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魔力至上主義世界編 - 49 ふたりはラブラブ

 大神官ジラーと高等神官イーハの一行200人は、セイユの町のあちこちに分散して泊まった。


 セイユは大陸南の海岸沿いに位置する都市である。

 人口は3万人。

 この時代としては大都市であろう。

 温暖で風光明媚な土地柄であり、海産物の美味さでも知られている。

 ジラーも牡蠣(かき)をはじめとした近海の産物を気に入っており、冬になるとしばしば保養のために訪れるほどである。


 セイユの中心には聖堂がある。

 町の中央に大広場があり、その広場に面して堂々たる大聖堂がそびえ立っているのだ。

 イリスの大聖堂と比べれば、規模は落ちるが、それでも十分に広く、そして大きい。


 とはいえ、いきなり200人も泊めろと言われても困る。

 そこらへんの廊下や部屋の隅ならスペースとして空いてはいるが、大神官の直属の部下たちをそんなところで寝泊まりさせるわけにもいかない。

 結局、大神官ジラーや高等神官イーハといった地位の高い者たちは大聖堂の客室に、それ以外の者たちは高級宿屋や町の有力者の邸宅に間借りすることとなった。


 ジラーとイーハは、大聖堂の客室に篭もると、さっそく密議を始めた。


「ともかくも軍を集めるよ! 3000人じゃ足らないよ!」


 開口一番、ジラーはそう言った。

 怒りで顔は赤くなっている。


 ジラーたちは教団の軍事エリート階層である軍を3000人規模で招集するつもりでいた。

 指揮官としては、これまで反乱鎮圧や盗賊退治に手腕を発揮してきた軍率(ぐんそつ)神官(将軍のようなもの)のグジンにセイユまで来るようすでに命じており、明後日には着くはずだ。

 グジンを中心に3000人の軍を結成し、その圧倒的な武力でイリスの泥草を地上から消滅させようと考えていたのだ。


 ところが、そのイリスの泥草たちは、あろうことかジラー自慢の大邸宅をガレキの山とさせた挙げ句、大神官が泥草に殴られてマヌケ顔をさらしている様を描いた屈辱的な巨像を建てたのである。


「あれだけなめた真似をしてくれたんだ。圧倒的な力で八つ裂きにしてやらないと!」


 ジラーは怒りを顔に(にじ)ませながら言う。

 弾正(だんじょう)と名乗った男が「わはは!」と笑いながら自慢の大邸宅を粉々にしたかと思うと、はらわたが煮えくりかえりそうである。

 ジラーの想像の中では、すでに弾正は100通り以上の方法で殺されている。


「怒りに満ちているのは私も同じですぞ、大神官様。あのような神を冒涜する真似、断じて許すわけには参りません」


 高等神官イーハは冷静沈着な態度で重々しくうなずいた。

 敬虔なイーハとしても、神を名乗る弾正は許すべからず存在である。


「僕はね、3万人規模の軍を招集しようと思うんだ」

「なるほど」


 イーハは肯定も否定もしなかった。

 弾正にむかついているのはイーハも同じであるが、教団にかかる負担を思うと3万人というのはどうか。

 輸送部隊のような非戦闘職の者たちも大勢連れて行くことを思うと、引き連れる人数は10万人に達する。中世としては、前代未聞の規模である。


「まあ、そのあたりのことはグジンが来たら詰めていきましょう。それより今は、あのふざけた像です。あれを破壊するよう、セイユの連中に指示を出さないと」


 イーハはそう言って話題を切り替えた。

 何しろ、刃物が通らないほど硬く、そして油が塗っているのかと思うほどつるつる滑る丘の上に、魔法も効かない巨大な像が建っているのだ。

 並大抵の方法では破壊できない。

 2人はそのまま像の破壊の方法についてあれやこれやと意見を出し合い、その日の密議はそれで終わった。


 ◇


 翌朝。

 ジラーはどこか肌寒さを感じて目覚めた。

 このあたりの気候は温暖だが、暦の上ではまだ春は来ておらず、特に朝などは寒い。


 大聖堂の豪華な客室で、暖かい高級毛布にくるまれて寝ていたはずのジラーは、肌に感じる寒気に(あれ?)と思った。

 寝相が悪くて毛布を蹴り落としてしまったのだろうか、とぼんやり思ったところで、はっと目を開けた。


「え?」


 思わず声を出す。


「え? ええ? な、なにこれ? どうなっているの?」


 ジラーは外にいた。

 大聖堂で寝ていたはずが、朝起きると冷たい地面の上に横たわっていたのである。


 夢遊病でも起こして、外に出て来てしまったのだろうか。

 それとも、誰かが寝ている間に彼を外に運び出したのだろうか。


 混乱しながらきょろきょろしていると、イーハと目が合った。

 彼もまたとまどっている。ジラーと目が合ったものの、どうしていいのかわからない、といった様子である。


 そして目が合ったということは、イーハもまた外にいるということである。

 イーハだけではない。

 ジラーの部下たち、それにセイユの大聖堂にもともと住んでいる現地の中神官たちも、寒空の下で右往左往している。


(ここは……セイユの広場か?)


 ジラーの目の前に広がっているのは、セイユの中心となる大広場である。

 大聖堂は大広場に面している。

 つまり、大聖堂はすぐ近くにあるはずである。


 それゆえジラーは、とりあえずまずは大聖堂に戻ろうとあたりを見回した。

 が、ない。

 大聖堂がどこにもないのだ。


「え? あれ? 大聖堂は? どこ? え?」


 大聖堂はセイユで最大の建物である。

 それが見えないというのはどういうことか?


「ま、まさか……」


 ジラーの背筋をぞっとしたものが走った。


 ジラーたちは今、空き地にいる。

 だが、ジラーが昨日見た時、こんな空き地はなかった。

 しかも、この空き地、どういうわけか周囲と比べて、地面が一段低くなっている。まるで、建物を基礎ごと消し去ったかのような、変な空き地だ。

 そういえば、このあたりはちょうど大聖堂があった場所のような……。


「うそだろ……」


 ジラーは思わずつぶやく。

 他の神官たちも気づいたのだろう。「うそだ……」「そんなバカな……」といった呆然とした声が、そこかしこで上がる。


 そう、大聖堂は一夜にして消え去ってしまったのだ。

 セイユの聖職者たちにとっての誇りであった立派な大聖堂は、今や影も形もない。


 今や、大聖堂があった場所にあるのは、地面がむき出しになったただの空き地である。

 そして、謎の大きな台座。


「だ、台座?」


 初めてそれの存在に気づいたジラーは、すっとんきょうな声を上げた。

 今までもずっと目にしていたはずだが、あまりにも現実感のない光景に、脳が拒絶反応を起こしてしまっていたのかもしれない。


 大聖堂があった場所の中心には『泥草一同作』と刻まれた、高さ15メートルはあろうかという台座ができていた。

 そして、その台座の上では、2人の人物の巨大かつリアルな石像が載っていたのだ。


「あ、あれはなんだ!?」

「あれは……だ、大神官様!?」

「本当だ、大神官様だぞ!」

「もう1人は、高等神官様だ!」


 台座の上では、大神官ジラーの像と高等神官イーハの像が建っていた。

 そして、あろうことか、2人の像は熱い口づけをかわしていたのだ。


 熱烈なキス。

 愛の口づけ。

 ぶっちゅっちゅう。


 呼び方は何であれ、どう見ても2人は唇を吸い合っている。

 台座と同じく、高さ15メートルはありそうな巨人像。

 それも実にリアルかつ精巧に作られたジラーとイーハの像が、互いに頬を赤くしながら熱いキスをかわしている。

 そんなものが、町の中心の広場のすぐ側に建っているのだ。

 目立つことこの上ない。


 しかも、像の頭からは、後世の漫画で言うところの吹き出しが飛び出ている。

 吹き出し型の金属プレートが頭に突き刺さっている、と言った方がいいか。

 吹き出しにはこう書かれている。


『おお、イーハよ。愛しておるぞ!』

『私も愛しております、ジラー様』


「ぎゃああああああ!!!」


 イーハの金切り声が鳴り響く。


「や、やめろおおお! これは違う! 違うんだ! やめろおおお!」


 イーハは未だかつてないくらいに取り乱していた。

 日ごろは冷静沈着なこの男は、今や頭をかきむしり、目を血走せ、ただひたすらに「やめろおおお!」と叫ぶ。


 中世という時代、同性愛はタブーとされていた。

 聖典には「愛とは子が産まれることで結実する」という一節がある。

 教団はこれをもって「子が産まれない同性愛は愛のない行為であり、神への冒涜行為である」と見なし、同性愛を固く禁じていた。

 違反した者は火あぶりの刑である。

 イーハもまた、これまで多数の同性愛者を死刑台に送ってきたし、同性愛などけしからん行為であり、神への冒涜だと軽蔑していた。


 その同性愛を、自分がやっている。

 いや、自分自身がやっているわけではないが、自分そっくりのリアルな像が、よりにもよって大神官ジラーと口づけをかわしている。

 おまけに愛を誓うセリフつきである。

 そして、そんな像が、町の中心の目立つところに鎮座しているのだ。


 教団の教えこそを至上のものと見なし、自分は誰よりも敬虔な信徒であると信じているイーハからすれば、耐えがたい光景である。

 キスの相手であるジラーもまた茫然自失としているのだが、イーハは取り乱しっぷりはその比ではない。もはや半狂乱である。


「うわああああ! やめろぉぉぉ! 破壊だ! 壊せ! 壊せ壊せ壊せぇぇぇぇ!」


 イーハの絶叫は朝のセイユの町に響き渡り、皮肉なことに「なんだなんだ?」と、より多くの人の注目を集めてしまうのだった。

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