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魔力至上主義世界編 - 56 グジンの作戦

 都市セイユの有力者宅に居留している大神官ジラーと高等神官イーハ。

 彼らのもとに、軍率(ぐんそつ)神官グジンがやってきたのは、弾正(だんじょう)の演説が終わったすぐ後だった。


「いやあ、しばらくぶりですねぇ、大神官様、高等神官様」


 グジンはニコニコ笑いながら挨拶をしたが、大神官ジラーと高等神官イーハはブスッとしていた。


「どうしたのですかぁ?」


 グジンはキラキラした自慢の長い金髪をふわっとかきあげる。

 ジラーとイーハはそれを不愉快そうに見る。

 実のところ、2人ともグジンのことがあまり好きではない。


 大神官ジラーは、地位と権力が大好きな男である。

 自分が栄えある教団のトップであることを自慢に思っており、人々に対していばり散らしたり、その人々がははーっと平伏したりすることに快感を感じる男である。

「僕は偉いんだぞ。教団のトップなんだぞ」と自慢したくて仕方のない男なのだ。


 そんなジラーにとって、グジンは不愉快な存在である。

 自分よりも20歳も若いくせに、軍率神官という地位に就いている。軍率神官は、格としては高等神官と同等であり、大神官の1つ下である。


(若いくせに、僕より地位が1つ下なだけってどういうことだよ! ムカつく!)


 おまけに華々しい名声を確立しており、大陸中で吟遊詩人が彼のことを歌っている。

 次の大神官がグジンになってもおかしくないのだ。

 大神官は終身職だから、自分が生きている間に大神官の地位を追われることはないはずだが、それでも次の大神官にグジンが就くことを想像すると、腹が立つ。


 一方、高等神官イーハは、信仰が大好きな男である。

 イーハという男は、一言でいえば教団の原理主義者だ。

 教団の教えを信仰することに心の底から喜びを感じている。

 異教徒や異端者など許さない。見つけしだい、ぶっ殺して構わないと思っている。


 そんなイーハにとって、グジンは不信心者である。

 聖職者に似つかわしくないキラキラした服を着ている。

 教団の教えにあまり熱心ではない。

 聖典に登場する聖人たちよりも自分のほうがすばらしいとさえ思っている節がある。


(はっきり言って教団から追放したいですよ!)


 とはいえ、いくら高等神官ではあっても、相手が名声のある軍率神官ともなると、明確な理由がなければそんなことはできない。

 それゆえ腹が立つのである。


「それでですねぇ。大神官様からイリスを3000人の軍で攻めろって命令を受け取って、こうして馳せ参じたんですよぉ。で、今日はその具体的な相談をしたくてですねぇ」


 軍率神官グジンはニコニコしながら言う。


「3000人じゃない。30000人だ」


 大神官ジラーは、ブスッとした顔で数字を10倍に訂正した。


「……30000人?」


 グジンが驚いた顔を見せる。

 その顔を見て、ジラーは少しだけスカッとする。


「ふん、そうさ。イリスには30000人の軍で行ってもらうんだよ。もちろん30000というのは純粋な戦闘員の数だからね。この他にも補助部隊が加わるよ」

「なるほどぉ……」


(2人ともよっぽどムカついているのかナァ)


 グジンはそう考えた。

 ムカついているからこそ、たかが泥草ごときの反乱に、30000人という巨大規模の軍事行動を起こそうとしているのかナァ、と思ったのだ。

 考えてみれば、2人ともひどい像や漫画を作られ、笑いものにされているのである。

 おまけに先ほどの教団をゴミ呼ばわりする演説。

 そりゃあムカつく。


「ただ、それは後だね。今はまずセイユのゴミ掃除をしてほしいんだよ」


 ゴミ掃除、という言葉をあえて強調するようにしてジラーは言う。

 お前の仕事はしょせんゴミ掃除みたいなものなんだぞ、と言いたげな口調だが、グジンはさほど気にした様子はない。


「先ほどの演説ですねぇ」

「そうだよ。あの泥草(でいそう)どもだ。あいつらをセイユから消し去るんだ。イリスを攻めるのはその後だよ。いいね!」

「んー、やり方は任せてくれますよねぇ。例えば、泥草どもを皆殺しにしてしまってもいいんですよねぇ」

「まあ、いいよ。グジンの好きにやってくれ」

「わかりましたぁ」


 グジンはそう言ってうなずくと「セイユに着いたばかりですし、今日のところはこれで」と言って立ち去った。

 グジンが退出すると、ジラーとイーハは「ふんっ!」と鼻を鳴らした。


 グジンに対するムカつく気持ち。

 そのグジンが出て行って、すっきりしたという気持ち。

 失敗してもらっては困るが、ある程度は痛い目を見るといいんだ、という気持ち。

 そんな気持ちが「ふんっ!」に込められていた。


 ◇


「さあ、行動だよぉ」


 グジンは退出するなり行動を開始した。

 グジンがもっとも重視するもの。そして彼の強さと自信の源となっているもの。

 それは「速さ」である。


 行動の速さ、行軍の速さ、部隊行動の速さ。

 とにかく速さ、である。


 この世界にはソギという、地球のチェスに似たボードゲームがある。

 2人のプレイヤーが1手ずつ盤上のコマを動かして取り合うゲームである。

 子供の頃、グジンは兄たちがソギで対戦しているのを見てこう思った。


(これ、一度に2手動かせば、最強じゃないかナァ)


 むろん、ゲームではルールがあるから、そんなことをしたら反則である。

 だが、実際の戦争では、もちろんそんなルールなどない。

 速く動くということは、一度に2手指すようなものである。


 部下たちには常日頃から徹底して速く行軍する訓練をする。

 行軍が遅くならないよう、無駄な荷物は徹底して排除して合理化する。

 吟遊詩人の女にしても、足手まといにならぬよう、速く移動する訓練をしているのだ。


 特にこだわったのは靴である。

 中世という時代、靴というのは単に布や革や木で足を覆っただけの代物であり、現代のような柔軟性や伸縮性や弾力性があったわけではなかった。

 それをグジンは、当時の技術で可能な限り工夫を凝らして、それなりに安価で、かつ中世としては良質な靴を作らせた。

 

 補助部隊に対しても、同様である。

 荷車に工夫を施し、余計な荷物を持たせないようにし、軽量化と高速化を実現させた。

 それでもノロノロ進むようなら、後ろから魔法で撃った。


 結果、グジンの軍はみるみる速くなった。

「工夫を施す」という発想が中世にはなかったから、反乱軍だの盗賊だのは旧態依然として遅いままである。グジンの軍の速さは他を圧倒していた。

 何より「速さを重視」という発想自体が、この時代としては画期的だった。


 グジンの軍が連戦連勝の無敵だったのは、この速さが最大の要因である。


 とにかく速く動いて先手を取る。

 こちらの準備が十分でなくても構わない。

 その分、相手だって準備は不十分なのだし、意表を突かれた分、こちらのほうが有利なのだ。

 それがグジンの思想である。


「そんなわけでねぇ、部下たちには早速このあたりの村々から泥草を捕らえるように命じてあるんだぁ」


 セイユの町を馬で進みながら、グジンは隣の副官に言った。


「泥草を、ですか?」

「そう。さっきの演説聞いたでしょ? あれってさ、泥草を守るって宣言でもあるんだよねぇ。そんなやつらがさ、泥草を人質に取られたらどうなるかナァ?」

「困る……と思います」

「だよねぇ。守るって宣言した泥草を人質に取られちゃっているんだもん。困るよねぇ。そこで決戦を要求するんだ。セイユの外に広がっている原っぱ。そこで決戦しろってねぇ」

「決戦、でございますか?」

「そうそう。あいつらはね、弱いんだよぉ。変な塔を建てたり、像を建てたり。そんな(から)め手しか使えないってことはさ、正面から堂々とぶつかり合ったら弱い。まず負けるねぇ。間違いないよ。でも、泥草を人質に取られているから、立場上、逃げるわけには行かない。戦わざるを得ない。当然ボクたちの圧勝というわけさぁ」

「なるほど……」


 副官は感心したようにうなずいた。

 キラキラした服を着て、吟遊詩人に変な歌を歌わせているだけのナルシスト男だと思っていたが、ちゃんと考えているらしい。


「というわけで、ボクたちも今すぐセイユの外に出かけるよぉ」

「え、今からですか?」


 今日は町でゆっくり眠れると思っていた副官は、びっくりする。


「そうだよぉ。セイユ圏の村を巡るんだ」


 グジンは答える。


 中世というこの時代、都市と村の人口比は、おおよそ1:9であった。

 人口の大部分は村々に存在していたのだ。


 村の多くは都市の圏内に存在する。

 セイユも、その周りに衛星都市と言うべき小さな都市が点在し、さらにその周りに衛星村とでも言うべき村々が点在している。

 そうしてセイユ圏とでも呼ぶべき一種の地域を形成しているのだ。


 その小都市や村々を巡って泥草をさらい、人質にする。

 ついでに、各地に駐屯する軍を集める。

 軍と人質が集まったら、セイユにいる泥草どもに対し、人質を突きつけ、決戦を迫る。

 こんなにも速くグジンたちが動くとは思っていなかった彼らは慌てふためくも、泥草を人質に取られては、立場上、選択の余地はない。

 無謀にも決戦を挑み、そして惨敗するだろう。


「ボクの評判がまた上がるというわけだ。大陸全土にとどろくボクの名声。後世にさんぜんと輝くボクの功績。いやぁ、楽しみだナァ」

「おお~、グジン~♪ 卑怯なる泥草に~♪ 天誅を下すべく~♪ 電光石火の行動~♪」


 名声が大好きなグジンは、吟遊詩人の歌声をバックに、嬉しそうにつぶやくと、急いで馬を進めるのだった。

 第1話を書く時は、いつも文体をどうするか悩みます。

 一人称か三人称か、である調かですます調か、誰の視点で描くか、軽い文体か重い文体か。

 何パターンか書いてみて、一番しっくりくるものを採用します。


 本作も今の文体に落ち着くまでは、色々と試しました。

 弾正の一人称で書いてみたこともあります。

 出だしはこんな感じです。


「わしの名は松永弾正。

 今の日本では、松永久秀と呼ばれておるそうじゃな」


 もっとも書いている途中で弾正さんのテンションが上がってきて、こんな風にどこかに行ってしまったので、ボツにしましたが。


「……いかん、書いてて興奮してきた。

 謀反がしたくてしたくて、たまらない。

 全身が、むっほりしてきたわい。

 むほっ!

 もう我慢できない!

 ちょっと謀反を起こしてくる。

 しばしの間、さらばじゃ!

 むほーーーっ!」

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