魔力至上主義世界編 - 64 ジラハジン (1)
「そんなうぬに最後のハッピーニュースを伝えよう」
弾正の言葉に、軍率神官グジンはびくりと体を震わせた。
「ひ、ひいっ!」
「む、どうしたのじゃ?」
「い、嫌だ! やめろ! ハッピーニュース! 嫌だ! 嫌だぁぁぁぁ!」
グジンは悲鳴を上げる。
何しろグジンは、そのハッピーニュースでアイドル衣装を着せられ、ちょんまげにされたのだ。
ハッピーニュースという言葉自体に、恐怖感を刷り込まれてしまっている。
「これこれ、そううろたえるでない。安心せい。今度もちゃんとハッピーニュースじゃ。まあ、しばし、そこで待っておれ。すぐに吉報を届けてやろう」
弾正はそう言うと、わずかばかりのお供の泥草たちを連れて飛び立つ。
短い飛行ののち、辿り着いたのは、数十人のほどの神官たちが集まっている丘の上であった。
「わはは、松永弾正でござる」
着地と同時に弾正はそう言った。
「な、な、なんだ貴様ら!」
突然現れた弾正の一行に驚き、神官の1人がわめき声を上げる。
他の神官たちもざわめき声を上げる。
そこにひときわ、ねっとりとした大声が響き渡った。
「……あっ! あああっ! お前は! お前はぁ!」
てかてかと光る黒髪をオールバックにした、ぶくぶくに太った脂ぎった中年男が、弾正に向けて指を突きつけながら叫んでいる。
大神官ジラーである。
「き、貴様らはあの不信心者かぁ!」
と、今度は神経質そうな甲高い声。
白髪を七三分けにした男が、これまた弾正に指を突きつけて叫ぶ。
高等神官イーハである。
弾正たちが舞い降りたのは、大神官ジラーと高等神官イーハの一行が、グジンの戦い振りを見物すべく陣取っていた場所であった。
「いかんのう。人様を相手に指を突きつけてはいけませんと子供の頃に教わらなかったのか?」
弾正は、やれやれと呆れたように言う。
ジラーはその態度に怒りを爆発させる。
「黙れ! よくも僕のふざけた像を建てたな! ふざけた絵を描いてくれたな! おい、お前たち、何をしている! さっさとこの馬鹿どもを引っ捕らえろ!」
「は、はいっ!」
「よおし、お前ら、そこを動くなよ!」
ジラーの命令に、彼の部下の神官たちは弾正を捕らえようと近づいてくる。
が、弾正は少しも慌てない。
「やれ」
そう言ったかと思うと、泥草たちから弾丸のようなもの(ゴム弾である)が飛んできた。
「ぐあ!」
「ぎゃ!」
神官たちは次々と悲鳴を上げて倒れていく。
中には慌てて魔法を放つ神官もいる。
「く、くそお! 死ね!」
そう言って赤い弾丸を放つ。
しかし……。
「効かぬのう」
ぽふっという気の抜けた音と共に全て弾かれてしまう。
そして泥草たちのゴム弾により、「はぎゃっ!」「ぎゃふっ!」と悲鳴を上げ、一斉に地に伏す。
「残るは、うぬらだけじゃのう」
弾正の言葉通りであった。
残っているのは、もはやジラーとイーハだけである。
「く、くそぉ! なんなんだよ、お前らぁ!」
「この悪魔どもめ!」
大神官ジラーと高等神官イーハは口々に罵りの言葉を放つが弾正は意に介さない。
「さて、うぬらにはちとやってもらいたいことがある」
弾正が一歩近づく。
「ぼ、僕に近づくなあ!」
「死ね、悪魔! 正義の魔法を受けてみろ!」
ジラーとイーハは、そう言って同時に魔法を放った。
ひときわ大きな赤い弾丸が2発、弾正に向けて飛んで行く。
特に大神官ジラーの魔法はひときわ大きい。地上最強の魔法の使い手にふさわしいものである。
鋼鉄の盾をも貫くであろうその魔法は、弾正目がけて至近距離から襲いかかる。
(いける!)
ジラーもイーハもそう思った。
が、現実は無情である。
ぽふっ。
そんな音と共に、魔法はきれいさっぱり消えてしまった。
魔法が与えた影響と言えば、土埃をあげて、弾正に「ぶやっくしょん!」とくしゃみをさせたことくらいである。
「な、なんでだよぉ! なんで魔法が効かないんだよぉ! 僕の魔法は最強なんだぞぉ!」
「ああ……やはり悪魔なのか……神よ、我に力をお貸しください……」
魔法とは最強の力であり、神から授かりし力である。
それが2人にとっての常識であった。
神から力を授かった自分たちは正しいのだ。絶対的に正しいのだ。
そう2人は信じてきた。ずっとずっと信じてきた。
その最強の力である魔法を独占する教団に対し、皆が皆、ひれ伏してきた。恐れ敬ってきた。歯向かう不信心者は「道を誤った悪魔」として処刑してきた。
それで通用していたのだ。
なのに!
なのに目の前のこの男は、その正義の魔法がまるで効かない! 最強の魔法がまったく通じない!
泥草の分際で!
下層階級であり、出来損ないであり、苦しんで当然の存在である分際で!
「泥草の分際でぇ! 泥草の分際でぇぇぇ!」
「この悪魔めが……」
弾正はそんな2人の反応を無視する。
泥草たちに合図を送り、2人を縛り上げさせる。
ジラーとイーハは「ひい!」だの「やめろ! 触るな!」だのと言うが、大した抵抗も出来ず、ロープで身動きを封じられてしまう。
「よおし、戻るぞ! グジンが首を長くして待っておるでな」
「ははっ!」
弾正の言葉に、一同は飛び立つ。
ジラーとイーハも縛られたまま「ひいいい!」という悲鳴と共に宙に浮かぶと、そのまま見えないロープで引きずられるかのように、弾正一行と共に飛んで行く。
一同が降り立ったのは、グジンと3000人の教団兵たち、そして弾正配下の泥草たちが待つ原っぱである。
「わはは、待たせたの、グジンよ」
「き、貴様ぁ!」
グジンは笑い声を上げる弾正をにらみつけるが、すぐに弾正と共に降りてきた(降ろさせられた)2人の縛られた男に気がつく。
「……って、え? だ、大神官……様? そ、それに、高等神官……様も?」
大神官ジラーと高等神官イーハ、そして軍率神官グジンの目が合う。
「ぐっ……」
グジンはうめき声を上げる。
最後にジラー、イーハと会った時、彼は自信満々で『泥草どもを皆殺しにしてしまってもいいんですよねぇ』などとのたまっていた。
それが今や、女装で、ちょんまげだ。
皆殺しどころか、グジンは泥草を1人も殺させていない。
誰がどう見ても惨めな敗北である。
前代未聞の恥である。それどころか今回の失態により、処刑すら濃厚だ。
その場合、グジンに処刑を告げるのは目の前にいるこの大神官ジラーであろう。
そのジラーと目が合ってしまったのだ。
うめくことしかできない。
「く、くぅ……」
一方のジラーもうめき声を上げる。
ここが大聖堂であれば、ジラーはグジンに見下す視線を送り、侮蔑の言葉を投げつけ、処刑を宣言していただろう。
が、現実のジラーは今、敵陣のまっただ中で、マヌケにも囚われの身である。
グジンを侮蔑しても「お前が言うな」だろう。
イーハもまたグジンに言ってやりたいことが山ほどあるものの、哀れなとらわれの身では何を言っても滑稽にしかならず、「ぐぬぬ……」とうなることしかできない。
そこに弾正の笑い声が響き渡った。
「わはははは。どうしたのじゃ、うぬらよ。敵陣で不安な中、感動の再会を果たしたのじゃぞ。もうちっと、喜びの言葉を上げてはどうじゃ」
「な、なんだと!」
「黙れ! 不信心者め!」
「く、くそぉ!」
ジラー、イーハ、グジンがそれぞれ弾正に対し、怒りの言葉を発する。
「おお、元気になったようじゃの。何より何より。さて、グジンよ」
弾正がグジンに話しかけると、グジンは「くっ……」とうなりながら、弾正をにらみつける。
「そうにらむでない。言ったじゃろう。最後のハッピーニュースがあると」
ハッピーニュースという言葉で、グジンの体がびくんと震えるが、弾正は気にせず続ける。
「ハッピーニュースとはつまりな、ユニットじゃよ」
「……は? ユ、ユニット?」
言葉の意味がわからず、グジンは問い返す。
「さよう。そちの衣装はアイドルをモデルにしたものなのじゃがな、そのアイドルというのはしばしばユニットと言って、グループを組んで活動するものなのじゃ。アイドルユニットというやつじゃな。喜べ、グジン。そちにもアイドル仲間ができたぞ」
「……はい? な、仲間?」
「さよう、仲間じゃ。ユニットはいいぞ。共に汗を流し、力を合わせ、ひとつの輝かしい目標に向けてみなで努力する。そこで生まれる絆は、まさしくかけがえのないものとなるであろう。そんな尊い絆をうぬにプレゼントしようというのじゃ。これぞまさに最後を飾るにふさわしいハッピーニュースと言えるのじゃろうて」
グジンは言葉がない。
弾正が何を言っているのかよくわからなかったからだ。
言葉がないのは、ジラーとイーハも同じである。
ただ、何か嫌な予感がする。
強烈に嫌な予感がする。
「ユニット名はジラハジンと名付ける。ユニットメンバーであるジラー、イーハ、グジンの3人の名前をくっつけたものじゃ。アイドルにしてはちと、かわいらしさが欠けたユニット名じゃが、ユニット名はクールなのに実際は可愛らしい衣装のメンバーたち、というのもギャップがあって良いじゃろう。これからは3人で力を合わせてがんばるのじゃぞ」
弾正の言葉に名指しされた3人、とりわけ大神官ジラーと高等神官イーハは、すっとんきょうな声を上げる。
「……は? は? はいいいい?」
「はあああああああ!?」
そんな彼らに、弾正はこう言った。
「というわけで、ジラーにイーハよ。うぬらにはこれからグジンと同じく、アイドル衣装を身にまとい、ちょんまげになってもらう。すぐ済むから、わくわくしながら待ってるのじゃぞ」




