魔力至上主義世界編 - 57 決戦前
軍率神官のグジンは、何よりも名声を大切にする男である。
自分のきらびやかな姿、芸術的な用兵術、容赦なく死をもたらす冷酷ながらも妖しい魅力(すべて自称)。
これらを褒め称えられることを、グジンは何よりも重視している。
権力至上主義者である大神官、宗教至上主義者である高等神官と比較し、グジンは名声至上主義者である。
彼は自らを生ける人間芸術ととらえている。
現在のみならず、遠い未来においても賞賛されることを望んでいる。
吟遊詩人をかかえているのも、そのためである。
行軍に連れ歩いている吟遊詩人は今は1人だが、5人も10人も連れ歩くことだってあるし、大陸全土にはグジンお抱えの吟遊詩人が何百人もいる。彼らの仕事は、グジンの名声を歌という形で広めることである。
そのために私財を惜しみなくつぎ込んでいる。
「やりすぎだ」という人もいるが、グジンとしてはまだ自重しているつもりである。
(いずれボクが大神官になったら、その時はもう遠慮はしないよぉ。
立派な像を大陸中にいくつも建てるんだ。ボクの名前を冠した大聖堂も建てるんだ。生きているうちから聖人認定させるし、神々しいボクの絵をたくさん描かせるし、ボクの活躍を歌う文学作品だっていっぱい作らせるんだぁ。
大陸の誰もがボクを尊敬し、すばらしい人物だと敬う。
そして、何百年かのちには、歴史上の人物を1人思い浮かべなさいと言われたら、まっさきにボクの名前が浮かぶような、そんな名声にあふれた未来が待っているんだよぉ。うふふふふぅ)
グジンは明るい未来の想像に顔をにんまりさせる。
「グジン様、そろそろ最初の村ですぞ」
隣の副官が声をかけてきた。
「そっかぁ」
グジンはうなずいた。
彼らは今、泥草たちを人質としてとらえるべく、村々を巡っているところであった。
その最初の村が、そろそろ近いというのである。
(よおし、いっぱい泥草をぶっ殺すぞぉ。
あ、いやいや、すぐに殺しちゃいけないよねぇ。大事な大事な人質だからねぇ。決戦が終わるまでは無傷でいさせないと。
でも、セイユの泥草たちをボコボコにしたら、みーんな殺しちゃっていいよねぇ。
ああ、楽しみだナァ。泥草殺し。きっと美しい死を見せてくれるんだろうナァ。どうやって殺そうかナァ。●●を全部●●して、●を●り●いて、●を●き●ぎって……。ああ、そんなありきたりなのじゃだめだめ。美しくないよぉ。うーん、悩むナァ)
グジンは顔をにやけさせながら、馬を進めるのだった。
◇
泥草をつかまえて人質にしよう作戦は順調に進んだ。
何しろ軍率神官様のひきいる教団の軍なのだ。
村に行けば、代表者の小神官をはじめとして、村人一同「ははーっ」と頭を下げる。
(ふふんっ)
グジンが気分がいい。
頭を下げられるのは、何度体験しても気持ちがいいものである。
いい気分のまま、泥草たちを差し出すように命令すると、奇妙な命令に一瞬とまどった様子を見せたものの、すぐに「か、かしこまりました! ただちに!」と駆け出す。
すぐさま村はずれからボロ布を身にまとった泥草たちが引きずられるようにして連れられてくる。
泥草たちは驚いているのか、抵抗する気力もないくらいに軟弱なのか、「あ? え? あっ……」と言うばかりである。あっさりと捕まる。
泥草たちはそのまま縛られ、荷車に放り込まれる。荷物扱いである。
作業中は、吟遊詩人にグジンの栄誉をたたえる歌を歌わせ、名声を広めることも忘れない。
終わったら、すぐさま次の村に行く。
移動する間、荷車の泥草たちは、きつく手足を縛られた状態でガタガタ揺れる道を進むため、頭をかばうことも出来ず、固い板に頭をガンガンとぶつけて悲鳴を上げるが、誰も気にしない。
次の村に着くと、また同じことをする。
小都市の近くに来たら、立ち寄って軍を招集する。
このあたりの軍は、みなグジンの配下である。
集めるのに問題はない。
これをひたすら繰り返す。
13日後、グジンは先発させていた別働隊と合流した。
グジンの部隊と別働隊は、それぞれ別々に軍と泥草を集めていた。
それが合流したのだから、人数は一気にふくれあがる。
軍の規模は3500人、補助部隊も入れるとおおよそ10000人。捕らえた泥草は1000人にも及んでいる。
泥草はこれでもかなり少なめである。
途中から噂が広まったのか、村から泥草が逃げてしまっていたのだ。
「追いますかい?」
という中隊長の意見に対し、グジンは、
「いいさいいさ、放っておこう」
と言って却下した。
あまり泥草が多くても、食わせるメシがないし、運ぶのだって大変だからだ。
逃げた泥草はどうせ死ぬだろうが(身寄りのない貧しい泥草が、着の身着のままで村の外に逃げ出したところで、まず間違いなく死ぬ)、1000人も人質がいれば十分であろう。
◇
翌日、グジンはセイユに帰還した。
セイユを出立してから2週間後のことである。
わずか2週間でこれだけの軍を集め、これだけの泥草をとらえたのは、驚きの速さと言えよう。
セイユのすぐそばの原っぱで部下たちに野営をさせると、グジンは中核部隊の手勢と人質の泥草たちを引き連れて、セイユに入った。
大広場にそびえたくガラスの塔に辿り着くと、まず部下たちに、泥草に対して刃物を突きつけさせる。
市民たちが何事かと見守る中、グジンは大声でこう叫んだ。
「聞け、泥草どもぉ!
ボクは軍率神官のグジンだ!
見ての通り、泥草どもを人質に取った!
こいつらを助けたかったら、明日の昼、セイユ北の原っぱに全員で来い!
そこで決戦をしようじゃないかぁ!
来なかったら、泥草どもは全員殺すぞぉ!
いいなぁ!」
一通りしゃべり終わると、グジンは「ふぅっ」と一息つく。
そして、ぞろぞろと部下たちを引き連れてガラスの塔の回りをまわって塔の反対側に行くと、先ほどよりも多くの市民たちが集まった状態で、また同じセリフを繰り返した。
「聞け、泥草どもぉ!
ボクは軍率神官のグジンだ!
……」
しゃべり終わると、また場所変えて叫ぶ。
こうして一字一句同じセリフを合計4回叫んだ。
要するに、そうやってセイユの人々に「泥草を人質に取ったこと」「明日、決戦があること」「逃げたら泥草たちを殺すこと」を印象づけさせたのである。
(ここまでやれば、あのガラスの塔の泥草どもも、まさか逃げないよねぇ。逃げたら泥草たちを見捨てたことになる。
『教団か泥草か選べ!』だなんて偉そうなこと言っておきながら、まさか泥草が教団に殺されるのを見殺しになんかできないよねぇ。
君たちはこれで決戦に出て来ざるを得ないわけだ。ふふふ)
グジンは、にんまりする。
これでセイユの泥草どもを追い詰めた。彼らは明日の決戦に挑まざるを得ない。そうしたら、そこで皆殺しだ。
グジンは勝利を確認し、顔をほころばせるのだった。
市民たちの反応も上々である。
「人質を取るなんて卑怯な!」と怒る市民はほとんどいない。
もとより彼らの大多数は、泥草のことなど同じ人間だとは思っていない。
ゴミかなんかだと思っている。
そのゴミを人質に取ったところで、怒る道理はない。
むしろ、喝采を浴びせている。
「ははっ、これで卑怯にも塔に引きこもっている泥草どもも、外に出てこなきゃいけなくなった、ってわけだ」
「さすがはグジン様だわ! ああ、あの美しいお姿。風にキラキラとなびく金髪。素敵だわ」
「ぷぷっ、泥草たちも可哀想ね。教団に逆らうからこんなことになるのよ。グジン様の剣の錆びになることを誇りに思いなさい」
「おーい、泥草どもー! まさか逃げたりしないよなー! お前らは泥草なんだろぉ! 仲間が人質に取られているんだぞー! 逃げずに戦えよー!」
「今日が人生最後の夜だぞ、あははは。せいぜい楽しめよ、泥草ども!」
「『泥草につくか、教団につくか、2週間後に選ぶが良い!』だっけ? 今日が2週間後のその日だよね。残念、誰も泥草なんか選びませーん! あはははは! だってお前たち、明日死ぬんだもん。バカじゃねえの。騙されねえよ! ぎゃはははは!」
「グジン様ー! がんばってくだせえ! 汚ねえ泥草どもを皆殺しにしてやってくだせえ! 応援してますぜ!」
そう言って市民たちはグジンたちをほめたたえ、泥草たちに罵声を浴びせた。
彼らの言う通り、この日は「泥草か教団か」を選ぶよう、弾正が指定した日だった。
泥草を選ぶ者は、1日のうちのいつでもいいから、外に出て両手を高く上げてダブルピースをすればいいのだ。
だが、大多数の市民はそんなことはしなかった。
巨大な城壁や塔にすさまじいものを感じ、泥草の下につくことを選んだ市民も、わずかながらにいた。
けれども、ほとんどの市民は、泥草というものに対して抵抗感を持っていたし、泥草の城壁や塔よりも、教団の軍という慣れ親しんだ権力の象徴のほうが選んだのである。
悩んでいた市民たちも、そのほとんどは、グジンのきらびやかな姿と、彼の軍の力強い姿を見て、「やっぱり教団だよな」と教団につくことを選んだのである。
その日、泥草を選んだ市民は、セイユの市民30617人のうち、1541人だった。
全体のおよそ5%に過ぎなかったのだ。
彼らは夕方の路地裏で、あるいは夜中の道端で、こっそりと空に向けてダブルピースをし、それを見つけた泥草たちによって塔に運ばれた。
この瞬間、セイユ市民の運命は2つに分かれたのだ。
そうして夜が明ける。
決戦の日がやってきた。
ふと気になったこと。
本作の読者さんは、本作を何と呼んでいらっしゃるのでしょうか?
・異世界謀反
・謀反
・謀反のアレ
・戦国武将がざまぁするやつ
・いせむほ
・なろうの松永久秀のやつ
筆者の想像しうる呼び名はこんなところですが。




