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魔力至上主義世界編 - 37 洗濯機騒動 (4)

 女たちは大喜びした。

 洗濯機があるのだ。

 家にあるのだ。

 重労働である洗濯を「え? 嘘? もう終わったの?」というくらい楽にしてくれるあの洗濯機が! あの洗濯機が家に置かれているのだ!

 喜び、笑い、あぜんとする父や夫の前で踊った。


 さっそく、うきうきしながら使う。

 あっという間に洗濯が終わる。

 衣類は驚きのピカピカである。

 今まで洗濯機を使ったことのない女たちも、近所の女たちから使い方を教わり、あるいは添付されているマニュアルを見て恐る恐る触ってみて、そうしてあまりの便利さに驚嘆するのだった。


 一方、教団は激怒した。


「ふふふ、ふざけるな! 市民ども、いいか! 絶対に洗濯機を使うなよ! 絶対にだ!」


 そう言って、市民の住まい1軒1軒に押しかけて、洗濯機を破壊しようとする。


 ところが、どういうわけか、この日から泥草たちがイリス上空を飛び交うようになる。

 市民の家に押し入ろうとする聖職者たちを、片っ端からゴム弾で昏倒させていく。


 どうにか家に入っても、今度は洗濯機を破壊できない。

 ハンマーを振り下ろしても、魔法を打ち込んでも、傷一つつけられない。

 ならば、どこかに捨ててやろうと持ち上げようとするも、床や壁にがっちり固定されていてビクともしない。


「だったら泥で埋めてやる!」


 聖職者たちは、住民らに命じて泥を運ばせる。

 住民たちは汗だくになりながら泥を運ぶ。

 男も女も一緒になって運ぶ。


(どうしてこんなことしなきゃいけないの? いいじゃない、あんなに便利なのに。使って何が悪いのよ!)


 女は不満を抱きながらも、教団には逆らえず、黙々と泥を運ぶ。

 運ばれた泥は次々と洗濯機の中に放り込まれ、やがて埋まる。


「ははは、どうだ、これで使うことはできまい。ざまあみろ!」


 聖職者は高笑いをする。

 とたん、洗濯機がピーっと音を立てたかと思うと、泥を吹き出した。

 泥は聖職者に頭からかかる。

 全身が泥まみれになる。

 高笑いしていた口にも泥が入る。


「げっ、げほっ! ぐへっ! げがはっ! ごがはぁっ! うげっ、うげええええ!」


(いい気味だわ)


 のたうちまわる聖職者を見て、女はごく自然にそう思うのだった。


 ◇


 結局、教団は、洗濯機に対してどうすることもできなかった。


「いいな、絶対に使うなよ! 絶対にだぞ!」


 彼らはただ、そう命じる他はなかった。


 無論、女たちは使う。

 交代で見張りを立て、聖職者が来たらすばやく洗濯機を止め、去ったらまた動かす。

 そうやって、繰り返し洗濯機を動かし続ける。

 まるで麻薬密造でもしているかのごとき警戒っぷりである。


 警戒するだけの価値はあった。

 驚くくらいに洗濯が楽になるのだ。


「もうあんなに大変な思いをしてまで洗濯をやらなくていいのね。なんだか夢みたいだわ」

「あたしもよ。もうあんなにつらい思いをして洗濯をやらなくていいって思うと、本当にこう、自然と笑顔になっちゃうくらいに嬉しいの」


 女たちはそう言って笑いながら洗濯機を回す。


 一方、男たちはあまりいい顔をしない。

 はじめは驚いていたものの、じょじょに落ち着いてくると、だんだん洗濯機が不気味に見えてくる。


「なあ、お前、その洗濯機ってやつ、使わない方がいいんじゃねえか?」


 ある男は妻に向かって言う。


「あら、どうして?」

「だってよ、今までそんなもの誰も使ってなかったじゃねえか」

「いいじゃない。今までなくても。便利なんだから」

「でもよお。今の世の中ってやつは、神様の教えに従って、神官様たちが作り上げたものなんだろ?

 なのに、今まで世の中になかったものを使うってのは、なんかこう、神様をないがしろにすることになっちまうんじゃねえか?」


 イリスの町中(まちじゅう)で、父や夫が、娘や妻に向けてこんなことを言う。


 女たちは表向きは黙って従う。

 内心は不満でいっぱいである。


(ふざけないでよ。じゃあ、あんたが洗濯してみなさいよ)


 そうして、父や夫のいない隙を見て、洗濯機を使う。

 使うと、相変わらず便利である。


(ほら、便利じゃない。男は、洗濯をしたことがないから、あんなこと言えるのよ)


 イリスの男たちと女たちの間に、少しずつ溝が入っていく。


 ◇


 2週間が過ぎた。

 いくつかの出来事があった。


 まず塔が増えた。

 イリスには大聖堂前の大広場を含めて、全部で7つの広場があるのだが、その全てに塔が立った。

 いずれも200メートル級である。

 あっという間の出来事であった。


 続いて、洗濯機が動かなくなった。

 ランプから、奇妙な赤い光を発している。

 マニュアルを見ると「エネルギーパック」とかいうものが切れるこうなるらしい。

 洗濯機側面のフタを開けると、エネルギーパックとやらが入っている。

 これを交換すればいいらしい。

 交換は、最寄りの塔で行っているという。


「どうしましょう……?」

「ねえ……」


 女たちは顔を寄せ合い、相談した。

 塔に行かないと洗濯機が動かない。

 といって、塔に行くところを聖職者たちに見られたら、やっかいである。


 そもそも、泥草の施設に足を踏み入れるというのに抵抗がある。

 これだけ洗濯機を使っておいて、それでも女たちはまだ泥草というものを、どこか劣った存在のように感じていたのだ。

 固定観念というものは、そう簡単には覆らない。


 それに、今まで自分たちがどれだけ泥草たちを見下してきたか、どれだけひどいことをしてきたかを思い出すと、恐ろしくもある。

 女たちは直接殴ったり、露骨に差別したり、といったことはあまりやってこなかったが、見下すような目で見たり、陰口をたたいたり、嘲笑したり、といったことはさんざんやってきた。

 復讐というべきか、仕返しというべきか。

 何をされてもおかしくないのだ。

 怖い。


 とはいえ、だからといって、今さら洗濯機なしの生活には戻れない。

 相談の末、女たちのうち何人かが、顔を隠してこっそりと塔に行くことになった。

 若い女のほうが泥草の心証も良かろうと、選ばれた女たちは、みな20代以下である。


 代表として選ばれた若い女たちは、忍者のように顔を隠してガラスの塔に近付く。

 すると、塔の中にいる三つ編みの泥草の少女が、ガラスの壁越しにこちらを見てきた。

 女たちは一瞬びくんとする。

 女の1人が恐る恐るエネルギーパックを見せると、泥草の少女は「ああ、なるほど」と言わんばかりにうなずき、手をかざした。

 とたん、女たちは宙に浮かび上がる。


「きゃあ!」

「な、なに!?」


 おおよそ3階ほどの高さまで浮かぶと、塔の壁がドアのように開き、女たちは塔の中へと招き入れられた。

 女たちが驚いて、ガラスの床にぺたんと座り込む。

 そこに、先ほどの三つ編みの泥草少女がやってきた。


「ようこそ、5番塔へ。わたしはジカだよ。みなさんは、エネルギーパックの交換に来たのかな?」

「……え、ええそうよ。あたしはナオ。こっちは……」


 市民の女たちを代表して、赤毛の女が皆を紹介する。

 別段名前を名乗らなくても、エネルギーパックを交換できればいいはずなのだが、何となく流れで自己紹介をし合う。


 お互いが名乗り合ったことで、女たちにとって目の前の泥草少女は、「泥草」ではなく「ジカという名の一人の少女」となった。

 思えば、泥草相手に名乗り合うなんて、初めての経験である。


「それで、エネルギーパックというのは、交換してもらえるのかしら?」


 赤毛の市民のナオが、そう問う。


「うん、でもこの階にはないんだ。もうちょっと上にあるんだ。こっちだよ」


 ジカと名乗った三つ編みの泥草少女は、そう言ってさっさと歩き出す。

 女たちは何か問いただしたりする間もなく、なんとなく流れでその後ろをついていく。


 ガラスの塔は階段もガラス製である。

 宝石のように透き通っていて、きれいで、土足で踏んでしまっていいのだろうか、と恐る恐る足をかけながらのぼっていく。

 あたりを見ると、泥草たちが何かを食べていたり、くつろいでいたりする様子が見える。


 2つ階を上ったところで、ジカは「ああっ!」と大声を出した。


「ど、どうしたの?」

「いやいや、わたし、お客さん相手に飲み物も出さないで。ごめんね。ちょっと待って」


 いえおかまいなく、などと言う間もなく、ジカは1つの部屋に案内する。


 応接室のような部屋である。

 重厚な木製の大きなテーブルが中央に設置され、そのまわりに立派な背もたれと柔らかそうなクッションの敷かれた椅子が並べられている。


「どうぞ、好きなところに座って」


 ジカの言葉に、女たちは顔を見合わせながら恐る恐る座る。

 柔らかく心地よい座り心地に驚く。


 ジカはどこに行ったのだろう、と見ると、部屋の一角で何か作業をしている。

 ボタンをちょっと操作すると、水が出てくる。火がつく。

 女たちは目を丸くして驚く。


「ちょ! ね、ねえ、なにあれ? ちょっと触っただけで火が出て来たわよ?」

「水も出て来たわ。ど、どうなっているのかしら……」


 ささやきあっているうちに、大きなお盆を持ってジカが戻ってきた。


「やあ、お待たせ。ココアとアイスクリームを持ってきたよ」


 見ると、白い陶器の皿の上には、何やら白い塊が載っている。脇にスプーンが添えられている。

 それから白いカップに、何やら茶色い飲み物らしきものが湯気を立てている。

 それらが1人1セットずつ、女たちの前に置かれる。


「どうぞ、召し上がれ」


 ジカが言う。

 女たちは、またまた顔を見合わせる。


「いただきます」


 ジカが一足先に、自分の分の白い塊にスプーンを突き刺し、一口食べる。


「うーん、おいしい」


 そう言って顔をほころばせる。

 女たちはそれでも動こうとしない。


 ナオは意を決した。

 ジカと同じように白い塊にスプーンを入れ、口に運ぼうとする。


「ちょっ!」


 女の1人が驚いたように言うが、ナオは構わず口に放り込んだ。


(なにこれ、冷たい! ……あ、でも、甘い。ひんやりして、とろけて……おいしい……)


 続いて飲み物に口をつける。

 こちらも甘い。けれども妙な苦味もある。その苦味が美味くアクセントになっていて、甘さと相互に引き立てあっている。

 これもおいしい。


 ナオが黙々とアイスクリームを食べ、ココアを飲んでいるのを見て、女たちもまた1人、1人と食べていく。

 そうして皆、心の中で、あるいは口に出して「おいしい!」と言う。


 ジカはそんな様子をニコニコしながら眺めるのだった。

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