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魔力至上主義世界編 - 48 大邸宅のビフォア・アフター (2)

「リ、リフォーム!? な、なんだよ、それ!?」


 大神官ジラーはぶくぶく太った体を震わせ、大声で叫ぶ。


『リフォームというのは、建物を改築することじゃ。ジラーよ、うぬの自慢の大邸宅を、わしらが今からすばらしいものに作り替えてやるのじゃよ。まあ、そこで脂肪でも揺らしながら、見ておるがよい』


 弾正(だんじょう)がそう言うと、不思議な現象が起きた。

 丘の上にゴロゴロ転がっていた大邸宅のガレキが、次々と宙に浮かび、積み上がっていくのだ。


「な、な、なんだあれは……?」


 ジラーは呆然とつぶやくが、誰も答えない。


 岩が飛んでくるのはまだ理解できる。

 投石機か何かを使ったのだろう。

 投石機にしては飛んでくる岩が大きすぎる気もするが、それでもまだ理解はできる。


 が、あの宙に浮かぶガレキは何だ。

 丘の上には人影は見えない。

 にもかかわらず、ガレキは次々と積み上がっていく。

 それも異常な速さである。

 一体誰がやっているというのか?

 あまりにも不可思議な現象に、誰も一歩も動けない。


 ガレキはみるみると積み上がっていく。

 どんどん大きく、高くなっていく。

 積み上がるだけではない。

 表面が滑らかになっていく。

 色も変わっていく。あるところは薄黄色に、あるところは黒に、という具合にどんどんと変わっていく。


 そうして気がつくと、丘の上に、高さ100メートルはあろうかという巨大な人型の像が出来上がっていた。


「なっ!」


 大神官は驚きの声を上げる。


 それは見事な像だった。

 材質は石のはずだが、とてもそうは見えない。

 第一に、色がついている。

 髪は金色、肌は透明感のある白、服は純白。

 そして目はきれいな水色をした、10歳くらいの童女(わらべめ)の像である。


 実に精巧な像である。

 バラ色の頬といい、ふっくらとした唇といい、きれいな輝きを放つ形の良い目といい、今にも動き出しそうなほど生命感にあふれている。


「け、けしからんっ!」


 高等神官イーハは怒りの声を上げた。


 中世という時代、精巧な絵画や像は禁止されていた。

 絵や像をリアルに描いたり彫ったりするのは、神の創造に挑戦する行為であり、不敬であるとされていた。

 特にリアルな人間の像を彫ろうものなら「人間を創造したのは神様だ! お前はその神様の行為を真似ようというのか! 不敬であるぞ!」と処罰の対象となった。

 にもかかわらず、目の前の巨像は、そんな教団の教えを無視するかのごとく、リアリティにあふれている。


 イーハは怒り心頭だった。


「けしからん! 教団のルールを何だと思っているのだ!

 だいたいあの水色の目はなんだ。どう見ても泥草ではないか! 像を作るだけでも不敬であるのに、よりにもよって出来損ないの泥草の像を作るとは、教団にケンカを売っているとしか思えない!

 許せませんぞ、大神官様! あんな像、ただちに打ち壊しましょう!」


 ジラーは答えない。

 代わりに、イーハをじっと見る。


「……どういたしましたか?」


 イーハは不審になって問い返す。


「……あのさ」

「はい」

「なんでさ、殴ってるのかな……?」

「……は?」


 ジラーは丘の上の像を指差す。


「あの泥草の像さ、何かを殴っている格好だよね。どういうこと……?」

「……殴っている格好?」


 イーハはあらためて丘の上を見る。

 金髪の童女の像は、腰をひねり、左足を踏み出し、握りしめた右拳を突き出す恰好をしている。

 なるほど、確かに何かを殴っているようなポーズに見える。


「……なんでしょうな。おい、お前、わかるか?」


 イーハは近くの小姓に話を振る。


「え? え、えっと、なんでしょうね、その……あっ! 見てください、あれ!」


 小姓は声を上げた。

 またガレキが積み上がり始めたのである。


 まるで先ほどの再現映像を見ているかのようである。

 違うのは、出来上がってくる像の姿形(すがたかたち)である。

 いったい何が出来上がるというのか?

 訳のわからぬ光景に、誰もが動けない。


 やがて、弾正の声が響き渡った。


『これで出来上がりじゃ。どうじゃ、気に入ったであろう。礼はいらぬぞ』


 そこには、先ほどと同じように、巨像がもう1つできあがっていた。

 大神官である。

 大神官ジラーの全長130メートルはあろうかという巨大な像が、できあがっていたのだ。


 ぶくぶくと太った体。

 肉のたっぷりついた、たるんだ頬。

 魔法を使える証である真っ赤な目。

 身にまとっているのは、白銀色に輝く立派な法衣だ。背中には、丸に横2本線が引かれた教団のマークがあしらわれている。

 大神官特有の大きな僧帽に、大きな宝石飾りの付いた杖を持っている。

 姿形(すがたかたち)といい、色合いといい、質感といい、何もかもがリアルな大神官ジラーである。


「な……なな……なんで僕が殴られているんだよぉ!」


 ジラーは叫んだ。

 彼の言葉の通り、巨像のジラーはアコリリスに殴られた格好になっていた。

 アコリリスのパンチを食らい、間抜けな顔をさらしているのだ。

 リアルな姿と相まって、まるでジラーが本当に殴られているかのようである。「ふぎゃあ!」という大神官の悲鳴が今にも聞こえてきそうなほどだ。


『わはは、似合っておるではないか』


「ふ、ふ、ふざけるな! ふざけんなよ、やめろよ! なんだよあれ、おい! なんで僕が! この偉大なる僕が泥草のガキに殴られなきゃいけないんだよ! なんで僕があんな間抜けな顔をしなきゃいけないんだよ! ……あっ!」


 そこまで叫び声を上げたところで、ジラーはある事実に気がついた。

 ジラーの大邸宅は、小高い丘の上に建てられていた。

 自慢げに見せびらかすために、近くの都市の住民や通りがかる人から、よく見える場所に建ててあるのだ。


 その大邸宅が破壊され、同じ場所に像が建てられた。

 ということは、ジラーがアコリリスにぶん殴られて間抜け顔をさらしているあの巨像は、実に良く目立つ位置に建っているということである。

 高さ100メートル以上あるうえに、中世では珍しいリアルな像である。大邸宅よりもよほど目立つだろう。


 つまり、大神官であるジラーが泥草に殴られてバカ面をしているという恥以外の何物でもない姿が、たいそう目立つ形で、未来永劫さらされるということになる。

 あんな像を見れば、誰だって笑うだろう。

 どう見てもジラーはバカにしか見えない。

 教団の人間の前では笑うのを我慢するかもしれないが、市民同士や村人同士であれば遠慮無くゲラゲラと笑うに違いない。

「ジラー? 知っているよ。泥草に殴られてバカ面しているあのアホだろ?」と。


(僕が笑いもの……。

 偉大なる古代帝国の末裔で、100年に1度の天才で、今まで尊敬と畏怖を受けてきた大神官であるこの僕が笑いもの……。

 この先ずっと笑いもの……)


「う、う、うわあああああ!」


 ジラーは狂ったように像に向けて魔法を放った。

 遠すぎて届かないが、それでも何発も放った。


「お、おやめください、大神官様」


 小姓達が慌ててジラーを羽交い締めにして止める。


「破壊しろ! 今すぐ! 今すぐあのふざけた像を破壊するんだ! 破壊破壊破壊ぃぃぃ!」


 ジラーは絶叫する。

 イーハは「わかりました」とうなずいた。像が気に入らないのはイーハも同じである。


「よし、お前たち、行くぞ!」


 ジラーはそう言うと、小姓たちに担がれてイーハたちと共に像に向かう。

 が、丘を上ろうとしたところで。


 つるん!


 みんなそろって転んでしまった。

 ジラーを担いでいた小姓たちもひっくり返る。ジラーは必然的に宙に放り出されてしまい、「ぐぎゃあっ!」と頭から地面に激突してしまう。


「な、な、何を遊んでいるんだよ、お前たち!」

「い、いえ、その、地面が……」


 小姓が慌てて弁解する。


「ああん!? 何をわけのわかんないことを……」


 そこまで言ったところで、ジラーは気づいた。

 地面が妙につるつるしているのである。

 さっきまで草の生えていた普通の丘であったのに、今はまるでよく磨かれた緑色のガラスのようである。

 つまり、丘全体が実に良く滑るつるつるしたガラスのようなものに変化してしまったのである。

 像は丘の頂上にあるから、この滑る丘を登らなければ像にはたどり着けない。


「え、ええい! これがなんだっていうんだ! いいからお前たち、さっさとのぼれ!」

 と、ジラーは叫ぶ。


 神官や小姓たちは互いに顔を見合わせるが、大神官の命令には逆らえない。

 油の塗られた滑り台を駆け上がるかのごとく、必死に登って登って登って、そうしてつるんと滑ってスタート地点まで戻る。

 そんな喜劇のようなことを、延々と繰り返す。

 成果はまるで上がらない。

 体力を消耗するばかりである。


 彼らも、ただただ走っていたわけではない。

 たとえば、手持ちの刃物を2本使って、登山家のように地面に差しながら丘を登ろうとした者もいた。が、地面は固くて傷ひとつつかない。しまいには、刃物のほうが欠けてしまった。

 あるいは、普通の土を運んできて、滑る丘にかける者もいた。滑ってしまうなら上から土をかけてしまえばいいのだ、というわけだ。が、これもダメだった。いくらかけても、すーっと土は滑り落ちてしまい、まるで積み重ならないからだ。

 中には、忍者のように鉤つきのロープを投げる者もいた。ロープを丘の上の像に引っかけて、そのロープを伝って丘を登ろうというのだ。これも、ダメだった。像が遠すぎてロープが届かないのだ。


 ジラーも黙ってみていたわけではない。

 体力が回復したところで、丘の下から像めがけて全力で魔法を放ったのだ。

 手のひらに力を込め、大きな赤い光の弾丸を像の足下目がけて発射する。

 木をもへし折る大神官様の大魔法である。


「さすがは大神官様の魔法だ。これならあのふざけた像も、ただでは済むまい」


 神官や小姓たちはそう思った。

 魔法が像の足をへし折るであろうことを誰もが確信した。

 が、しかし。


 ぽふん。


 魔法はあっさりと弾かれてしまった。


「へ?」

「は?」

「ほへ?」


 一同、間抜けな声を上げる。

 しばし呆然とし、それから一斉に大神官に目を向ける。

(え、あんたの魔法、効かなかったの?)とでも言いたげな目である。


「な、何見てるんだよ! ちょっと外れただけだよ! 次は当てるんだから、お前らはさっさと仕事しろ!」


 大神官が叫ぶと、一同は慌てたように丘を登る作業に戻るが、動揺は隠せない。

 何しろ大神官様の魔法なのだ。

 この世界で最高の魔法の使い手である大神官の魔法ということは、この世界で最強の武力ということである。

 その最強の武力が、まるで効かないというのはどういうことか。


 動揺が走る中、大神官は2度、3度と魔法を像に向けて放つ。


 ぽふっ。

 ぱふっ。

 ぽふん。


 いずれもまるで効かない。

 魔法は煙のように消え失せてしまう。


 結局、大神官たちは像に対してなにひとつできなかった。

 大邸宅が崩壊したから、今や彼らは泊まるところもない。

 集団で近隣都市セイユに押しかける羽目になる。


 セイユの住民の多くは、すでに像を目撃していた。

 なにしろ都市と目と鼻の先に、高さ100メートルの巨像がそびえ立っているのだ。

 そして、それが「泥草にぶん殴られる大神官」という衝撃的なものであることも知っていた。

 大神官たちがセイユを訪れた時は、すでに人々は噂し合い、ある者は驚き、ある者は笑っていた。

 そんな中に、噂の人物である大神官が現れたのだから、ジラーは人々の好奇の視線を悪い意味で一身に集めることとなってしまう。

 かつてないほどの屈辱である。


「ちくしょう、よくも僕をこんな目に! 覚えてろよ! 覚えてろよ!」


 こうして大神官の地獄の始まりを告げる、挨拶代わりのジャブは終わった。

 まだジャブである。

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