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魔力至上主義世界編 - 36 洗濯機騒動 (3)

「その写真な、今、10万枚ほど上空からばらまいておるところじゃぞ」

「……は?」


 ドミルたちがポカンと口を開けた時である。


「たたた、大変です!」


 中神官会議室に、助官が泡を食った様子で入ってきた。

 よほど慌てているらしく、弾正(だんじょう)の存在にも気づかない。


「どうした?」

「こ、これを!」


 助官は手に持った6枚の紙を中神官に見せる。


「な、な、なっ!」


 それは中神官たちの美食と放蕩の様子をばっちりと写し出した例の写真であった。

 6枚全てが同じ写真である。


「こ、こ、こんなものぉ! こんなものぉ!」


 中神官たちはビリビリと写真を破く。


「どこだ!?」

「え?」


 中神官の怒鳴り声に、助官はきょとんとする。


「この紙だ! どこにあった!?」

「そ、それが、その……」

「なんだ!?」

「そ、空から降ってきたのです! 泥草どもが空からばらまいているのです! 大量に!」

「な、な、なんだとぉーーー!」


 このぜいたく三昧の写真が空からばらまかれている!

 あふれんばかりに大量に!

 中神官たちはぞっとした。


「止めろ! すぐに泥草どもを止めろ!」

「し、しかし、やつらは空にいて手が……」

「魔法を放て!」

「も、もうやってます!」

「もっとだ! とにかく空めがけて限界まで本気で撃て! 我らも体力が回復し次第、向かう」

「た、体力が回復?」


 見ると中神官たちは、疲労でぜいぜいあえいでいる。

 なぜ会議をしているだけなのに、こうも体力を消耗してしまっているのか? とでも言いたげな顔を助官はする。


「なんだその顔は!」

「い、いえ……」

「我らがこうも疲れているのは、やつのせいだ! 全部あの男のせいだ! ……そ、そうだ! あの男だ! あの男を捕まえろ! 生きて返すな!」

「やつ……とおっしゃいますと?」

「あの男だ! あの……あれ?」


 さっきまで弾正がいたところには誰もいなかった。

 弾正はいつのまにか煙のように姿を消していたのである。


 ◇


 ばらまかれた写真を見て、市民たちは度肝を抜かれた。

 まず、写真などという見たこともないしろものに驚いた。


「こ、こんな精巧な絵は見たことがないぞ!」

「僕は画家だが、こんな絵は見たことがない……精密すぎる……鮮明すぎる……悪魔の仕業としか思えん……」

「これも泥草たちが作ったんだろう? あいつら一体何者なんだよ……」


 そして何より、そこに写っているものに、びっくり仰天した。


「おい……うそだろ……」

「これ、中神官様たち……だよな……?」

「なんなんだよ、これ……一体なんなんだよ……」


 高位聖職者たちが、裏では贅沢三昧というのは市民たちも噂では聞いていた。

 それでもあくまで噂である。

 本当にそうなのか、と問われると、疑いが強かった。


 が、今、こうして、ありありと彼らの放蕩三昧の姿を見せられてしまっている。

 偉い人、立派な人だと思っていた神官たちが、肉をむさぼり食いながら、美女を侍らせて、美酒を飲み、乱痴気騒ぎをしている姿をさらしているのである。


 市民たちは失望した。

 幻滅した。


「で、でもよ、これ本物か? 泥草どものねつ造じゃねえのか?」


 そういう意見もあったが、当の教団が死にものぐるいで写真を回収しているのを見て、

「ああ、やっぱりあれは本物だったんだな」

 と市民たちは思うのだった。


 市民たちを失望させる出来事は他にもあった。

 聖職者たちは、空から写真をばらまく泥草たちに対し、魔法を放ったのである。

 小神官だろうと、助官だろうと、魔法兵だろうと、魔法兵従者だろうと、とにかく皆が皆、泥草目がけて魔法を撃った。

 しまいには、体力が回復した中神官たちまでやってきて、必殺の魔法を発射した。


 市民たちの前で初めて、聖職者たちは泥草に向けて魔法を放ったのだ。


「くらえ、泥草!」

「死ねえ!」

「神から頂いたこの聖なる力を受けてみろ!」


 市民たちはこう思った。


(ああ、これで泥草たちも死ぬな)

(まったく、調子に乗るからよ)

(聖職者様の魔法は最強だからな。どんなやつでも、まあ死ぬよな)


 魔法は最強。

 だから、魔法が得意な聖職者たちは最強。

 最強だから偉い。


 これが市民たちにとっての常識だったのである。

 生まれてこの方、変わることのない常識だったのである。


 ところが……。


 ぽふっ。


 魔法はすべて気の抜ける音と共に、ぱっと弾け飛んだ。

 泥草たちには、まるで効かなかったのである。


「……へ?」

「……はい?」

「……なぁ!?」


 市民たちはしばし(ほう)けたのち。


「な、な、な、なんだぁーーー!?」

「どどどどど、どういうことだぁーーー!?」

「はぁっ!? はぁっ!? ありえねえって! なんだよあれ!? ありえねえだろ!」


 叫び声を上げた。

 現代人の感覚で言うと、銃で全身を撃たれてもピンピンしているようなものか。

 そりゃあ驚く。


 魔法をふせいだ泥草たちは空から聖職者目がけて弾を放った。

 石ではなく、専用のゴム弾である。

 殺傷能力を抑え、戦闘能力を奪うことに特化した弾丸が、聖職者たちを気絶させ、あるいは痛みでうずくまらせ、1人、また1人と戦う力を奪っていく。


 教団が泥草街に攻め込んだ時は、市民たちはそこにはいなかった。

 だから、聖職者たちが惨めにやられる様子を見たことは、今まで一度もなかった。


 が、今、目の前で聖職者たちは、無様に気絶させられている。

 自慢の魔法がまるで通用せず、よりにもよって泥草相手に、一方的に倒されている。


 市民たちは「聖職者たちが負ける」という姿を見てしまったのだ。

「魔法がまるで効かない」という光景を見てしまったのだ。

「魔法が最強」という価値観の中で今までずっと生きてきた市民たちは、生まれて初めて「魔法が負ける」という光景を目にしてしまったのである。


「俺、見たんだよ……。神官様がさ、魔法を放ってさ、それが確かに泥草に当たってさ。

 あっ、やったな、泥草のやつ死んだな、って思うじゃん? 普通思うじゃん? それが当たり前じゃん?

 なのに……泥草の連中、平気な顔で飛んでんだよ。

 なあ、なんなんだ、あれ……? なんなんだ? なあ?

 魔法は無敵じゃなかったのかよ……」


「オレも見たさ……正直わけわからないよ……なんで魔法が効かないんだ……どうなってるんだ、一体……」


 市民たちはもう、何が何だかわけがわからなかった。


 ◇


 とはいえ、それでも教団はめげなかった。

 何はともあれ、その根性は見上げたものである。


 教団は、あの写真は偽物だと言い張った。


「あれは泥草どものねつ造である。持っている者は、ただちに教団に差し出せ。隠し持つような真似をしたら、容赦なく厳罰を下すぞ!」


 そう言って脅した。

 頑張って汗水垂らして写真を回収した。


 ところが、そんな教団の涙ぐましい努力を無にする出来事が起きた。

 例の中神官たちのぜいたく三昧の写真が、ガラスの塔の壁面(地上から高さ10メートルほどのところ)に、拡大されてでかでかと広告パネルのように貼られていたのである。


「な、なんじゃありゃあーーー!」

「は、はずせ! あれをはずせぇ!」


 中神官たちはわめくが、どうしようもなかった。

 パネルを棒で叩き落とそうとしたり、石を投げつけたり、魔法をぶつけたりしたが、何の効果もない。


「これもねつ造だ! 泥草どものねつ造なんだ!」


 神官たちは、ガラスの塔の前で大声で叫んだ。

 頭の上では『泥草さん、ごめんなさい』と書かれた看板が発光している。

 そのさらに上では、中神官たちの放蕩三昧の写真が飾られている。

 後ろでは、塔の中で、泥草たちがきれいな服を着て美味そうなものを食べている。


 そんなまったく説得力のない神官たちの姿を、市民たちは何とも言えない目で見る。


「くっ……」


 神官たちは屈辱で顔を歪ませた。


 ◇


 神官たちの怒りのとばっちりを受けたのは女たちである。

 はらわたが煮えくりかえっている神官たちは、せめてあの洗濯機とかいうふざけたものを使えないようにしてやろうと思った。


 洗濯機はガラスの塔の前に置いてある。

 教団はその洗濯機を徹底して見張った。


「洗濯機を使う者は厳罰に処すぞ!」


 イリスの広場という広場で、そうやって大声で宣言した(おかげでまだ洗濯機を知らない市民にも、その存在が知れ渡った)。


「ふーん」


 男たちはさほど気にしなかった。

 彼らは別に自分たちが洗濯するわけではない。


 一方、女たちは、はっきりと不満を抱いた。


「なによ、それ……」

「どうしてよ。洗濯が楽になるんでしょ。いいじゃない」

「本当よ。どうしてなのよ」


 以前の女たちなら、黙って教団に従っていただろう。

 中世の常識は「教団は正しい」だからだ。


 けれども女たちは、尊敬すべき存在であるはずの聖職者たちが、頭からバカみたいな看板を生やしているところを見てしまっている。

 立派な人であるはずの中神官の淫行写真を目にしてしまっている。

 最強のはずの魔法がまるで通用せず、泥草たちにこてんぱんにやられるところを目撃してしまっている。

 そして何より、洗濯機の便利さを体感してしまっている。


「ふざけないで!」

「あたしたちが、いつもどれだけ苦労して洗濯していると思っているのよ!」


 女たちは静かな怒りを燃やす。


 とはいえ、教団には逆らえない。

 依然として教団は強大な権力を持っている。

 逆らったところでどうしようもない。


 そうしてやるせない気持ちで家に帰る。

 そこには洗濯機が置かれていた。


「……は?」


 この日、イリスのあらゆる家に、洗濯機が置かれていたのだった。

 およそ2万台近い洗濯機が、イリスに出現したのである。

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