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魔力至上主義世界編 - 50 破壊破壊破壊ぃぃぃ!

 大神官ジラーと高等神官イーハは、ただちにラブラブ像の破壊を命じた。


「破壊だぁ! 壊せ壊せ壊せ壊せぇぇぇぇ!」


 イーハは絶叫する。


 さっそく屈強な男たちがやってきて(イーハが「金ならいくらでも出す!」と叫んで、その場で雇ったのだ)、像の台座に向けて、斧だのツルハシだのハンマーだのを振り下ろす。


 ガン! ガン!

 ギァン! ギァン!

 グワァン! グワァン!


 激しい音が鳴り響く。

 が、台座には傷一つつかない。

 斧やツルハシのほうが欠けてしまうほどである。


「何やっているんだ! 早く! 早く破壊しろ! 破壊破壊破壊ぃぃぃ!」


 イーハは顔を真っ赤にして大声を上げるが、そうは言っても壊せないものは壊せない。


「台座が壊せないなら、像を直接破壊しちまえばいいんじゃねえの?」


 こんな意見が出た。

「よおし、やってやるか」と屈強な男たちは、台座の上によじ登ろうとするが、台座だけでも15メートルの高さがある。高さ15メートルのハシゴ(5階建てのビルの窓に届くほど)などそうそうない。

 ハシゴがないなら、ロープを像に引っかけて登ってやる、と男たちは意気込んだものの、高いこともあって、なかなか届かない。


 そうして時間をかけ、あれやこれやの工夫の末、どうにか台座の上によじ登っても、肝心の像が破壊できない。

 斧をガンガン振り下ろしても、ツルハシをギァンギァンたたきつけても、ハンマーでグワァングワァン殴りつけても、かすり傷一つつかないのだ。


「くそ、壊れろ、壊れろやがれっ!」

「オラァ、オラァ!」


 男たちは筋肉に任せて斧だのツルハシだのを振り下ろすが、像はビクともしない。


「壊せないなら燃やしちまえばいいんじゃねえか?」


 誰がかそう言った。

 油をまいて火をつけてみる。

 まるで効果はない。


「いっそのこと台座の下の地面を掘って、台座ごと像をひっくり返しちまえばいいんだよ」


 別の誰かがそう言った。

 ところが掘っても掘っても、台座はどこまでも地中深く続いている。よほど深く埋まっているのだろう。とてもひっくり返せそうにない。


「おい、さっきから何やってんだよ。さっさと壊せよ」


 見物客からヤジが飛ぶ。

 娯楽の少ないこの時代、像の破壊作業を見物に多くの群衆が集まっていたのだ。

 彼らは像が派手にぶっ壊されることを期待している。

 ところが、いくらやっても小さな傷すら負わせられないので、しまいにはブーイングが巻き起こる。

 台座には『泥草(でいそう)一同作』と刻まれているのだから、市民たちからすれば教団が泥草に負けているように見える。


「ぶーぶー。情けないぞ! 泥草の作ったものすら壊せねえのかよ!」

「何やってるのよ! 早く壊しちゃいなさいよぉ! 恥ずかしくないの!?」


 群衆からは、こんな声が次々と上がってくる。

 こうなってくると期待は大神官に集まる。


「そうだ、大神官様だ」

「大神官様の魔法なら、きっと……」

「ああ、大神官様の魔法が炸裂するんだ。きっとあんな像など、こっぱみじんにしてくれるに違いない」


 人々はこんなことをささやき合う。

 場の雰囲気がそうなってしまうと、大神官としても無碍(むげ)にはできない。


「よかろう。我が大魔法、とくと見るがよい!」


 大神官ジラーは半ばヤケになりながら言った。


 そうは言ったものの、ジラーは何となく嫌な予感がしていた。

 魔法が効かないのではないか、という予感だ。

 実際、大邸宅を破壊して作られた巨像に、ジラーの魔法はまるで通用しなかった。


(いやいや、あの時は結構遠く離れた像に魔法を撃ったからね。遠いから、ちょっと上手くいかなかったんだよ、きっと、うん。今回はすぐ目の前だからね。こっぱみじんにできるさ)


 大神官は右手に力を込めた。

 大きな赤い光が集まってくる。


「おお、なんと神々しい光……」

「ああ、大神官様の魔法を見ることができる日がこようとは……」

「ありがたや、ありがたや……」


 そうして人々がおがむ中、大神官は魔法を放った。

 赤い光の弾丸が、大砲のように像目がけて飛んでいき。


 ぱふっ。


 煙のように消え失せた。

 像には傷ひとつない。


「え……ええっ!」

「はい? はいいいい!?」

「え、え? どどど、どういうこと?」


 群衆は動揺する。

 はじめは像を、次に大神官を見る。

「え? 大神官様の魔法ってこの程度なの?」と言いたげな顔をしている。


「ええい! お前ら何見てるんだよ! 何見てんだよぉ!」


 ジラーが大声で言うと、人々は慌てたように目を伏せる。

 なんといっても、ジラーはこの大陸で最大の権力者である。一番偉い人物である。露骨に(さげす)むことはできない。

 それでも人々はどこか不審そうな目でジラーを見ていたし、ささやくような声で噂をしていた。


「おい、そこのお前! 今、僕の悪口を言っていただろ!」


 ジラーは群衆の中から、一人の中年男を名指しした。


「へ? あ、あっしですかい、いやとんでもねえ、そんな大神官様の悪口だなんて……」

「いいからそこに座れ!」


 ジラーが叫ぶと、神官たちが中年男を取り押さえる。

 中年男は両腕をそれぞれ神官たちにつかまれた格好で、地面に(ひざまず)かされる。


「ひい! や、やめてくだせえ! やめっ……」


 中年男は言葉を最後まで言うことができなかった。

 ジラーの放った魔法が、男の頭部に大穴を開けたからだ。

 一瞬にして死体となった中年男は、地面にぐらりと倒れ込む。


「ひ、ひいいい! し、死んだあああ!」

「う、うわ、うわああああ!」

「た、たすけ、たすけて!」


 群衆は悲鳴を上げる。


「いいか、お前たち! 僕の悪口を言うとこうなるんだからな! わかったか!」


 ジラーは群衆に向けて宣言した。

 人々の目にあるのは尊敬ではなく、脅えだった。


 ◇


 こうしてジラーは群衆を追い払ったが、それで像が破壊できるようになるわけではない。


 イーハは「壊せ壊せ壊せ壊せぇぇぇ!」と狂ったように叫んでいる。

 ジラーにしたところで、彼に同性愛の性癖はなく、好きなのは女である。あんな像など屈辱以外の何物でもない。


(もし、この像が破壊できなかったら……。

 このまま未来永劫、ここに残り続けるなんてことになったら……)


 そう思うと、ジラーとしては頭がおかしくなりそうになる。

 イーハにいたっては、すでに半分発狂している。


「あのー、破壊できないならせめて見えないようにしてしまえばいいのではないでしょうか?」


 ある神官がそんなことを言った。


「見えないようにって、どうやるんだよ?」


 ジラーがたずねる。


「布で覆うのです」

「はぁ!? バカかお前! あんなでかい像を覆う布なんてあるわけないだろ」

「い、いえ、その、全部覆わなくてもいいのです。像の顔と吹き出しのところだけでも覆ってしまえば……」

「……ふむ、やってみるか」


 結論から言うと、これも失敗した。

 どういう仕組みになっているのか、布をかぶせると、しゅわしゅわと煙が出て布がボロボロになってしまうのだ。


(いったいどうなっているのか……)


 神官たちは心の内で思う。

 誰も口には出さないが、昨日からの出来事は不気味に思っていた。


 姿の見えない泥草。

 どこからともなく飛んでくる岩。

 一晩のうちに、誰にも気づかれることなく、消え失せた大聖堂。

 あっという間に建ってしまったリアルな数々の巨像。


 これら全てを泥草がやったというのか?

 だとしたら泥草とは一体……。


 答えは出ないまま、気まずい雰囲気が流れる。

 結局、大神官達はラブラブ像に対しても、なすすべがないまま、その日は暮れていくのだった。


 夕方になると、大神官ジラーと高等神官イーハとは、町の有力者の客室にこもった。

 密談のためである。

 ちなみに、二人きりで部屋にこもるジラーとイーハを見て、有力者は「やはりこの二人はそういう関係なのか……」と言いたげな顔をしたが、幸いにしてその顔はジラーたちに見られることはなかった。


「落ち着いた?」


 密室にこもると、ジラーはまずイーハにそうたずねた。


「は、はい。恥ずかしいところをお見せしました……」


 イーハは落ち込んだように顔を伏せ、そう言った。

 狂乱状態だった彼は、夕方になった今、ようやくそれなりに落ち着きを見せていた。


 もっとも、あくまで「それなり」である。

 敬虔な神の(しもべ)である自分が、あろうことが同性愛者だとアピールしている巨像。それが、もしかしたら未来永劫この町に残り続けるかもしれないのだ。

 油断すると発狂してしまいそうになる。

 本当は今すぐにでも叫びたくて仕方がない。

「違うんだ! あの像は違うんだ!」と大声で言いたい。

 その衝動を必死に押さえ込みながら、密談をする。


「それで、お話というのは?」


 イーハがたずねる。


「うん、実はね、この町の泥草たちを皆殺しにするんだ」


 ジラーはごくあっさりと、そう言った。


「……つまり、セイユの泥草たちを、全員殺すというのですか?」

「そう。今回の一連の騒動の責任を取らせるんだ」

「責任? ですが、そもそも反乱を起こしたのはこの町の泥草ではなく、イリスの泥草たちでは?」

「この町の泥草どもが無関係だという証拠はないだろ? それだけで十分だ」

「……なるほど、わかりました」


 ジラーの言葉に、イーハはうなずいた。

 泥草が不気味であるのは事実である。この町の泥草たちは、今回の騒動とは無関係かもしれないが、念のためぶっ殺しておいたほうがいいだろう、とイーハは思った。

 それに、教団の権威が傷ついているのも事実である。ともかくも何でもいいから成果を上げるべきだろう。


「明日、決行するからな」

「了解致しました」


 そうして夜が明けた。


 大広場には塔が建っていた。

 高さ200メートルはあろうかという巨大なガラスの塔である。

 昨日まではなかった塔である。

 大神官達は知らなかったが、それはイリスに建っているのと同じ塔だった。


 塔の中には、この町の泥草たちが残らず収容されていた。

 彼らは美味そうなご飯を食べている。


「はわああああああああ!」

「な、な、な、なんじゃこりゃあああああ!」


 ジラーとイーハの絶叫声が朝のセイユに響き渡った。

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