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魔力至上主義世界編 - 59 セイユの決戦 (2)

「前進!」


 グジンが命じると、教団軍は前に進む。

 が、その進みはどこかちぐはぐである。

 教団の中央の部隊は規律正しく真っ直ぐ進んでいる。

 一方で、教団の左右両端の部隊はおっかなびっくりである。「ひ、ひいっ!」と言いながら腰が引けており、前に進むどころか後退している。


「おい、何やっている! 前に進むんだ!」


 中央の部隊がいったん歩みを止め、左右の部隊に怒鳴りつける。

 そのせいか、教団の軍列に乱れが生じる。


 そこに泥草たちが襲いかかった。


「今だ! かかれええええ!」


 泥草たちの装備は貧弱である。

 いかにも貧民でございますといったボロ布を身にまとい、森で拾ったような棒きれを手に握っている。

 それでも気合いだけは十分である。

 雄叫びを上げながら、教団軍の中央に襲いかかった。

 油断しているすきに、教団の主力部隊を一気に壊滅させてやろう、という狙いだろう。

 左右に広がっていた泥草たちは中央に集中し、わっと攻めかかってくる。


 泥草たちはなりふり構わない。

 まず石を投げる。

 石ごときでやられる教団の軍ではないが、3000人もの泥草が一斉に石を投げれば、さすがに多少はひるむ。

 そのすきに、わーっと一気に駆け寄り、距離を詰める。

 その結果、あっという間に、互いの息づかいが聞こえるほどの近距離へと詰め寄ったのである。


 はじめは、このような陣形であった。

 ○が泥草。●が教団の規律正しい部隊。★が教団の腰が引けた部隊である。



  ○○○○○○○○

  ○○○○○○○○



     ●●

    ●  ●

   ●    ●

★ ★      ★ ★

★ ★      ★ ★

★          ★



 それが、このようになったのだ。



    ↓↓↓↓

  ↓ ○○○○ ↓

  ○ ○○○○ ○ 

  ○ ○○○○ ○

    ●●●●

   ●    ●

↓ ↓      ↓ ↓

↓ ↓      ↓ ↓

★ ★      ★ ★

★ ★      ★ ★

★          ★



 泥草たちは中央に集中している。

 側面を突かれないように警戒する部隊を、わずかに左右に残し、大部分は教団の中央部隊に襲いかかっている。


 教団の中央部隊はこれを必死で支えている。

 援護すべき教団の★部隊は、何もしないどころか、後ずさっている。

 雄叫びを上げて突進する泥草たちに恐れをなしたのか、「ひいいいい!」と叫びながら、どんどんと戦場から離れていく。


「お、おいおい、何やってんだよ!」

「しっかりしろよ! 教団の軍なんだろ! 強いんだろ! 何逃げてんだよ!」


 セイユ城壁の見物人たちは罵声を浴びせる。

 やっぱり★の部隊は数合わせの連中だったんじゃ……、という疑惑が生じる。


「くっ……」


 教団中央の●部隊は狼狽した様子を見せる。

 油断した隙を突かれ、泥草たちが肉薄してきたため、魔法が使えないのだ。

 魔法というのは、ある程度距離を置いて使うものである。近距離すぎるとかえって使いづらい。


 魔法が使えないならば、と●部隊は剣を抜こうとする。

 そこにすかさず泥草たちの棒が振り下ろされる。

 手に、肩に、頭に、胸に、泥草たちの「やあっ!」というかけ声と共に的確に棒が振り下ろされる。

 剣を抜く暇すら与えない。

 泥草たちにも犠牲は出ている。決して少なくない人数の泥草が剣を、あるいはなんとか放たれた魔法をくらい、倒れている。

 が、それでも泥草たちは鬼気迫るオーラを出しながら、前進する。


 泥草たちには迫力があった。

 この一戦に負けたら終わり、という危機感があるからだろうか。

 いつもの戦いでしかない教団の軍とは、勢いが違う。


 泥草にあるのはただこの勢いだけである。

 勢いがなければ、プロの軍人が、棒を持っただけの素人集団に負けるはずがない。

 が、今やそのプロの軍人は動揺してしまい、素人集団は鬼気迫る勢いで迫ってくる。


 その勢いにおされ、教団の軍は次第に押し込まれていく。

 状況はすでにこうなっている。



  ↓  ↓↓  ↓

  ○ ↓○○↓ ○ 

  ○ ○○○○ ○

   ●○○○○●

    ●○○●  

     ●●     



↓ ↓      ↓ ↓

★ ★      ★ ★

★ ★      ★ ★

★          ★



 教団は中央が押し込まれている。

 そして左右の★部隊は遠くに逃げてしまっている。原っぱの南は森である。すでにその森の中に駆け込んだのか、姿が見えなくなってしまっている。

 このまま中央突破を許せば、●部隊は左右に分断され、それぞれを泥草たちに囲まれてしまうだろう。

 たとえばこんな風にだ。



  ○  ○○  ○ 

  ○ ○○○○ ○

   ●○○○○●

    ●○○●  

     ●●


     ↓


   ○    ○

  ○●○○○○●○

  ○ ●○○● ○

    ●○○●

     ○○


     ↓


   ○    ○ 

  ○●○  ○●○

  ○●○  ○●○

  ○●○  ○●○

   ○    ○



 人間というのは囲まれると弱い。

 剣術の達人であっても、素人数人に囲まれて棒で殴られれば、なすすべなくやられる。


 軍であっても同じである。

 身動きが取れないし、前後左右から攻撃が来る。

 強いはずの側が、囲まれてしまったばかりに、弱い側にボコボコにされる例など、歴史上いくらでもある。


「お、おいおい、まさか……」

「ま、まさか、だろ……なあ、まさか教団が、それも軍が負けるわけないよ……なあ……?」


 セイユの市民たちは「まさか」「まさか」と繰り返しながら、城壁の上から呆然と戦況を見つめている。


 呆然としていたのは教団幹部たちも同じである。

 決戦の部隊である原っぱを見下ろす位置にある丘。

 そこで大神官ジラーや高等神官イーハといった教団幹部たちが「大丈夫なのか?」と言わんばかりの様子で、戦況を見ていた。


 ジラーもイーハも一言も発さない。

 爪を噛み、膝を揺らし、時々舌打ちをしながら、イライラした様子で戦場をにらんでいる。

 ジラーもイーハもグジンのことは嫌いである。多少は痛い目を見ればいいと思っている。

 が、負けてもらっては困る。

 そんなことになったら、ただでさえ下がり始めている教団の威信と名誉が、さらに下降してしまう。


(もしそったら、責任を取って辞任せざるを得なくなるかもしれないではないか!)

 とジラーは思っている(教団がつぶれるとは全く想像していない)。


(何やってんだ、グジン! 早く勝て!)


 そんな大神官ジラーの思いが伝わったわけでもないだろうが、グジンはこの時、戦場の中で微笑んでいた。

「ふふっ」と笑っていたのだ。


「さて、そろそろボクの芸術的戦術を披露する時が来たようだねぇ」


 グジンはそう言うと、上空に向けて魔法をきっかり3発、規則正しく放った。

 一体何事か?

 見物人たちが疑問に思った時である。

 泥草たちの側面に謎の部隊が現れた。

 いや、謎の部隊ではない。教団の部隊である。白い法衣を身にまとい、左手だけ手袋を身につけてる。

 油断のないギロリとした目つきと立ち振る舞いは、間違いなくプロの軍人たちである。


「な、なんだぁ!?」

「え? なに? いきなり軍が現れた!?」

「い、いったいどこから?」


 市民たちが驚きの声を上げる。


「ぐ、グジン様。これは一体……」


 副官が驚いた顔をしている。


「ふふん、びっくりしたかい?」

「驚きました……い、いえ、それよりあの部隊は一体?」

「左右の端にいた部隊だよ」

「……え?」


 副官はぽかんと口を開ける。

 戦いが始まった時、教団群は中央に堂々とした(たたず)まいの●の部隊、左右にへっぴり腰で「ひいっ!」と剣を振り回すだけの★の部隊がいた。

 そして、泥草たちが突撃してきた時、★の部隊はみっともなくも逃げてしまったはずだった。


「い、いえ、その、彼らは逃げてしまったはずでは……?」

「逃げた振りだよ」

「で、ですが彼らはへっぴり腰でおどおどしていたはずです。あんな堂々とした姿ではなかったはずでは……?」

「演技だよ。へっぴり腰の振りをしていたのさ」

「あ、あと、法衣も身にまとっていなかったはずです」

「鎧の下に隠しておいたんだよねぇ」


 副官は口をぱくぱくさせる。

 つまり、グジンは敵を油断させるために、わざと素人に見せかけた部隊を用意したというのか。

 そして、ここぞという場面で、その部隊を投入させた、と。

 なるほど、逃げたと思った素人部隊が、いきなりプロの動きをしながら側面に現れたら、敵はパニックになる。

 実に効果的な戦術である。


「い、いえ、ですが! ですがどうしていきなり泥草どもの側面に現れたのですか!? 移動しているところを見られてしまうはずです!」


 副官が疑問をぶつける。


(ほり)だよ」


 グジンはあっさりと答えた。


「え?」

「掘さ。地面を掘って作った穴の道だよ。原っぱの隅に、南北に伸びる掘を事前にいくつか掘らせておいたんだよねぇ。部隊はそこを通って泥草たちの背後に現れたのさ。このあたりは草が高いからねぇ。隅っこにある堀なんて、よほど注意しないと見えないものだよ」


 つまり、こうである。

 ★部隊はこんな風に戦場から逃げたと思われていた。



  ↓  ↓↓  ↓

  ○ ↓○○↓ ○ 

  ○ ○○○○ ○

   ●○○○○●

    ●○○●  

     ●●     



↓ ↓      ↓ ↓

★ ★      ★ ★

★ ★      ★ ★

★          ★



 それが、このように掘(現代風に言えば塹壕(ざんごう))を通って、泥草たちの側面に現れたのである。



★          ★

★          ★

★          ★

↑★○  ○○  ○★↑

↑★○ ○○○○ ○★↑

↑↑ ●○○○○● ↑↑

↑↑  ●○○●  ↑↑

↑↑   ●●   ↑↑

↑↑        ↑↑

↑↑        ↑↑

↑          ↑




「し、しかし、いつの間に掘なんてものを」

「4年前だねぇ」

「よ、4年!?」

「そう。4年前。このあたりで戦いが起きるとなれば、この原っぱは絶好の戦場になる。だからボクは戦いの時に利用できるよう、掘を作らせておいたんだよ。水がたまらないように工夫を施したりしてねぇ。セイユの市民たちも雇ったんだけれど、ま、4年も経てばみんな忘れているよねぇ」

「よ、4年も前から……」

「戦いに勝つためだよ。この大陸には、そんなボクが準備した仕掛けがいっぱいあるのさ。ふふ、どうだい。ボクのこと、尊敬したかい?」

「も、も、もちろんですっ!」


 副官は首をぶんぶんと縦に振った。

 興奮をあまり顔を真っ赤にしている。


(すごい! すごいすごい! なんて人だ! 4年も前から戦いに備えて準備をしていて! それをこの上もなく的確に利用してみせる! なんてすばらしい人なんだ! この人こそ! この人こそまさに英雄! ああ、私はなんてすばらしい上官を持ったのだ!)


 グジンは、ぶんぶん首を振る副官をニコニコ笑いながら眺めていたが、すぐに意識を戦場に戻す。


「さ、戦いはまだ終わっていない。ここからが仕上げだ」


 グジンが合図を出すと、★部隊は一斉に泥草たちの背後に回る。


→→→→→★★←←←←←

→→→→★  ★←←←←

→→→★    ★←←←

 →★○ ○○ ○★← 

 →★○○○○○○★← 

   ●○○○○●   

    ●○○●    

     ●●  


 そして、次の合図で、泥草たちを囲んだ。


    ↓↓↓↓

   ★★★★★★

  →★○○○○★←

 →★○○○○○○★←

  →●○○○○●←

   →●○○●←

     ●●

     ↑↑


 それはまったく、速さを重視するグジン軍にふさわしい電光石火のごとき動きだった。


「ふふ。これが戦争というものだよ、泥草諸君。人生最後に良い体験ができたねぇ?」


 グジンは自らの戦術のできばえにうっとりとした声を上げた。

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