魔力至上主義世界編 - 30 メイハツを呼べ
謀反を加速させる!
より一層、派手に! 大規模に! 巨大に!
「我々は正しい」と頑迷に信じている中世人の、その頑迷さがへし折れるまで、徹底して謀反を加速させる!
「そのために未来都市を作るのじゃ!」
「わかりました! 行ってきますっ!」
弾正の言葉に、アコリリスは神の間(岩の城にある弾正の居室)から駆け出そうとする。
「ア、アコ! ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
ネネアが慌てて呼び止める。
「それだけじゃ、何をしたらいいのかわからないでしょう? もうちょっと話を聞きなさいよ」
「ネネちゃん。神様がやれと言ったら、まず行動するんだよ?」
「わかった、わかったから、もうちょっと落ち着きなさい。神様、笑ってないで早く話してよ! このままだとアコがどこか行っちゃう!」
弾正の話の骨子はこうである。
イリスの近くに大都市を作る。
中世人が驚愕のあまりひっくり返ってしまうほどの未来都市をつくる。
一目見ただけで「やべえ!」と思うほどの、最強都市をつくる。
とにかく中世人どもをびっくりさせるのだ。
「わしは当初、食べ物で釣ろうとした。圧倒的に美味い飯を用意し、教団を捨てて泥草の下につけば、こんな美味い飯が毎日食えるぞ、と誘った。人々に『泥草には勝てない。泥草の下につこう』と思わせるこで、教団の支持層をがっつり奪おうとした。ところが、人々は思ったより頑固だった。その点は、わしの判断ミスじゃ」
「そ、そんな! 神様が判断ミスだなんて」
「それゆえ、わしはもう自重せん。やりたい放題やる! この世界の腐った価値観をぶっつぶす!」
弾正は力強く宣言する。
「さすが神様! すばらしいです!」
「今まであれで自重してたのね……」
アコリリスとネネアはそれぞれ反応を返す。
「そのためには、まずメイハツじゃ。メイハツを呼べい!」
弾正は手を叩いて、飛行ベルトの発明者である宝石団員を神の間に呼んだ。
まもなく、20代後半くらいの、もじゃもじゃ頭でひょろひょろした体の男がやってきた。
「いやあ、神様。まさか神様からお呼びくださるとは! 私、びっくりです。もう口をいっぱい開けてしまって。
でも、びっくりって良いですよね。人間、たまには思いっきりびっくりしないといけない。最後にびっくりしたのはいつですか? と聞かれて、いつだっけ、と考え込むようでは人生いけない。それは挑戦が足りないのです。
ああ、挑戦! 美しき言葉! 私も発明ばかりでなく、実は他のことにも挑戦中なのです。たとえば女装を……」
「メイハツ!」
「は、はいっ!」
弾正が大声で言うと、メイハツはビシッと背筋を伸ばす。
「そちが発明した飛行ベルト。あれは実に役立っておる。天使騒動の時も、中神官どもを撃退した時も、皆が飛行ベルトで空を飛べたからこそ、ああも思い通りに行ったのじゃ。改めて礼を申そう」
メイハツは両手をぶんぶん振って恐縮する。
「い、いえいえいえいえ、とんでもないです。私などを、そうも褒めていただけるとは光栄の極み。極みと言えば、何かを極めるっていいですよね。頂点を目指す姿は実に美しい。実は私も女装を極めようと……」
「メイハツ!」
「は、はいっ!」
弾正の一喝に、メイハツはピシリと背筋を伸ばす。
「で? いくつある?」
「は?」
「そちの発明じゃ。表には出していない発明品が何個かあるであろう。いくつある?」
弾正は1つ気になっていることがあった。
メイハツが発明した飛行ベルトは、初めから完璧なものであった、という点だ。
なにしろ、弾正が飛行ベルトを試用した時、長時間テストしたにも関わらず一切故障も誤作動もしなかったのだ。
つまり、メイハツは飛行ベルトが完璧なレベルに仕上がるまで、誰にも見せようとしなかった、ということだ。
飛行ベルトクラスの大発明であれば、試作品でもあっても、発明者は歴史に名を残せる。
栄誉と名誉を得られる。
ぼやぼやしているうちに、他の誰かに似たようなものを先に発表されてしまったら、そのチャンスも失われる。
にも関わらず、メイハツは飛行ベルトが完璧なものになるまで、弾正たちに見せようとしなかった。
「つまり、メイハツ。そちはよほどの完璧主義者ということじゃ。『未完成品など恥ずかしくて表に出せるか!』と思っておるのじゃろう。違うか?」
「い、いえいえいえ、そんなことはないです、はい。未完成には未完成の良さがあるではないですか。かくいう私もまだまだ女装は未完成でして……」
「メイハツ!」
「は、はいっ!」
弾正が雷鳴のような声をとどろかせると、メイハツはビシャっと背筋を伸ばす。
「申せ! まだ見せていない発明はいくつある?」
「……た、たくさんです」
「ほう」
弾正は嬉しそうににんまりする。
「例えば何がある?」
「うーん、空飛ぶ馬なし馬車……ですかねえ」
「なんですか、それは?」
アコリリスが不思議そうな顔をして聞く。
「えっと、馬がいない馬車でして。それで空をびゅーんと。びゅんびゅーん、と飛ぶのです、はい」
「全然わからないんだけど」
ネネアが呆れる。
メイハツの話を要約すると、ひとりでに飛ぶ荷車、のようなものだそうである。
現代風に言えば「空飛ぶ自動車」といったところか。
「わはは、そうかそうか、空を飛ぶのか」
弾正は嬉しそうに笑う。
「はい、イリスの外でこっそりと実験をしてですね、どったんばったんしながら、それはもう何度も何度も試行錯誤をしまして。試行錯誤を言えば、私の女装も試行錯誤を……」
「で、飛ぶのか?」
メイハツはぶんぶんと首を横に振った。
「いえいえいえいえいえ、あれはまだまだです。飛びはしますよ? しますけれども、飛び方が美しくない。こう、ツバメのように滑らかにさーっと飛ぶのがいいのです。でも、あれはただガァーと飛ぶだけです。美しくない。それに音がうるさいんです。フクロウのように静かに飛んでほしいのに、ブォンブォン音を立てます。これも美しくない。さらにさらに、見た目がかっこわるいという致命的な問題が……」
「つまり飛ぶのじゃな」
弾正はぴしゃりとした口調で言う。
「い、いえいえ、今申し上げました通り、あれはまだまだ美しくないものでして」
「メイハツ!」
「は、はいっ!」
「そちは、どちらが好きじゃ?」
「は?」
「ものを作るには2つの段階がある。ゼロから何か試作品を発明する段階と、その試作品を完璧に仕上げる段階じゃ。そちは、どちらが好きじゃ?」
メイハツは「ああ、なるほど」とポンと手を打ち、こう答えた。
「それはもうゼロから試作品を発明するほうです。新しいアイデアを考え、それをどうにかこうにか、とりあえず動く形にする。これが一番楽しい。でもでもですよ、試作品のまま放置するのは、私の美的センスが許さないと言いますかですね、完璧に仕上げないと我慢ならないと言いますか、それはもう女装にも通じる……」
「メイハツよ!」
「は、はいっ!」
「そちの今後について問おう。どちらか選べ」
「は?」
メイハツは怪訝な顔をする。
「ひとつは今まで通りじゃ。発明は全てそちに任せよう。そちが納得したものだけを持って参ればよい。
もうひとつは、そちはゼロから試作品を発明することだけをやれ。完璧にするのは他の技術畑の泥草たちに任せるのじゃ。
さて、そちの今後は、どちらかが良い?」
弾正はメイハツを正面から見据えて、問いただした。
「……どちらでも好きな方を選んでよいので?」
「やる気のない技術者など役に立たぬからな。そちの好きで良い。わしらは何も言わぬ。で、あろう? アコリリス」
「はい。メイハツさんにお任せします」
「……神様はどちらがよろしいので?」
「わしはそちの発明が好きじゃ。飛行ベルトは最高じゃった。今後もどんどん発明してほしい。それだけじゃ」
メイハツはしばらく目をぱちくりさせていたが、やがて「んふふふふ」と笑った。
「いやはや、まあまあまあまあ、私などにここまで気をつかって頂いて光栄の至り。それはもうやりますとも、ゼロから試作品を発明することを、ええもう、あらんかぎりの試作品を山と作りますとも。楽しみにしてくださいませ、ええ。
ああ! 私、ちょっと興奮してきました! 大興奮です! ちょっと走ってきます! それでは、また!」
メイハツは神の間から走り去ってしまった。
「行っちゃったわよ?」
ネネアが呆れたような口調で言う。
「あれはあれで照れておるのじゃよ」
「そうなの?」
「たくさん人を見てきたからのぉ」
弾正はそう言っていくぶん遠い目をするが、すぐに視線を現実に戻す。
「さて、アコリリスよ」
「は、はい」
「次はそちの番じゃ」
「ふぇ?」
「そちにはメイハツ以上にやってもらいたいことがある」




