魔力至上主義世界編 - 39 洗濯機騒動 (6)
ダイア移住を勧めるビラは、空からもばらまかれた。
書かれている内容は、おみやげの袋に入っていたものとおおよそ似たようなものである。
『都市ダイアへの移住者募集中。
おいしいご飯、きれいな服、便利な道具、快適な住まいがあなたを待っています。
飢えることも、凍えることも、病むこともない暮らしを!
なお、移住に当たっては、次の3つの条件を飲んで頂きます。
1.今まで泥草にしてきた行為を土下座して、自分たちが間違っていたと謝罪すること。
2.教団に対し、お前たちは間違っているぞ、と実名で手紙を書くこと。
3.今後5年間、泥草の下で働くこと。
※衣食住は、十分な質のものを保証します。
※条件は日を追って厳しくします』
これを見た教団は激怒した。
「神の威光の厚いこのイリスの土地を捨てて、わけのわからん都市への移住を勧めるとは何事か!」
こう言って怒り狂った。
800年前に聖人が神のお告げを受けて、この地に都市を築いた。それこそがイリスの起源である。
そんな伝説がある。
その伝説の地を捨てて、泥草どもの築いた汚らわしい都市に移住するなど万死に値する、というわけである。
「泥草どもは出来損ないだ! 神の祝福のない連中だ! そんな連中の作った都市に行ったら、神罰が下るぞ!
だいいち、あの都市とやらは、泥草お得意の幻覚にすぎん。
実際は、粗末なあばら屋が転がっているだけだ。
行ったところで、餓死するだけだぞ!」
聖堂で神官たちは声を荒げて、市民たちにそう説教をする。
大きな声で怒りをにじませながら説教をする。
それだけでは気がおさまらない。
女どもがこそこそと泥草どもの塔に出入りしているという噂を、このところ神官たちは耳にしていた。
教団は彼女たちの何人かを見せしめに処刑することにした。
その日、ガラスの塔から出て来た運の悪い女たちが、次々と捕まる。
両手に持ったおみやげ袋が決定的な証拠となったが、証拠など無くとも彼女たちは捕まっていただろう。
女たちは全員有無を言わさず処刑され、その死体は大聖堂前にさらされた。
「泥草は悪魔に魂を売った連中である。その泥草と関わり合いになる者もまた、悪魔に魂を売ったも同然。よって処刑した」
神官はこのように罪状を述べた。
男たちは笑ってこう言った。
「ほらな。泥草なんかに関わり合いになるからこうなるんだよ」
「自業自得だよ。バカだよなあ」
イリスにいる男たちのほとんどはそんな反応だった。
男たちは不安だったのだ。
日に日に勢力を増す泥草たちへの不安。次から次へとわけのわからないことが起きていくことへの不安。女たちがわけのわからない道具を使っていることへの不安。
そういった不安を、泥草をバカにし、女たちをバカにすることで、吹き飛ばしたかったのだ。
とはいえ。
言われた女たちは、それで納得することはない。
彼女たちの目に殺意が宿った。
自業自得だと?
バカだと?
ふざけるな!
彼女たちが何をしたというのだ。
ただ、少しでも生活を良くしようとがんばっただけではないか。
誰に迷惑をかけることもなく、がんばっただけではないか。
それを、あんな頭からアホな看板生やした連中に、なんで殺されなきゃいけないのだ!
泥草たちと話したこともないくせに!
ふざけるな!
ふざけるなふざけるなふざけるな!
……もういい。
あんたたちがそういうつもりなら、こっちだって願い下げだ。
この日、イリスの女たちの半数以上は、父や夫を見捨てることを決意した。
◇
さて、決意したのはいいが、それだけでダイアに行けるわけではない。
ダイアという都市は、イリスから歩いて2時間ほどの距離しかないが、イリスから出ようとすれば「目的は何だ?」と尋ねられる。
女たちの大半は、普段はイリスの外に出ない。
それが集団でぞろぞろとイリスから出てダイアの方角に向かえば、これはもう目的はバレバレである。
誰がどう見てもバレる。
ではどうすればいいか?
女たちはアイデアを出し合う。
「イリスの外に出る旅商人に頼んで、馬車の中に入れてもらったらどうかしら?」
「ただじゃやってくれないわよ。お金はどうするの?」
「泥草たちの食べ物を渡せばいいじゃない」
「そもそも、そう都合良く旅商人がいるかしら。いたとしても、わたしたち全員を連れ出すのは無理があるわ」
「じゃあ、どうすればいいのよ?」
「そうね。農婦に変装というのはどうかしら。夫の手伝いでイリスの外に畑仕事に行くのよ」
「見かけない農婦がいたらバレるでしょう」
「新婚さんで、最近イリスにやってきたことにすればいいのよ」
「そんな何千人も新婚ばっかりじゃ怪しまれるでしょ。それに子供たちだって連れて行かなきゃいけないのよ」
なかなかよいアイデアが出ない。
そんな中、女たちの1人であるルルがこんなことを言った。
「そもそもイリスから出る必要、あるのかしら?」
「……どういうこと? ダイアへの移住をあきらめるってこと?」
「違うわ。そうじゃなくてね。ガラスの塔に行ってみたらどうかしら」
「塔に?」
「そう。つまりね、ダイアに移住したいから、泥草さん何とかしてください、ってお願いするのよ。塔には泥草がいるでしょ?」
女たちは静まりかえる。
言われてみれば盲点である。
ダイアに移住、と言うから、どうやってイリスを抜け出すかということだけを考えていた。
が、よくよく考えてみれば、自力でダイアに行く必要など無い。
泥草に頼めばいいのだ。
「でも泥草は、そんな提案受け入れてくれるかしら」
「やってみればいいじゃない」
そういうわけで、その言い出しっぺのルルと、他何人か勇気のある女が、この提案に乗ることにした。
彼女たちは子供たちや幼い弟や妹たちを連れ、何食わぬ顔で塔に近付くと、中にいる泥草たちから見えるようにすぐさま土下座した。
ぽかんとする幼い子供たちを除き、そろいもそろって見事に地面に頭をこすりつける。
泥草たちは驚いた顔を見せるが、すぐに理解すると、女たちをふわりと宙に浮かせ、塔の中に招き入れた。
「ようこそ。今日はバッテリーパックの交換というわけではなさそうですね」
泥草の少女がやってきて言う。
「……お恥ずかしながら、ダイアに移住させて頂きに参りました。
これまでの数々の非礼はお詫びします。言葉だけでなく、行動でも謝罪する覚悟です。
ですからどうか……どうかわたしたちを受け入れてくださいませ」
ルルがそう言うと、女たち改めて全員土下座する。
泥草の少女はにっこり笑って言った。
「いいですよ」
「い、いいのですか!?」
「ええ。実のところ、神様から『真っ先に移住を表明した連中であれば、ただ1回土下座するだけで許してやって良い』と言われているんです」
「か、神様……?」
よくわからない単語が飛び出す。
「ええ、神様です。今のわたしたちが、こうして生活できているのも、すべて神様のおかげです。いずれあなたがたもお会いすることになると思いますよ」
「は、はあ……」
泥草の少女は、困惑する女たちを塔の上の階へと連れて行く。
「しばらくは、こちらでお過ごしください」
そう言って、いくつかの空き部屋を与えた。
「おかあさん、ベッドふかふかー」
「ふかふかー」
ルルは、与えられた部屋で幼い2人の娘がはしゃぐのを見ながら、内心は不安だった。
大丈夫だろうか。
これからどうなるのだろうか。
自分の選択は正しかったのだろうか。
せめてこの子たちだけでも幸せになってほしいけれども……。
「えいっ」
背中からどんと押された。
ぽふっ、と体がベッドに沈み込む。
娘たちがルルを背後から押したのだ。
「ほら、おかあさん、ふかふかだよー」
「いっしょにふかふかしよー」
娘たちは、そう言ってはしゃぐ。
ルルは悩むのをやめた。
考えても答えの出ないことに思い悩んでいても仕方がない。
「このお、やったなー!」
そう言って、きゃっきゃっとはしゃぐ娘たちと、一緒になって遊ぶのだった。
◇
翌朝のことである。
イリスの道端で、小麦商人の男が、顔見知りの両替商人の男にばったり出くわした。
「おお、こんなところで何してる?」
小麦商人は声をかける。
両替商人は反応がない。どころか、首を真上に向けている。ぽかんと口開けている。
「おいおい、どうしたんだ、大丈夫か? おーい?」
「……あ、あれ」
両替商人は震える手で上空を指差す。
「ああん?」
小麦商人は上空を見上げた。
固まった。
「……は? え? な、な、なにあれ?」
2人が見上げた先。
そこには、ガラスの橋があった。
ガラスの空中道路、と言ったほうがいいかもしれない。
高さ100メートルほどの上空に、ガラスでできた広々とした道が、真っ直ぐに走っていたのだ。
「な、なあ、なんだよ、あれ? なんだよ、一体?」
「……お、俺に聞くなよ」
「ん? お、おい、あれ、泥草じゃねえか?」
「ああ……なんか、よくわからんがさっきから飛んでいる……」
男たちの言う通り、人らしきものが、ガラスの空中道路の周りを飛んでいる。
飛ぶようなやつは泥草しかいない。
高いので、何をやっているのかはよくわからないが、彼らが何かをするたびに道がのびていく。
「……あれも幻覚……だよな?」
「俺に聞くなよ……」
道がどこから来ているのかはわからない。
が、あの方角は確か泥草たちの都市ダイアのある方角である。
そのダイアから伸びてきているであろう道は、ほどなくして7つに分岐すると、イリスの7つ塔とつながった。
イリスとダイアが、空中道路で接続されたのである。




