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魔力至上主義世界編 - 62 セイユの決戦 (5)

「へ……?」


 教団軍の面々が呆然とする中、彼らの身にまとう高価な法衣が、兜が、胸甲が溶けていく。


 しゅわわわ。


 あっという間に、彼らはパンツ1枚になる。


「なっ、なっ、なぁっ……!?」


 驚いているうちに、泥草たちは地面すれすれの低空を飛び交い、地面に向けて手をかざす。

 教団軍は現状について行けず、唖然とするばかりで止めることもできない。

 泥草たちはさらに透明な液体のようなものをばらまく。


「ひゃっ!」


 液体の冷たい感触で、教団の兵たちは我に返った。

 透明でぬるぬるした液体。


「こ、こりゃあ、油だ!」


 誰かがそう叫んだ時である。

 つるん、と兵の1人が足を滑らせた。


 いつの間にか、原っぱはガラスのようにカチカチのつるつるになっていた。

 そこに油が大量に降り注いだのである。

 当然滑る。

 次々と滑る。


「わわっ!」

「ひゃ、ひゃあ!?」

「こ、こら、バカ、俺の腕をつかむな!」

「そ、そんなこと言ったってよぉ!」


 彼らは転ぶまいと、近くにいた仲間の腕をつかみ、足をつかみ、両腕でしがみつき、それでもぬるぬるのつるつるの中ではどうしようもなく、互いにしがみつきあいながら、そろって転んでしまった。

 結果、教団軍の男たちが、パンツ一丁で抱き合いながら地面に重なり合うように倒れるというラブラブな光景が生まれたのである。


「わはは、仲が良いのは結構なことじゃ」


 弾正は楽しげに笑う。


 市民たちは口をあんぐりと開けている。

 彼らはセイユの城壁の上から、この(いくさ)の様子を眺めていた。

 戦いの様子はよく見えるが、それでも距離があるので細かいところはよく見えない。

 そんな彼らからしてみれば、教団の連中がいきなり服を脱いでパンツ一丁になり、互いに抱き合い始めたようにしか見えない。


「な、なあ、あいつら何やってるんだ……?」

「さ、さあ……。負けて頭でもおかしくなっちまったの……かな……?」

「し、し、信じられねえ……! 大事な戦いの真っ最中だぞ? そんな中でパンツ1枚になって男同士で抱き合うって、何考えてるんだよ!?」

「教団ってあんな連中だったのかよ……嘘だろ……」

「同性愛は禁止とか言っておきながら、自分たちが人前で堂々とやってるじゃねえかよ! 嘘つきどもめ!」


 唖然としているのは、丘の上で戦の様子を見ていた大神官ジラーと高等神官イーハも同じである。


「な、なななな、なんですかあれは! なんですかあれは! 神聖なる教団の聖職者ともあろうものがなんてことを! なんてことを!」


 イーハは、わなわなと体を震わせながら叫ぶ。


「グジンめ! あの教団の面汚しが!」


 ジラーは怒りを込めて吐き捨てる。


 その当のグジンはというと、自慢の宝石をちりばめたきらきらした服を溶かされ、パンツ姿になりながら、同じくパンツ姿の副官と油まみれで抱き合いながら地面をゴロゴロと転がっていた。


「わひゃあ! や、やめろぉ! くっつくなあ!」

「グ、グジン様こそ!!」


 グジンと副官だけではない。

 パンツ一丁の男どもが「やめろ、気持ちわりい!」「あひゃあ!」「ひ、ひい!」などと嬌声を上げる。

 市民たちはそれを冷たい目で見る。


 そうして15分ほどが経過した。

 教団軍はようやく落ち着きを取り戻した。

 もっとも滑って立ち上がることもできない彼らは、パンツ一丁で四つん這いになりながら、上空の弾正たちをにらみつけることしかできない。


 屈辱の極みである。

 栄えある教団の軍。きらびやかな法衣を着て、強大な武力を誇り、人々から尊敬と畏怖を一身に集める地上最強の武装集団。

 その誇り高き軍人である彼らが、今やパンツ一丁で、犬のように地面に這いつくばっているのである。


「くそぉ! 卑怯ものめぇ!」

「降りてこい、泥草ども! 降りて戦え!」


 口々にそう叫ぶが、弾正たちは意に介さない。

 教団軍は悔しそうに歯ぎしりをする。

 彼らは今や魔法を使うことも出来ない。使ったら油に引火して、大惨事になるのは目に見えているからだ。

 逆に言えば、泥草が火を放てば彼らは全員こんがりと焼けてしまうであろう。

 パンツ姿で男同士で抱き合いながら丸焦げなど、恥辱の極みである。


(ど、どうすれば……)


 グジンは焦る。

 もはや戦うことはできない。

 できることといえば、逃げることだけだ。


 しかし、逃げてどうする?

 惨めな姿はすでに衆人環視のもと、さらされてしまっている。

 セイユに逃げ帰ったところで、白眼視されるだけである。

 いや、こんなにも無様な姿をさらしてしまったのだ。

 責任を問われて処刑されてもおかしくない。


 であれば、どこか遠くにでも逃げるか?

 逃げたとして、教団が支配するこの大陸のいったいどこに逃げれば?

 行くところなどない。


 というより、そもそもぬるぬるでつるつるの現状では、逃げようとしてもまた滑って転んで男同士で組んずほぐれつの抱き合い状態になるのは目に見えている。

 そう、彼らはもはや逃げることすらできないのだ。


(く、くそぉ……くそぉ……)


 グジンは自分をこんな目に落とし入れた弾正を、悔しそうににらみつけることしかできなかった。


 ◇


 一方、上空の弾正はというと。


(さて、ここからじゃな)


 これからのことに思いをはせていた。


 軍を倒すのは簡単である。

 火を放てば全員丸焦げになるだろうし、そんなことをしなくても石をぶつければパンツ1枚の彼らはなすすべもなくボコボコになるだろう。

 何にせよ簡単である。


 同じことは教団本体にも言える。

 教団を倒すのはもはや簡単だ。

 大陸中を飛び回って、聖堂を片っ端から粉砕して、聖職者どもを全員上空からの攻撃でことごとく血祭りに上げて根絶やしにすればいい。

 それで教団は滅びる。


 が、それでは意味がない。


 今の世の中は、言うなれば、雑草だらけの荒れ地である。

 土の養分を教団という雑草が吸い取ってしまっている。


 これを変えるにはどうすればいいか?

 雑草を抜く?

 それだけでは、また別の雑草が生えてくるだけである。

 だいいち雑草をいくら引っこ抜いても、それだけでは豊かな畑にはならない。


 やるべきことは、まず雑草が生えてこないよう、土壌を変えることである。

 弾正流に言えば「教団というクソみたいな雑草が住めないようにするべきじゃ」ということである。


 土壌とは人々の意識である。思想である。ものの考え方である。

 今の中世という時代、人々の意識は「我々は正しい」である。

 人々は「正しい教団様」を盲目的に信じており、教団の言うことを真に受けている。

 教団を滅ぼしたところで、別の「正しい○○」を新たに無批判に信じるようになるだけだろう。

「教団を倒したら、新たな宗教が生まれて、それが新たなるムカつく既得権益になってしまいました」では、何のための謀反だかわからない。

 より最悪なのは「教団を倒したら、人々は今度は泥草を妄信するようになってしまいました」である。

 ともかくも民衆が「正しい〇〇」を妄信する現状を変えなければ、謀反の意味がない。


 どうしたらいいか?

「我々は間違っているかもしれない」というあらたな思想・意識を人々に芽生えさせることである。

 この意識があれば人々は教団や政府や役所やマスコミや噂話を盲信しなくなる。


 そのためにはどうすればいいか?


「まずは人々に選択をさせることじゃ。

 例えば教団か泥草か、どちらかをはっきりと選ばせるのじゃ。

 もし、こうした選択なしに、泥草がいきなり教団を倒しても、人々は『いや、私はもとから泥草が勝つと思ってたんだ』と言い出すに決まっておる。過去の記憶を改ざんし、あくまで自分は正しいと言い張る。人間とはそうしたものじゃ。

 だから民衆には、言い訳できぬよう、自分の責任で持ってはっきりと、教団と泥草のどちらを支持するかを選択してもらう。

 そして、その上で、できるだけ教団の惨めで醜くて無様な姿をさらさせる。泥草の豊かで幸せな姿を見せつける。

 人々は否応なしに『自分たちの選択が間違っていた』ということを思い知る。

 まずはそこじゃな。人々に『我々は間違っていた』という体験をさせるところじゃよ」


 それゆえ、弾正は今回の戦においても、教団の軍を壊滅させることなく、ただ徹底した屈辱を味わわせようとしていた。

 まずグジンにお得意の戦術を披露させた上で、コケにした。教団に存分に実力を発揮させた上で、それでも勝てないと言うことを思い知らせたのだ。

 さらに、軍の者どもをパンツ一丁にして、互いに絡み合わさせた。あえて殺さず、恥ずかしい姿をさらさせた。


 これだけでも十分に屈辱であるが、悪魔のような弾正はより一層彼らを羞恥の極みに落とし入れようと考えている。

 そのためには、さらにもうひとアイデア必要である。

 どうすべきか?


 実を言うと、今回、弾正は、戦の前に泥草たちからアイデアを募っていた。

「教団を屈辱の奈落に突き落とす方法はないか? 良い思案があれば存分に申せ」と言い、泥草たちからアイデアを募集していたのだ。

 弾正とて、一人で何もかも差配出来るわけではないし、いつまでもこの世界にいるわけでもない。

 泥草たちには手足になるだけではなく、自ら主体的に考えて行動してもらいたいと思っていた。

 それゆえのアイデア公募である。

 戦の1週間ほど前のことである。


 様々な案が集まる中、レーナという少女の案が目についた。


 レーナは12歳の女の子である。

 彼女は、背の高い泥草ルートの妹である。

 弾正とアコリリスとネネアの3人がイリスの町で仲間集めをしていた時、教団によって足を折られたレーナを治療したことで、ルートとレーナの兄妹は感激し、以降、弾正とアコリリスの忠実な部下として働いている。

 ふわふわとした癖のある色素の薄い髪に、眠たげな顔をしている(眠いわけではなく、そういう顔つきである)少女である。


 レーナは絵が上手かった。

 足を折られていた間、働くことも出来ず、地面に枝であれこれ幸せな妄想(兄と2人でお腹いっぱいご飯を食べたり)を描いていた時期があり、その時に才能に目覚めたらしい。

 今回のセイユ遠征で、城壁の4コマ漫画を描いたのは彼女である。


「レーナよ。そちの案、気に入った。詳しく話を聞かせてもらいたい」


 戦の1週間前、セイユのガラスの塔の最上階で、弾正はレーナを呼び出してこう言った。


「はい、わかりました」


 レーナは嬉しそうな顔をして、詳しく話した。

 弾正はにんまりと笑った。

 何とも女の子らしい素敵なアイデアだったからだ。


(すばらしい案じゃ。さっそく教団相手にぶつけてやろう)


 そのレーナのアイデアが今、披露されようとしていた。

 弾正が日本の歴史史料に初めて出てくるのは31歳の時で、それまでこの男がどこで何をしていたのか全くわかっていません。

 なので、弾正が登場する小説や漫画では、彼の前半生はどれも異なる描かれ方をしています。

 物乞いだったり、傭兵隊長だったり、はたまた妖術師だったり、現代日本からの転移者だったり。

 本作の弾正にも「近江の石垣職人の子で、父の仇である叔父をぶっ殺して諸国を放浪している最中、当時10歳の三好長慶と出会ってその才能を見抜き、将軍と管領に対して謀反を起こすことを決意し……」という裏設定が実はあったりします。

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