魔力至上主義世界編 - 53 真の芸術
200人の軍、それから400人の補助部隊(物資運搬などを行う)を引き連れ、軍率神官グジンはセイユの町に向かっていた。
滞在中だった都市から直接連れてきたグジン直属の部隊である。
グジンは3000人の軍を引き連れてイリスに泥草討伐に行くよう大神官から命じられているが、最終的にはこの部隊が3000人の軍の中核となる予定である。
グジン自身は、彼専用の毛並みの美しい白馬にまたがっている。
小さな宝石がちりばめられてきらきら光る服(特注のキラキラ法衣)を身にまとい、先端がくるくるした長い金髪を陽光に輝かせながら、ゆうゆうと馬を進めている。
「おお~、グジン~♪ 天使のごとき美しき黄金の髪~♪ 白馬にまたがり向かうはセイユ~♪」
左隣では、グジンお抱えの吟遊詩人がリュートをかき鳴らしながら、朗々と歌声を響かせている。
この女は、グジンの専属詩人兼愛人である。
グジンの栄光の戦歴を記録し、歌い、世に広め、後世に残すという使命を帯びており、その赤い唇は、グジンを讃える歌を口ずさんでいるか、「その通りでございます、グジン様」と言っているかのどちらかである。
グジンとしては、軍の職務だの責任だのはどうでもいいことであり、単に自分の芸術的な活躍が後世に残りさえすればそれでいいのである。
「ボク自身が一種の芸術なんだよぉ。この生きる芸術を後世に残すことこそが、人類の義務なのさ」と常日頃からグジンは語っている。
「ああ~、グジン~♪ その目は千里先を見通す~♪」
吟遊詩人は、そんなグジンのことを高らかに歌う。
一方、右隣では副官が、詩人の歌に苦々しそうな顔をしていた。
(うるさいな……)
この男は軍神官(格としては小神官クラス)の地位にある。
きまじめな性格であり、軍としての職務を誇りに思い、自らを神の尖兵であると考えている。
それだけに、輝かしい軍歴を持つグジンのことは前々から尊敬していたのだが、実際に副官になってみたら、聖職者にあるまじきキラキラの派手な格好をしているわ、変な歌をうたう女を連れ歩いているわで、頭が痛くなる。
彼は、グジンの前任の副官の甥であり、ごく最近、叔父の死と共にコネで後釜に座ったのだが、グジンの采配ぶりはまだ一度も目にしない。
本当にこの人で大丈夫なのだろうか、と疑問に思いたくなる。
(いや、いかんな……。目上の軍率神官様を疑うということは、ひいては神を疑うということ。あってはならぬ。そんなことより、軍務だ軍務。あたりに気を配らねば……)
そう思って、周囲を見渡す。
すると、前方に2つ人影が見えてきた。
(……なんだ、あれは? 誰かが誰かを殴っている?)
人影の1つは童女である。右拳を前に突きだしている。
もう1つの人影は大人の男だ。殴られているのだろうか。倒れている。
その倒れている人物の服装を見て、副官は「あっ!」と驚きの声を上げた。
「た、大変だ! 殴られているのは聖職者じゃないか! グジン様! 大変です! 聖職者が暴行されて……あれ?」
「んー、どうしたのぉ?」
グジンは尋ねる。
「あ、あの……えっと、そのですね……前方に人影が2つ見えますよね」
「うん、見えるねえ」
「それが、その、片方が殴られているように見えたんですよ」
「うん」
「ですが、あれ……人じゃないですよね……?」
「まあ、人間はあんな巨大じゃないからねえ」
副官が見たのは、弾正たちが大神官の邸宅をリフォームして作った「アコリリスが大神官をぶん殴る巨像」である。
すぐ近くにあると思った人影は、実は遠くにある巨大な像だったのだ。
「ま、とりあえず近づいてみようよ」
「だ、大丈夫でしょうか?」
あんな訳のわからない像に近づいても問題ないのか、という意味で副官が問う。
「んんー、ま、大丈夫でしょ。嫌な感じしないし」
「は、はあ……」
グジンはさっさと馬を進める。
「おお~、偉大なるグジン~♪ 巨大なる謎の像にひるむことなく~♪ 勇猛果敢に白馬で乗り込む~♪」
吟遊詩人も朗々と歌い上げながらついていく。
こうなれば副官もついていかないわけにはいかない。
慌てて後を追う。
ほどなくして一同は像のすぐそばまで辿り着いた。
間近で見てみると、なるほど巨大な像である。
高さ100メートルはある。
30階建てのビル相当の大きさあるから、現代人の感覚からしてみても十分すぎるほど巨大だろう。
周囲には見物人が大勢いる。
セイユからやってきたであろう連中、行商人や旅芸人、巡礼者といった連中もいる。
みな、そろって像を見上げている。
多くの者は、驚き、あぜんとし、そして恐怖でおののいている。
一部、笑っている者たちもいる。そういった連中は、グジン一行が、つまり聖職者の武装集団が大勢やってくるのを見て、慌てて顔を背けたり、咳払いをしたりする。
笑っている理由は明らかだ。
大神官ジラーが殴られて、バカ面をさらしているからだ。
像が巨大かつリアルであるから、殴られてマヌケになった大神官の顔もまた巨大かつリアルである。
「ほぎゃあああ!」という情けない悲鳴が今にも聞こえてきそうである。
おまけに殴っているのは泥草の童女である。
日ごろ偉そうにしている大神官が、最底辺の身分の少女にぶん殴られて、アホ面をさらしているというのは、なるほど滑稽である。
笑いたくもなる。
もっとも、たいていの者たちは、雲の上の星のごとき身分である大神官が暴行されているというあまりにも恐れ多い光景に恐れおののいている。
だいいち、こんな巨大な像など見たことがない。一体誰が作ったのか。どうやって作ったのか。想像するだけで体が震える。
「な……ななな……なんですかこれは! なんなんですかこれはーーー!」
副官もまた、体を震わせながら叫び声を上げていた。
そんな中。
「ふーむ」
グジンは恐れることも笑うこともなく、首をひねりながら像を見上げていた。
そして一言、こう言った。
「芸術センスのない像だナァ」
「へ?」
副官は、グジンの妙な反応に、驚きの声を上げる。
「あの、グジン様……?」
「ボクはねぇ、像っていうのは、ただ大きければいいわけではないし、リアルであればいいというわけでもないと思うんだよぉ。
そもそもね、芸術っていうのはね、この世に2つあるんだ。
1つは言うまでもないよね。このボクさ。このボクの存在、美しさ、活躍ぶり。これすべてが生きるアートなんだよぉ。うーん、美しいよね。
でもね、芸術はもう1つある。副官君、キミはそれが何だかわかるかい?」
「え、えっと……」
副官は真面目な顔をして必死に考える。
「も、申し訳ございません、わかりません……」
「困るなあ、キミぃ。こんな基本的なことを。死だよ、死! 死の香り! それこそが芸術を美しくさせるんだよナァ。この像にはね、その死の香りがないんだ。だからダメなんだよナァ」
「は、はあ、死、ですか……」
副官は、どう反応すればいいのかわからず、困った顔をする。
グジンは「いいかい、キミ、死だよ」と言って、こんな話をした。
「何年か前、副官君がまだ配属される前のことだけれどね、ボクが反乱を鎮圧しようとした時に、泥草たちがいたんだ。あのゴミ共も反乱に加わっていたんだよ。
なんでも反乱が成功したら、市民たちと対等な身分として扱ってやるとか何とか、反乱の首謀者に言われていたらしくてね。馬鹿だよねえ。出来損ないはしょせん出来損ないなのにさ。
で、まあ、ボクはそんな泥草たちの体をね、(悪趣味な拷問の描写のため省略)。
心地よい悲鳴だったナァ。出来損ないの泥草たちでも……いや、出来損ないだからこそ、その死と隣り合わせの悲鳴は一層輝くのさ。
あの時は吟遊詩人君も、その悲鳴に合わせて歌ってくれたよねぇ。あれは良かった。あれこそが真の芸術だよ」
「その通りでございます、グジン様」
グジンはうっとりした顔をしながら、グロテスクな話を語り続ける。
きまじめな副官は「なるほど」と表向きは真剣そうな顔でうなずくが、内心は気持ち悪さを感じている。さっきまで歩き疲れて空腹を感じていたというのに、今は食欲がなくなってしまっている。
一方、吟遊詩人の女は、グジンの話に合わせて、ポロン、ポロンと楽しそうにリュートを鳴らしていた。
グジンの古い部下たちも「さすがはグジン様だ」と言いながら、腕を組んでうんうんとうなずいている。
(私か? 私が変なのか?)
副官は大まじめにそんなことを思いながら、気分の悪くなる話を「さようでございますか」とあいづちを打ち続けるのだった。
◇
一方その頃。
「ほうほう、軍率神官グジンとな」
「はい。600人の部下を連れてセイユに向かってきております」
セイユのガラスの巨塔の最上階では、弾正が偵察役の泥草から報告を受けていた。
床は一面畳張りであり、かつ弾正の座るところは一段高くなっており、まるで天下人が謁見するかのごとくである。
「して、グジンとやらはどんな輩じゃ?」
「はっ。一言で申さば、悪趣味な男でございます。死の香りとやらに芸術を感じる男であり、とりわけ泥草を痛めつけて悲鳴を聞いたり、(以下、グロテスクな話のため省略)というのが大好きな男でございます」
「なんとまあ……」
弾正は嫌そうな顔をした。
弾正は謀反が大好きな男であり、そのためには戦も辞さないと考えているが、だからといって血が好きなわけではないし、死に芸術を感じたりなどしない。
「ま、そんなやつなら、何をやるにも遠慮はいらぬのう」
「やりますか?」
偵察役の泥草がたずねる。
グジンを始末するか、と聞いているのである。
「いや、今やっても効果は薄い。それよりそのグジンという男が、何を大切に思っているのかを調べるのじゃ。わしが何をしたいかわかるな」
「その大切なものを、こっぱみじんにしてやるのですな」
「そうじゃ。うぬもわかってきたのぉ」
「神様のおかげでございますよ。では、行って参ります」
「うむ。外はまだ寒いぞ。風邪を引かぬよう、気をつけろよ」
泥草が退出すると、弾正は下界を見下ろした。
そうして悪そうな顔をニヤリとさせながら、さて次はどんな手を打つか、と楽しそうに考えるのだった。
物語の密度にはいつも悩みます。
密度を上げれば、展開は遅くなってしまう。
密度を下げれば、ダイジェスト気味になってしまう。
難しいです。




