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魔力至上主義世界編 - 60 セイユの決戦 (3)

 教団の軍が泥草たちを包囲すると、セイユの市民たちははじめ呆然とした。

 それから徐々に状況を理解していくにつれ、「おおっ!」「すげえ……」とつぶやくような感嘆の声が漏れてくる。

 ついには歓声が上がる。


「わーっ!」

「すげえ! すげえ! さすがは軍率(ぐんそつ)神官グジン様だ! あっという間に泥草どもを囲んじまいやがった!」

「ははっ、だから俺の言った通りだろ。グジン様を信じろってさ」

「いやいや、言ったのは俺だって」

「見たか、泥草ども! これが教団の力だ! 軍の力だ! グジン様の戦争芸術だ!」


 同じような歓声は、丘の上にいる大神官ジラーと高等神官イーハの一行のところでも上がっていた。


「す、すごいです……これで勝利間違いなしです……」

「我ら教団は無敵ですな!」


 ジラーの部下たちは歓喜の声を上げる。

 もっとも上司であるジラーとイーハは何とも言えない表情である。


 教団が勝つのはいいことだ。泥草どもがやられるのもいいことだ。

 ほっと、ひと安心したのも事実である。


 しかし、グジンが勝つのは気に入らない。

 せめてもっと地味に勝ってくれればいいものを、わざわざ自身の軍才をひけらかすように鮮やかな勝ち方をしているのが気に入らない。

 一度ピンチになる演出をして、その上で見事な逆転勝ちをするというやり口も気に入らない。

 とにかく何もかもが気に入らない。


「ふんっ、さすが我ら教団は強いね」

「全くですな」


 ジラーとイーハは不愉快そうな顔でそう言った。

 とはいえ、不愉快ではあっても、これで教団の勝利は間違いなしだと。泥草たちは惨めにも死体をさらすことになると。ようやくセイユの泥草問題も片付くと。

 そうジラーとイーハは信じていた。


 彼らだけではない。セイユの市民たちも、ジラーの部下たちも、誰も彼もが教団の勝利を確信していた。

 当たり前である。ただでさえ強い教団の軍が、弱い泥草を囲んでいるのだ。後はいかようにでも料理できる。

 この状況を演出した張本人であるグジンもまた、勝利を確信していた。


「さあ、泥草諸君。あとはキミたちに美しい死を与えるのみだねぇ。とりあえずまずはさくっと半分くらい殺して、それから残り半分をじっくり楽しく痛めつけようかナァ。うふふふふぅ」


 グジンはそう言って、楽しそうに笑う。


 軍の者たちもまたニヤニヤ笑っている。

 グジンの作戦が見事にハマり、勝利が目前だからだ。

 目の前の泥草たちの怯えた顔がたまらない。圧倒的に優位な状況が心地よい。これからたっぷりと勝利を味わえるかと思うと、楽しみで仕方がない。


「へへ。おい、泥草ども、今すぐ全員土下座したら、命だけは助けてやってもいいぜ」


 軍の1人が、笑いながらそう言う。

 無論、土下座したからと言って、助ける気はない。ゲラゲラ笑うだけである。


「だ、誰が! 誰がそんなことするもんか!」


 泥草たちは足をがくがくと震わせながら、精一杯にらみをきかせて言う。


「ひゃはっ! 強がってんじゃねえよ。お前らは負けたんだよ。もう終わりなんだよ」

「ま、まだだ! まだ負けてない!」

「ぎゃはは。どう見ても負けてんじゃねえか。バカじゃねえのか」


 そう言って、軍の者たちはゲラゲラと笑う。

 そこにグジンからの合図がある。

 総攻撃の命令である。


「じゃあな、泥草ちゃんたち。これに懲りて、来世は少しはまともになれよな。ひゃは」


 軍の者たちは剣を抜く。

 先ほどは泥草たちを油断させるために、わざと手加減をしたが、本当は軍人たちは剣もかなり得意である。

 泥草の棒など、ものともしない。

 包囲殲滅のコツは、とにかく相手を狭い空間に押し込んで、押しつぶしてしまうことである。

 魔法など使うまでもない。


「じゃ、死ねや」


 教団軍は一斉の突撃した。

 彼らの剣が泥草たちをずたずたに切り裂いたかと思ったその瞬間。


「ほへっ!?」


 軍人たちは驚きの声を上げた。

 泥草たちが、ふっと姿を消したのだ。

 軍人たちはそのまま勢い余って地面に頭から突っ込む。


「ぐへぇっ! ぺっ! ぺっ!」


 口の中に入った土を吐き出し「ちくしょう、泥草どもはどこだ!」と慌てて姿を探す。

 前後左右くまなく見渡す。

 が、同じようにきょろきょろする軍人たちが目に入るばかりである。


「ど、どこだ!?」

「くそぉ! どこに消えた!?」

「泥草ども、出て来い!」


 その時、声がした。

 原っぱ全体に響き渡るような、大きな声。


「わはは、上じゃよ」


 声に従い、はっと上空を見ると……。

 いた!

 泥草たちである。

 空を飛んでいる。


「……は? ……は? ……はああああ!?」

「と、飛んでいる……だと……」

「ば、バカな……」


 軍人たちは驚愕の声を上げる。


 グジンもまた口をぽかんと開けながら、

「え? え? な、なにあれ……? なんで飛んでるの……? え、嘘……」

 と、呆然とした声で呟く。


 そうなのである。

 実は、グジンを初めとして、軍人たちは、泥草たちが飛ぶところを今日まで一度も見ていなかったのである。


 何しろ、彼らときたら、2週間前にセイユに来たかと思ったら、すぐに出て行ってしまい、昨日まで一度も帰ってきていないのだ。

 泥草たちが飛ぶところを目撃する暇などなかった。

 それに弾正も「ここぞという時が来るまで、飛ぶところは見せぬ方が面白そうじゃ」と言って、泥草たちには透明になって飛ぶように命じていたので、ますます目撃するチャンスはない。 


 無論、直接目撃はせずとも、市民たちから「泥草が飛んだ」という話を聞くことはできる。

 グジンの部下の中にも、そんな話を聞いた者はいた。

 が、人間、直接目で見たものでなければ、なかなか信じられない。人が空を飛ぶなどという突拍子もない話であればなおさらである。

 何かの幻覚ではないか?

 空中をロープを伝って移動していたのを、見間違えたのではないか?

 布か何かが風に舞ってひらひらと飛んでいただけではないか?

 そう問い詰められると、市民たちも「絶対に泥草は飛んでいた!」と頑強に主張は出来ない。

 結局この話は「何かの見間違い。人が飛ぶわけがない」で片付けられてしまった。


 もしかしたら市民たちは、泥草たちが空を飛ぶなどということを、信じたくなかったのかもしれない。

 信じてしまったら、泥草が天使みたいに大空を舞うということを認めてしまうことになる。

 自分たちよりも優れた存在であると受け入れてしまうことになる。

 出来損ないであるはずの泥草が自分たちよりも上だなんて、あってはならないのだ!


 しかし今、市民たちの目の前で泥草らは飛んでいる。


「と、飛んだぞ……」

「や、やっぱり泥草たちは飛べるんだ……」

「そ、そんな、嘘だ……」


 市民たちは唖然とした声を上げる。


 一度、泥草が飛ぶところを見ている市民たちでさえ、この驚きようである。

 軍人たちにいたっては、もはやアゴが外れるくらい(何人かは本当に外れている)口をあんぐり開けて、一歩も動けず、ただただ茫然自失としている。


 そこに大声が響き渡った。


「わはは、驚いたかな、グジン君」


 先ほどの大声である。

 声は、宙に浮かんでいる泥草たちの中の1人の男から発せられていた。

 ボロ布をまとった集団の中、ただ1人、黒光りする日本風の甲冑を身にまとった若い男。


「わしは謀反の神、松永弾正じゃ」


 男は言った。

 謀反の神、松永弾正!

 それは2週間前、セイユ全体に聞こえるほどの大声で「教団か泥草かどちらかを選べ」と言った人物である。

 つまり、あの男が敵の親玉!


「ま、魔法だ!」


 はっと我に返ったグジンが叫んだ。


「空を飛んでるってことは、距離が開いたってことだよ! 魔法を撃つのに絶好の距離じゃないか! 撃て! 魔法であの黒甲冑の男を撃つんだよ! あいつが敵の首領だ!」


 自分たちの大将の叫び声に、軍人たちもようやく我に返る。

 素早く右手を上空に向けると魔法を放った。

 赤い光の弾丸が、弾正目がけて一斉に飛んでいく。

 現代に巨大恐竜がよみがえったとしても、こっぱみじんに吹き飛ばすであろう、マシンガンのごとき大量の魔法の弾丸が弾正に襲いかかり、そして……。


 ぽふっ。


 弾け飛んだ。


 弾正の部下たちにとってはおなじみの光景であるが、軍人たちにとっては驚愕の光景であった。

 最強兵器であるはずの魔法がまるで効かなかったのだ。

 現代で例えれば、生身で銃弾を食らって「何かしたの?」と平気な顔をしているようなものである。


 そして魔法が効かなかったのは弾正だけではない、

 命令がはっきりと聴き取れなかったのか、あるいは魔法がそれたのか、いくつかの魔法は弾正ではなく、彼の周りにいる泥草たちに向かって飛んで行った。

 当たればタダでは済まない赤い光が、ボロ布をまとっただけの泥草に向けて飛んで行く。

 そしてこちらも。


 ぽふっ。


 やはり弾け飛んだのだ。


「う、嘘だ、こんなの嘘だ……」

「ば、化け物……」


 軍人たちは茫然自失とする。


 わはは、と笑い声が上空から響き渡った。

 黒甲冑を身にまとった弾正である。


「わはは、グジンよ、そう焦るでないぞ。実のところ、この世界で最高と称せられるうぬの(いくさ)ぶりを見てみたかったのじゃ。それゆえ、しばらく遊んでやったのじゃが、うぬもなかなかやるのお。包囲殲滅は戦の基本。日本でも幾度となく見たものじゃ。それを忠実にこなすとは感心感心。じゃがのお、うぬの発想は古いのじゃ。新しい戦というのは、まず何より制空権を制するのが先決。上空から好き勝手に攻撃されては何もできぬであろう? ゆえにこの勝負、空を抑えられたうぬの負けじゃ。おとなしく降参いたせ。降参せぬというのなら」


 弾正が手を上げる。

 彼の周りにいた泥草たちから、ひゅんひゅんといくつもの金属弾が発せられる。


「ひっ!」


 それはグジンをはじめ、軍人たちの顔のすぐ横をかすめ、ギュアン! と震えるような音を立てて地面に大きくめり込んだ。

 つーっ、と頬から血が流れる。

 あんなものが当たったらただでは済まない。


(……ど、どうする? どうすればいい?)


 グジンは必死に頭を巡らす。

 内心は屈辱でいっぱいある。


(く、くそぉ! くそくそぉ! なんでだよ! 何で空飛ぶんだよ! 空なんか飛ばれちゃったら包囲の意味ないじゃないか! これじゃ、ボクがただのバカじゃないか! ピエロじゃないか! ちくしょう! ちくしょう!)


 こう叫びたくて仕方がない。

 が、それは後だ。今はいかにこのピンチを脱出するかである。

 弾正の言う通り、空から一方的に攻撃されては勝ち目がない。


(どうする? 魔法は……ダメだ。信じられないけれど……とても信じられないけれども、魔法は効かなかった。だったら……そ、そうだ! 剣だ!)


 泥草たちが空を飛ぶ前、決して少なくない数の泥草が剣にやられて倒れていた。

 そう、やつらは魔法には強くても、剣には弱いのだ。

 だったら剣を投げつけてしまえば……。


(よし、いける! いけるぞぉ! さすがボク。天才だよねぇ)


 グジンがニヤリを笑みを浮かべたその時である。


「ああ、これこれ、お前ら。いつまで寝ておるのじゃ」


 弾正がパンパンと手を叩きながらそんなことを言った。

 1~2週間ほど休載します。

 早ければ来週末、遅くても今月中には復帰します。

 それよりも遅くなるようでしたら活動報告(そういえば一度も書いてませんね)に状況を報告します。

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