当はアイドルになるのが嬉しいくせに、素直じゃないのう。ほれ、お前たち、やってやれ」


 弾正が手を上げると、泥草たちがすっと舞い降りて大神官ジラーと高等神官イーハに近寄り、手をかざした。


「ひっ!」

「や、やめ!」


 びりびり、っと音がした。


 2人はパンツ姿になった。

 大神官ジラーが身にまとっていたのは、白銀糸(はくぎんいと)を使った高価な法衣であった。泥草たちの身にまとっている不動服には遠く及ばないにしても、バリアを発して着ている者の身を守る不思議な力があった。

 が、それすらも数秒の抵抗ののち、あっさりとビリビリに破け、布クズとなってしまう。


「ぼ、僕の法衣がぁ!」


 大神官の証である貴重な法衣が布クズになったことに、ジラーが悲鳴を上げる。

 2人はもはや何ひとつとして身につけていない。

 ジラーのでっぷりした体、イーハのやせ細った体が、あらわになる。


 そこへ布が飛んでくる。

「わっ!」と声を上げる間もなく、2人の体にまとわりつくと、布はあっという間に形を変えた。


「な、なななな、なにこれえええ!」

「ひ、ひ、ひいいいい!」


 ジラーとイーハは悲鳴を上げる。

 2人は新たなる衣装を身につけていた。

 肩や袖口に、ふんだんにあしらわれた可愛らしいフリル。

 腹の部分だけ穴が開いていて、むき出しになったへそ。

 これまたふりふりのフリルがたっぷりついた、ふんわりとしたミニスカート。

 グジンの着ているアイドル衣装とまるで同じである。

 違うとすれば色だろうか。グジンはピンクであったが、ジラーは黄色、イーハは青である。


「食いしん坊のジラーは黄色、クールなイーハは青、としておいたぞ。わはは、どうじゃ、似合っておるじゃろう」


 弾正は笑い声を上げるが、2人の耳には届かない。

 2人は広場に置かれた大鏡に映った自らの姿を見て「ぎょえええええ!」と絶叫していた。


「な、な、何だよ、これ! 何だよ、これえええ!」


 大神官ジラーは悲鳴を上げながら、衣装を両手で引っ張り、何とか脱ごうとする。

 が、グジンと同様、やはり脱げない。

 まるで服と体が一心同体になってしまったかのようである。


 ジラーは人から尊敬されることが大好きな男である。

 畏怖されることが大好きな男である。

 周りの人間が、ははーっ、と言ってかしこまるのが大好きな男である。


 だが、今の自分はどうか?

 ふりふりのヘソ出しミニスカートである。

 威厳も何もあったものではない。


 こんなんじゃ尊敬されない!

 表向きの態度はどうであれ、内心は100%バカにされるに決まっている!


「やだ……やだよ……」


 ジラーは理解してしまった。

 これから先、自分は一生変な目で見られ続けるのだと。

 見下すような、鼻で笑うような目で見られる人生を送るのだと。

 嫌だ!

 そんなの嫌だ!


「やだ! やだよ! 脱げろ! 脱げろよおおおお!」


 泣き叫ぶような声を上げながら、どうにかして服を脱ごうと悪戦苦闘する。


 一方、高等神官イーハもまた、この世の終わりのような悲鳴を上げていた。


「な、な、な、なあああああああああ!」


 イーハは高等神官であると同時に、敬虔な信者でもあった。

 聖典こそが唯一にして絶対の正義であり、その教えを忠実に守り、また広めてきたことが、彼の人生の誇りであった。


 その聖典にはこう書いてある。

「男は男らしく、女は女らしく」と。


 またこうも書いてある。

「みだりに肌をさらしてはならない」と。


 その教えに背く者を、イーハはこれまで容赦なく弾圧し、処刑してきた。


 ところが今のイーハの格好はどうか!?

 まさしく、男らしさのかけらもない、みだりに肌をさらしたハレンチきわまりない女装をしているのである。


「ひいいいいいいいいいいいいいい!」


 イーハは絶叫した。

 不信心者。

 神の教えに背く者。

 異教徒。


 そうとしか言いようのない格好を自分がしているからである。

 自分のこれまでの人生を全否定するような格好!


 イーハは必死に服を脱ごうとする。

 やせた手に精一杯力を込めて、服を脱がそうとする。


 が、まるでダメである。

 脱げない! 破けない! 肌からまるではがれない!


「ひいい! ひいい!」


 イーハは狂ったように悲鳴を上げながら、ただただ脱げない服を脱ごうと必死になるのだった。


 そんなジラーとイーハに、さらに絶望が訪れる。

 いつのまにか背後にそっと忍び寄った泥草がさっと手をかざすと、ぱらぱらと何か糸みたいなものが頭から落ちてきたのだ。


「へ?」

「は?」


 間の抜けた声を上げる大神官ジラーと高等神官イーハ。

 何かに感づいたように頭に手をやる。


 ぺたり、と今まで感じたことのない地肌の感触。

 慌てて鏡を見る。


 2人の頭頂部は、見事につるっぱげになっていた。

 そして後頭部の髪が結わえられ、ちょんまげになっている。


「なんだよおおお! なんなんだよ、これえええええ!」


 大神官ジラーは今日何度目かわからない絶叫を上げる。

 歳の割に黒々としたふさふさヘアーであったのがジラーの自慢の1つであったのだ。

 そのふさふさヘアーが、今や見事にハゲ上がり、その上、ちょんまげなどというわけのわからないヘアスタイルにさせられている。

 日本の戦国時代や江戸時代ならともかく、中世ヨーロッパ風のこの世界においては滑稽な髪型でしかない。


 女装に加えてちょんまげ。

 ミニスカートの女装ちょんまげ中年男など、どう見ても変態にしか見えない。

 もはや誰もジラーのことを尊敬しないだろう。

 誰もがバカを見るような目で、ジラーを見るだろう。


 大神官である自分が、未来永劫嘲笑の的!


「あ、あ、ああ…………っ!」


 その事実に気づいたジラーは絶望の声を上げる。


 一方の高等神官イーハも絶望していた。

 聖典に登場する(いにしえ)の聖人の中に、ふさふさの白髪を七三分けにしている男がいる。

 イーハはその聖人を同郷ということもあって心の底から尊敬しており、年齢の割に豊かな白髪をこの聖人と同じ七三分けにしていたのである。

 そうすることで、その聖人に近づけたような気がして、神の正しい教えを広めねば、という気力がより一層強く湧いてくるのだ。


 が、今やその豊かな白髪は見事に抜け落ちてしまっている。

 それどころか、滑稽なちょんまげヘアーにさえ、させられてしまっている。

 尊敬する聖人とは、もはや対極と言っていい姿だ。


 ちょんまげ姿!

 そして女装アイドル!

 こんな自分を見て、敬虔な信者であるとは、もはや誰も思わないだろう。

 誰よりも敬虔な信者であるはずの自分が、今やどう見ても変態の不信心者!


「ううっ……うううううううううううっ!」


 イーハは絶望のうめき声を上げた。


 ジラーとイーハは2人して絶望の声を上げ続ける。

「うああああああ!」「あああうううう!」とうめき続ける。


 先に我に返ったのはジラーだった。

 その表情は怒りで満ち満ちていた。

 激しい怒りを原動力にして我に返ったのだろうか。

 激情にあふれる声でこう叫んだ。


「よ、よくもこの泥草が! 出来損ないが! そしてグジン! お前もだ!」

「……え? ボ、ボク!?」

「そうだ、グジン! お前が負けなければこんなことにはならなかったんだぞ! 何が軍率神官だ! 何が傭兵の天才だ! 負けてるじゃないかよぉ! お前なんか! お前なんか!」

「くっ……」


 大神官であるジラーの罵倒に、グジンは返す言葉がない。

 女装ちょんまげのジラーに罵倒されたくはないが、負けたのは事実である。

 何も言えない。

 何を言っても負け犬の遠吠えでしかないことはグジンはよく知っている。


「いいか、グジン、覚悟しておけよ! お前は処刑だからな! 帰ったら処刑だ! 楽に死ねると思うなよ! むごたらしく苦しめながら処刑させてやるからな!」

 と、大神官ジラーが叫ぶ。


「……そ、そうだ。貴様のような不心得者は、神も許さぬであろう! 必ずや、処刑してやるぞ!」

 と、我に返った高等神官イーハも叫ぶ。


 2人してグジンを罵倒する。

 グジンは「くぅっ……」と歯ぎしりするばかりで何も言えない。


 それでもジラーの怒りはおさまらない。

 ぬるぬるの中、何とかグジンに近寄ると、血管の浮き上がった拳で、グジンの顔面を思いっきりぶん殴った。


「がはっ!」

 と、グジンがよろめく。


 その時である。


「がひゃっ!」

 とジラーが叫んだ。


「ぐはっ!」

 とイーハが悲鳴を上げた。


 どういうわけか、ジラーもイーハも殴られたわけでもないのに、痛そうに顔を押さえて倒れているのだ。


「な、な、なんだ!?」


 ジラーがとまどったように言う。

 グジンを殴った瞬間、なぜかジラーとイーハの頬にもその痛みが伝わってきたのである。


 混乱する彼らの耳に、弾正の「わはは」という声が響き渡った。


「わはは。うぬらはこれからは一心同体なのじゃ。仲良くするのじゃ」

「い、一心同体、だと!?」

「さよう。ほれ、うぬらの手をよく見てみろ」


 弾正の言葉に、ジラーたちははっと手を見る。

 するとどうだろう。

 3人の手が、赤く長いリボンで結ばれていたのだ。

 ジラーを中心に、右にイーハ、左にグジンが結ばれている。


「な、な、な、なんだこれは!? い、いつの間に!?」


 ジラーが叫ぶ。


「それはのう、一心同体のリボンじゃよ」

「い、一心同体のリボンだと!」

「さよう。そのリボンによって、3人の神経等がつながっておるのじゃ。まあ、つまり1人が受けたダメージはみんなで受けると言えばわかりやすいか」

「……は?」


 ジラーは問い返す。

 意味がわからない。


「ええい、わけのわからないことを! こんなリボン、ちぎってやる!」


 ジラーはそう叫ぶと、赤いリボンを思いっきり引っ張った。

 とたん、ジラー、イーハ、グジンの3人は激しい痛みに襲われた。


「ぎぎゃあああ!」

「ぐぎひいいい!」

「ぎいああああ!」


 3人は痛みにのたうち回る。

 弾正があきれたように肩をすくめる。


「神経等がつながり合っておると言ったじゃろう。それをむりやり剥がそうとすれば、当然そうなるわけじゃ。第一、それはラブラブアイドルユニットであるジラハジンの絆を示す大事な赤いリボン。外すなどとんでもないことじゃ。ふうむ、そうじゃな。もっと近づけた方が良いか」


 弾正が合図を送る。

 泥草たちが、3人のもとに舞い降り、手をかざす。

 とたん、リボンがシュッと短くなった。

 今やリボンはわずか30センチほどの長さになっており、3人は互いに至近距離にまで近づいてしまっている。


 3人は、仲良しこよしというわけではない。

 大神官ジラーと高等神官イーハは、グジンを嫌っていたし、グジンにしてもジラーとイーハを内心見下していた。

 ジラーとイーハにしたって互いに仲良しというわけではなく、仕事上の最低限の付き合いをしているだけである。内心では「おもしろみのないやつ」「信心に欠けた男」と互いに互いを見下している。


 そんな3人が今や、互いに息づかいや心臓の音が聞こえるほどの距離まで近づいているのである。

 しかもみな、いい歳した男同士であり、おまけに女装でミニスカートでちょんまげである。

 はっきり言って気持ち悪い。


「お、お前たち! 近づくな! 気色悪い!」

「そ、そのようなことをおっしゃられましても! これ、グジン! 貴様こそ近寄りすぎだ!」

「そんな! だって、このリボンが!」


 弾正は「やれやれ、困った連中じゃ」とため息をつきながら、言い争う3人を尻目に、泥草たちを引き連れて上空にふわっと舞い上がった。

 決戦は終わりである。

 今日の戦果としてはこれで十分である。

 ここは一旦引き上げるつもりであった。


 とはいえ、最後に1つ、伝えておかねばならぬことがあった。


「神様、どうぞ」

「うむ」


 弾正は部下の泥草から拡声器を受け取ると、ジラーたちと、教団軍と、セイユの市民たちに聞こえるように大声で叫んだ。


「教団よ! そしてセイユの市民たちよ! 見ての通り、教団は完敗した。ボロ負けである。これもひとえに泥草が強く、教団が弱いからじゃ。強い方が勝ち、弱い方が負ける。これすなわち自然の摂理。当然のことじゃ。

 とはいえ、教団は納得していないじゃろう。泥草ごときに負けるなどあってたまるかと、これは何かの間違いだと、ちょっと油断しただけだと、そう思っておるじゃろう。

 そこで、わしは、今から半年後、イリスでの最終決戦を提案する。泥草と教団、互いの威信をかけた最後にして最大の決戦じゃ。

 わしら泥草はその決戦の地に最大の武力を集結させると約束しよう。ここでうぬらが勝てば、わしらもさすがに立ち直れぬ。最終的な勝利はうぬらのものじゃ。

 そして、負けた場合は、うぬらの姿を全て元に戻すと、これまた約束しよう。

 まあ、受けるか受けぬかはうぬらの自由じゃがな。わしらを完膚なきまでにたたきのめすチャンスじゃぞ? 誇りある教団であれば、きっとこの挑戦、受けるものと確信しておる。

 では、半年後の最終決戦、楽しみにしておるからな。さらばじゃ!」


 弾正はそれだけ言うと、わははと笑い、泥草たちと共にいずこかへと飛び去っていった。

 あとには、呆然としたジラー、イーハ、グジン、教団軍、そしてセイユの市民たちが残されていた。


 ◇


 なお、弾正たちは5分後に「わはは、忘れものじゃ」と帰ってきて、こう言った。


「アイドルにはバックダンサーがつきものというのを忘れておったわ。うぬら教団軍の兵どもには、バックダンサーとして、ふんどしガールズになってもらおうと思う。なあに、すぐ済む。うきうきしながら待っておれ」


 教団軍3000人の悲鳴は、夕方まで響き渡った。


 そろそろスパートをかけるべく、「ひゃっはー!」とテンションを上げて書いていきたいのですが、なかなか難しいです。

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