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魔力至上主義世界編 - 40 洗濯機騒動 (7)

「どうぞ」

「……ここを渡るの?」

「はい」


 市民の女の質問に、泥草の少女は笑顔でうなずく。


 女たちは今、ガラスの塔の30階にいる。

 目の前には、塔から外に伸びている空中道路がある。

 空中道路はその名の通り、地上100メートルの高さに設置されている。

 横幅は10メートルほどある。それに両脇には柵が設けられている。

 だから、万が一転んでも、そう簡単に落ちることはない。

 が、それでもこの高さである。

 加えてガラス製だから、床から地上が透けて見える。

 普通に怖い。


「ここを渡るのね?」


 女は改めて尋ねる。


「はい」


 泥草の少女は変わらず笑顔でうなずく。


 道はまっすぐに都市ダイアへと伸びている。

 ここを伝って行けば、教団から邪魔されることなく、まっすぐにダイアへと行けるだろう。

 2時間ほど空中を歩くという恐怖に耐えれば、だが。


「おかあさーん、そら、あるいてるよー」

「そら、あるいてるー」


 幼い娘たちが、固まっている女たちを置いて、いち早く駆け出す。

 こわいもの知らずの子供ゆえか、まるで恐れている様子がない。


「こ、こら、待ちなさい」


 それを母である女が追う。


「ぼくもいくー」

「おれもだー」


 小さな男の子たちも、駆け出す。


「え、ちょ、待ってよ」


 男の子たちの母親が後を追う。


 後はもう、なし崩しである。

 そろってダイアに向かう。


 ふと、ルルが下を見ると、地上にナオがいるのに気がついた。

 地上100メートルから見ると小さな姿にしか見えないが、それでもあの燃えるような赤い髪を見間違うはずがない。

 ガラスの塔に行く前に、ナオとした会話を思い出す。


「ともかく、あたしが先行してガラスの塔に行ってきて、泥草たちにダイアに移住させてください、連れて行ってくださいって頼んでくるわ」

「わ、わたしも行くよ」

「ダメよ。あんたのところは赤ん坊がいるでしょう。あたしのとこの子はもう大きいから、まずはあたしが行ってくるって」


 ルルは、紙に『ダイア移住許可おりた。土下座したら許してくれた。空の道からダイアに行く』と手早く書くと、泥草の少女に言った。


「あの……」

「はい?」

「もし、ご面倒でなければ、あの地上にいる赤毛の女、そう、あのふわふわした感じで歩いているあの若い女、あいつにこの手紙を渡してもらえないでしょうか? その、大した報酬は渡せないのですが……」


 巻き毛の女はそう言って財布から銀貨を取り出すが、泥草の少女はにっこり笑って言った。


「いいですよ、タダで。初回サービスです」

「……はい、ありがとうございます!」


 泥草は手紙を手に持って、すーっと飛んでいくと、ナオに手紙を届ける。

 手紙を受け取ったナオは、上空を見上げると、手を上げた。小さくて見えづらいが、ビッと指を突き立てているように見える。

 ルルもまた柵から身を乗り出し、ビッと指を突き立てた。

 そうして、ダイアへと続く道を歩き始めた。



 先行して塔に行った女たちが、無事ダイアへと向かった。

 この知らせは、ナオを通してダイア移住を考えている他の女たちにも届いた。


 幸いにして、まだこのことは教団に知れ渡ってはいない。

 彼らは急に出現した空中道路に驚いている。

 そちらのほうに意識が向いている。


 だが、いつまでも空中道路にばかり構っているわけにもいかないだろう。

 いずれダイア移住はバレる。

 そうなる前に決断した方が良い。


「決行は明日の正午。全員まとめてガラスの塔に行くわよ。いいわね?」


 ナオが言うと、女たちは一斉にうなずいた。

 下手に時間をかけると、男たちに止められてしまうかもしれない。

 だから、全員で一斉にガラスの塔に行くのだ、とナオは言ったのだ。


 このことは泥草たちにも伝えてある。

 ついさっき、女たちの1人がガラスの塔に行き、今回の計画を伝えて泥草たちの了解をもらっている。

 あとは決行あるのみである。


 次の日の昼。

 この日はいつもと変わらない1日であるように見えた。

 市民たちはいつも通りの生活をしている。

 鍛冶屋は鉄を打ち、薪商人は薪を売り、水売りは水を売る。

 もっとも、皆、上空が気になっている。

 昨日現れた謎の空中道路に注意が行ってしまうのだ。


 注意が向かっているのは、教団も同じだった。

 しきりに、道路に向けて魔法を撃ったり、呪いの言葉を投げかけたり、神に祈ったりしている。

 塔の監視はおろそかになっていた。


 女たちは、その隙をついた。

 正午を告げる鐘が鳴った時、イリスの7つの塔の前に、1万を超える女たちと、その弟や妹、あるいは息子や娘がドカドカドカと集結する。


「へ?」

「な、なに?」


 人々が唖然とする中、女たちは一斉に土下座した。

 ある女は地面に頭をこすりつける。

 ある女は、赤ん坊を腕に抱えながら、それでも土下座する。

 ある子供は、わけがわからないまま、母親に習って土下座する。

 何万という女子供たちが、そろって塔に向けて土下座する。

 異様な光景である。


「……え? え?」

「ど、どういうこと?」


 人々がとまどっていると、泥草たちが何百人と飛んできた。

 彼らは一斉に手をかざす。

 なんだなんだ、と人々が驚いていると、土下座していた女子供たちがふわりと浮かび上がる。


 そうして、あっという間に7つの塔に吸い込まれていったのだ。

 一瞬の出来事だった。

 気がつくと、さっきまであふれんばかりに土下座していた彼女たちは、もう1人もいない。


「う……わ……わ……」

「な、な、なんだ、いったい!? 女子供が塔に吸い込まれやがったぞ!」

「いや、待て、あいつら自分から土下座しなかったか?」

「お、おい、なんなんだよ、いったい……わけわかんねえよ……わけがわからねえよ! どういうことだよ!? 誰か説明してくれよ、なあ!」


 この日、イリスから4万人近い女子供が一挙に姿を消した。


 ◇


 ダイアに辿り着いた女子供たちは、そのまま大きな塔に通された。


「しばらくの間は、この塔を含む特定の区画で生活してもらいます。しばらくは生活に不自由をかけますが、ご了承ください。一定期間、皆さんを見て、問題ないと判断したら、ダイアの通行許可を出しますので」


 案内役の泥草の男は、あけすけにそう語った。

 要は試験期間・観察期間といったところか。


 無条件で受け入れてもらえるというわけではないようだ。

 女たちは不安そうな顔をする。


「大丈夫かしら……」

「もしダメだって言われたら、イリスに帰されちゃうのかしら……今さら帰されても……」

「何言ってるの。もう来ちゃったのよ。覚悟を決めなさい」

「そうだけど……」


 もっとも女たちの不安は、その日のうちに、いくぶんやわらいだ。

 彼女たちが割り振られた部屋は、イリスで暮らしていた頃の部屋よりもずっと広く、ふかふかのベッドが人数分あり、また出された食事は例によってとてつもなく美味いものだったからだ。


「おねえちゃーん、ごはんおいしかったねー」

「ねー」


 弟や妹たち、あるいは子供たちがはしゃぐ姿を見ると、女たちはまだ不安があるものの、この先も何とかなりそうな気がするのだった。

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