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魔力至上主義世界編 - 52 グジン

「んんー、そろそろセイユかナァ」


 馬上の軍率(ぐんそつ)神官グジンが、隣の副官に尋ねる。


「はっ。そろそろかと存じます」


 副官が答える。


「んんーん、そっかぁ。セイユに行くのも久々だナァ。あの町は賑やかだけれども、ボクにふさわしい芸術度が足りてないと思うんだよ。その辺、もうちょっとなんとかならないものかナァ? んん?」

「おっしゃる通りでございます、グジン様」

「だよねぇ」


 グジンはそう言うと、口笛を吹きながら馬を進める。


 グジンは、30代半ばほどの男である。

 ひらひらとしたレースのついた、きらびやかな服を着ている。

 長い金髪はくるくると先端が丸まり、きれいに整えた口ひげもまた先端がくるりと丸まっている。

 そのくるくるした口ひげを指先でもてあそびながら、部下達を引き連れ、軍率(ぐんそつ)神官グジンはセイユに向かうのだった。


 軍率神官とは、その名の通り軍を率いる神官である。

 将軍のようなものだ。


 軍というのは、教団の戦闘専門集団である。

 教団の人間は、みんながみんな戦闘が得意なわけではない。 

 確かに魔法は得意である。

 普通の市民の魔法は当たっても「あいたたた」で済むが、聖職者の魔法は人を殺せる。

 ただ、だからといって、「じゃあ、みんな強いんですか?」と聖職者に聞けば、こういう答えが返ってくるだろう。


「いやいや、聖職者だからって、みんな強いわけじゃないよ?」


 現代でも、警察官はみんな銃を持っているが、全員戦闘が得意なわけではない。

 それと同じである。

 聖職者もみんな魔法は使えるが、全員が全員、戦闘の専門家というわけではないのだ。

 聖典解釈が得意な人、金勘定がうまい人、説法が上手な人、いろいろいる。


 軍というのは、警察の機動隊のように、戦闘用の特殊な訓練を積んだ者達である。

 体を鍛えている。

 魔法の使い方も上手い。

 何より集団で戦うことに慣れている。


 教団に逆らう連中は、誰であろうと軍が蹴散らす。

 軍とは教団の輝ける戦闘エリート集団なのである。


 もっとも、この時代、軍の出番はあまりない。

 世界は1つの国で統一されている。

 その1つの国は、教団が支配している。


「わしのじいさんの頃から、もう戦争なんてないぞい」


 町の老人がこんなことを言うほど、もう長いこと戦争なんてない。

 戦争がないのだから、軍の出番も少ない。


 とはいえ、たまに地方の神官や貴族が反乱を起こすことはある。

 不正蓄財がバレた中神官がヤケになって反乱を起こしたり、農奴たちが徒党を組んで反乱を起こしたり、貴族の跡目争いの末に武力衝突が起きて、なんかよくわからないうちに反乱になってしまったり、理由は色々であるが、そういうのはある。

 何しろ大陸は広い上に、道が未整備である。

 教団の目の届きにくいところもあり、そういったところではしばしば隙を突くように反乱が起きる。


 それから盗賊もいる。

 盗賊というのは、道路と行政機構が未整備だと生まれる。

 この両方が整うと、整備された道を、組織だった警察なり地方警備隊なりが随時パトロールすることになり、盗賊は姿を消す。


 中世という時代は、どちらもない。

 世界を支配する教団が「我々が作り上げてきた今の世の中は完璧だ。変える必要などない!」と言って、現状を変えることにいたって不熱心なのである。

 道など整備されるはずがない。

 山や森を1人で歩けば、たちまちのうちに盗賊に出くわす。


 出くわして不幸な旅商人や巡礼者が被害を受けたとしても、教団はいちいち対処したりはしない。

 面倒くさいからだ。

 たまに軍の訓練がてら、討伐されることもあるが、全体からすればごく一部である。


 が、そうして面倒くさがって放置していると、時おり、盗賊が大集団に成長することがある。

 悲惨な時代であったから、なおのことである。

 この時代、戦争がないからと言って、過ごしやすい世の中であったというわけではない。

 飢饉、疫病、災害などが、ことあるごとに起きる(弾正が言うには「クソ教団が無為無策なのが悪い」)。

 そうなれば、人々は食えなくなり、流民となる。

 そんな時、盗賊の首領に才覚があったり、勢いがあったりすると、その流民を吸収する。人数がふくれあがり、大盗賊団が生まれる。

 歴史をひもとけば、そうした大盗賊団が地方の支配者になってしまったり、しまいには時には天下を取って、数百年間続く国家になってしまったなんてことも珍しくない。


 反乱も大盗賊も、いずれも放置はできない。

 そこで軍の出番である。

 反乱や盗賊が発生した地方の軍率神官のもとに軍が集まり、鎮圧するのだ。


「ボクはこの鎮圧で功を上げて、軍率神官になったのさ」


 グジンはこう語っている。


 グジンは、もとはアルテイスト・ド・ゲールという名の貴族である。

 貴族というのは端的に言えば農業ヤクザである。

 土地を持ち、農民らに耕させ、そこから上がってくる農業収入をピンハネすることが商売である。

 代わりに、武力を背景として、もめ事を仲裁してやったり、盗賊やら近隣貴族から守ってやったりする。


 もっとも武力という意味では、宗教ヤクザである教団のほうが貴族よりはるかに強い。

 貴族の土地も教団から貸与されているという形になっているし、せっかくピンハネした農業収入も、教団からかなりの割合で持って行かれる。

 法を作る権限は教団に奪われているし、他の貴族とやりとり時も教団を通す必要があるし、その土地の聖堂よりも大きな館を貴族は建ててはいけないし、道端で聖職者と出会ったら、伯爵だろうと侯爵だろうと頭を下げないといけない。


「要するに教団の手下なわけだねぇ」


 幼いアルテイスト・ド・ゲール少年は、そのように理解していた。

 だから、彼が10歳の時、高い魔力を持つことを証明してグジンという聖職名を得た時、周りの大人たちは「これで教団に強力なコネが出来たぞ」と喜んだし、グジン自身も誇らしく思った。


 もっとも配属先は不満だった。


「なんでボクが軍なんだよぉ。芸術部じゃないのぉ?」


 グジンの家は芸術の家系だった。

 この時代、絵でも彫刻でも文学でも、創作活動というものは、教団の芸術部か、あるいは教団の許可状を得たものにしか許されなかった。

 こそこそやろうとしても、紙も絵の具もインクも当時は高価だったのだから、どこかで足が着く。


 許可状を得る方法は、金である。

 グジンの家は、4代前の祖先が金で許可状を買い、聖典をモチーフにした当時としては良く出来た絵画を仕上げて教団に寄付したことで、時の大神官を満足させ(絵画に登場する聖人の顔が大神官そっくりだったというのもあるだろうが)、子孫代々許可状を保持することを認められた。

 グジンも、幼い頃から様々な芸術に親しんできていた。

「当然ボクは芸術部に配属されるだろう」と思っていた。

 それがよりによって、芸術とは正反対の軍であるとは!


 グジンが軍に配属されたのにはわけがある。

 残念ながら、グジンの軍才を当時の教団幹部がその慧眼で見抜いた、というわけではない。

 単にグジンが派遣された地方の軍幹部に芸術かぶれの神官がいて、芸術で名高いゲール家の子息であるグジンを同じ趣味の同士として欲しがっていた、というだけである。


「やっとドンレミダルク(詩人)やフランパリス(彫刻家)の話が出来る相手ができた!」


 芸術かぶれの神官はそう言って大層喜んだ。

 地方に派遣され、芸術をわかりあえる同士もおらず、この神官は不満だったのだ。


 当然、グジンは可愛がられる。

 当時のグジンの地位は魔法兵従者に過ぎなかったが、上級軍神官(格としては中神官クラス)であるその芸術好き神官の晩餐の席に、出席を許されるほどであった。


「グジンよ、お前はドンレミダルクという詩人を知っておるか?」


 上級軍神官がこう尋ねると、グジンはドンレミダルクの後期の4行詩を朗々と暗唱し、「ボクはこれが特に格調高いと思います。というのも、特にこの時代のマルレアン(詩人)の短詩と比較して……」などと言うのだ。


(打てば響くような反応! これがずっと欲しかったのだ!)と上級軍神官は大喜びである。

 実の息子のように可愛がった。


 なお、魔法兵や魔法兵従者というのは、地位の低い聖職者によくある肩書きであるが、これは聖典の「神の教えを広める者は、神の(しもべ)となり、また兵となるべきである」という一節に由来しているものであり、別段「兵」だからと言って軍に属しているわけではない。

 一定以上の魔力があれば誰にでも与えられるものである(ちなみに聖職者の中でも、魔力が低い者は、読師や守門といった魔法兵よりも一段低い地位が与えられ、出世の道も狭い)。

 魔法兵にしろ魔法兵従者にしろ「魔力が高い若手聖職者」という程度のものである。

 軍の場合、魔法兵の1つ上が助軍神官(格としては助官クラス)であり、そこからようやく正式な軍の神官となれる。


 その助軍神官に、グジンは15歳で昇格した。出世としてはかなり早い。

 半分は幹部に可愛がられていたことによるものだが、残り半分は軍人としての才覚によるものである。

 日々の体力訓練も、魔法訓練も、戦術訓練も、良い成績を上げる。

 時には実戦も必要だということで、森に盗賊狩りの遠征をするのだが、ここでも抜群の成果を上げる。


 上級軍神官になった翌年、グジンが27歳の時、地方で反乱が起きる。

 結果論ではあるが、グジンには軍才があった。

 この時、彼は魔法兵たちを率いて、(おとり)・伏兵・偽装退却などを駆使し、敵軍に何度も痛撃を与えた。


「これもひとつの芸術かナァ。うん、戦争芸術という奴だねぇ」


 グジン本人はこう語っている。

 

 とりわけ騎兵と歩兵のコンビネーションによる包囲殲滅で、敵の主力を壊滅させた戦いは、今でも語りぐさになっている。

 この戦いでは、前日の小競り合いで軍率神官(グジンを可愛がっていた芸術好き神官)が流れ魔法に当たって命を落とし、彼の遺言でグジンが指揮代行を取っていたのだが、ベテランの軍率神官でもこうは上手く行かないだろう、というほどの芸術的な包囲殲滅戦法をグジンは披露したのだった。


 これにより、グジンは2年後、30歳にして軍率神官となり、以来5年間、その地位にある。

 その5年間のあいだに、グジンは大盗賊の蜂起と貴族の反乱、いずれもわずかな犠牲で鎮圧している。

 軍がいくら強いからと言って、反乱の鎮圧にはそれなりに手間取るものである。それを3度も建て続けにほぼ無傷で鎮圧したのだ。グジンの軍率神官としての格は大陸トップクラスとなった。

 軍率神官と言えばグジン、と言われるだけの立場を得たのである。


 そのグジンが今、セイユに辿り着こうとしていた。


「ふふん、ま、大神官様の頼みとあっては、手を貸してあげてもいいけどね。でも、イリスで反乱かぁ。これも鎮圧に成功しちゃったら、もうボクの格は限界突破しちゃうよね。史上最年少の大神官も夢じゃないかも。うふふ。そうなったら、ボクの芸術的な銅像をイリスのど真ん中に大々的に造らせなきゃねぇ。僕をたたえる芸術的大聖堂も作らせるんだぁ。むふふふふぅ」


 グジンは楽しそうに笑いながら、イリスへの道を進むのだった。

登場人物の過去を書くと、それで1話終わってしまうということを学びました。

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