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魔力至上主義世界編 - 58 セイユの決戦 (1)

 決戦の日がやってきた。

 軍率(ぐんそつ)神官のグジンは兵をまとめ、セイユからすぐ北の原っぱに向かっていた。


 馬上のグジンは、さらさらとした長い金髪を風になびかせている。

 軍率神官ともなれば、大神官の白銀糸の法衣ほどではなくとも、バリアを発する高価で高性能な法衣を身にまとうことが許される。

 グジンの着ている服は、絹に似た光沢を持つ白い法衣であり、高級感あふれる布地に小さな宝石がちりばめられていてキラキラと輝いている。

 着るだけで槍や矢や魔法を防ぐバリアがグジンを包むため、兜をかぶらずともよい。

 軍率神官の中には、それでも戦場だからと戦いの時は兜をかぶる者もいるが、グジンという男は日ごろから「ボクのこの美しい髪が兜なんかで隠れてしまったら、人類の損失だからねぇ」と言っている男である。当然兜などかぶらない。


「ああ、見ろよ。あの風にたなびく金髪。あれがグジン様だよ」


 セイユの市民たちは、そうささやきあう。

 セイユの城壁の上には、決戦の様子を見物しようと(そして泥草(でいそう)たちが惨めに敗れる姿を笑ってやろうと)、市民たちが大勢詰めかけていた。

 泥草たちによって作られたこの新しい城壁には、親切にものぼるための階段がついており、それを使って市民たちは城壁の上にやってきたのだ。

 城壁は16階建てのビルほどの高さを持つ。

 決戦の舞台である北の原っぱの様子がよく見える。


「いやあ、泥草どもも今日でお終いかと思うと楽しみだよな」

「今頃、教団に逆らったことを後悔しながら、ガタガタ震えているんじゃないかしら」

「ま、出来損ないには、出来損ないにふさわしい末路が待っているってことだよ」


 市民たちはそんなことを噂しあいながら、決戦の時を待つ。


 その決戦の主役の1人であるグジンのもとに、偵察部隊から報告が入った。


「報告します。泥草どもはすでに北の原っぱに陣取っております」

「ふぅん、もういるんだ。そんなに死にたいのかナァ」


 馬の上でグジンが笑う。

 同調するように、部下たちも「あはは、滑稽ですな」と笑う。


「それで、やつらの人数と装備は? あとどんな陣形なの?」

「はっ。人数はおよそ3000人。装備はボロ布に木の棒です。陣形は、何やらごちゃついていて、あたふたと整えている真っ最中のようですが、どうやら原っぱの北側に横一直線に並べようとしているようです」

「ただ横にずらりと並べるだけ?」

「はっ。並べるだけでございます」

「あはっ」


 グジンはあざ笑った。


「ねえ、聞いた? 泥草どもはボロ布と木の棒だけでボクたちに勝つつもりらしいよ? おまけに横一直線に並んだだけの素人丸出しの陣形でさぁ」


 グジンのその言葉に、部下たちはどっと笑う。


「それはそれは、なんとも惨めなことですな」

「ここはひとつ、我々が本物の戦いを教えてやりましょうぞ」

「もっとも教わった頃には、この世にいないでしょうがな」


 そう言って、また一斉にゲラゲラ笑う。


(やはり泥草どもは弱いナァ。像を建てたり、変な絵を描いたりするような小細工はできても、いざ正面からぶつかる戦いとなるとボロが出るねぇ)


 グジンはそう確信した。

 すでに彼は自身の勝利を疑っていない。

 とはいえ、今回はセイユの市民という見物客が大勢いる。

 大神官ジラーと高等神官イーハも、今回の戦いを見ているという。

 どうせなら、芸術的な戦術で、後世にさんぜんと輝くほどの鮮やかな勝利を収めたい。


(たしかあのあたりの地形って、ああなっていたよナァ。泥草どもは北に横一列に陣取っているんだから、ああやって、それからこうやって……)


 馬を進めながら、グジンは頭の中で戦術をシミュレートしていた。


 ◇


 両軍が陣形をほぼ同時に整え終えたのは、朝の10時ごろであった。

 腰辺りまで伸びた草が生い茂る中、北に泥草が、南に教団が陣取っている。


 陣形を図にするとこのようになる。

 北側の○が泥草軍、南側の●と★がグジン軍である。

 ○、●、★は1つあたり200人ほど。

 双方とも約3000人と、人数だけは互角である。



   ○○○○○○○○

   ○○○○○○○○



      ●●

     ●  ●

    ●    ●

 ★ ★      ★ ★

 ★ ★      ★ ★

 ★          ★



「あ、あの、グジン様、この陣形はどういった意図が……?」


 整えられた陣形を見て、副官がとまどったようにたずねる。

 この陣形で一体どうやって勝つつもりなのか、さっぱりわからなかったからだ。

 教団の陣の後方には、人質に取った泥草たちが縛られ、軍の見張りの者たちによって監視されているが、あれが切り札とも思えない。


「わからないのかい、副官君?」

「え、えっと、も、申し訳ございません……意図がよく……」

「ははっ。なら結果を楽しみに待つんだねぇ。なあに、これも勉強さぁ」

「は、はい! かしこまりました!」


 生真面目な副官は「上官の言うことなら間違いない!」と信じ、それで納得した。


 一方、セイユの市民たちも教団の陣形に疑問をいだいていた。

 城壁の上から見下ろしていた彼らには陣形がよく見えたのだが、それにしても理解に苦しむ。


 くの字型に折れ曲がって前方に突きだしているあの教団の陣形は何なのか?

 いや、何よりも両端の★である。

 あの妙におどおどしている連中は何なのか?


 市民たちが疑問に思う通り、●の者たちと、★の者たちは、同じ教団の軍でも様子がまるで違っていた。


 ●の連中はいかにも軍人らしい。

 金属の兜と胸甲を身につけ、その上から教団のマークが赤く染め抜かれた白い法衣を身にまとい、腰には剣を差している。

 左手だけ白い手袋をし、右手はいつでも魔法が撃てるようにむき出しにしている。

 典型的な教団の軍の格好である。

 その目はギロリと油断なく、すぐにでも魔法が放てるよう身構えている。

 歴戦のプロといった風格を放っている。


 だが、★の連中は妙である。

 第一に、兜と胸甲こそ身につけているものの、法衣を身にまとっていない。

 軍の法衣は、大神官や軍率神官の特別法衣には性能面で遠く及ばないにしろ、バリアを発して魔法や矢をふせぐ大事なものである。

 それを身につけていないのだ。

 加えて、彼らは剣を抜き、右手に持っている。

 軍の主力兵器は魔法である。

 剣はあくまで魔法が撃てないような近距離で使うための補助武器であり、そんなものを敵から遠く離れたこの位置で、魔法を使う大事な右手に持っていること自体おかしい。

 しかも、そんな剣を★の連中は「ひ、ひいっ! 来るな! 来るなぁ!」と言いながら、へっぴり腰でぶんぶん振り回しているのである。


「なんだ、あれ。まるで素人じゃねえか」

「いや、本当に素人なんじゃないか?」

「どういうことだよ?」

「あ、いや、つまりさ……グジン様たちは軍が思ったよりも集まらなくて、それで数合わせにそこらへんの村人をつかまえて、武装させているんじゃ……」

「バ、バカな! グジン様は3000人以上の軍を集めたとおっしゃってたじゃねえか!」

「だからさ、言いにくいけど、それがもしかしたら嘘かもしれねえってことだよ」

「おいおい、マジかよ……」


 市民たちの間に疑惑のざわめきが起きた。


 疑惑を抱いていたのは市民たちだけではない。

 決戦の部隊である原っぱから少し離れたところにある丘。

 そこに大神官ジラーと高等神官イーハ、そして彼らの直属の部下たちが陣取っていた。

 グジンの戦いぶりを見届けるためである。


 ジラーもイーハもまさかグジンが負けるとは思っていない。

 ムカつく奴だが、用兵能力は本物であるし、何より教団が泥草ごときに負けるはずがない。

 が、グジンの陣形を見て、市民たちと同じ疑惑が生じる。

 まさか本当に素人連中を数合わせに集めたのでは? という疑念である。


「おいおい、大丈夫なんだろうね」

「グジンのことです。まさか教団の顔に泥を塗るようなことはすまいと思いますが」


 ジラーとイーハはそう言って顔を見合わせる。

 ともかくも戦いは始まろうとしている。

 今さらどうにも出来ない。

 見守るしかない。


 そして、当の本人であるグジンは言うと。


「うふふ」


 笑っていた。

 見物客たちが★の連中にどんなことを思うかは想像がついている。

 今は好き勝手に言わせておくがいい。


「キミたちに戦争芸術というものを見せてあげるさ。ボクの芸術的采配を後世まで語り継ぐがいい」


 グジンはそう言うと、兵たちに前進を命じた。

 決戦が始まった。

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