魔力至上主義世界編 - 55 選択するのじゃ
「むっほん!」
ガラスの塔から、セイユ全体に聞こえるほどの大声が鳴り響く。
「な、なななな、なんですか、今の声は!?」
副官が狼狽する。
「静かに。黙って聞くんだ」
グジンが鋭い口調で言う。
きまじめな副官は慌てて口を両手でふさぐと、こくこくとうなずく。
謎の声はこう言った。
「セイユ市民よ。わしは謀反の神、弾正である」
いきなり声が神を名乗ったことに副官は驚愕した顔を見せる。
グジンは表情を変えず、ただ黙って聞いている。
「さて、市民どもよ。ここ最近、セイユで立て続けに奇妙なことが起きていることは存じておろう。
あれらはすべてこのわしと泥草たちがやったことである。
大神官の邸宅をリフォームして、大神官をぶん殴る像に仕立て上げたのもわしら。
大聖堂を破壊し、大神官と高等神官の愛の像を建てたのもわしら。
広場に巨大なガラスの塔を建てたことのもわしら。
高い城壁を築き、愉快な絵を描いたのもわしら。
みんなみんな、わしと泥草たちがやったことじゃ。
さて、ここで市民どもに思い出して欲しい。わしらの建てた像や塔や城壁に対し、教団は何かできたじゃろうか? 教団にとって屈辱的な像や塔を破壊できたじゃろうか?
答えはNOじゃ! 教団は傷1つつけられなかった。
つまりな、教団は弱いのじゃ。泥草よりも弱い。クソ雑魚じゃ。無能でクズで、そろいもそろってバカぞろいじゃ。
教団が強いというのなら、わしら泥草の作った塔や像を破壊してみるがよい。できぬであろう? 要するに教団はゴミということじゃ」
弾正の声は、大神官ジラーや高等神官イーハといった教団幹部の面々の耳にも届いていた。
彼らは怒りで顔を真っ赤にした。
「ふざけるなよ! この僕がゴミだと! よくも! よくもよくもこの僕に向かってそんな口を!」
ジラーは甲高い叫び声をキンキンと上げながら、家具に当たり散らす。
「おのれおのれおのれ! 出来損ないの泥草の分際で教団を侮辱するとは! 不届き者めぇ! 不届き者めがぁ!」
イーハはそうわめきながら、手が真っ赤になるほどテーブルをバシバシ叩く。
弾正は教団トップ2が怒り狂っているのにも構わず、平然と演説を続ける(というか弾正から2人は見えないのだが)。
「さて、市民どもよ。うぬらは常日頃から苦しんでおる。
第一に労働がつらい。毎日へとへとになるまで働かされる。おまけに事故も多い。仕事中に大怪我を負ったり、死んだりするのも珍しくない。
そんなつらい労働の代わりに得られる楽しみと言えば、メシと酒と異性くらいのものじゃ。
その楽しみのメシにしても、満腹になるまで食べられることなど滅多にない。
おまけに、ちょっとしたことですぐに死んでしまう。病、飢饉、災害。風邪をこじらせただけで命を落とすのも、よくある話じゃ。
こんなつらい日々をうぬらが送っているというのに、教団は何をしているか?
つらいのは神の試練だの、信心が足りないからこうなるだのとほざいておるのじゃ。
アホか!
そんなわけはなかろう!
うぬらが苦しんでおる理由は、ただ一つ。教団が無能だからじゃ! 本当は、労働のつらさも病気の苦しさも貧しさもすべて改善できる。誰もが豊かで安全で快適な生活を送れるようにすることができる。
大広場のガラスの塔を見るがよい。泥草たちは毎日美味そうなものをたっぷり食っておるじゃろう。やろうと思えば、毎日腹いっぱいになれるのだ。
にもかかわらず、うぬらが変わらず苦しんでおるのは、教団が無能で無為無策だからじゃ。できる改善をしていないからじゃ。
わしはここに断言しよう。教団こそが諸悪の根源であると!」
セイユの市民たちは、広場で、食堂で、仕事場で、みな疑わしげな顔で弾正の演説を聞いている。
(何を言っていやがるんだ)
彼らはそう思っている。
つらい労働も、貧しい生活も、市民たちにとっては生まれた時からあったものであり、死ぬまで変わらないはずのものである。
自分たちがこれまで背負ってきた苦労を「簡単に解決できるぞ」などと言われても、たいていの人間は疑う。
怒る人も多い。
「お前なんかに何がわかるんだよ!」と怒る。
「そんなに甘いもんじゃねえよ!」と怒る。
だいいち聖典を読み込んでいて、世界の真理を知っている聖職者様たちが、長年がんばって活動しているのに、飢えも貧困も解決はできていないのだ。
それを泥草ごときが解決しようなどとは、神をも恐れぬおこがましい行為ではないか。
「なにあれ? 泥草の分際で、わけわかんないこと言ってんじゃないわよ」
「本当だぜ。だいたい、苦しい労働も貧困も、神様が我らに与えたもうた試練だと神官様もおっしゃっているじゃねえか。それを解決する? できるわけねえだろ。嘘言ってんじゃねえよ」
けれども、一部の市民は、ちょっとした疑問を抱いていた。
(でもさ、泥草たちはあの塔の中で美味そうなもの食ってるんだよな。だったら、もしかしたら……)
(あの大きな塔も大きな城壁も、信じられないけど泥草が作ったのよね? そんなことができるんだったら、もしかしたら……)
(俺は見たんだ。大神官様の魔法が像にも塔にもまるで効かなかったのを……。だから、もしかしたら……)
そんな風に「もしかしたら」と考える市民は少数派ながらいた。
「もしかしたら、この苦しい生活から抜け出せるのではないか」と、決して声には出さないけれども、心の片隅でそんなことを考える市民たちはいたのだ。
弾正の演説は続く。
「そこで市民よ。わしはうぬらに選択肢を用意しようと思う。
泥草につくか、教団につくかじゃ。
泥草につくなら、暖かい部屋、たくさんの美味い食べ物ときれいな服、危険の少ない快適な労働を与えよう。代わりに教団とは縁を切ってもらう。それとしばらくの間は、泥草の下で働いてもらおう。
教団につくと言うのなら、今まで通りじゃ。今まで通り教団の言うことを真に受け、泥草をバカにするがよい。もう二度と誘わぬ。
期限は2週間後とする。2週間後、泥草につく市民は外に出て両手を上げてピースサインをするのじゃ。さすれば、わしらが迎えに行こう。人目が気になるなら路地裏でも良い。真夜中でもよい。1日のうちのいつでも良いから、空高く両手を上げてピースサインをするのじゃ。
わしは、うぬら市民らは、教団に騙されてみじめな生活をしている可哀想な被害者じゃと思っている。が、一方で、教団の言うことを疑いもせずに真に受け、泥草をいじめてきた醜い加害者であるとも思っておる。
それゆえ、うぬらを無条件では救わぬ。自ら頭を下げ、謝罪し、泥草の下で働くことを受け入れた者だけに、豊かさと快適さを保証しよう。
よいな。2週間後じゃ。よく考えて選択するのじゃぞ」
ぷつんと何かが切れるような音がして、静かになった。
演説は終わったのだ。
「さて、そろそろ偵察部隊が戻ってくる頃かな。戻ってきたら、大神官様のところに行こうか」
グジンは何事もなかったかのように言った。
副官はびっくりしたような顔をする。手を振り、腕を振り、何やら訴える。
「あ、副官君? もうしゃべっていいよぉ?」
「グ、ググ、グジン様! あいつら! あのっ! あのでい、泥草! あの!」
「うん、まず深呼吸をしようよぉ」
「は、はいっ! すーはー、すーはー……」
「落ち着いた?」
「は、はい、も、申し訳ございませんでした。で、ですが、あの泥草の演説! 放っておいていいのですか! あれは明らかな教団への謀反ですぞ!」
「ま、いいじゃん」
「い、いいじゃんって……ま、まさか放置するおつもりで!?」
「誰がそんなこと言ったの?」
グジンは、すっと冷たい目をして言った。
「っ! もっ、もも、申し訳ございません!」
「あのねぇ、あんなのはバカな泥草が可哀想なことを言ってるだけなんだよ。どうにでもなるの」
「な、なるのでございますか?」
「うん。しょせんは泥草だからね」
「は、はあ」
副官としてはもう少し問い詰めたかった。たとえば、今の演説。セイユ全体に響き渡るほどの大きな声が出ていた。喉が枯れるほど大声を出しても、あれほどの声は出ない。一体どうやって町全体に声を響かせたというのか? それ1つとっても、副官は泥草が不気味でしかたない。
が、上官がこうも自信満々に言うのだから、副官としてはそれ以上何も言えなかった。
「まあ、見てなって」
グジンはそう言うと、幹部クラスの部下たちを呼び集め、何やら命令をする。
小さな声で副官には聴き取れないが、何かを指示しているような口調であるのはわかる。
ほどなくして話が終わる。
「じゃ、頼んだからねぇ」
グジンがそう言うと、
「はっ、お任せあれ!」
「吉報をお待ちください!」
「では行って参ります」
と部下たちは言い、隊の人数の半数を引き連れて、セイユの出口に向かって行った。
「え、あの、あれは……?」
「ああ、いいんだよぉ。ボクが命じたからねぇ。ま、楽しみにしててよ」
「は、はあ……」
副官がそう言ったところで、偵察に出していた者が戻ってきた。
大神官のいどころがわかったようである。
「じゃ、行こっか」
グジンは馬を進めた。
「ああ~、グジン~♪ 大神官様を救いに~♪ セイユに舞い降りた~♪」
吟遊詩人が歌いながら後に続く。
副官もまた慌ててグジンの後を追いかけるのだった。
初期稿ではチュートリアル謀反はなく、代わりに日本編がありました。
松永弾正が日本で生まれてから、将軍の家来の家来の家来に過ぎない身分でありながら謀反の力で天下を支配し、けれども次第に追い詰められ、ついには異世界に行くまでを描いた話です。
正直つまらないというか、スカッとしないので、ボツにしました。




