魔力至上主義世界編 - 28 泥草 VS 中神官 (4)
「ば、罰だと! い、いったい何をする気だ!」
「アコリリス」
「はい」
アコリリスが、とてててと、弾正の側による。
「好きにいたせ」
「わかりました」
アコリリスは笑顔でうなずく。さっと手をかざす。
地面がボコボコと音を立てたかと思うと、板状の物体ができあがった。
横幅1メートル、立て幅50センチほどの板である。
板には看板のように棒がついている。
その看板が、ふわりと浮かび、最年長の中神官ドミル目がけて飛んでいく。
ズボ。
看板が、ドミルの頭のてっぺんに刺さった。
ちょうど、ドミルの頭から看板が生えたような形になる。
「へ?」
ドミルがあぜんとするのを無視して、アコリリスはさらに手をかざす。
板の表と裏に文字が浮かび上がる。
表には『泥草さん、ごめんなさい』
裏には『泥草大好き』
と、書かれている。
しまいには、その文字がネオンのようにピカピカ光り始める。
「へ? は? え? な、なに? どうなってる? え?」
とまどうドミルの前に、泥草がドンと大きな鏡を置いた。
「……へ? ひ、ひゃ、ひゃ……ひゃああああああ! な、なんじゃこりゃああああ!」
ドミルが悲鳴を上げた。
「どうですか? 神様」
「うむ。よい、よいぞ。『大好き』という言葉が裏に書かれているのが、秘められた愛情みたいで、奥ゆかしくてよいのお。実に雅じゃ」
「えへへ、がんばりました」
一方のドミルは、雅どころではない。
頭に『泥草さん、ごめんなさい』と書かれた看板が刺さっている上に、ピカピカ光っているのである。
どう見てもバカにしか見えない。
「ぎゃああああ! な、な、なんてことをーーー! なんてことをーーー!」
「だ、だ、大丈夫です、ドミル殿! そんな看板、切ってしまえば……」
絶望的な悲鳴を上げるドミルに対し、中神官の1人がそう言って希望を持たせようとする。
が、アコリリスはあっさりとその希望を打ち砕く。
「あ、それ、軽いわりに、すごく硬く作ってますから、壊すの無理ですよ」
「へ?」
「ルートさん」
「はい」
アコリリスの側に控えていた背の高い宝石団員のルートは、剣を取るとドミルの頭の看板に切りつける。
ガキン!
剣のほうがへし折れた。
看板はまるで傷ついていない。
「ね? 硬いでしょう。あ、そうそう、無理に引き抜こうとしたら死にますから、気をつけてくださいね」
「な、な、な……」
ドミルはわなわなと体を震わせる。
「ド、ドミル殿、気を確かに! そう、布! 布で覆えば、看板の文字は隠れます」
中神官は必死にそう言って、ドミルを慰めようとする。
布で覆ったところで、横1メートル、縦50センチの看板が頭に刺さっていることには変わりないのだが、ともかくそう言って希望を持たせようとする。
そのわずかな希望を、アコリリスはまたあっさりと打ち砕く。
「ダメですよ」
「え?」
「その看板、特殊な材質を使っていて、触れたものを腐食させるんです」
「え? え?」
「ルートさん」
「はい」
ルートは大きな布を1枚取り出すと、ドミルの頭の看板にかけた。
ほどなくして、しゅわしゅわと音がし始める。
布のあちこちが黒ずみ、切れ目が入ったかと思うと、ばさりと布が落ちた。
布はボロボロに破けてしまっている。
「ね? 塗料とかも腐食させますから、ペンキで文字を塗りつぶそうとしてもダメですよ」
「ふ、ふ、ふ……」
「ふ?」
「ふざけるなあああーーー!」
ドミルは叫び声を上げた。
「よくも! よくも私にこんなことを! 私を誰だと思っておる! 神の祝福を受けし中神官だぞ! 貴様らには必ず天罰が下るであろう! 覚えてろ!」
ドミルは怒鳴った。
頭の上では『泥草さん、ごめんなさい』という文字がピカピカ光っている。
弾正は「ぷっ」と吹き出した。
アコリリスも他の泥草たちも「ぷぷっ」と笑う。
「き、きさまらぁ!」
ドミルは反射的に怒鳴りつけようとするが、鏡に映った自分の姿を見て、こんな姿で怒ってもマヌケなだけであることに気づいてしまい、惨めさのあまり何も言えなくなってしまう。
「ち、ちくしょう……ちくしょう……」
ドミルは涙目になり、悔しそうに歯ぎしりをしながら、弾正をにらみつける。
「いや、笑って済まぬな。安心いたせ。他の中神官たちも、同じようにしてやるからな」
「……へ?」
6人の中神官は、一瞬あぜんとする。
そして悲鳴を上げた。
「ひ、ひ、ひいいいいい! や、やだ! あ、あんなの! あんなのいやだああ!」
「や、やめろおおおお!」
「い、いやだ! いやだあああ! やめてくれえええ!」
中神官たちは、全身を恐怖で震わせながら、叫び声を上げた。
何ヶ月か前、「私は泥草に負けました」と顔に書かれた小神官パドレとその部下たちは、教団に恥をかかせた罪で、聖職者の地位を剥奪された上、投獄された。
あんな恥さらしの看板を頭につけられたら、自分たちも同じ運命が待っているに違いない。
いや、仮に投獄はまぬがれたとしても、あんなバカみたいな看板を頭から生やしていては、会う人会う人に笑われ、侮蔑の目で見られ、蔑まれ、一生惨めに見下され続けることは間違いない。
これまでエリートとしてちやほやされ続けてきた中神官たちにとって、耐えがたい苦痛でる。
(あんな看板つけられたら、一生笑いものだ……地位も名誉も全部失って……ずっと見下され続ける毎日……いやだ……そんなのいやだ……)
心臓がどくんどくん鳴る。
これから先待っているであろう苦痛を想像し、顔が真っ青になる。
「お、お願いだあああ! やめてくれええええ!」
「やめ、やめて! やめろ! やめろおおお!」
「すぐ終わりますからね」
アコリリスは、さっと手をかざした。
看板が6つ生えた。
◇
泥草街の外、戦場の跡地では、市民兵と教団の兵が、一個所に集められていた。
彼らはそろって縛られ、身動きが取れないようにされている。
そうして、不安げに壇を見上げる。
壇は、舞台の演壇のようなものである。
およそ3メートルほどの高さがある。
さっきまではなかったのだが、泥草たちがいつの間にか作り上げたのだ。
兵たちは、その壇の周りに集められている。
まるでこれから壇の上で何かが始まるような雰囲気だが、壇の上にはまだ誰もいない。
「な、なあ、これからどうなるんだ?」
「俺に聞くなよ。俺だってわからねえんだから……」
しばらくすると、十数人の人間が飛んできて、壇の上にふわりと着地した。
何人かは泥草だろう。
そして何人かは神官服を着ている。
「あれは……中神官様じゃないのか?」
「本当だ。中神官様……え? え、え、ええええ? な、なあ、あれ、何? 何あれ? あの頭のあれ? な、なんか看板みたいなの、ついてない?」
「……あ、ああ、そ、そうだな。なんか……書いてあるぞ。えっと……『泥草さん、ごめんなさい』?」
「え? え? どういうこと? しかもなんか光ってるし」
「俺に聞かれても……」
一方、中神官たちは叫び声を上げていた。
「や、やめろ! お前ら! 見るな! 見るなああああ!」
「見ないでくれ! 見ないでくれえ! 頼む! 見ないでくれえええ!」
「うわああああ! み、見るな! 見るな! 見るなーーー!」
中神官たちは、イリスを支配する存在である。
日ごとから畏敬されている。尊敬されている。敬意を払われている。
ところが今、そうやってこれまで自分を敬ってきた5000人以上の人間に、惨めな姿を見られている。
頭にピカピカ光る看板をつけたマヌケな姿をさらしてしまっている。
軽蔑されている気がする。
笑われている気がする。
バカにされている気がする。
中神官たちは気が狂いそうになる。
「見るなぁ! 見るなぁ!」
中神官たちは泣き叫ぶのだった。
一方、兵たちはというと、実のところ、とまどっていた。
あぜんとしていた。
今まで雲の上の存在であり、手が届かないくらい偉い存在だった中神官。
その中神官たちが『泥草さん、ごめんなさい』と頭の上でピカピカ光らせているという異様な光景に、なんと反応すればいいのかわからなかったのだ。
みな、言葉もない。
ただただ呆然としている。
それでも……。
「なあ、あれはちょっと……」
「ああ、すげえかっこわるいよな……」
ごく一部の兵たちは、早くも軽蔑の目を向けていた。
時間が経過し、落ち着いてくれば、こういった兵たちはますます増えてくるだろう。
「ふうむ」
弾正は壇の上で、床几にどっかりと腰掛けながら、そんな兵たちの様子を眺めていたが、やおら立ち上がって前に出ると、こう叫んだ。
「皆の者、聞けい!」
よく響く声に、兵たちは、はっとしたように目を向ける。
何だ? あの男は?
「わしは謀反の神、弾正である」
へ? 謀反の神?
と、兵たちが疑問に思う間もなく、弾正は驚きの言葉を放った。
「うぬらは、わしらを皆殺しにしようとした。よって、その罰として、中神官らと同じく、全員、頭から看板を生やしてもらう」
「……へ? は? はああああ!!!」
兵たちは悲鳴を上げた。
「な、なんだよ、それ! わけわかんねえよ!」
「ちょ、冗談だろ! あ、あんなバカみたいな看板つけるのやだよ! ちょ、なあ、嘘だろ、おい!」
「誰かぁ! 誰か助けてくれぇ!」
「ゆ、許してください……勘弁してください……もうしないから……攻めたりなんかしないから……だから、許してよぉ!」
「ま、待ってよ、ねえ! 俺、命令されただけなんだって! 嫌々やらされただけなんだって。悪いのは全部教団……あ、いやいや、じゃなくて、中神官、そう、全部中神官が、あのハゲどもが悪いんだって!」
「そうだ、中神官だよ! 全部中神官たちにやらされただけなんだって! 俺たちも被害者なんだよ!」
「そうだ! 俺たちは被害者だ! 中神官たちの被害者だ!」
自然と。
実にごく自然と、中神官を非難する声が出て来た。
教団そのものへの批判ではない。
けれども、これまで雲の上の存在であったイリスの支配者の中神官に向かって、兵たちから罵声の言葉が自然と出て来たのだ。
「悪いのは中神官だぁ!」
「あいつらに看板100本生やせばいいだろ!」
当の中神官たちはというと、さっきまで泣き叫んでいたところに、追い打ちをかけるようにして、この裏切りである。
「そ、そんな……」
「な、なぜ我らが……」
と、呆然とするばかりである。
(うむうむ。よいぞよいぞ。イリスの支配者である中神官に、面と向かって罵声を浴びせられるようになったか。よい傾向じゃ)
弾正はそう思いながら、目の前の光景を嬉しそうに眺めた。
そこにアコリリスとネネアが声をかける。
「神様、どういたしますか?」
「結局どうするの? 罰は下すの? 下さないの?」
弾正は「ふむ」と考える。
「まあ、罰は罰じゃな。やれ」
「はい、わかりました!」
アコリリスは嬉しそうにうなずくと、泥草たちを引き連れて兵たちのところへ飛んでいった。
それから数時間にわたって、戦場跡で悲鳴が響き渡った。
この日、イリスは世界で最も看板の多い都市となった。




