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魔力至上主義世界編 - 35 洗濯機騒動 (2)

「まったくけしからん!」


 最年長の中神官ドミルは、円卓をドンと叩いた。


「なんだあの『洗濯機』とかいうものは! 我々が作り上げた正しい世の中を乱そうというのか!」


 ドミルの言葉に、他の中神官たちも口々に同意する。


「おっしゃる通りです。聖典にも女たちが手作業で洗濯をする姿が描かれている。あれこそが正しい洗濯の姿です」

「まったく神が与えた神聖なる労働を、ズルして楽しようだなんて、神への冒涜ですな」


 彼らは今、中神官会議の真っ最中だった。

 中神官会議は、大聖堂の中神官用の一室で行われる。

 大神官や高等神官の部屋と比べると見劣りはするが、それでも豪華な調度品や、立派な背もたれ付きの椅子が置かれ、窓には高価なガラスがはめられている。

 ここから下々の者たちを見下ろすのが、実に心地よいのだ。


 が、それも過去の話である。

 今や窓の外には、巨大なガラスの塔が立っていて、下界など眺めようがない。

 それどころか、逆に自分たちが塔の上から見下ろされてしまっているのだ。


 おまけに、時折、窓の向こうから、ガラスの塔にいる泥草(でいそう)が笑顔で手を振ってくる。

 ニコニコと笑いながら、おいしそうに肉やケーキを食べるのを見せびらかしてくる。

 見ていると、ぶち殺したくなるほどムカつく。

 そのため中神官たちは、せっかくの高価なガラス窓に板を打ち付け、外が見えないようにする羽目になってしまったのだ。

 腹立たしい限りである。


「ともかくも、泥草共はこの世から抹殺せねばなりません!」


 頭の上の看板をピッカピカと光らせながらドミルが力いっぱい叫ぶと、他の中神官たちも後に続く。


「そうですとも。恩知らずの泥草どもにはふさわしい罰が必要です。今まで我々が慈悲を与えて生かしてやったというのに、その恩も忘れてしまうとは許しがたいクズどもです! 文字通り八つ裂きにしてやりましょう!」


「まったく同意です。今こそ我々の聖なる魔法を打ち込んでやる時です。なあに、こないだ魔法が効かなかったように見えたのは、どうせ泥草お得意の幻覚です。冷静になって魔法を打ち込めば、やつらの息の根を止められるはずです」


「それがしは、いっそのこと、泥草たちに降伏致すのが最善と存じ(たてまつ)りまする」


「そうです! 降伏を……は? 降伏?」


「さよう、降伏でござる。いかに我らが救いがたき愚か者といえども、泥草とてまた人間。地位も名誉も財産も全て捨てて、泣いて土下座すれば、あるいはご慈悲を頂ける望みもあるやと」


 中神官たちは一斉に声のした方を向く。

 そこには、一人の鎧武者姿の男がいた。

 堂々と腕を組んで、悪そうな顔をニヤリとさせている。


「お、お前は……!」


 中神官たちはこの顔を知っている。

 忘れるわけがないではないか!

 この男は、自ら神と名乗った。

 神聖なる聖典を、間違っていると言った。

 そして何より、自分たちの頭にマヌケな看板を生やさせた、その張本人なのだから!


「松永弾正(だんじょう)でござる」

「な、なんで貴様がここにいるんだーーー!」


 ドミルは雄叫びをあげた。


「これはしたり。いつでも遊びに来てくださいね、と言ったのはそこもとではないか」

「それは社交辞令の定番文句だろうが! というか、そもそも貴様に遊びに来いなどと言った覚えはないわ! だいいち貴様、どこから入ってきおった!」

「ドミルよ、声がでかすぎて、かえって何を言っているのか聞き取りづらいぞ。そんなだから、頭に変な看板が生えてくるのじゃ」

「これは貴様が生やしたんだろうがーーー!」


 ドミルは手の骨にヒビが入るのではないかというくらい、円卓を力一杯バシンバシン叩く。

 顔も手も真っ赤である。


「大丈夫か? うぬももう若くないのじゃ。あまり興奮しすぎると頭の血管が切れるぞ?」

「黙れ、この若僧がーーー!」


 ドミルは怒り狂うと、弾正に向けて魔法を放った。

 赤く輝く光の弾丸が、流星のごとく飛んでいく。


 ぽふん。


 魔法は弾正に当たることなく、弾け飛んだ。


「死ね、死ね、死ね、死ね、死ねええええ!」


 ドミルは構わず魔法を打ちまくる。


「わ、我らもドミル殿に続くのです!」


 他の中神官たちも慌てて魔法を放つ。

 鉄の鎧をも貫く赤い弾が弾正に向かって恐ろしい速さで飛んでいく。


 ぽふん。ぽふん。ぽふん。


 魔法は全て、弾正の手前で弾け飛んだ。


 それでも中神官たちは怒りを込めて、にっくき弾正目がけて魔法を放つ。

 放ち続ける。


 そうして……。


「ぜえ、はあ、ぜえ、はあ……」


 怒りにまかせて魔法を放ちまくったおかげで、中神官たちは今や疲労困憊(ひろうこんぱい)になっている。


「わはは、慌てるでない。今日はうぬらに忠告をしに参っただけのこと」

「ちゅ、忠告だとぉ!」

「さよう。有り体に言うとじゃな。うぬらは弱い。雑魚じゃ」

「……は?」


 中神官たちはポカンとする。

 弾正は構わず言葉を続ける。


「そう、うぬらはクソ雑魚じゃ。その上、救いようもないほどのバカじゃ。人々の食生活が貧しいのも、住居がボロいのも、しょっちゅう人が病でバタバタ死んでいくのも、全てうぬらがバカでアホで無策なのが悪い。

 よって、これまでの愚行を悔い、富・名誉・地位を全て捨て、『全部ボクたちが悪かったんです。ごめんなさい』と市民たちの前で土下座100連発をを披露するのじゃ。

 さすれば、頭の看板も取ってやるし、余生にギリギリ困らぬ程度の施しもくれてやろう」

「……へ?」


 中神官たちは全員あぜんとした(てい)で口をあんぐり開ける。

 何しろ彼らは聖職者様である。

 こうも面と向かって罵倒されるなど、想像すらしたことがない。


 それゆえ(ほう)けてしまう。

 それでも徐々に言葉の意味が頭に浸透してくる。

 コケにされたということが理解できてくる。


「な……な……な……」

「ん? どうした? 感動のあまり震えておるのか? 心の喜びは素直に表した方がよいぞ?」

「なにを言うか、貴様ーーーー!」


 中神官たちは一同、血管を顔面に浮かび上がらせ、怒りに満ちた声を上げた。


「貴様ぁ! よくも我らにそうも侮蔑の言葉を! 我ら神官に侮辱の言葉を! 許さん! 許さんぞぉ!」


 ドミルは手を突き出し、魔法を放とうとする。


「ぐっ……! はぁっ……はぁっ……」


 が、すでに力が尽きており、何も出て来ない。


「くそぉ! くそぉ!」

「まあ、降伏と土下座の件は、おいおい考えておくがよかろう」

「だ、誰が降伏なぞ!」


 ドミルは怒りの声を上げる。


「おいおいじゃ。そう慌てるな。でじゃ、それはそれとして、こうして参った以上、手土産が必要と思ってな」

「て、手土産だと……?」


 弾正は懐から紙を一枚取り出した。


「ほれ、これじゃ」


 そう言って、中神官たちに向けて投げる。

 厚紙のため、紙はシュッと真っ直ぐに飛んでいき、中神官たちのところに落ちた。

 ドミルはそれを拾い上げる。

 他の中神官たちも、紙を見る。

 そして、一斉に驚愕の声を上げた。


「な! な、な、なあっ!」


 それは中神官たちが、放蕩を楽しんでいる姿を写し出した写真だった。

 7人の中神官が美女を侍らせながら美食と美酒にふけっている。そんな姿を収めた写真だったのだ。


「な、なんだこれは……なんなんだ……」


 写真などというものがなかった中世という時代、中神官たちははじめて見る精密かつ鮮明な画像に度肝を抜かれていた。


 いや、そんなことより!

 それより何より!

 自分たちが!

 高貴なる神官様である自分たちが、美食とぜいたくの限りを尽くしている姿が、ばっちり映ってしまっている!


「こ、ここここ、こんなものはデタラメだぁ!」


 中神官は怒りの声を上げた。


「いや、どう見てもうぬらじゃろう。ほれ、ドミルよ。うぬなど美女の隣で実にデレデレした顔を」

「うがぁーーー!」


 ドミルは写真をびりびりに引き指す。


「ししし、知らん! 我らはこんなもの知らん!」

「そ、そうだ! 泥草どもお得意のインチキだ! ねつ造だ!」

「こ、こ、こんなものに騙される我らではにゃいぞ!」


 中神官たちは口々に叫ぶ。


「焦るな。噛むな。うぬが『にゃいぞ』と言っても、かわいくないぞ。

 まあ、うぬらがどんな感想を持とうと自由なのじゃがな。

 その写真な、今、10万枚ほど上空からばらまいておるところじゃぞ」

「……は?」


 ドミルたちはまた口をポカンと開けた。

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