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魔力至上主義世界編 - 29 軽蔑

 大神官は教団のトップであり、大陸の支配者である。

 名をジラーと言う。

 56歳になる。


 ぶくぶくに太っていて、脂肪袋のようである。

 白髪混じりの髪は脂ぎっていて、テカテカとオールバックにしている。


 顔は自信に満ちている。

「絶対的に正しいのはこの私だ!」とでも言いたげな傲慢さに満ちあふれた表情を常にしている。


 目はギラついている。

 ギラギラした視線は、主に食べ物に向かう。


「ぐひっ。今年の牡蠣(かき)は実にうまいじゃないか、きみぃ」


 そう言いながら、太い指で牡蠣をひとつつまみ、口に放り込む。


 大神官ジラーは今、大陸南の保養地にいた。

 そこで、現地の神官や有力者たちから接待を受けていたのだ。


「あ、ありがとうございます、大神官様!」


 有力者たちは、腰が折れるのではないかというくらい、深々と頭を下げる。


「うむ、よいよい」


 ジラーは、大きなソファーに深々と体を沈め、褐色の美女たちに肩だの足だのをマッサージさせながら、満足そうにうなずくと、またひとつ牡蠣をつまむ。


 そこへ、外出先から高等神官が帰ってくる。


「おお、イーハか」


 大神官ジラーが声をかける。


「どうだ、お前も一緒に牡蠣を食わんか?」

「いえ、私はまだ仕事が残っていますので」


 高等神官イーハは、そう言って断る。


「相変わらず、固いなあ。せっかく私が保養地に連れてきてやったというのに」

「どこであれ、神の教えは広めなければなりませんから」


 イーハは、別の部屋に姿を消した。


「やれやれ。優秀で真面目な奴だが、堅物なのが困る」


 大神官ジラーはため息をつく。


 高等神官イーハは今年で60歳になる。

 大神官より年上であるのに、彼より地位が低いのは、魔力が大神官よりも低いからだろう。

 イーハも魔力は十分に高い。だからこそ高等神官にまでのぼり詰めた。

 が、大神官にはおよばない。

 そうしたコンプレックスの表れだろうか。

 この男は、異端者を容赦なく見つけ出しては処刑することに熱心になった。


 イーハは、大神官とは対照的に()せている。

 眼光は厳格なまでに鋭い。

 その鋭い眼光で、幾人もの「異端者」を処刑してきたのだ。


「『みだらな格好で表に出てはならぬ』と聖典に書いてある」


 こう言って、肩を出して歩いていた女を処刑した。


「『神を試してはならぬ』と聖典に書いてある」


 こう言って、金属加工の実験をしていた鍛冶屋を処刑した。

「実験とは何事か! 神を試そうというのか!」というわけである。


 紡績機を作ったアコリリスの父の処刑も、イーハが強く勧めた。


 教団は正しい

 ↓

 正しい教団が作り上げた今の世の中も正しい

 ↓

 正しい世の中を変えるやつは悪だ

 ↓

 紡績機は世の中を大きく変えるものだから、悪だ。作ったやつは死刑。


 こういう理屈で、アコリリスの父の処刑を強く推進したのだ。


 大神官ジラーと高等神官イーハは、共にイリスを活動拠点とすることもあり、仕事をする上で協同することも多かった。

 ジラーからしてみれば「聖典の教えを広めるのも大事だけど、美食も大事」なので、イーハが面倒なことを引き受けてくれるのはちょうどいい。

 イーハからしてみれば、ジラーが美食にばかりふけっているので、自分がやらねばと言う使命感に駆られている。

 この2人の関係は、そうやって成り立っていた。


 その2人のところへ、今、イリスから早馬が向かっている。

 イリスで起きた驚愕の事件を知らせるべく、小神官の1人が独断で馬を走らせていたのだ。

 しかし、イリスから保養地までは遠い。

 馬が届くまで、今しばらくかかる。


 ◇


 イリスの市民はとまどっていた。

 先日、聖職者たちが一斉に泥草(でいそう)街へと向かった。

 泥草たちを皆殺しにするためである。


 市民たちはこんな会話を交わした。


「泥草どもも終わりだな」

「全くさ。教団に逆らうからさ。教団のご慈悲で生かしてもらっているっていうのに、バカなやつらだよなあ」

「ただ、これは決して教団を否定するわけじゃないんだが、泥草どもの美味い飯をもう食えなくなるというのは、ちょっと残念かな。いや、決して教団を批判するわけじゃないんだが」

「なあに、教団のことさ。泥草どもを拷問でもして、美味い飯の作り方を聞き出して、我ら市民に教えてくださるに違いないさ」

「なるほど、さすがは教団だ」


 ところが、どうも様子がおかしい。

 すぐに泥草どもの首をひっさげて帰ってくるかと思いきや、なかなか帰ってこない。

 やっと帰ってきたかと思ったら、何やらコソコソしている。

 どころか、頭にでかい何かをつけている。ピカピカ光っている。

 なんだ、あれ?


 5000人以上が、頭をピカピカ光らせているのだ。

 すぐわかる。


 看板である。

 表に『泥草さん、ごめんなさい』、裏に『泥草大好き』とピカピカ光る文字で書かれた看板を、頭から生やしているのだ。


「ね、ねえ? なにかしら、アレ?」

「さ、さあ……」


 市民たちは唖然(あぜん)とした。呆然とした。口をあんぐりさせた。

 意味がわからない。


 子供たちは「あたまにへんなのつけてる-」とケラケラ笑っていたが、大半の市民たちは、ただもうわけがわからなかった。


 結局、教団から市民たちに対する説明は何もなかった。


 ◇


 翌朝、市民たちは、近所の小聖堂に行く。

 朝のお祈りをするためだ。


 いつもなら、小神官が聖典の一節を読み上げ、ちょっとした儀式をしたのち、みなで神に祈りを捧げる。

 ところがこの日は、小神官がなかなか姿を現さない。

 やっと現したかと思うと、頭の上に布で覆われたでかい何かをのせている。

 おまけに布はシュワシュワと煙を上げている。


「み、皆様、お待たせしました。……そ、それでは今日は、聖典のジョハネ書の第3章25節を読みましょう……」


 小神官はこのようなことを言うが、みな、頭が気になって、それどころではない。


「そこで神の子はおっしゃいました。『私がこの岩を動かして見せよう』……」


 異様な雰囲気の中で、小神官は聖典を読み上げる。

 市民たちは唖然としている。

 頭はシュワシュワと煙を上げている。


「神の子が手をかざすと、奇跡が起きました。岩が動いたのです」


 そこまで読み上げたところで、とうとう布がバサリと落ちる。

 現れたのは看板である。

『泥草さん、ごめんなさい』と光る文字で書かれた看板が小神官の頭から生えているのだ。

 噂には聞いていたが、実際に目にすると異様である。

 市民たちはポカンとする。


 そこに、今までどこにひそんでいたのか、小神官と同じように頭から看板を生やした助官やら魔法兵やら、要するに小神官の部下たちが現れ、慌てて小神官の頭に新しい布をかぶせる。


「……人々は神の子の奇跡に驚きの声を上げました」


 小神官は何事もなかったかのように朗読を続ける。

 市民たちは、もうわけがわからなかった。


 一方の小神官はというと、平然とした振りはしていたが、実のところ、内心は屈辱でいっぱいだった。


(ちくしょう……なんで、この俺がこんな目に……)


 そう思いながら、朗読をしている。


(っ! あの男! 今、俺を見て笑わなかったか!? あの女も! 絶対笑ったぞ! くそぉ、泥草どもめぇ……この俺をこんな目にあわせやがってぇ……)


 小神官は悔しそうに顔を歪ませた。

 これまで魔法エリートの道を歩み、賞賛と賛美を浴び続けた彼にとって、こんな看板を生やして人前に出るなど、屈辱の極みであり、誰も彼もが自分を笑っているように見えたのだ。


 実際のところ、市民たちは“まだ”笑ってなどいなかった。

 ただ、わけがわからず、唖然としているのである。

 笑われているというのは、小神官の被害妄想に過ぎない。


 が、1週間もすると、被害妄想は現実になる。

 市民たちは、看板を生やした聖職者たちに見慣れてくる。

 何しろイリスの聖職者の9割以上が、頭から看板を生やしているのだ。

 嫌でも見慣れる。


 そうやって慣れてきて、当初の驚きが薄れてくると、だんだんと軽蔑の気持ちが湧いてくる。

 頭から光る看板を生やしたやつなど、尊敬のしようがないではないか。


 お祈りの場では、クスクスと笑い声が上がる。

 小神官が真面目に聖典を朗読すればするほど、ピカピカ光る看板がおかしく見えてしまう。

 神聖で厳粛な場であるから笑ってはいけないと思えば思うほど、吹き出してしまう。

 時には、笑いが連鎖して、爆笑すら巻き起こってしまう。


「くそぉっ! どうしてこんなことに……」


 小神官は顔を真っ赤にして悔しがる。


 笑われるのは祈りの場だけではない。

 道を歩いている時も、これまで聖職者というのは、常に尊敬と畏敬のまなざしを向けられてきた。

 それが今では、滑稽なものを見るような目で見られる。

 あるいは露骨に「こいつ、大丈夫か?」と言いたげな顔すら向けられる。


「この街の聖職者たちは大丈夫か?」


 イリスの人々の心に、いつしかそんな気持ちが湧いてくる。

 教団そのものへの批判ではないにしろ、聖職者たちに向ける目には、少しずつ不審が混じっていくのだった。


 それでも聖職者たちは、表向きは平然として普段通りの活動を続ける。

 泥草街での失敗は、なかったことにされている。

 失敗を認めてしまうと、イリスの聖職者ほぼ全員が処罰されてしまうことになる。

 というより、イリスのトップである中神官まで処罰されてしまうことになる。自分で自分を処罰する決断など、中神官が下すはずがない。

 そういったわけで、表向きは、泥草街での失態はなかったことになっている。


 とはいえ、頭の上で看板はピカピカ光っているわけで。

 人々はいっそう「大丈夫か?」という目を向けてくるのだった。


 ◇


「ここがいいのう」


 弾正はイリスの外にいた。


 イリスはその中心に川が流れている。

 川の上流に少しさかのぼると、荒れ地である。

 岩がゴツゴツと地面のあちこちから突きだしていて、都市にも農地にもできない。そんな一帯である。

 が、そういう荒れているところさえ除けば、水源があり、ほどよい高さであり、交通の便も良く、都市に適した土地である。


「決めたぞ。ここに未来都市をつくろう。圧倒的な未来の都市を築くのじゃ」


 弾正はにんまり笑いながら言った。

 明日(8/23)・明後日(8/24)の投稿はお休みするかもしれません。

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