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魔力至上主義世界編 - 61 セイユの決戦 (4)

「ああ、これこれ、お前ら。いつまで寝ておるのじゃ」


 弾正は、パンパンと手を叩きながらそう言った。


(は? こいつ、何を言っているんだ?)

 とグジンが思った時である。


 倒れていた泥草たちがむくむくと起き上がったのだ。

 それは教団軍によって剣や魔法でやられ、死体となったと思われた泥草たちであった。


「いやあ、申し訳ござりませぬ」

「死んだふりが思ったより楽しくて、ついつい」


 彼らはそんなことを言って笑いながら頭をかき、昼寝から起きたかのように伸びをしつつ、立ち上がる。

 それから、ふわっと宙に浮かび上がると、上空の泥草たちに合流した。


 驚いたのは教団側である。


「……は? はあ?」

「な、な、なんだそりゃあああ!?」


 兵たちは口々にそう叫ぶ。

 グジンなどは、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしながら「あ……あばばば……」と意味のない言葉をつぶやいている。


 落ち着いてくると、何が起きたか飲み込めてくる。

 要するに、泥草たちは殺されたふりをしていた、ということだ。

 いや、教団軍の魔法をくらい、剣を食らってピンピンしているというのは訳がわからないが、ともかくも泥草どもは誰一人としてやられていないということだ。

「剣なら泥草どもを倒せる」というグジンの見込みは、これで外れたことになる。


(く、くそぉ! どうする!? いちかばちかやつらに向けて剣を投げつけるか? もしかしたら効くかも……いや、それで効かなかったらみすみす武器を捨てることになる。第一、剣を投げる訓練なんかしてない。せめて……せめてやつらを地上に引きずり下ろさないと……ん? 待てよ)


 グジンの口の端がにやりと歪んだ。

「名案」を思いついたのだ。


 心配そうな顔をする部下たちに「大丈夫だ」とグジンはひとこと言うと、上空の弾正に向けて叫んだ。


「弾正とやら。なるほどなるほど、なかなかお見事だねぇ。まさか空を飛ぶとは。いやあ、ボクも恐れ入ったよぉ。あっはっはっは」


 その言葉に弾正も応える。


「お褒めいただき恐悦至極。いや、そちもなかなか見所のある男じゃ。どうじゃ? わしの部下にならぬか? 今なら泥草のすぐ下あたりの地位を与えてやっても良いぞ」

「あっははは。嬉しいナァ。でもね、弾正とやら。キミはひとつ大事なことを忘れているよぉ」

「ほう? それは一体?」

「簡単さぁ。それはね……ボクが人質を抱えているということだよ!」


 グジンがそう言って合図を送る。

 とたん、教団の者たちが、人質の泥草らにギラリと剣を突きつける。

 グジンによって人質として集められた泥草たち。彼らは戦場の隅で縛られたまま、教団によって監視されていた。

 その彼らの命が、今おびやかされようとしていたのだ。


「どうだい? 弾正とやら。キミがこのまま抵抗を続けると、泥草たちの命がないよ」

「……ふむ」

「わかったのなら、まず全員地上に降りるんだ」

「む……」

「10秒数える! 10秒たったら、まず1人殺す! さあ、降りるんだ! 10、9、8、7……」

「……よかろう。地上に降りよう」


 弾正は言った。

 そして部下たちに向けて「ものども、聞け。今から地上に降りるぞ。よいか、抵抗はするなよ! 絶対じゃぞ!」と叫ぶ。

 部下の泥草たちは、顔を見合わせるが、大将の言うことは絶対だとでも思ったのだろうか。

 全員そろって地上に降りる。


「うんうん、いいねぇ。まずは合格だよぉ」


 グジンはにんまり笑い、嬉しそうにうなずく。

 困惑していた教団の兵たちも、泥草らが自分たちの言いなりであることを理解したのか、次第に余裕を取り戻し、にやにやと笑い始める。


「どうじゃ? 地上に降りてやったぞ」


 弾正が言うと、グジンは余裕たっぷりの笑みを浮かべてこう言った。


「そうだねぇ。よくやったよ。カラスみたいにこそこそと空を飛び回っているのはかっこわるいからねぇ。上出来、上出来。やればできるじゃないかぁ。でもね。まだそれだけじゃあ、足りないんだよナァ」

「……何をしろと?」

「服を脱げ」

「いきなり脱げとはいやらしい。わしらを脱がせて何をするつもりじゃ」

「ふふん。ごまかしても無駄だよぉ。ボクはちゃあんと見抜いているんだ。キミたちには剣も魔法も効かない。そこにはもちろん秘密がある。ボクが見たところ、キミたちのその服。そいつが怪しい。その服に何か秘密があるんじゃないかい? さ、脱ぐんだ!」


 じつのところ、グジンのこの予想は正解であった。

 泥草たちが驚異的な防御力を誇っているのは、弾正とアコリリスが作り出した不動服を彼らが着ているからである。

 不動服があらゆる攻撃を弾き返すバリアを張っているからである。

 それを脱がされれば、剣も通るし、魔法も効く。

 グジンはそのことを見抜いていたのだ。


「さあ、もたもたしてたらダメだよぉ。早く脱ぐんだ」


 グジンが言うと、彼の部下たちもにやにやと笑い出す。


「ほらほら、泥草ちゃんたち。早く脱げよ」

「ぎゃはは、そうだそうだ、早く脱げ」

「おらぁ! 人質がどうなってもいいっていうのか? ああん!?」


 その表情にはさっきまでの焦りや絶望感はない。

 一度弾正たちがグジンの言う通りに地上に降り立ったのを見て、「もうこいつらは俺たちの言いなりだ」と思い、すっかり安心しきっているのだ。


 グジンも余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)である。


「さぁ、早く武装解除したまえ。言う通りにすれば、全員命だけは助けてあげるよ。でも、早くしないと人質を殺しちゃうよぉ? あと10秒だ。10、9、8、ななふごへぇ!」


 突然、後頭部に何かがゴンとぶつかる衝撃が襲いかかり、グジンは思わず悲鳴を上げる。


「な、な、何?」


 そう言って後ろを振り返り……絶句した。

 人質であるはずの泥草たちが、宙に浮かんでいたのである。

 彼らの足下には、剣を突きつけていたはずの教団軍の面々が倒れている。


「……は?」


 グジンは目を白黒させる。


「……え? ……はあ? な、な、なに? と、飛んでる? み、見張りが倒されている? だ、だって、あいつらは人質で、ボクが直々に村々を回って集めた泥草で……はっ! ま、ま、まさか……!?」

「わはは、そのまさかじゃよ」


 グジンは1つの事実に気がついてしまった。


 今、人質の泥草たちは、軍の見張りを倒して空を飛んでいる。

 だが、普通の泥草にそんなことが出来るはずがない。

 となると考えられることはただ一つ。

 人質の泥草たちは、弾正の仲間だったのだ。

 しかし、人質の泥草たちはグジンが村々を巡って直々に集めた者どもである。それがたまたま全員弾正の仲間だった、などと都合のいい話があるわけがない。


 ということはどういうことか?

 そう、弾正は先回りしていたのだ。

 弾正は、グジンが行くであろう村々を先回りして、村の泥草たちを自分の仲間にすり替えておいたのだ。


 あらためて考えてみれば奇妙ではあった。

 何しろあれだけたくさんの村々を巡ったにもかかわらず、わずか1000人しか泥草が集まらなかったのだ。

 おそらく、弾正が人質役として用意できる仲間の泥草が、それくらいしかいなかったのだろう。

 そして、もともと村にいた泥草らは、今頃弾正の用意した安全な場所で保護されているに違いない。


「くっ……」


 グジンが唇をかみしめる。

 ぎりっと悔しそうに歯ぎしりをする。


 彼は今、屈辱でいっぱいだった。

 弾正に先回りして泥草をすり替えられたということは、第一に自分の作戦が読まれていたということであり、第二に速さが自慢である自分よりも弾正のほうが速いということだからだ。

 グジンの自慢でもある作戦能力でも進軍速度でも上をいかれたのだ。

 これほどの屈辱があるだろうか。


 気がつくと弾正たちは「わはははは!」と笑いながら再び空に浮かんでいる。

 人質が無意味となった今、地上に縛り付けられている必要はないということだろう。


「くっ、くそぉ……くそぉ……」


 何か手はないのか?

 何かまだ手はないのか?


 グジンは歯ぎしりをしながら、必死に考える。

 本気で考える。

 が、何も浮かばない。

 どうにかせねば、間違いなく屈辱の敗北を味わうことになる。そうなったらこれまでの名声も吹っ飛ぶ。処刑すらあり得る。嫌だ! そんなのは嫌だ! どうすればいい? どうすれば……。頭が真っ白になる。何も出て来ない。

 しまいには、こんなことを叫ぶ。


「さ、左翼の部隊は上空の泥草目がけて剣を投げろぉ! 右翼の舞台は魔法を放て!」


 剣も魔法も効かないなら、合わせ技ならどうか、という発想である。

 根拠はない。

 単なる錯乱した命令である。


 それでも教団軍は、とまどいながらも命令に従う。

 上空にいる3000人の泥草目がけて左から剣が、右から魔法が飛んでくる。


 が、すべて弾かれる。

 まるで効かない。


「わはは。次はこちらの番じゃ。人を脱がそうなどといういやらしいうぬらは、こうしてくれよう」


 上空から弾正のそんな叫び声が響き渡る。

 軍の上を泥草が飛び交い、何やら粉のようなものをまき散らす。


「な、なんだ、これは……?」


 教団軍が疑問に思ったその時である。


 しゅわわわわ。


 彼らの服が、パンツ1枚残して、全て溶けてしまった。

 休載明けなので、後書きに何か気の利いたことでも書こうかと思いましたが、何も思いつきませんでした。

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