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魔力至上主義世界編 - 51 きょう☆だん

長いので分割しようか迷いましたが、キリがいいので一括投稿。

 セイユの大広場に一夜にして現れた巨大なガラスの塔。

 これを目にした市民たちの反応は、イリスに塔ができた時と同じであった。


 まず腰をぬかすほど驚く。


「な、な、なんだあれは……」

「あ、あわわ、塔が……塔が……」


 そうしてようやく驚きがおさまった頃、今度は塔の中に泥草(でいそう)たちがいることに気づいて、再び仰天する。


「ね、ねえ! 中に誰かいるわ!」

「あれは……泥草たちじゃないか?」

「本当だ! 目が赤くない。やせてるし、汚いボロ服着てやがる。あれは泥草だ!」

「なんで泥草が……」


 セイユの泥草たちの扱いは、イリスとだいたい同じである。

 町の隅の暗くじめじめした泥草街に押し込められている。

 見下され、殴られ、不当に安い賃金でこき使われ、嘲笑されている。

 人々を救うべきはずの教団は、泥草たちのことを救おうとはしない。

 それどころか「あいつらは出来損ないだから苦しむべきだ」と言って差別を(あお)る。

 市民たちも教団のお墨付きを得て、より一層泥草を馬鹿にする。


 セイユの市民たちの間では、次のような会話が当たり前のようにされている。


「いやあ、俺、この間泥草のクズをぶん殴ったんだけどさ」

「あ、そうなの。あいつらなんかしたの?」

「え、いや、だって、歩いてたらすれ違ったんだよ。気持ち悪いじゃん」

「あー、なるほどねえ、わかるわ。そりゃ、気持ち悪いわ」

「だろ? なのにさ、泥草のやつ、殴られても礼ひとつ言わねえんだよ? 『しつけていただき、ありがとうございます』って土下座して感謝するのが当たり前じゃん。なのにしねえの」

「うわ、そりゃねえわ。ぜんぜんありえねえわ。え、おまえ、それでどうしたの?」

「言うまでぶん殴ってやったわ。ほんと、あいつら出来損ないだよな」


 市民たちにとって泥草というのは、そういうゴミのような下層民であった。

 ところが、その下層民どもが、どういうわけか、おそろしく高価な材質で作られた塔(中世という時代においてはガラスは高級品だった)の中に大勢いる。

 しかも何やら美味(うま)そうな飯を食っている。


「おい、あれ、白パンだぞ!」

「本当だわ。白パンを食べているわ。あんなに白くて、ふかふかで、やわらかそうで……」

「ああっ! 肉も食ってるぞ!」

「嘘だろ、あんなに分厚くて、肉汁があふれんばかりで……ああっ、ちくしょう、香辛料もたっぷりかかってやがる!」


 季節はまだ冬である。

 冷蔵庫も缶詰もなかった中世という時代、冬は食べ物に乏しかった。

 庶民が食べられるものといえば、古い塩漬け魚に、古い塩漬け肉であり、あまり美味しいと言えるものではない。

 おまけに冬の間中、ずっとそんなものばかり食べているから、いいかげん飽き飽きしている。


 セイユは港町であり、漁港もあるため、冬でも新鮮な海の食材が採れるのは事実ではあるが、冬の海は荒れており、そうそうたくさん採れるわけではない。

 新鮮な海の幸は、大神官のような偉い人のところに行き、庶民は口にできない。


 市民でさえそうなのだ。

 ましてや最下層民である泥草の食生活など、腐りかけの塩漬け魚をわずかばかりに浮かべたスープをすすって飢えをしのぐような、そんな有様であるはずだ。


 そう、そんなみじめな有様のはずなのだ。

 だというのに目の前の光景は何だ!

 分厚く、やわらかく、脂ののった美味そうな肉。噛めば噛むほどジューシーなうまみたっぷりの肉汁があふれんばかりである。それを泥草たちは、白いふっくらしたパンと共に頬張っているのだ。それもたっぷりと!


 市民たちは、気が狂わんばかりの有様となった。


「おい、こら、泥草! それはお前たちごときが食っていい物じゃねえぞ!」

「おらぁ、泥草ども! 死にたくなかったらさっさとその飯を俺らによこしやがれ!」

「なに、肉なんか食べてるのよ! あんたたち泥草でしょ! 分際をわきまえなさいよ!」


 彼らはそう叫びながら、ガラスの塔の壁を手で叩く。足で蹴り飛ばす。棒や石やハンマーでガンガンと叩く。

 が、塔の壁は小さな傷ひとつすらつかない。

 塔に入り口らしきものなどなく、市民たちはただ悔しそうな顔をしながら、うらめしそうに泥草たちをにらみつけることしかできない。


 そこに現れたのが大神官をはじめとした教団の一行である。

 市民たちはまるで救世主でも現れたかのような反応を示す。


「大神官様だ!」

「大神官様がいらっしゃった!」

「ああ、大神官様! 不届きな泥草どもが、あやしげな塔の中で、分不相応なぜいたくをしております。是非とも成敗してくださいますよう、何とぞお願い申し上げます!」

「その通りでございます、大神官様! 見てください、あの泥草どもを! 泥草の分際で、肉なんか食ってるんです! 是非とも! 是非とも処刑を! お願いします! お願いお願いします!」


 市民たちは、這いつくばらんばかりに頭を下げ、そのように声を上げる。

 大神官一行としては、突然現れたわけのわからない巨大な塔にびっくりしながらも、とりあえず近付いてみただけなのだが、事情は理解できた。

 理解は出来たが、問題はここから先である。


「おい、みんな! 大神官様のために道を空けろ!」

「そうだそうだ、大神官様の邪魔だぞ!」

「ささあ、大神官様。どうか、やつらに神の裁きを下しては頂けないでしょうか!」


 市民はそう言うと、大神官と塔との間の道を空けた。

 みな、道の左右で頭をうやうやしく下げている。

 彼らは期待しているのだ。

 大神官がその大魔法で塔の壁を吹き飛ばし、泥草たちを成敗し、彼らの食べ物を奪って市民達に分け与えることを。

 偉くなるということは、それだけ期待される役割も大きいということである。

 彼らは、大神官がその地位にふさわしく、かっこよくズバンと泥草たちをぶちのめしてくれることを期待しているのだ。


 これに成功すれば、ここ2日間で失墜した大神官と教団の権威もV字回復することだろう。

 ただし、失敗すれば……。


(どうしよう?)


 大神官ジラーは迷った。

 昨日も、ホモの像を相手に、魔法が効かなかったのだ。今回ももしかしたら魔法が効かないかもしれないのだ。

 どうすべきか?

 お腹が痛いと言って逃げようか? それはあまりにもかっこわるい。プライドが許さない。

 うるさいぞお前ら、と言って威圧しようか? ジラーのほうが市民ちよりもずっと偉いのだから、地位と権威で市民たちを黙らせることは可能だ。でも、それだと泥草を相手にしっぽを巻いて逃げ出したことになる。これもプライドが許さない。


(ええい、何を弱気になっているんだ! 僕は大神官様だぞ! 昨日はちょっと調子が悪かっただけだ。大神官様の魔法が効かないなんてことがあるものか。だいいち、相手は泥草だぞ! あんな連中相手に逃げるだと? この僕が? 大神官様が? そんなことできるか! やってやる、やってやるぞ!)


 ジラーは市民達に向けてこう叫んだ。


「いいだろう。市民たちよ。我が魔法を、神の与えたもうた我が力を、とくと見るがよい!」


 そうして、右手を突き出した。

 ジラーの右手に、大きな閃光のような赤い光が輝き始める。


(ああ、さすがは大神官様。なんと神々しい光だろう)

(やはり最強の魔法を使える大神官様こそ、この世でもっとも尊いお方なのだ)

(泥草どもめ、ざまあみろ。今頃震えているだろう。もう謝っても遅いからな。塔に穴が空いたら、お前らをボコボコにしてやるからな。いや、その前に大神官様の魔法で死ぬかな)


 市民たちのそんな思いをのせて、大神官の魔法は、巨人の放った矢のようなすさまじい勢いで塔を目がけて一直線に飛んでいった。


 そして。


 ぽふんっ。


 間抜けな音と共に、魔法は弾け飛んだ。

 塔はまるで影響を受けていない。

 泥草たちは談笑をしながら飯を食べている。


「……え?」

「……あれ?」

「だ、大神官様……?」


 ジラーは「い、今のは練習だ!」と叫んだ。


「これは練習だ! 準備体操だ! ウォーミングアップはこれで終わりだ! 今度こそ本番だ!」


 そう大声を上げると、再び力を込めて右手に大きな赤い光を輝かせると、すさまじい勢いで魔法が飛んでいく。


 そしてまた。


 ぽふんっ。


 魔法はあっさりと消し飛ぶ。


「あの……」

「だ、大神官様……?」


 市民たちの視線が大神官に刺さる。


「え、ええい! これも練習だ! ホップ、ステップ、ジャンプだ! 次こそジャンプだ! おい、お前らもやれ!」


 ジラーは、高等神官をはじめとして、お供としてついてきた他の神官たちに向けて言う。


「え、えっと、やれ、というのは?」

「魔法だよ! 塔に向けてお前らも魔法を撃つんだよ! というか、さっきから何黙って見てるんだよ! さっさとやれよ!」


 神官たちは一瞬ためらったのち、塔に向けて魔法を放つ。

 何十人という高位神官たちのすさまじい魔法が強烈な光を放ちながら、塔に向けて次々と放たれていく。

 人間相手であれば、何百人という集団すらもミンチにしてしまいそうなほど強力な魔法エネルギーがほとばしる。

 魔法の何発かは塔の前の地面に当たる。土が弾け飛び、土埃があたりにたちこめる。


 やがて。


「はぁ、はぁ……」

「ぜぇ、ぜぇ……」


 土煙がもうもうと視界を遮る中、大神官をはじめとした神官たちは、ぜぇはぁ、と息を切らせる。

 体力の限り、魔法を塔にぶつけたのだ。

 いくらなんでも、これで塔に穴が空いたに違いない。中にいる泥草たちもタダでは済むまい。


 神官たちも市民たちも、そう確信していた。


 やがて、土煙が晴れる。

 無傷であった。

 ガラスの塔は、全くのきれいなままであった。

 泥草たちは、変わらず美味そうに飯を食べている。

 今は、みずみずしいフルーツを味わっているところである。


「嘘……だろ……」

「大神官様の魔法だぞ……あんなにいっぱい当たったじゃねえか……それなのに……」


 市民たちは信じられないものを見たような顔をする。

 その顔が徐々に大神官に失望したようなものに変わっていく。


 昨日もそうだった。

 ホモの像を相手に大神官の魔法は効かず、市民たちは失望した。

 それでもまだ(大神官様でも、たまにはこういうこともあるのかな)という思いはどこかにあったし、その後、市民の1人が大神官によって処刑されたことでなんとなくそのへんはうやむやになった。


 が、今日もまた失敗した。

 これで2日連続である。

 いよいよ失望が濃くなってきた。


(くそ! くそくそ、市民どもめ! その目はなんだよ! 僕は大神官様だぞ! 偉いんだぞ! ええい、また誰か適当なやつをぶっ殺してやる!)


 ジラーは、近くにいる市民を取り押さえるよう、命じようとする。

 その時である。


「大神官様! あれを!」


 部下の小神官が叫んだ。


「ああん!?」

「あれを見てください!」


 見ると、塔の10階ほどの高さの所の窓から、泥草たちが外に身を乗り出すと、次々と飛んで行くのだ。

 1階でメシを食っている泥草とは雰囲気が違う。きれいな服を着ているし、頬はふっくらとしている。けれども、目は赤くない。泥草である。

 その泥草が、塔からセイユ上空に飛び立っている。

 泥草が空を飛ぶという時点で意味がわからない。


「は?」

「そ、空を飛んでいる……」

「え? 嘘? 飛んでる?」


 大神官や市民たちが唖然とする中、泥草たちは大きな箱のようなものを持って城壁に向けて飛んで行く。


「あ、あいつら何をする気だ!?」

「さ、さあ……」


 誰も疑問に答えられない中、泥草たちは城壁に辿り着くと、箱の中のもの(土に見える)をばらまいたり、手をかざしたりしながら、その周りを飛び始めた。

 するとどうだろう。

 まず、城壁が高くなる。高さ10メートルほどであった城壁が、みるみると50メートルほどの高さとなる。

 高くなるだけではない。

 灰色の石壁でしかなかった城壁に大きな絵が浮かび始めたのだのだ。


 絵は全部で4枚あった。

 それぞれの絵は、四角い枠で区切られ、横に並んでいる。

 図にするとこのようになる。


 □□□□


 より正確に言うなら、枠と枠の間にはこのように矢印が書かれている。


 □→□→□→□


 左から右に見ろ、ということなのだろう。


 枠の上には絵のタイトルだろうか。

「きょう☆だん」と書かれている。

 枠の中では、大神官ジラーや高等神官イーハといった人物が登場し、何やら掛け合いをしている。


 現代人が見れば「まるで4コマ漫画だ」と思うだろう。

 実のところ、これは弾正(だんじょう)が泥草に描かせた4コマ漫画である。


 内容はこうである。


・1コマ目

 ジラーとイーハが抱き合っている。ジラーは豚っぽく、イーハはネズミっぽく描かれている。

 ジラー「僕は大神官ジラー様だよ。ぶひぶひい!」

 イーハ「私はジラー様の愛人、高等神官のイーハ様だ。チュウチュウ!」


・2コマ目

 ジラーとイーハが泥草を蹴り飛ばしている。2人とも醜く陰険な顔に描かれている。

 ジラー「あはは、泥草いじめは楽しいぶひい!」

 イーハ「泥草め、死ね死ねチュウ!」


・3コマ目

 ジラーとイーハが泥草の少女に殴られている。殴られた2人のマヌケ顔はアップで描かれている。

 泥草少女「正義の泥草パンチです!」

 ジラー「ふぎゃあああ!」

 イーハ「ぶへぇぇぇぇ!」


・4コマ目

 ジラーとイーハが泥草少女に土下座している。どちらも、顔は涙でぐしゃぐしゃになっている。

 ジラー「ひい! 泥草様、ごめんなさい! 僕が悪かったぶひい!」

 イーハ「ででで泥草様ぁ、お助けを! 何でもしますチュウ!」


「は……?」

「へ……?」


 ジラーとイーハは、すっとんきょうな声を上げる。

 自分が目にしたものが何なのか理解できなかったからだ。


 市民たちも同じである。

 目の前にあるものが何なのかよくわからない。


 が、やがて。


「ぷっ!」

「ぷぷっ!」


 と、一部の市民たちから笑い声が上がる。

 現代から見れば素朴な内容の漫画であるが、中世人である彼らにとっては、生まれて初めて目にする漫画であり、それも権力者をコケにするというきわどい内容のものである。そこに新鮮な滑稽さを感じ、笑ってしまったのだ。


 雲の上の存在である大神官に高等神官。

 恐れ敬うことしか許されない存在。

 這いつくばり、うやうやしく頭を下げること以外の対応を許されない存在。

 そんな彼らを馬鹿にする内容の漫画など、考えてみれば恐ろしいものである。


 が、それでも面白いものは面白いのだ。

 そして一部の市民はこらえきれずに笑ってしまったのだ。


 無論、そんなの、大神官たちに見つかったらタダでは済まない。教団を侮辱した罪で処刑である。拷問の末に殺されるか、ただちに殺されるか、のどちらかである。

 が、市民たちにとって幸いなことに、大神官たちはそれどころではなかった。

 彼らはあんぐりと口を開け、叫び声を上げていたのだ。


「はあああああああああ!?」

「え、うそ、えっ、なにあれ……? なんだあれ? なんだあれはあああああああああああ!?」


 ジラーとイーハの悲痛な叫び声が、またしても朝のセイユの町に響き渡るのだった。

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