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魔力至上主義世界編 - 46 神孫

 大神官ジラーは、小さい頃から神孫(しんそん)と呼ばれていた。

 神の孫、という意味である。


 神の孫、と言うからには、その上に「神」と「神の子」がいる。


 神とは、教団が信仰している神様である。教団が言うには「この世界をお創りになられた唯一神」であるらしい。

 その教団の教祖が、神の子である。千年前に実在した人物であり、元は別の名があるのだが、神の教えを世に広めた功績をたたえ、尊敬を込めて神の子と呼ばれている。


 神も、神の子も、自称するのは大罪だ。

「俺は神だ」「私は神の子だ」などと言い出そうものなら、死罪である。

 あまりにも恐れ多いからだ。

 神を称する弾正(だんじょう)も、神の子を称するアコリリスも、教団からすれば大罪人である。


 これが孫になると緩和する。

 神の孫を名乗っても、まあ孫ならギリギリありかな、という感覚になる。


 とはいえ、誰でも名乗っていいわけではない。

 教団の偉い人とか、聖人と呼ばれるくらい立派な業績を残した人とか、魔力がずば抜けて高い人とか、そういう人物であれば、神の孫を名乗っても、まあギリギリOKかな、となる。


 大神官ジラーは、魔力がずば抜けて高いタイプだった。

 この世界の子供たちは、男の子も女の子も、10歳になると、聖堂で魔法の実という魔力を目覚めさせる実を食べさせられ、魔力を測定される。

 1人ずつ、クルミに似た実を食べさせられた後、木の板の的を目がけて魔法を放つのだ。

 直径1、2センチくらいの穴を的に開ける程度の威力があれば、聖職者にスカウトされる。


 ジラーが10歳になったその年、彼の生まれ育った農村でも、村の中心にある聖堂に子供たちが集まり、次々と魔法を放っていった。

 どれもしょぼい。

 魔法が的には当たっても、穴が空くどころか、ポコリ、ポコン、と気の抜けたような音が鳴り響くばかりである。


 そんな中。


 ズガシャァァン!


 ジラーの魔法は的を粉々に粉砕させ、試験官達を唖然とさせた。

 現代風に言えば規格外の魔力というやつである。

 100年に1人の天才だと騒がれた。

 辺境の村にある農家の8人兄弟のうち7番目の男の子、という程度の存在でしかなかったジラーは、この日より神孫(しんそん)と呼ばれるようになったのだ。


「そっかぁ、僕、神孫なんだぁ。うひっ」


 ジラーはニヤニヤと笑った。

 彼は今、村はずれにある、古代帝国の遺跡にいた。

 半分以上崩れた巨大な石造りの建物が、草むらの中にたたずんでおり、そこがジラーにとってのお気に入りの場所であったのだ。


 ジラーはもともと古代帝国にばくぜんとした憧れを持っていた。

 その憧れが、神孫と呼ばれるようになったこの日から、ひとつの確信へと変わった。


「きっと僕は古代帝国の皇帝の末裔に違いないんだ。生まれながらにして偉いんだ。だからきっと何をやってもいいんだよね、うふふ」


 ジラーはすぐに調子に乗った。


 まず太った。

 食べ物が不足がちなこの時代、ジラーは遠慮なくこう言った。


「もっと食べたいです」


 ジラーの住む村で一番偉いのは小神官である。

 都市くらいの規模になると中神官が駐在するようになるが、村程度の規模なら小神官くらいしかいない。

 小神官というのは村人達からすれば大層偉い人であるが、教団からすれば吹けば飛ぶ程度の存在でしかない。


 その村の小神官は、自分がしがない中間管理職であることをよく自覚していた。

 新入りとはいえ、神孫と呼ばれて騒がれている(うやうやしくあがめている村人も多かった)ジラーともめごとなど起こしたくなかった。

 だいいち、この小神官は、もともと波風立てずに無事に勤め上げることしか頭にない男であった。


「あ……ああ、うん、まあ、そうね、いいんじゃないかな。あはは……」


 こう言って、ジラーの食事を3倍にした。

 やせぎみだった少年ジラーは、たちまちブクブクと太った。


 ジラーはますます調子に乗った。

 教団の新入りは、朝の掃除から始まって、色々と雑務をこなさなければならないのだが、ジラーは全部すっぽかした。

 代わりに、同年代の子供達を連れて村をのしのしと練り歩くようになった。

 大人たちはジラーを見ると慌てて道をゆずる。


「あはは、気にしないでいいよ」


 ジラーはそう笑う。


「は、はいっ!」


 大人たちは、ビクっと恐縮したように言う。

 気分がいい。


 時折、見せびらかすように魔法を放つ。魔法はジラーの自慢である。

 赤く大きな光が、弾丸となって飛んでいく。木をへし折り、地面をえぐる。空に向けて放てば、赤く太い光の線が天に向かって輝く。


「ああ、なんてすばらしい魔法だ……」

「さすがは神孫様だ!」


 大人達は目を輝かせながら、褒め称える。

 これまた気分がいい。


「でもなあ。何もない空に向けて魔法を撃っても面白くないんだよなあ……」


 古代帝国の遺跡で、柱の跡に腰掛けながら、ジラーはぼやいた。

 かといって、木だの岩だの地面だのに向けて魔法を放つのももう飽きた。

 もっといい的はないものか。


「へへ、ジラー様、それならいい案がありますぜ」


 ジラーの取り巻きの1人が言った。


「へえ。何?」


 ジラーは冷たい目をして言った。

 かつて、この汚い遺跡を魔法で粉砕しましょう、と提案した取り巻きがいたことを思い出したからだ(その取り巻きは、悲惨としか言いようのない目にあった)。


泥草(でいそう)ですよ。あいつらを的にすりゃいいんですよ」

「泥草?」


 ジラーは一瞬、わけがわからないといった顔をした。

 泥草のことは眼中になかったからだ。

 ジラーにとって泥草とは、村の隅でウジ虫みたいに固まりながら暮らしている、やせて小汚い連中である。気味の悪いゴミどもである。

(そういや、そんな汚いクズどもがいたっけ)という程度の感覚である。

 とはいえ、言われてみれば、的としては悪くない。空に向けて魔法を放つよりかはマシな気がする。


「ま、いいか、泥草で」


 ジラーは言った。

 この瞬間、村の泥草たちの運命は決まった。


 村外れの泥草の居住区を訪れたジラーは、魔法を放ちまくった。


「あはは、死ね! 死ね、死ねよ!」

「ひぎゃああ!」

「があっ! 痛い! 痛い痛い痛い!」

「や、やめて! やめてくださ……ぎゃあああ!」


 ジラーは自慢の魔法で泥草を片っ端から狩った。

 すぐに死んではつまらないからと、泥草たちをいたぶるようにゆっくりと殺していく。

 そして最後に、最大出力の魔法でとどめをさすのだ。

 村の泥草たちは全滅した。


 泥草というのは、教団の持ち物という扱いである。

 労働に狩り出したりするための道具であり、備品である。

 その備品を壊した以上、小神官はジラーを叱り、罰を与えなければならない立場にあった。

 が、小神官が取った行動は真逆だった。


「あ、えっとね、ジラー君。おめでとう。栄転だよ。

 ここから北に少し行ったところにある都市を知っているかな? そこの中神官様に推薦状を書いておいたんだ。

 来月から、そこの聖堂でお勤めを果たしてほしいんだ。

 キミは神に選ばれしすばらしい少年だ。こんな小さな村じゃ、もったいないよ。出世を目指すならやっぱり都市だしね。

 ぜひそこで神の教えを広めて、人々を導いてほしいな。あはは……」


 要するにやっかい払いである。

 小神官としては、ジラーにこれ以上波風立ててほしくないのだ。


 とはいえ、栄転は栄転である。

 ジラーは意気揚々と北の都市に行った。

 都市のトップは中神官である。

 さすがに中神官クラスが相手になると、若僧でしかないジラーはある程度自重せざるを得ない。

 が、それでも聖職者は清貧であるべしという建前を無視して、美食の限りを尽くした(都市の珍しい食べ物に夢中になってしまったのだ)。

 清貧という建前を真面目に守っている敬虔な中神官は、眉をひそめる。


「あー、ジラー君、ジラー君。

 キミは古代帝国が好きだったね。

 西にもっと大きな都市があるんだがね、近くには古代帝国の遺跡があるんだよ。

 そこの中神官は私の友人でね、推薦状を書いておいたから、ぜひそこに行きたまえ」


 ジラーはまた栄転という名のやっかい払いをされた。


 こうしてジラーは、扱いに困った上司から次々と栄転をさせられ、順調に出世を繰り返し、30年後には40歳という異例の若さで大神官にまで上り詰めたのである。


 大神官になったジラーは大好きな美食と古代帝国に没頭した。

 特に南の保養地は、かつてジラーが赴任したことのあるお気に入りの土地である。

 海の幸が豊富であり、また近くに良質に石材が取れるため、古代帝国を真似た建築物を建てることができるのだ。


 ジラーが保養地に4年の歳月を建てて築いた大邸宅は、生まれ故郷にあった古代帝国の遺跡をモデルに建てたものである。

 白く輝く大理石で作られた石造りの巨大な建物は、もはや城であり、多くの労働者の血と汗によって作られたものであり(血を流したのは危険な仕事を割り振られた泥草たちである)、ジラーの大のお気に入りであった。

 最上階の玉座に座ると、自分がまるで古代帝国の皇帝になったかのような気分になる。少年時代の夢がかなったような気持ちになるのだ。

 外から邸宅をながめても良い。ちょっと外に出て、美しい大邸宅をながめると、「見ろ、あれが僕の大邸宅だ。僕は古代帝国の末裔なんだぞ」という気になるのだ。


 この大邸宅は、ジラーの死後も、100年、200年も偉大なるジラーの名と共に後世に残り続ける存在となるだろう。

 人々は、丘の上にそびえたつこの大邸宅を見るたびに「あれが偉大なるジラー様がお作りになられた建物だよ」と尊敬のまなざしを向けるのだ。

 そうやって自分の名声が大邸宅と共に死後何百年と残るであろうことを思うと、にんまりするのだ。


 そんな自慢と名誉の結晶である大邸宅が今。


 グワァァン!


 轟音と共に揺れていた。


「ふわぁ!? な、ななななな、なに!?」


 ジラーは悲鳴を上げた。

「さあ、書こう。今回の話はどうしよう。そうだな、本筋に入る前に、大神官の生い立ちを4、5行書いてみるか」

 今日の話は、そうやって書き始めたのですが、書いてみたら、ほとんど生い立ちだけで終わってしまいました。

 あれ?

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