魔力至上主義世界編 - 3 謀反の下調べ 前編
翌日から弾正は下調べを始めた。
イリスの街中を歩き、情報を集めるのだ。
謀反を起こすには、情報が肝要だからである。
それに街を歩けばムカつく既得権益者にも出会う。
やつらがどんなツラをしているのかがわかる。
謀反とは、ムカつく既得権益者をぶちのめし、涙目にさせることである。
その涙目にさせる連中のツラを知ってこそ、「なるほど、今は偉そうなツラをしているこいつらが、もうじき涙目になるのじゃな。『こんなの嘘だぁ!』と泣き叫んでひっくり返るわけじゃな。実に楽しみじゃ」となり、謀反が面白くなる。
祭りの前夜のように、わくわくした気持ちになるのである。
下調べにあたり、弾正は七つ能力の一つ、変化の力を解禁した。
日本にいた頃、弾正は煙寺晩鐘図という茶道具に隠された謎を解き明かしたことがある。この時、顔・髪型・服装を煙のようにドロンと変化させる力を手に入れたのだ。
どんな姿にも化けられるというわけではなく、いくつか制約はあるが、「目立たないよう、そこらへんを歩いていそうなやつに化ける」という点では問題ない。
どのような顔や服装が目立たぬかは、アコリリスに見つくろってもらった。
すっかり南蛮風の現地人に化けた弾正は、オリジナルの謀反の歌を笑顔で口ずさみながら、街中に向かう。
◇
はじめに、このイリスという都市全体を見て回った。
現代人が見れば、中世ヨーロッパのようだ、と感じたことだろう。
全体を石の城壁で囲まれている。
囲まれた中に、建物がそこかしこに建っている。
ほとんどが木造である。狭い土地を有効利用しようと3階建て、4階建ての建物が多いが、建築技術が未熟なせいか、時折傾いている。
ひときわ立派なのは教団施設である。大聖堂や小聖堂など、どれも堅牢な石造りで建てられ、色とりどりの高価そうなステンドグラスがはめられている。
道はほとんど舗装されていない。雨が降れば、泥だらけになるだろう。
そこら中に、生ゴミが散らばっている。それを放し飼いにされた豚が食べている。
人々は皆、歩いている。時折、馬が通る。自動車も電車もない。
科学技術の発達した異世界に行ったことのある弾正から見れば、ずいぶん後進的に見える。
それともこの都市が、特別に田舎なのだろうか?
酒場で聞いてみた。
生まれて初めて故郷の村を出たばかりの、世間知らずの巡礼者(聖地を目指して旅する人)の振りをして、人にものを教えるのが好きそうな男と仲良くなり、このイリスがどんな都市かを尋ねてみる。
「そりゃあ大都市よ」
男は自慢げに言った。
「大都市ですか?」
「おうよ! 驚くなよ。なんと10万人も住んでいるんだぜ!」
「……すごいですな!」
弾正は驚いて見せた。
どうもイリスという都市は、この世界屈指の大都市であるらしい。
戦国時代の日本の京より人口は少ないが、これがこの世界の基準なのだろう。
そのイリスで一番偉いのは誰なのだろう。
何となく聞いてみた。
「もちろん大神官様だよ」
男は即答した。
大神官とは教団のトップである。
アコリリスがやっつけたいと言った、あの教団のトップである。
弾正は男の言葉に疑問を覚えた。
酒場に来る前、こんな話を耳にしていたからだ、
この世界は、1つの大陸、1つの国で形成されている。
世界に大陸が1つだけあり、その大陸に国家が1つだけ存在している。
イリスは、そのたった1つの国家の王都である。
王都と呼ばれる以上、王がいる。
その王より大神官とやらが偉いというのはどういうことか?
疑問をぶつけてみた。
「王様が一番偉いんじゃないんですか?」
「わかってねえなあ。確かにイリスには王様がいらっしゃる。でもなあ……」
男は声をひそめると、こう言った。
「弱いんだよ」
「弱い……ですか」
「ああ。王の軍と教団の軍が100回戦ったら、100回とも教団が勝つ」
「それはまたどうして?」
「言っただろう? 教団にいらっしゃるのは皆、神の厚い祝福を受けたすごい方々だ。つまり、教団の方々は、魔力が高いんだよ」
男が言うには、魔力には、生まれつき高い者と低い者がいるらしい。
魔力が強いと強力な魔法が使える。
強ければ強いほど、殺傷能力の高い魔法が使える。
「で、魔力が高いやつは、みんな教団に入っちまうんだ」
「そりゃまた、なんでですか?」
「魔法を使うには、魔法の実を定期的に食べ続ける必要がある、ってのは知ってるだろう?」
「ええ」
初耳だったが、さも知っているかのように弾正はうなずく。
「その魔法の実の生産拠点は、全部教団が抑えているのさ。自然と、魔力の高いやつも教団に集まるってわけさ。だから教団は強い。大神官様が一番偉いって意味、わかるだろう?」
男が言うには、王も貴族も教団の言いなりらしい。
王も軍を持っているが、弓や槍では魔法に勝てない。威力・射程距離・連射、どれを取っても魔法は弓を圧倒している(素材の問題で、この世界の弓は性能が低い)。鉄の鎧を着ても、魔法に貫かれる。魔力が高いやつをスカウトしようにも、みんな教団に入ってしまう。
戦っても勝てないから、言う通りにするしかないのだという。
この世界で唯一の国家が言いなりなのだから、教団は世界を支配する組織であり、そのトップである大神官はイリスで一番偉いのはもちろん、この世界でも一番偉い男ということになる。
「しかし……魔法を越える武器や力が発見されたら、教団もそう強さを誇ってはいられないのでは?」
男は、これだから田舎者は、と鼻で笑った。
「バーカ。そんなものあるわけねえだろ。魔法ってのは神様があたえてくれた力なんだぞ。聖典にもそう書いてある。それを越えるってのは、お前、神様を冒涜することだぞ」
「い、いえいえ、そんな。めっそうもない。田舎者のたわごとでして……」
「ははは、わかりゃいいんだよ、わかりゃ。気をつけろよ、田舎野郎」
酒場から出ると、弾正は楽しそうな顔で謀反ノートにこう書いた。
・ぶちのめす連中:教団(トップは大神官)
・びっくりさせる連中:一般庶民全員(教団は最強。聖典は正しい。イリスは世界一の大都市。……という常識を全部ひっくり返された時の顔が見たい。楽しみじゃ!)
◇
次に、その大神官を見てみたくなった。
聞くと、2日後に、外出先からこのイリスに帰ってくるという。
その日を待ち、イリスの正門から大聖堂へと続く大通りの前で待ち構えていると、その時が来た。
大神官の一行である。
正門を抜け、道の真ん中を堂々と歩き、何百人と列を作って、大聖堂へと向かう。
大神官はその中心で、駕籠に乗っていた。
歳は50代半ばほどか。
白髪混じりの脂ぎった髪に、でっぷりとした体。頬の肉はゆるんで、だるんだるんと垂れ下がっている。
白く輝く法衣を身にまとい、周囲を魔法兵という教団の武装兵で厳重に固め、堂々と進んでいる。
大神官の法衣は、白銀糸という特別な糸で織られた貴重な衣装であり、羽根のように軽いのに、矢や刃物を弾き返すという不思議な強さを持っているという。
周囲を固める魔法兵達も、大神官ほどではないにしろ、防御性能の高い高価な法衣を身にまとっている。
いずれも教団の権力と財力の強さを物語っている。
その中心にいる大神官は、自分達の強さを誇示するかのように胸を張っている。
百年以上人間というものを見てきた弾正には、その表情の内にあるものが「自信」であることが見て取れた。
偉いのは魔力の高い我々であり、その他大勢の連中は黙って従っていればいいのだ、という傲然とした自信である。
世の中何も怖いものはない、という余裕たっぷりの顔から、人を見下すことに慣れている様子が見て取れる。
アコリリスの父を悪魔認定し、処刑したのはこの男である。その時も、この自信満々な態度で、刑の執行を決めたのだろう。
(何ともムカつくツラじゃ)
そう弾正が思った、その時である。
大神官の行く手を遮る者がいた。
遮る、というより、ふらふらと歩いていたら道に倒れこんでしまい、結果として遮ってしまった、という形か。
「そこのお前、何をしている!」
魔法兵が大声で言う。
「あ……うう……」
倒れていた男は、よろよろと立ち上がる。
麻のボロを着て、全身が汚れ、やせた男である。
目は黒い。泥草であろう。
その黒い目はぼんやりとあたりを泳いでいたが、やがて大神官に目がとまった。
「だ、大神官さ……ま……」
泥草の男は、ふらふらと、それでも一歩一歩足を進める。
飢えか病か、つらそうにしている男は、誰かに救いを求めるように、よろよろと大神官の一行に近づく。
「……た、助け」
「邪魔だ!」
魔法兵の手がぱっと赤く光る。
魔法である。赤い光の弾がひゅっと男めがけて飛んだ。
男はふらつき、それで上手い具合に魔法がそれた。
近くの壁に穴が開く。
「ええい、おのれ!」
いらついた魔法兵は、次なる魔法を放とうと力を溜める。
その時である。
大神官の手が光った。
先ほどの魔法兵よりも大きく、強い光である。
その光の強さに、誰もが静まりかえった途端……。
ビャッという音と共に、光の弾が放たれ、男の胸に穴が開いた。
大神官の魔法である。
男は、どさっと後ろに倒れ、動かなくなる。
「ふん。泥草ふぜいが」
大神官はクズでも見るかのようにつまらなそうな顔をすると、固まっている周囲の人間に一喝する。
「何をやっている! あのゴミを片付けよ!」
「は、はいっ!」
ばたばたと人が動き、男がどこかに片付けられると、大神官の一行は何事もなかったかのように平然と歩き出し、やがて見えなくなった。
「おおおおーーーー!」
群衆から歓声が上がった。
「あれが大神官様の魔法か! すげえ威力だ!」
「さすがは大神官様だ!」
「俺なんかの魔法とは比べものにならねえや」
「ありがたや……ありがたや……」
泥草が殺されたことに対する同情の声はない。
非難の声ならある。
「にしても、気味が悪い泥草だったな」
「大神官様の邪魔をするなんて、何を考えているのかねえ」
「泥草はどうしようもないんだよ」
実のところ、弾正は前日にも魔法を目撃していた。
その時は平民同士のケンカだった。互いに魔法を撃ち合い、互いに軽いケガをしただけだった。
だから、弾正は今、平民、魔法兵、大神官と3つの身分の魔法を目撃していることになる。
3回も見れば、だいたいどんなものか理解できる。
魔法とは遠距離攻撃をする技である。手から発射する。
平民であれば、石をぶつける程度の威力である。
魔法兵であれば、火縄銃ほどの威力。
大神官ともなると、火縄銃より数段上のライフル銃ほどの威力となる。
(そして、大神官の魔法があれだけ歓声を浴びていたということは、強力な魔法が使えるやつが偉いということ。さしずめ、魔力至上主義世界、か)
クソみたいな世界じゃな、と思った。
(ああ、早く謀反でひっくり返したい! あの偉そうな教団連中どものツラを涙目にしたい! 楽しみじゃ! 楽しみじゃなあ!)
弾正は遠足が待ちきれない子供のようにうずうずしながら、次なる調査へと向かうのだった。