表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/142

魔力至上主義世界編 - 3 謀反の下調べ 前編

 翌日から弾正(だんじょう)は下調べを始めた。

 イリスの街中を歩き、情報を集めるのだ。

 謀反(むほん)を起こすには、情報が肝要だからである。


 それに街を歩けばムカつく既得権益者にも出会う。

 やつらがどんなツラをしているのかがわかる。


 謀反とは、ムカつく既得権益者をぶちのめし、涙目にさせることである。

 その涙目にさせる連中のツラを知ってこそ、「なるほど、今は偉そうなツラをしているこいつらが、もうじき涙目になるのじゃな。『こんなの嘘だぁ!』と泣き叫んでひっくり返るわけじゃな。実に楽しみじゃ」となり、謀反が面白くなる。

 祭りの前夜のように、わくわくした気持ちになるのである。


 下調べにあたり、弾正は七つ能力の一つ、変化(へんげ)の力を解禁した。

 日本にいた頃、弾正は煙寺晩鐘図(えんじばんしょうず)という茶道具に隠された謎を解き明かしたことがある。この時、顔・髪型・服装を煙のようにドロンと変化させる力を手に入れたのだ。

 どんな姿にも化けられるというわけではなく、いくつか制約はあるが、「目立たないよう、そこらへんを歩いていそうなやつに化ける」という点では問題ない。

 どのような顔や服装が目立たぬかは、アコリリスに見つくろってもらった。


 すっかり南蛮風の現地人に化けた弾正は、オリジナルの謀反の歌を笑顔で口ずさみながら、街中に向かう。



 はじめに、このイリスという都市全体を見て回った。


 現代人が見れば、中世ヨーロッパのようだ、と感じたことだろう。


 全体を石の城壁で囲まれている。

 囲まれた中に、建物がそこかしこに建っている。

 ほとんどが木造である。狭い土地を有効利用しようと3階建て、4階建ての建物が多いが、建築技術が未熟なせいか、時折傾いている。

 ひときわ立派なのは教団施設である。大聖堂や小聖堂など、どれも堅牢な石造りで建てられ、色とりどりの高価そうなステンドグラスがはめられている。


 道はほとんど舗装されていない。雨が降れば、泥だらけになるだろう。

 そこら中に、生ゴミが散らばっている。それを放し飼いにされた豚が食べている。


 人々は皆、歩いている。時折、馬が通る。自動車も電車もない。

 科学技術の発達した異世界に行ったことのある弾正から見れば、ずいぶん後進的に見える。

 それともこの都市が、特別に田舎なのだろうか?


 酒場で聞いてみた。

 生まれて初めて故郷の村を出たばかりの、世間知らずの巡礼者(聖地を目指して旅する人)の振りをして、人にものを教えるのが好きそうな男と仲良くなり、このイリスがどんな都市かを尋ねてみる。


「そりゃあ大都市よ」


 男は自慢げに言った。


「大都市ですか?」

「おうよ! 驚くなよ。なんと10万人も住んでいるんだぜ!」

「……すごいですな!」


 弾正は驚いて見せた。

 どうもイリスという都市は、この世界屈指の大都市であるらしい。

 戦国時代の日本の京より人口は少ないが、これがこの世界の基準なのだろう。


 そのイリスで一番偉いのは誰なのだろう。

 何となく聞いてみた。


「もちろん大神官様だよ」


 男は即答した。

 大神官とは教団のトップである。

 アコリリスがやっつけたいと言った、あの教団のトップである。


 弾正は男の言葉に疑問を覚えた。

 酒場に来る前、こんな話を耳にしていたからだ、


 この世界は、1つの大陸、1つの国で形成されている。

 世界に大陸が1つだけあり、その大陸に国家が1つだけ存在している。

 イリスは、そのたった1つの国家の王都である。

 王都と呼ばれる以上、王がいる。

 その王より大神官とやらが偉いというのはどういうことか?

 疑問をぶつけてみた。


「王様が一番偉いんじゃないんですか?」

「わかってねえなあ。確かにイリスには王様がいらっしゃる。でもなあ……」


 男は声をひそめると、こう言った。


「弱いんだよ」

「弱い……ですか」

「ああ。王の軍と教団の軍が100回戦ったら、100回とも教団が勝つ」

「それはまたどうして?」

「言っただろう? 教団にいらっしゃるのは皆、神の厚い祝福を受けたすごい方々だ。つまり、教団の方々は、魔力が高いんだよ」


 男が言うには、魔力には、生まれつき高い者と低い者がいるらしい。

 魔力が強いと強力な魔法が使える。

 強ければ強いほど、殺傷能力の高い魔法が使える。


「で、魔力が高いやつは、みんな教団に入っちまうんだ」

「そりゃまた、なんでですか?」

「魔法を使うには、魔法の実を定期的に食べ続ける必要がある、ってのは知ってるだろう?」

「ええ」


 初耳だったが、さも知っているかのように弾正はうなずく。


「その魔法の実の生産拠点は、全部教団が抑えているのさ。自然と、魔力の高いやつも教団に集まるってわけさ。だから教団は強い。大神官様が一番偉いって意味、わかるだろう?」


 男が言うには、王も貴族も教団の言いなりらしい。

 王も軍を持っているが、弓や槍では魔法に勝てない。威力・射程距離・連射、どれを取っても魔法は弓を圧倒している(素材の問題で、この世界の弓は性能が低い)。鉄の鎧を着ても、魔法に貫かれる。魔力が高いやつをスカウトしようにも、みんな教団に入ってしまう。

 戦っても勝てないから、言う通りにするしかないのだという。

 この世界で唯一の国家が言いなりなのだから、教団は世界を支配する組織であり、そのトップである大神官はイリスで一番偉いのはもちろん、この世界でも一番偉い男ということになる。


「しかし……魔法を越える武器や力が発見されたら、教団もそう強さを誇ってはいられないのでは?」


 男は、これだから田舎者は、と鼻で笑った。


「バーカ。そんなものあるわけねえだろ。魔法ってのは神様があたえてくれた力なんだぞ。聖典にもそう書いてある。それを越えるってのは、お前、神様を冒涜することだぞ」

「い、いえいえ、そんな。めっそうもない。田舎者のたわごとでして……」

「ははは、わかりゃいいんだよ、わかりゃ。気をつけろよ、田舎野郎」


 酒場から出ると、弾正は楽しそうな顔で謀反ノートにこう書いた。


 ・ぶちのめす連中:教団(トップは大神官)

 ・びっくりさせる連中:一般庶民全員(教団は最強。聖典は正しい。イリスは世界一の大都市。……という常識を全部ひっくり返された時の顔が見たい。楽しみじゃ!)



 次に、その大神官を見てみたくなった。

 聞くと、2日後に、外出先からこのイリスに帰ってくるという。


 その日を待ち、イリスの正門から大聖堂へと続く大通りの前で待ち構えていると、その時が来た。

 大神官の一行である。

 正門を抜け、道の真ん中を堂々と歩き、何百人と列を作って、大聖堂へと向かう。


 大神官はその中心で、駕籠(かご)に乗っていた。

 歳は50代半ばほどか。

 白髪混じりの脂ぎった髪に、でっぷりとした体。頬の肉はゆるんで、だるんだるんと垂れ下がっている。

 白く輝く法衣を身にまとい、周囲を魔法兵という教団の武装兵で厳重に固め、堂々と進んでいる。

 大神官の法衣は、白銀糸(はくぎんいと)という特別な糸で織られた貴重な衣装であり、羽根のように軽いのに、矢や刃物を弾き返すという不思議な強さを持っているという。

 周囲を固める魔法兵達も、大神官ほどではないにしろ、防御性能の高い高価な法衣を身にまとっている。

 いずれも教団の権力と財力の強さを物語っている。

 その中心にいる大神官は、自分達の強さを誇示するかのように胸を張っている。


 百年以上人間というものを見てきた弾正には、その表情の内にあるものが「自信」であることが見て取れた。

 偉いのは魔力の高い我々であり、その他大勢の連中は黙って従っていればいいのだ、という傲然(ごうぜん)とした自信である。

 世の中何も怖いものはない、という余裕たっぷりの顔から、人を見下すことに慣れている様子が見て取れる。

 アコリリスの父を悪魔認定し、処刑したのはこの男である。その時も、この自信満々な態度で、刑の執行を決めたのだろう。


(何ともムカつくツラじゃ)


 そう弾正が思った、その時である。

 大神官の行く手を遮る者がいた。

 遮る、というより、ふらふらと歩いていたら道に倒れこんでしまい、結果として遮ってしまった、という形か。


「そこのお前、何をしている!」


 魔法兵が大声で言う。


「あ……うう……」


 倒れていた男は、よろよろと立ち上がる。

 麻のボロを着て、全身が汚れ、やせた男である。

 目は黒い。泥草であろう。

 その黒い目はぼんやりとあたりを泳いでいたが、やがて大神官に目がとまった。


「だ、大神官さ……ま……」


 泥草の男は、ふらふらと、それでも一歩一歩足を進める。

 飢えか病か、つらそうにしている男は、誰かに救いを求めるように、よろよろと大神官の一行に近づく。


「……た、助け」

「邪魔だ!」


 魔法兵の手がぱっと赤く光る。

 魔法である。赤い光の弾がひゅっと男めがけて飛んだ。


 男はふらつき、それで上手い具合に魔法がそれた。

 近くの壁に穴が開く。


「ええい、おのれ!」


 いらついた魔法兵は、次なる魔法を放とうと力を溜める。


 その時である。

 大神官の手が光った。

 先ほどの魔法兵よりも大きく、強い光である。

 その光の強さに、誰もが静まりかえった途端……。


 ビャッという音と共に、光の弾が放たれ、男の胸に穴が開いた。

 大神官の魔法である。

 男は、どさっと後ろに倒れ、動かなくなる。


「ふん。泥草ふぜいが」


 大神官はクズでも見るかのようにつまらなそうな顔をすると、固まっている周囲の人間に一喝する。


「何をやっている! あのゴミを片付けよ!」

「は、はいっ!」


 ばたばたと人が動き、男がどこかに片付けられると、大神官の一行は何事もなかったかのように平然と歩き出し、やがて見えなくなった。


「おおおおーーーー!」


 群衆から歓声が上がった。


「あれが大神官様の魔法か! すげえ威力だ!」

「さすがは大神官様だ!」

「俺なんかの魔法とは比べものにならねえや」

「ありがたや……ありがたや……」


 泥草が殺されたことに対する同情の声はない。

 非難の声ならある。


「にしても、気味が悪い泥草だったな」

「大神官様の邪魔をするなんて、何を考えているのかねえ」

「泥草はどうしようもないんだよ」


 実のところ、弾正は前日にも魔法を目撃していた。

 その時は平民同士のケンカだった。互いに魔法を撃ち合い、互いに軽いケガをしただけだった。


 だから、弾正は今、平民、魔法兵、大神官と3つの身分の魔法を目撃していることになる。

 3回も見れば、だいたいどんなものか理解できる。


 魔法とは遠距離攻撃をする技である。手から発射する。

 平民であれば、石をぶつける程度の威力である。

 魔法兵であれば、火縄銃ほどの威力。

 大神官ともなると、火縄銃より数段上のライフル銃ほどの威力となる。


(そして、大神官の魔法があれだけ歓声を浴びていたということは、強力な魔法が使えるやつが偉いということ。さしずめ、魔力至上主義世界、か)


 クソみたいな世界じゃな、と思った。


(ああ、早く謀反でひっくり返したい! あの偉そうな教団連中どものツラを涙目にしたい! 楽しみじゃ! 楽しみじゃなあ!)


 弾正は遠足が待ちきれない子供のようにうずうずしながら、次なる調査へと向かうのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ