魔力至上主義世界編 - 44 軍で攻めよう
イリスの中神官たちが、大神官と高等神官の到来に驚愕したその時から、時間は少しさかのぼる。
イリスから遠く離れた大陸南の保養地。
そこにある豪華な宮殿(この保養地を気に入った大神官が、現地滞在用に作らせた自慢の宮殿)。
大神官ジラーと高等神官イーハは、その宮殿で早馬の報告を受けていた。
イリスの小神官からの手紙を読んだジラーとイーハは顔を見合わせた。
「ん-、この手紙さぁ」
大神官ジラーは、ソファに身を預け、貴重な白砂糖をたっぷり使った菓子を太い指でつまみながら言った。
「はい、なんでしょうか」
やせて几帳面そうな顔をしている高等神官イーハは答える。
「イーハはどう思う?」
「訳がわかりません」
「だよねえ、僕もだよぉ」
ジラーはでっぷりした体を揺らしながら言った。
手紙にはこう書いてあった。
泥草たちが反乱を起こした。
はじめに、天使のふりをして、見たこともない甘美な料理を配って、我々を惑わした。
我々は神の裁きを下すべく立ち上がったが、泥草どもの卑怯な手により、惜しくも転進(要するに敗北)し、頭に看板をつけられた。
どうか大神官様のお力により、神をも恐れぬ愚か者の泥草どもに、正義の鉄槌を下して頂きたい。
とまあ、おおよそこのようなことが、オブラートに包まれ、へりくだりながら書かれている。
が、意味がわからない。
天使のふりって何?
見たこともない甘美な料理ってどういうこと?
泥草に負けたの?
頭に看板ってなにそれ?
あと、なんでイリスの代表者である中神官じゃなくて、小神官が手紙を書いているの?
訳がわからない。
「ひとつ確実に言えるのはさあ」
「はい」
「イリスの聖職者達が、泥草のゴキブリ野郎どもに負けたってことだよね」
「でしょうな」
わざわざ嘘をついてまで、泥草に負けたなどと言う必要はない。
負けたと書いてある以上、負けたのだろう。
ちなみに、日本と同様、この異世界でもゴキブリは大層嫌われている。
中でも大神官ジラーは大のゴキブリ嫌いであり、自分の寝室にゴキブリが出た時などは、怒りのあまり使用人を全員処刑したほどである。
その嫌いなゴキブリに例えているのだから、ジラーが泥草をどう思っているか、よくわかる。
「しかもさ、3000人で攻めて泥草に負けたんだってさ。あのどうしようのないゴキブリどもに、3000人もの大人数で攻めて負けたんだよ。信じられる?」
「信じがたいですが、しかし……事実でしょうな」
「だろうね」
中世というこの時代、3000人というのは軍事勢力としてかなりのものである。
しかも、普通、負けた側は「自分たちは少ない人数だったから負けたんだ」と主張するために、味方の人数を過小報告する。
3000人で負けたと主張しているということは、実際はもっと大人数で攻めて負けた可能性さえある。
「いったいどうやって負けたんだろうねえ。よっぽどドミル(イリスの中神官)たちがバカだったのかな」
「あるいは、落とし穴にでも落とされたのかもしれませんな」
「それだ!」
大神官ジラーは、脂肪がたっぷりついたぶよぶよした手をポンと叩いた。
「ドミルたちは落とし穴に落とされて負けたんだ」
「しかし……自分で言っておいてなんですが、3000人もの大人数を落とし穴だけで倒せるでしょうか?」
「落とし穴っていうのは、あくまで例だよ。他にも、下賎な猟師どもが使う足を挟む罠とかさ、あるいは地面にトゲまいたりさ。毒も塗っちゃったりしてさ。そういう、卑怯な罠をいっぱい用意したんだよ」
ジラーの主張はこうである。
泥草のゴキブリ野郎どもは何を血迷ったのか、我々教団にたてついた。
まず天使の格好をして、ドミルたちを挑発した。
当然ドミルたちは「泥草の分際で天使様の格好をするとは不届きな!」と怒り狂って泥草街に攻め込む。
その泥草街に罠がたっぷり用意されていたのだ。
ドミルたちはマヌケなことに、卑怯な罠に引っかかり、ことごとくやられた。
そして頭に看板を生やされた。まあ、これは頭を何か棒状のもので刺されたという暗喩だろう。つまり、殺されたということだ。
「ぐふっ。どう? 僕のこの推理? ねえねえ、どうかな? どうかな?」
ジラーは得意げな顔で言う。
右手の人差し指をピンと立て、「どうかな?」と言うたびに、その指をイーハに突きつける。
「なるほど」
高等神官イーハは肯定とも否定ともつかない返事を返しながら、頭の中でジラーの主張を検討する。
一応、筋は通っている。
泥草ごときがまともに戦って教団に勝てるわけがないから、何か卑怯な手を使ったというのは間違いないだろう。
おまけにドミルたちは、油断していたに違いない。
そうしてマヌケにもボロ負けした、と。
まあ、おおよそ、そんなところだろう。
「おそらくそうでしょうな」
イーハは大神官の推理を肯定した。
「だろう? そうだろう?」
「となれば……やらねばなりませんな」
「だねえ」
イーハの言葉に、ジラーはうなずく。
「卑怯な罠を使った程度で教団が敗れるなんて、あってはならないことだからねえ」
「さようです。ここは徹底して泥草どもを皆殺しにして、見せしめにしなければなりません。でないとバカ共が調子に乗ります」
「そうだねえ。出来損ないのクズの分際で教団に逆らうとどうなるか、見せつけてやらないとねえ」
「では、さっそく泥草どもに攻め込む準備を?」
「うん。おい、お前!」
ジラーは、これまで黙って側にひかえていた小姓たちの1人を呼びつけた。
余計なことはしゃべらず、黙々と命令に従う番犬のような連中である。
その番犬の1人にジラーはこう命じた。
「グジンをここに呼べ」
グジンとは教団の中では武闘派とされている男である。
軍を率いるのが得意な人物であり、反乱鎮圧や盗賊退治にこれまで手腕を発揮してきた。
近隣の都市に在住しているはずだから、今から呼びつければ、明後日ごろには着くだろう。
「軍を動かすおつもりで?」
「寄せ集めじゃかっこわるいからね」
軍とは、教団の戦闘エリート達を集めた集団である。
中神官のドミルたちが泥草街を攻めた時、彼らは教団の人間4000人を率いたが、これは雑多な集団であり、純粋な軍事の専門家集団というわけではない。
事務作業が得意な連中や、聖典の解釈が得意な連中なども含まれている。無論、教団の聖職者である以上、平民たちよりも強力な魔法は使えるが、だからといって戦うのが得意な連中ばかりではなかったのだ。
しかし、軍は違う。
朝から晩まで戦うことしか頭に無いような連中である。
常日頃から訓練をし、己の戦闘能力を鍛え上げている。
大陸全体が1つの国家によって(事実上、教団によって)統一されている現状、外国への侵略も、外国からの侵略もないのだが、それでも教団という組織が大陸の頂点に立ち続けるには、軍はなくてはならない存在である。
でなければ、大陸住民の4%に過ぎない聖職者たちが、大陸全土を支配することなどできない。
その4%の聖職者たちの内、軍に所属する者は、そのうちのさらに数%に過ぎない。
数で言えば20万人といったところか。
無論、20万人を一度にまとめて動かせるわけではない。
人を集めようにも、大陸は広いし、この時代は交通の便も悪い。各地の治安維持のために、ある程度の数は残しておかなければならない。
食糧だってこの時代は現地調達が基本だ。あまり大軍を一度に集めても、食べる物がない。
それに軍を動かすにも金がかかる。
「まあ、3000人くらいでいいかな」
「十分でしょう」
ジラーの言葉に、イーハは首を縦に振った。
ちなみに、3000人というのは純粋な戦闘員の数である。
戦闘員が3000人いれば、荷物運びだとか、馬の世話だとか、食糧手配だとか、道を切り開いたりだとか、宿泊準備をしたりだとか、そういった役割をこなす非戦闘員が6000人ほど必要になる。
非戦闘員は、平民階層から雇うことになる。
メシを食わせたりと何やかんやで金はかかるし、軍が平民を雇えば、彼らが普段やっている畑仕事やら鍛冶仕事やらがストップするため、生産活動が滞り、税収もその分減る。
あまり軍を大規模にすると、教団の懐も痛むのだ。
「もちろん、ケチって軍を減らして、それで負けたらただのバカだけどね。
でもまあ、泥草たちが卑怯な手を使っていることはわかっているからねぇ。
罠にさえ気をつければ、しょせんは泥草さ。卵を踏みつぶすかのごとく、あっさりとつぶせるだろうよ」
「おっしゃる通り。負けるなんてありえませんな」
大神官ジラーと高等神官イーハは、すでに勝った気でいた。
2人とも、自分たちが負けるとは露とも考えていなかった。
相手はあの泥草である。
油断したドミルたちならともかく、自分たちは罠も警戒するつもりだし、軍も引き連れていく。
寄せ集めで戦ったドミル達と違い、こっちは戦闘の本職を集めているのだ。
どうやったら負けるというのか?
「それで、勝った後、泥草どもの処分はどういたしますか?」
「んー、まあ、泥草だしね。気持ち悪いしね。ひと思いにさくっと全員処刑でいいよ」
「わかりました」
そんな風に余裕に満ちた会話をしている彼らのところに。
「むっほん」
咳払いの音がした。




