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魔力至上主義世界編 - 38 洗濯機騒動 (5)

 結局、ナオたちは、ココアとアイスクリームのみならず、コーヒーにケーキにクレープまで振る舞われた。

 そうして、たくさんのおみやげを抱えて帰ってきた。


 ふんわり柔らかい生地に、とろけるようなクリームの入ったシュークリーム。

 苦味と甘さが絶妙なバランスのチョコレート。

 果汁の甘みと、何とも言えぬ食感がすばらしいゼリー。


「で、洗濯機のバッテリーパックは?」

「……忘れました」


 ナオたちは食べることに夢中になってしまい、肝心の目的のブツを忘れてしまったのだ。


「まったく、もぐもぐ、何しに、むしゃむしゃ、行ったのよ」


 留守役の女たちは、おみやげのモンブランをほおばりながら、呆れた顔で言った。


「返す言葉もないわ……」

「次は、むしゃむしゃ、あたしたちが、もぐもぐ、行くわよ」


 留守役の女の代表格であるルルが言った。


 翌日、ルルたちは帰ってきた。

 手にはたくさんのおみやげを持っていた。

 バッテリーパックはなかった。


「……おい」

「むしゃむしゃ、このマカロンっていうのも、もぐもぐ、けっこうおいしいわよ」

「……おい、こら」

「このワッフルというのも、むしゃむしゃ、いけるわよ。食べる?」


 ナオはドンとテーブルを叩いた。


「あんたねえ、さんざん偉そうに言っておいて、自分も忘れているじゃない!」

「まあ、待ちなさいって」


 ルルは手をヒラヒラさせながら言った。


「何がよ?」

「わたしね、今日、エクレアというのと、プリンというのと、ホットケーキというのをごちそうになったわ」

「なにそれ、自慢?」

「そして、マカロンとワッフルをおみやげにもらった。つまりね、バッテリーパックを交換しに行くと、ごちそうを振る舞われる上に、おみやげまでもらえるのよ。わかる?」

「まあ……そうね」


 ルルが何を言いたいのかよくわからなかったが、言っていることは事実なので、ナオはうなずく。


「つまり、バッテリーパック交換を口実にすれば、毎日でもおみやげがもらえる。そうなるわよね?」

「それは……そうだけど……」

「わかる? 売るも良し、食べるも良しの高級お菓子が、毎日タダでもらえるのよ?」

「……わざとバッテリーパックの交換を忘れろってこと? そうすれば、交換を口実に、毎日のようにごちそうが食べられるし、おみやげがもらえると?」

「その通り」

「でも、それじゃ、いつまでたってもバッテリーパックが交換できないじゃない。洗濯ができないわ」

「住民の半数だけが交換すればいいのよ。洗濯はその半数の人達にやってもらう。残りの人達は、おみやげをもらいに行く係。どうかしら?」

「……さすがにわざとらしすぎないかしら? 泥草(でいそう)たちも気づくでしょ?」

「やってみないとどうなるかわからないじゃない」

「……そうね。やってみる価値はあるかもしれないわね」


 こうして女たちは、バッテリーパック交換を建前に、毎日のようにガラスの塔に通うことになったのである。

 毎日同じメンツが行くとさすがに露骨だろうと、メンバーを入れ替えては、7、8人のグループで毎回塔を訪れる。

 訪れては、ごちそうをいただき、おみやげをもらって帰る。

 何日も何日も繰り返す。


「さすがに、泥草たちも、わたしたちが『わざとバッテリーパックを交換するのを忘れている』って気づいているわよね」

「でも、何も言ってこないわ。ニコニコしながらおみやげを渡すだけ。行けるわよ、これ」


 ルルのこの手法は、ほどなくしてイリス中に知れ渡った。

 みな、真似するようになる。

 ほどなくして、イリスの女たちは「泥草たちの住処を毎日のように訪れる」のが自然になってしまった。


 そして、訪れると、毎度のように数々のおいしい料理が振る舞われる。

 最初は食べ物のおいしさに喜んでいたが、次第に泥草たちの不思議な道具にも目を見張るようになる。

 ボタン1つで火がつく道具(コンロ)。

 ひねるだけで水が出る道具(水道の蛇口)。

 食べ物を凍らせるひんやりした箱(冷凍庫)。

 数々の不思議な道具を目にするたびに驚愕し、驚嘆し、びっくりする。


 とはいえ、人間、いつまでも驚いたりはしない。

 しだいに見慣れてくる。

 見慣れるとどうなるか。

 今度はうらやましくなる。欲しくなるのだ。


 たとえば、ひねるだけで水が出る道具。

 中世という時代、水を汲むのも重労働であった。井戸や川から桶に水を汲んで、家まで運ぶ。それを何往復もする。骨身にしみる。腕も足も全身が疲労する。

 蛇口をひねるだけで、あふれんばかりの清水が湧き出るのであれば、どれほど便利なことか。

 欲しい。


「どうすれば手に入るのかしら?」

「ルルさんが、直接泥草に『それください』って言ったらしいわよ」

「どうなったの?」

「泥草はにこにこ笑うだけで何も答えなかったんですって」

「まあ、くれと言っても、簡単にはくれないわよね」


 女たちは納得したような顔をする。


 以前の女たちであれば、泥草がそんな無視するような態度を取ったら、「泥草の分際で!」と激怒していただろう。

 が、今はもう違う。

 あれだけ強いと思っていた教団を、泥草たちが倒す様を見てしまっている。

 大聖堂よりも遙かに大きいガラスの塔を、泥草たちがわずか1日で築き上げる様を見てしまっている。

 泥草たちの作り出した美食を、不思議な便利な道具を、体感してしまっている。

 そして何より、実際に泥草たちと毎日のように会い、話し、食事を共にしている。彼らを身近に感じてしまっている。

 もう「泥草の分際で!」などという気は起きなかった。


 とはいえ、やっぱり蛇口やコンロは欲しい。

 どうすればいいか?


「やっぱり……これかしらね……」

「そうね……」


 女たちは1枚の紙を取り出す。

 泥草たちは、おみやげの紙袋の中に毎回紙を1枚しのばせていたのだ。

 そこにはこう書いてあった。


『洗濯機のバッテリーパック交換サービスは近いうち終了します。

 今後、洗濯機を使いたい場合は、わたしたちの都市ダイアに移住して頂くことになります。

 なお、移住に当たっては、次の3つの条件を飲んで頂きます。

 1.今まで泥草にしてきた行為を土下座して、自分たちが間違っていたと謝罪すること。

 2.教団に対し、お前たちは間違っているぞ、と実名で手紙を書くこと。

 3.今後5年間、泥草の下で働くこと。

 ※衣食住は、十分な質のものを保証します。

 ※条件は日を追って厳しくします』


「ねえ、どうする?」


 女たちは顔を見合わせる。

 

 ダイアに移住し、泥草の下で働くとなると、今までのようなお客様扱いではなくなるだろう。

 それどころか、これまで自分たちがさんざんに見下し、嘲笑してきた泥草の下につくのだ。

 明るいばかりの未来ではないだろう。

 覚悟しなければいけないことも多いだろう。


 でも、そうだとしても、『衣食住は、十分な質のものを保証します』というこの言葉を信じるならば、そう悪くない生活が送れるはずだ。

 泥草たちが普段食べている美食や、きれいな服や、快適な住居に便利な道具。それと、同等クラスとまではいかなくても、それに近いものが手に入るはずだ。

 今よりもずっといい暮らしが送れるに違いない。


 それに女たちは、泥草たちの下につくことへの抵抗感は、さほどない。

 彼女たちは、毎日のように洗濯機を使って、その便利さを味わっている。「これがずっと使えるなら、泥草の下でもいいかな」と思いつつある。

 何より彼女らは、頻繁に泥草に会っている。話している。一緒にご飯を食べている。親近感を徐々に抱きつつある。

 それゆえ、泥草に対する彼女たちの抵抗感は日増しに薄れており、「別に移住でもいいかな」という気分になりつつあったのだ。


「でも、うちのお父さん、絶対に許してくれないわ。泥草なんてクズだって言ってるもの」

「そうね。わたしの夫も同じね。泥草の下になんて死んでもつきたくないでしょうね」


 女たちとは異なり、男たちは泥草への根強い嫌悪感が残っていた。

 彼らにとって、泥草はいまだに出来損ないであり、見下すべき存在なのだ。


「だったら、いっそ……」


 女たちは言う。

 いっそ、父や夫を捨てて、子供たちを連れてダイアに行くか?

 つまり亡命である。


「さすがにちょっとそれは……」

「ねえ……」


 女たちは口々にそう言った。

 さすがに家族を捨てるのには抵抗がある。


 だが、そんな彼女たちの気持ちを一変させる出来事が起きたのだ。

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