魔力至上主義世界編 - 63 セイユの決戦 (6)
泥草と教団軍の戦は、すでに決着がついていた。
今や教団軍は、全員パンツ1枚でぬるぬるで四つん這いになっていて、もはや戦える状態ではない。
煮ようが焼こうが弾正の思うがままである。
軍率神官グジンはどうやってこのピンチを切り抜けるか、必死で思案を巡らせる。
名案が思いつかねば、待っているのは教団からの追放か、あるいは処刑か。
いずれにせよ、悲惨な未来である。
が、何も思いつかない。
(くそっ、くそっ、くそぉ! どうする? どうすればいい? どうすれば……)
いっそ、兵たちの間にまぎれて逃げようとさえ考えた時である。
「あっ!」
と兵たちの間から声が上がった。
弾正たちが高度を下げて近づいてきたのだ。
今や弾正たちは高度3メートルほどの高さに浮かんでいる。
手を伸ばしてジャンプすれば届きそうなほどだ。
もっとも地面も全身もぬるぬるで、立ち上がることさえままならない現状では、そんなことはとうてい無理なのだが。
「わはは、教団諸君。元気かね」
弾正は楽しそうに笑う。
「で、泥草どもめ!」
「この出来損ないどもめぇ! よくも我らにこんな屈辱を!」
兵たちが怒りの声を上げるがどうにもならない。
何しろ立ち上がることすら出来ないのだ。
「わはは、パンツ一丁で犬のように這いつくばりながら吠えても、滑稽でしかないぞ」
「くっ……!」
兵たちの顔が怒りと屈辱で真っ赤で染まる。
弾正はそんな面々を無視して、さらさら金色ヘアーのキザな伊達男の側に向かう。
グジンである。
「グジンよ。息災かな」
「き、貴様ぁっ!」
「さて、突然じゃが、うぬにとってのハッピーニュースを3つも持ってきてやったぞ。喜ぶがよい」
「ハ、ハッピーニュースだと?」
「さよう。まず第1のニュース。わしらは、うぬらを殺さぬ。決してじゃ」
グジンは黙って弾正をにらむ。
少しも嬉しそうでないのは、弾正の真意をはかりかねているからなのか、弾正を信用していないからか、泥草に殺さぬと言われたところで屈辱でしかないからか。
弾正は気にせず先を続ける。
「続いて第2のニュース。うぬを今以上に美しくしてやろう」
「……は?」
グジンは耳を疑った。
弾正の言っている意味がわからなかったからだ。
「ボ、ボクを美しくだと? ど、どういうことだ!?」
「うぬは美しさを自慢しておるのじゃろう? そして、今よりもっともっと美しくありたいと思っている。なら、わしらがその手伝いをしてやろうというのじゃ。ほれ、お前ら。やれ」
弾正が手を振ると泥草たちがグジンの側に舞い降りる。
抵抗する間もなく、グジンの体に布が巻き付き、形を変えていく。
そして。
「な、な、なにこれぇ? なにこれぇぇぇぇ!?」
グジンの悲鳴が上がった。
グジンの姿。
それは女装であった。
ひらひらとフリルのたくさんついたピンクの服。
強調された胸元。
腹の部分だけ布地がなく、むき出しになったへそ。
ふわりとしたミニスカート。
まるでアイドルか魔法少女のような、若い女の子でなければ決して似合わぬような格好をしていたのだ。
この世界の誰もが、気持ちが悪いと、あるいは不気味だと思うに相違ない。
だいいち「男は男らしく、女は女らしく」という教団の教義からも反している。
冒涜的で背徳的で狂気の沙汰としか思えぬ姿である。
「くっ、こ、こんなものぉ!」
グジンは慌てて服を脱ぎ捨てようとする。
が、どうしたことが全然脱げない。
「こ、このぉ! このぉ!」
服の裾を引っ張り、持ち上げ、どうにかこうにかして、己の身にまとっている気持ちの悪い衣装を脱ごうとする。
しかし、どういうわけか、服は肌からまるで離れない。
「ど、どうしてだよぉ!? どうして脱げないんだよぉ!?」
グジンは泣きそうな悲鳴を上げる。
部下たちの何とも言えない視線が突き刺さる。
必死で何度も何度も服を脱がそうと引っ張る。
が、ダメである。
アイドル衣装は、まるでグジンと一体化したかのように張りついて離れない。
「わはは。せっかくのプレゼントじゃ。粗略にするものではないぞ」
弾正は笑う。
「な、なにがプレゼントだよぉ! 今すぐこれを外せよ! 脱がせろよぉ!」
「ははは、男に脱がせてと言われても嬉しくないのぉ。とはいえ、グジンよ。うぬの懸念もわかる。女物の格好では今ひとつ男らしさに欠けるというのであろう。そこでわしは考えた。せめて首から上だけでも男らしくさせてやろうとな」
「首から上を……男らしく、だと……?」
「さよう。うぬの頭部を男らしくしてやろう」
弾正が手を上げると、再び泥草たちが飛んでくる。
「な、なにをする気だ!? や、やめろぉ!」
グジンが叫び声を上げる中、泥草たちはさっと手をかざした。
ぱらぱら、と大量に何かが落ちてきた。
金色の糸くずに一瞬見えたそれは、よく見ると髪であった。
「……へ? は?」
グジンは慌てて頭に手をやる。
つるりとした感触。
グジンの頭頂部の髪がすっかり抜け落ちていたのだ。
「ひっ、ひっ、ひぃぃぃ! ボ、ボクの髪ぃ!? 髪ぃぃぃぃ!?」
いつの間にやら泥草が持ってきた大きな鏡が、ドンと地面に置かれている。
そこには、頭頂部がすっかりハゲあがったちょんまげ姿のグジンが映っていた。
「どうじゃ。それは月代と言ってな。通称はちょんまげ。わしの生まれ育った日本という国では、武家の男の正装とも言うべき髪型なのじゃ。武家とは戦を生業とする者。その男子の正装たる髪型ともなれば、これはもう男の中の男と言えよう。これで服装の女らしさを補ってあまりあるほどの男らしさが手に入ったと思うがいかがかのう? ちなみに、その髪はもう二度と生えぬようにしてあるから、安心致せ。それと、サービスで、帽子やかつらなどをかぶると、帽子やかつらのほうが溶けるようにしておいたから気をつけるのじゃぞ」
ふさふさの総髪である弾正は、自分の髪型を棚に上げてそう言うが、グジンには届かない。
「ボ、ボクの髪がぁぁぁ! 美しいボクの金髪ぅ! 金髪ぅぅぅぅ!」
半狂乱になりながら叫び声を上げる。
自らを芸術的なまでに美しい存在だと思っているグジンにとって、輝くふさふさの金髪は何よりも大切なものであった。
幼少時、きらきらと輝く金髪を、まるで黄金の絹のようだと褒められたこと。
教団に入ったばかりの頃、まるで天使のように美しい髪だと賞賛されたこと。
軍に所属し、功績を挙げるにつれ、女たちから熱い視線と共に「見てご覧なさい。あのお美しい黄金の髪。あれこそグジン様よ」とささやかれたこと。
愛人たちと夜を共にしながら「ああ、グジン様、なんとお美しい髪。まるで黄金の滝のようですわ」と熱っぽい声で耳打ちされたこと。
そんな想い出の数々が、走馬燈のようにグジンの脳裏を駆け巡る。
そして、今、その大事な髪の毛は、頭頂部から完全に抜け落ちてしまっていた。
もはや毛根すら残っておらず、完璧にピカピカとハゲ上がってしまっているのだ。
ショックのあまり気が狂いそうである。
「ボクのぉ! ボクの髪ぃぃぃぃ!」
「やれやれ、人の話を聞かぬ男じゃ」
弾正は呆れながら、先週のことを思い出していた。
◇
1週間前のことである。
「レーナよ。そちの案にはこう書いてある。教団の連中を『アイドル』にする、と」
セイユのガラスの塔の最上階で、レーナを呼び出した弾正は面白そうな顔をしながらそう言った。
「ええ、そうです。えっと、その、神様に以前聞かせて頂いた異世界のお話、ありますよね。あれに出て来たアイドル、というやつです。可愛い女の子がひらひらの衣装を着て、舞台の上で歌ったり踊ったりする……それで合っていますよね?」
「うむ、合っておる」
弾正は様々な異世界を渡り歩いてきた男である。
異世界の中には、現代の地球に近いものもあり、そこにはアイドルという職業が存在していた。
「そのアイドルの格好をですね、やらせちゃうんです」
「無理矢理ひらひらの衣装を着させるわけか」
「はい。えっとですね、教団って、男は男らしく、女は女らしく、と言っているんですよ。だから、ふりふりでひらひらのいかにも女の子らしい衣装を教団の幹部であるグジンに着させたら、きっととっても屈辱だと思うんです」
「しかし、服など脱いでしまえばよいではないか。あるいは、上から長い布でも羽織れば、せっかくのアイドル衣装も見えなくなってしまうのではないか?」
「えっと、一寸動子の力を使えば、一生脱げないようにできるんじゃないかな、と思います。あと、上から長い布を羽織っても、その布が溶けちゃうようにも、できちゃうんじゃないかなって」
「ふうむ」
弾正は思案した。
グジンに強制女装をさせる。良い案である。
悪くない。
が……。
「もう一捻り欲しいのう」
「えっと、もう一捻り、ですか?」
「さよう。グジンの女装というのは面白い。是非やりたい。じゃが、今一歩足りぬのう。頭をちょんまげにしてやるか? さすればよりコミカルな感じがして滑稽じゃろうが……ふうむ、それだけではパンチが弱いのう。どうしたら……」
「えっと、それでしたら、グジンの部下たちにも、変な格好をさせてみてはどうでしょうか?」
考え込む弾正にレーナが言う。
「集団で姿を変えさせるというわけか。悪くはないが、それだけでは……む! 待てよ。そうじゃ、それじゃよ、レーナ!」
「へっ? あ、あの……」
「アイドルと言えば、アレじゃよ!」
レーナの言葉をヒントに、弾正の頭にある思案が浮かんだ。
そして口元を悪そうにニヤリとさせるのだった。
◇
そして話は戦場に戻る。
レーナの案の通り、アイドルの格好をさせられ、ちょんまげ姿にさせられたグジンは今や半狂乱になりながら「髪がぁ! 髪がぁ!」と悲鳴を上げている。
そんなグジンに対し、弾正は笑ってこう言った。
「わはは、そんなにうれしい悲鳴を上げるほど喜んでもらえるとは、わしらも頑張った甲斐があったというもの。そんなうぬに最後のハッピーニュースを伝えよう」




