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魔力至上主義世界編 - 2 アコリリスの過去

 その日の夜、弾正(だんじょう)はアコリリスの過去を聞いた。


 アコリリスは教団をやっつけたいと言う。

 教団というのは、この世界のほぼ全ての人間が信仰する神聖教という宗教を司る巨大組織である。

 世界中に聖堂を建てるほどの財力と、異教徒・異端者を問答無用でぶっ殺せるほどの強い権力を持っているという。

 では、一体なぜ、アコリリスはその教団とやらを倒したいと思っているか?

 弾正はそれが知りたかったのだ。


「わたしは父と母の3人で暮らしていました」


 そう言って、アコリリスは話を始めた。


「3人か」

「はい。兄や妹もいたのですが、みんな(やまい)で……」


 のちに中世と呼ばれることになるこの時代、子供の死亡率は非常に高かった。ある王妃は、12人いる子のうち7人が5歳までに死んだという。栄養状態の悪い庶民であれば、なおのことひどかっただろう。

 弾正は「悪いことを聞いた、続きを申せ」と先を促す。


「はい。まず父なのですが、糸車職人でした」

「ふむ。糸車」


 糸車とは、糸を製造するための道具である。

 車輪のようなものをカラカラと回して、羊毛や麻といった原材料から、糸を紡ぐ。


「父はこの糸車を作るのが仕事でした。糸車ギルドのギルド長で、徒弟も2人いて、このあたりでもそれなりの家に住んでいました」

「このあたりとは?」

「あっ、す、すみません。イリスという都市です」

「なるほど。わしらは今、イリスとやらにいるのか。それで、父君はどうなされた?」


 弾正は問う。


「はい、その父なのですが……父は新しい道具作りが好きだったんです。糸車よりもっと効率のいい道具が作れないかって、もっと便利にできないかって、そんなことをわたしたちの前で話していました。

 普段は厳しい父ですが、わたしと母の前でそんな話をする時だけは子供っぽくて……わたしは、そんな父が好きでした。

 そしてある時とうとう、紡績機というものを発明したんです」


「紡績機」


「はい。糸車を改良したようなもので、糸車だと1本ずつしか糸を紡げないんですが、紡績機だと同時に8本も紡げるんです。糸車の8倍近く速く紡げます。父はこれをみんなに使ってもらおうとしたんです」


「ほう、それはすごい!」


 弾正は感嘆の声を上げた。


 中世という時代、服は高価であった。

 シャツ1着だけで、日本円にして何十万円という値段だった。

 作るのが大変だったからだ。

 例えば、シャツ1着作るのに、おおよそ3000メートルの糸が必要であるが、これだけの糸を糸車で紡ごうと思ったら、2ヶ月はかかる。つまり、糸だけで2ヶ月分の人件費はかかるのである。

 糸を布に仕立て、布を服に仕立て上げるには、さらにお金がかかる。

 戦国時代の日本も事情は似たようなものであったから、弾正には、そのへんの感覚がよくわかっていた。

 糸を8倍も早く紡げるようになれば1着あたりの人件費は安く済み、服の価格は下がり、人々は服をたくさん持てるようになって豊かになる、というのも容易に想像できる。


「それは見事じゃ。さぞや喜ばれたであろう。役に立ったであろう。感謝されたであろう」


 アコリリスは悲しそうに首を横に振った。


「非難されました」


「……は?」


「父が『これからはこの紡績機をみんなで作ろう。作り方は俺が教える』と糸車ギルドの人達に言って、紡績機の生産を始めた時です。

 教団から立派な服を着た偉い人がやってきて言いました。

 『我々が今のような生活をしているのは、すべて神のご意志によるものだ。こんな怪しげな道具を作って、生活を変えてしまうのは、神のご意志に逆らう悪魔の所業である』」


「……はあ?」


 弾正は、わけがわからなかった。


「教団の悪魔認定により、町の人達も父に『この悪魔め!』と石をぶつけるようになりました」


 弾正は、意味がわからなかった。


「その紡績機というのは、役に立つ物なのだろう?」

「はい」

「何が悪いのだ?」

「わたしも……わかりません……」


 弾正はしばし考え、「ええい、わからぬ!」と首を横に振った。


「まあよい。それで、どうなった?」

「父は……処刑されました。悪魔と契約した罪、だそうです。わたしと母は何度も泣きながら『やめて! お父さんを殺さないで!』と訴えましたが……ダメでした……」


 弾正は、ただ「そうか……」とだけ言った。


「処刑の翌日、教団の人がやってきて言いました。

 『汝らは、罪人の妻と子である。本来なら、連座で罰せられる。だが、聖典にはこう書いてある。父の罪がなぜ子に及ぼうか、子の罪がなぜ父に及ぼうか、と。よって汝等は特別に罪を許そう。今後はこの温情に感謝し、主の御心に沿って生きるように』と」


「何ともありがたいお言葉じゃな」


「それから先の暮らしは大変でした。財産を没収され、家を追われ、どうにか小さな部屋を1つ借りることができたのですが、母と2人で働いても大した収入にはなりません。母はそれでも『大丈夫、大丈夫だからね』と言ってくれました。ですが……」


 アコリリスは一拍おいて、言った。


「わたしが10歳の時です。魔法の儀を受けました」

「魔法?」


 なんじゃ、魔法とは、と弾正はたずねる。


「えっと、魔法というのは、こうやって手を突き出して」


 そう言って壁に向けて右手を突き出す。


「そうして、えいっ、と力を込めると、光の弾が発射されるんです。すごい人だと鉄の鎧も貫く威力だそうです」


 アコリリスは、えいっ、えいっ、と言う。

 何も起きない。


「本来なら……起きるんです……」

「ふむ?」

「魔法の儀は聖堂という教団の施設で行われます。わたしは、お父さんを殺した教団のところなんて行きたくなかったのですが、お母さんが『行きなさい』って。そうしないと、市民として、いえ、それどころか、人間として認められないからって」


 いつのまにか『父』『母』ではなく、『お父さん』『お母さん』という言い方になっているが、弾正はあえてそこには触れず、先を促す。


「儀式は簡単です。教団の用意した魔法の実というものを食べます。これで魔力が目覚め、魔法が使えるようになるんです。

 ですが……わたしは実を食べても魔法が全く使えませんでした……。

 わたしの目……水色ですよね? 魔力に目覚めると、目が赤くなるんですよ。でも、わたしは水色のまま……。

 この目は、できそこないの……魔力なしの証なんです……」


 アコリリスは目を上げ、弾正に向けてたずねる。


「あの、失望しましたか?」

「うむ?」

「わたし、魔力なしなんです」

「それで?」

「いえ、その……」

「ふむ」


 弾正はやおら立ち上がると、先ほどのアコリリスのように右手を突き出し、気合いを込めて声を張り上げる。


「えいっ!」


 何も起きない。


「わはは。わしも魔力なしのようじゃのぉ」

「そ、そんな! 神様は神様です! 魔法なんてなくても、大したことでは……」

「さよう。魔法なんてその程度のこと。こんなものが使えなくとも、アコリリスの価値は、いささかも揺るぎはせぬ」


 弾正は自信たっぷりに言った。

 アコリリスが言うには、魔法というのは、達人であっても鉄の鎧に穴を開ける程度のものだと言う。それくらいなら火縄銃でもできる。

 そんなものより、アコリリスの能力のほうがはるかにすぐれていると思っている。世界を変える大謀反を成し遂げる力であると思っている。

 それゆえ、弾正の言葉には本気の気持ちがこもっている。


「あっ……」


 そんな弾正の本気が伝わったのかどうか。


「は、はいっ!」


 アコリリスは目にうっすらと涙を浮かべ、うなずいた。

 捨てられた子犬が、やっと信頼出来るご主人様を見つけたような、そんな顔だった。


「それで。その後はどうなったのじゃ?」


「はい。その……魔力なしは、泥草(でいそう)と呼ばれます。泥まみれの草程度の劣った存在だ、という意味です。

 市民とは認められません。危険なところに住まわされ、仕事も買い物も法の保護も制限されます。

 全部……全部教団が決めたことです。

 教団はこう言います。前世で罪を犯したから、魔力なしになったのだ、と。苦しんで苦しんで、罪を償って、来世では真人間に生まれ変わりなさい、と……」


「なんとまあ……」


「そして、お母さんは……わたしを見捨てませんでした。

 子が泥草であることもまた罪である、とされていますが、聖堂に行って、神の前で親子の縁を切ることで、罪は償われるとされています。ですが、母はそれをせず……わたしと一緒にこのあばら屋で暮らすことを選びました。

 けれども、生活はますます苦しくなっていきます」


「苦しくなったか」


「はい。他の人と同じ仕事をしても、お母さんだけ安い賃金にされます。罪人(つみびと)だからです。それどころか、他の人よりも多くの仕事を押しつけられます。母は……目に見えて痩せていきました。

 わたしは何度も『お母さん、やめて! もうわたしを捨てて自由になって!』と言いました。泥草であるわたしと親子の縁を切れば、罪人ではなくなるからです。

 ですが、母はそのたびに『大丈夫、大丈夫だからね、わたしの可愛いアコ』と言って、頭を撫でるのです。

 そうして、とうとう、お母さんは……病に倒れてそのまま……」


 弾正は何も言わなかった。

 しばしの間、沈黙があたりを支配する。

 やがて、アコリリスが顔を上げる。


「これが……わたしの身の上話です」


 つまらない話でしょう、と言って自嘲するように笑う。


「何ともムカつく話じゃ」

「え?」

「魔力なし? 泥草? 何をわけのわからないことをほざいておるのじゃ。

 ええい、教団の目は節穴か! アコリリスの宝石のような輝きがどうしてわからぬ!」

「ほ、宝石って……その……」


 アコリリスは顔を赤くてあたふたする。


「アコリリスよ!」


「は、はいっ!」


「わしは謀反が好きじゃ!

 謀反を起こして、ムカつく既得権益者どもをこっぱみじんにするのが好きじゃ!

 既得権益者とは、能もないのに権力にしがみつく連中のこと。特権を振りかざして甘い汁を吸う連中のこと。責任を果たさない連中のこと。そのくせ自分達は偉いと思っている連中のこと。

 まさに害虫そのもの!

 わしは、その害虫どもをぶちのめすのが大好きじゃ!

 しからば!」


「し、しからば?」


「しからば、教団はどうか?

 強大な権力を持っておることは間違いない。何しろ人を自由自在に処刑できるのじゃ。

 じゃが、その権力でやつらは何をやっておるか?

 紡績機という人々を豊かにする発明を破壊した。

 宝石のように才にあふれるアコリリスを泥草呼ばわりし、あげくに両親を死に追いやった。

 アコリリスにはボロ布を着るような生活をさせておいて、自分達はきれいな服を着ておる。いい気になって笑っておる。

 まさに有害な既得権益者そのものではないか! 

 アコリリスよ!」


「は、はいっ!」


「改めて問おう。そちの願いは何だ!」


「わ、わたしは……」


 アコリリスは一瞬慌てたような顔をしたが、やがて覚悟を決めたのか、弾正を見すえて言う。


「お父さんを殺した教団が憎いです! お母さんを罪人扱いして苦しめた教団が憎いです! だから……だから……ひと泡ふかせてやりたいです!」


「よかろう! この弾正が、謀反の神として約束しようぞ! 教団の連中が全員泡を吹いて倒れるような謀反を起こすと! 驚愕してひっくり返り、こんなの嘘だと言って涙目になるような、世界全体を揺るがす大謀反を必ず起こすと!」

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